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ネットで「忠臣蔵」の裏話発見

   昨日、12月14日は討ち入りの日でした。一般的に語り継がれている話は元禄15年(1702年)12月14日に大石内蔵助が率いる赤穂浪士47人が吉良上野介邸に押し入り、主君浅野内匠頭の仇を討ったのです。ところが、ネットで《「忠臣蔵」の美談は、ほとんど大ウソだった!》という記事を発見。

   それによると、この討ち入りの表向きの理由は「主君の無念を晴らすため」ですが、本当の理由は、この仇討ちを成功させて世間の大きな話題になり、何とか再び仕官する道を見つけ、浪人生活から脱却することが目的だったというのです。つまり、命をかけた就職活動だったのです。

   吉良邸への討ち入り後、浪士達は吉良家と深い関係にある上杉家からの報復の恐れがある中、本所から浅野内匠頭の墓のある泉岳寺までの約9キロの道のりを堂々とパレードしています。それを、世間に向けての「仇討ち」を印象づけるための「意図的演出」だったとみれば納得がいくと書いてます。

   ところが、事件後、幕府では彼らの処分が検討され、当初は、幕府上層部においても彼らを好意的に見る人も少なからずいましたが、結局、「徒党」を組んで押し入ったという「罪」で、切腹となったのです。四十七人は仕官するどころか、命を失う結果になってしまいました。もっと詳しく知りたい方は本文を読んで下さい。

将棋も囲碁も七冠の偉業

   将棋も囲碁も、7冠を達成した圧倒的に強い二人に国民栄誉賞が取り沙汰されています。今朝の「日刊スポーツ」(将棋も囲碁も頭のスポーツ)にその7冠の内訳が出ているので、この際、知識として知っていても無駄では無いでしょう。私も初めて全14のタイトルを詳しく知り驚いています。

   まず将棋の羽生善治九段の7冠は「竜王」が通算7期、「名人」が通算5期、「王将」が通算10期、「王位」が通算10期、「王座」が通算10期、「棋聖」が通算5期、「棋王」が通算5期。よくぞ勝ったものだと感嘆するばかりです。47歳の羽生九段はこれからも同じペースで勝ち続けることでしょう。

   次に囲碁の井山裕太九段は28歳にして「棋聖」「名人」「本因坊」「王座」「天元」「碁聖」「十段」。新聞で知ったのですが、井山九段は本来は右利きなのに、囲碁の時だけ左手で碁石を打つんだそうです。野球が大好きで憧れているイチロー選手の右投げ左打ちとまったく同じです。

   羽生九段は日本記者クラブで会見しましたが、後進の育成について尋ねられると「強い若手がいっぱいいるので、育成しなくてもいい」と笑いを誘ったとか。また、井山九段は国民栄誉賞について「ただただ驚いています。信じられないという気持ちです」と語っています。それにしても二人とも目茶苦茶に強いです。

ジャズの「アランフェス協奏曲」

   スペインの作曲家ロドリーゴが作ったギターの曲に「アランフェス協奏曲」があり、よく第二楽章がジャズで演奏されてCDも出ています。その名盤を二つ紹介しますので、是非、コレクションに加えて下さい。音楽をこよなく愛する方ならあまりの素晴らしさに感動し、私に感謝するのは間違いありません。

   まず一枚目はタイトルがそのものずばり「アランフェス協奏曲」(Pt1 Pt2)/ジム・ホール(240E 6812)」。演奏メンバーの一部を書くと、ギターをジム・ホールがひき、何とトランペットにチェット・ベイカー、アルト・サックスにポール・デスモンドが加わるという豪華な顔ぶれで、19分23秒を陶酔させてくれます。

   このアルバムには他に3曲が収録されていますが、勿論、この曲が目玉で、クラシックをジャズに変貌させたドン・セバスキーの見事な編曲に感嘆します。そして、二枚目はマイルス・デヴィスの有名なアルバム「スケッチ・オブ・スペイン」(SICP 817)で、このアルバムの1曲目が「アランフェス協奏曲」です。

   このアルバムの中にあるライナー・ノートによると、マイルスが1959年初頭に西海岸にいた頃、友人から「アランフェス協奏曲」の原曲を聴かされ、二、三週間聴いてるうちに頭から離れなくなってしまったのがこのアルバムを作るきっかけだとか。マイルスの演奏も実にいいです。

魅力的な「フェルメール」の絵

   「週刊文春」に生物学者の福岡伸一博士が「パンタレイ パングロス」というコラムを書いています。最新の12月14日号は《今世紀最大のフェルメール展が来る》でフェルメールに関する一文を書いていて、どうやら福岡博士はオランダを代表する画家フェルメール・オタクのようでかなり詳しいです。

   今年は世界的な一大フェルメール・フィーバーだったとかで、たった37点しか現存しないフェルメールの絵のうち、主要作品がなんと12点パリのルーブル美術館に集結したそうです。もともとルーブル美術館には「レースを編む女」「天文学者」の傑作2点が所蔵されていて、外から借りてきたのが10点。

   このルーブル美術館のフェルメールの特別展覧会は、この後、アイルランドのダブリンに行き、そして、アメリカのワシントンのナショナル・ギャラリーで開催され、なんと来年の秋には東京と大阪にやって来ることが決まっているのだとか。何しろ、日本は世界最大のフェルメール・マーケットなのです。

   実は私もフェルメールのファンで、中でも一番好きなのは「真珠の耳飾りの少女」(「青いターバンの少女」とも言われています)。PHP研究所刊行の「世界の名画 隠されたミステリー」という本によると、この絵の所蔵は地元ハーグのマウリッツハイス美術館だそうですが、ルーブルが借りた中にあるか否かは解りません。

暮の和菓子の老舗「うさぎ屋」

   このところ、リタイアして五年後の2010年にアップした「取引銀行への年末年始の挨拶」がアクセスが多いようで、人気記事ランキングにずっと顔を出しています。久しぶりに読んでいると、社長と銀行への挨拶回りをした当時を思い出し、現役時代の色々なことが走馬灯のように脳裏をよぎります。

   銀行への挨拶は車で回るのですが、私は免許証が無いので運転は社長がして、私は助手席に座り暮れていく街を眺めているだけで、いつも申し訳なく思っていました。毎年、納会の後、銀行に行く道順が決まっていて、最後の挨拶はJR御徒町駅の直ぐ近くにある取引銀行で、その隣に和菓子の老舗「うさぎ屋」があります。

   銀行への挨拶が恙無く終わり、御徒町駅から電車に乗って家に帰る私は社長に年末の挨拶《本年は大変お世話になり有り難うございました。来年も相変わらずどうぞよろしくお願い致します。いい年をお迎え下さい》と言って社長と別れます。そして私が向かう先は、毎年、必ずと言っていいほど「うさぎ屋」です。

   ここで、家へのお土産にどら焼きを買いますが、そう大きくない店の前には、いつも暮は多くの人が並んでいます。買った後、私は電車に乗り、すっかり暗くなった街を眺めながら「今年も色々と忙しかったなぁ」と回顧しつつ家路を急ぎます。リタイアしてから約12年、当時がとても懐かしいです。

ローリング・ストーンズ絶賛

   時々観たくなるローリング・ストーンズのライヴのDVDがあります。アカデミー賞をとったことがあるマーティン・スコセッシ監督が2006年にニューヨークのビーコン・シアターで行われたローリング・ストーンズのコンサートを18台のカメラを駆使して撮った映画で、私は新宿の映画館で観ました。

   何しろ、見終わった後、暫く席から離れたくなかった凄い映像で、私はこの映画「ザ・ローリング・ストーンズ/シャイン・ア・ライト」ばかりは持っていたくて、後日、購入しました。ともかく、「映画大辞典」に寄せられている22人中8点~10点が10人もいるコメントをちょっとご覧になって下さい。

   中に《しまった。絶対に劇場の大きなスクリーンで観るべきだったと後悔している。これは凄い》というコメントがありますが、正にその通り。クラシックとジャズに耳いっぱいで、ロックはあまり聴かない私が、ローリング・ストーンズの圧倒的迫力に度肝をぬぎ、沢山のファンが世界中にいることに改めて納得しました。

   それにしても、ミック・ジャガーがマイク片手に歌いながらステージを駆けずり回る映像はとても還暦を過ぎてる人とは思えません。恐らくロックをあまり聴かない人でも、ローリング・ストーンズのロックなら、思わず引き込まれるのは間違いないでしょう。「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」実にいいです。

サッカーの女子が初戦に勝利

   サッカー東アジアE-1選手権、FIFAランク8位の「なでしこジャパン」は15位の韓国に3-2で勝ち、初戦を飾りました。この試合、日本は鮮やかなヘッディング・シュートが決まって先制するも、直ぐにPKで同点にされて、また、勝ち越せば追いつかれる予断を許さない展開で前半が終了しました。

   そして後半、残り7分のところで、中島選手の放ったシュートがクロスバーにあたり跳ね返ってきたボールを岩渕選手はフェイントで切り返してデフェンスをかわし、右足で冷静に流し込んで決勝点をあげたのです。高倉監督は「彼女はパフォーマンスが落ちずに、最後まで戦う姿勢を出してくれました」と日刊スポーツに絶賛の談話。

   「なでしこジャパン」のこの後の予定は12月11日(月)午後7時から中国戦、15日(金)も午後7時から北朝鮮。いづれもフジテレビ(8ch)が生放送をする予定になっています。そして今夜は男子が北朝鮮と戦うことになっていますが、北朝鮮は男子も女子も昨日の初戦に勝って中々手強い相手です。

   ところで日刊スポーツが北朝鮮のキム・グァンミン監督に「北朝鮮には大会の賞金が支払われないことになっていますが…」と問いかけると、監督は「我々は決して賞金目当てではないが、このような制裁は良くないことだ」と淡々と話していたそうです。どうやらスポーツにもミサイル発射の影響があるようです。(ハイライト

ヘンデルの「メサイア」の起立

   ヘンデルの宗教曲にオラトリオ「メサイア」があります。この曲はあらゆる宗教作品の中でも飛び抜けた傑作と言われ、クリスチャンではないのにレクイエムなど宗教曲がやたらに好きな私はカール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団とロバート・ショー・オーケストラのどちらも二枚組を二つ持ってます。

   でも、この曲を全曲聴くには約二時間半掛かるので、本当にたまにしか聴きません。それが、数年前の師走、二人とも青山学院大学OBの知人夫婦が、東京芸術劇場での青山学院管弦楽団の「メサイア」のチケットが4枚手に入ったので、私共夫婦と4人で行きませんかと誘いがあり、勿論、喜んで受けました。

   何しろ「メサイア」を生で聴くのは初めてのことで例の「起立」が体験出来ると、ワクワクして当日を待ちました。クラシック・ファンは大抵ご存知ですが、この曲には「ハレルヤ・コーラス」があり、この部分がくると聴衆はみんな「起立」して聴くことになっていて、これを知らないと恥ずかしい思いをします。

   この慣習が出来た理由は1750年にロンドンで「メサイア」を初演した時に臨席した国王ジョージ二世が感動して「起立」したので、一般の人も座っているわけにはいかずにこの慣習が生まれました。当日、ほとんどの聴衆が「起立」し、これを知ってたお陰で私共夫婦も取り残されないでよかったです。

ゴッホと「ひまわり」

   「世界の名画 隠されたミステリー」という画集から、ゴッホはなぜ「ひまわり」を何枚も描き続けたのかを紹介します。ゴッホがゴーギャンとアルルの黄色い家で共同生活をしていたのは有名な話です。当時、色々な悩みでアルコールに溺れていたゴッホに弟のテオがゴーギャンとの共同生活を提案したのです。

   それを快く承諾してくれたゴーギャンを迎えるために、ゴッホはゴーギャンの部屋に飾ろうとして何枚も「ひまわり」の絵を描いたのです。ゴッホが「ひまわり」にこだわったのは牧師の家に生まれたせいだと言われています。ひまわりはキリスト教と関係が深く、忠誠心や愛の象徴と考えられるからです。

   ゴッホが描いた「ひまわり」は12本か14本なのは12本がキリストの十二使徒を象徴し、14本はよくゴッホの面倒をみてくれる弟のテオとゴーギャンの2本を加えたものではないかと言われています。しかし、ゴッホが待ちに待ったゴーギャンとの共同生活は期待に反し悲劇的な結末に終わります。

   最初は順調にいってたのですが、あまりにも個性的な二人は次第に衝突するようになり、ある日、言い争いの末にゴッホは精神錯乱の発作を起こし、自分の左耳を切って入院、ゴーギャンはアルルを去ってしまいます。精神を病みながら、幸せを夢みたゴッホの思いが凝縮されたのが、沢山の「ひまわり」の絵だったのです。

村上春樹氏とジャズ喫茶

   村上春樹氏が2015年に発刊した「職業としての小説家」(㈱スイッチ・パブリッシング)に氏が早稲田大学在学中に、朝から晩まで好きな音楽を聴いていられればいいという発想で、国分寺駅南口近くにジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開いたことが書いてあります。まだ小説家になっていない1974年のことです。

   この頃、私もジャズに夢中になっていたはずですが、なぜかこの店には一度も行っていません。その後、村上氏は「風の歌を聴け」で作家デビューしましたが、恐らくこの小説はこの店でジャズを聴きながら書いたのでしょう。ところで、ネットで「村上春樹のピーターキャット時代」という記事を見つけました。

   書いたのがどんな立場の方か解りませんが、どうやらこの店に通ったジャズ・ファンに違いなく、ジャズ雑誌「ジャズランド」1975年8月号に載ってた「ピーター・キャット」の広告や店内の写真、マッチ、そして、使っていたオーディオ装置が書いてある小さな文字など、眼を皿のようにして見ました。

   村上春樹氏がジャズ喫茶を経営してたことは、ジャズ好きとして親近感が大きく、いつしか村上ファンになったようです。ことに2013年の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでから、一層、氏の小説に魅力を感じ「アフターダーク」「スプートニクの恋人」など古い小説を沢山読みすっかり「ハルキスト」です。

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