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W杯の初戦に勝った日本

   今日は何がなんでもサッカーW杯ロシア大会の日本の初戦、コロンビアとの試合のことを書かないわけにはいきません。何しろ、日本のFIFAランク61位に対しコロンビアは16位の相手です。ランクの差で考えれば、当然、コロンビアが勝ってもおかしくないのに、その強敵を破ったのです。

   何しろ、試合が始まって3分。ゴール前のごちゃごちゃから、香川はゴールを狙いすましてシュート、コロンビアの6番は得点を防ぐためには手を使うしかなかったのです。普通、ハンドの反則は意識しないで手や腕に当たることがほとんどなのに、6番はしっかりボールを見てました。つまり主審の目の前での確信的反則です。

   主審はポケットから即座にレッド・カードを取り出して退場の宣告。コロンビアは一人少なくなった上に日本にPKを与え、香川は落ち着いてゴールを決めて先取点を取りました。まだ選手全体が緊張がほぐれていないところでの先取点は、どれほど士気をを高めたかその効果は計り知れません。

   そして、同点で迎えた後半28分、コーナー・キックのチャンスを得て、香川に替わって入った本田の蹴ったボールは大迫の頭をめがけて飛んでいき、ものの見事に勝利の決勝点を生みました。ともかく、初戦で勝点3は誠に大きく、次のセネガル戦がとても楽しみになりました。ではこの試合の関連動画(約59分)です。

前代未聞「PK戦のやり直し」

   サッカーW杯ロシア大会が開幕し、今夜、そのコロンビアとの第一戦が行われようとしてるのに、ネットで《サッカー、異例のPK戦やり直し決定 審判がルール誤る》という見出しの記事を発見しました。この記事は「週刊文春」6月21日号の「NEWSのターゲット」にもまったく同じ記事があります。

   その「週刊文春」の記事によると、6月6日に行われたこの試合は、1-1で決着がつかずにPK戦になり、アマチュア一部リーグの「奈良クラブ」はPK戦の末にJ1の「名古屋グランパス」に勝利しました。ところが、この番狂わせは、5日後の11日に、日本サッカー協会はPK戦をやり直すという前代未聞の発表をしたのです。

   その理由は、PK戦の時に「奈良クラブ」の4番目のキッカーがフェイントをしたので、主審はキックのやり直しを命じましたが、キックは成功しました。ところが、競技規則に従うと、フェイントは「不正」として失敗にしなければならず、その時点で「奈良クラブ」の敗北が決まっていたのです。

   つまり、主審の判断ミスによって、勝ったはずの「名古屋グランパス」は負けてしまったのです。結局、日本サッカー協会は会議を開き,「PK戦のやり直し」ということで、両チームは納得してるようですが、7月に行われるとかのPK戦。国際サッカー評議会の判断のようですが、何か後味が悪いです。

楽しい「ネット・サーフィン」

   「ネット・サーフィン」とは、インターネットが盛んになった1990年頃からの言葉で、海の上のサーフィンは駄目ですが、これは得意です。説明するまでも無く、パソコンの前に坐り、検索エンジンを立ち上げて、まるでサーフィンをするように次から次にwebサイトを観ることで、結構、楽しいです。略して「ネサフ」。

   ともかく、ブログを始めてから、「ネット・サーフィン」をよく行っています。頭に浮かんだ言葉をキーにして検索すると、思いがけ無いサイトが出てきて、それをテーマにブログにアップしたくなることがあります。例えば、つい最近、「ネット・サーフィン」をしていたら出てきたのが「世界三大古戦場」というサイトです。

  そこで、ブログのテーマに取り上げてアップしたのが「世界の名だたる三大合戦」というタイトルの記事。つまり、「ネット・サーフィン」の産物と言っていいでしょう。そうしたら、今度は関ヶ原の合戦で天下を取った徳川家康が江戸を世界一流の都市にしたことが頭に浮かび上がったのです。

   それで、今度は「徳川四代 大江戸を建てる!」という本が脳裏に出てきて、家康が水の確保に苦労していた記事をベースにした「飲料水で苦労した徳川家康」というタイトルの記事をアップすることになり、「ネット・サーフィン」のお陰で二本の記事を続けて書くことが出来ました。ネットって本当にいいです。

右利きと左利き

   ネットで《なぜ一定確率で存在する左利きに関する驚くべき10の知識と研究》というサイトを発見しました。中々面白いので読む価値があります。世界的に見て人間は右利きが圧倒的に多く、左利きは約10%なのだそうです。しかし、私は基本的に右利きなのに、どういうわけか、ハサミだけは苦労しないと右では切れません。

   また、私が勤務していた会社の社員に右でも左でも普通にOKの人がいて、右手に持った箸と左手に持った箸を同時に使い、巧みに食事しているところなど実に芸術的で感嘆の声を発したくなりました。そして、左手で電卓を扱いながら右手で字を書いてる光景など、誰か呼んできて見せたいと思ったことがあります。

   それにしても、販売されている道具類はほとんど右利き用に作られているので、不自由を感じて、右利きになるように矯正してる人もいるようです。ところで、動物は右利きと左利きが50%だそうですが、どうして、人間は約10%の確率で左利きがいる理由はまだはっきり解明されてないようです。

   ただ、ある本によると、人間は大事な心臓を守るには右利きでなければならないので適応でそうなったという説。つまり、人間は戦う時、左手に盾を持って左胸の心臓を守りながら、右手に武器を持って戦うので、右利きでないと大変だからです。でも一塁が少し近い野球は絶対に左利きが有利なのは言うまでもありません。

W杯ロシア大会の仕組と予定

   いよいよサッカーW杯が開幕しました。気になるのはテレビ放送のスケジュールで、ネットでグループ別の全64試合の放送予定表を見つけましたのでチェックしてみて下さい。放送時間が日本時間で表示してあるので、深夜などに放送がある時は、録画のシステムを活用し、昼間、ご覧になることをお勧めです。

   それでは、まず全体のシステムを改めて確認しておくのがいいでしょう。予選で出場の権利を得たのは32カ国。それが、AからHまでの8つのグループに分かれています。つまり、1グループは4カ国、従って、トーナメント戦に出るためには、3試合を戦って、勝ち点が上位2位にならならなければなりません。

   つまり、8グループの2チーム16カ国がトーナメント戦を戦って優勝を争うのです。さて、日本にスポットを当てましょう。日本はHグループで、その4カ国はコロンビア、ポーランド、セネガル、日本。従って、日本は6月19日にコロンビア、6月24日にセネガル、6月28にポーランドと戦います。

   この激戦を制して、何とか1位になったら7月3日にG組2位、2位の場合は7月2日にG組1位と戦い、それに勝てば準々決勝が7月6日と7日、準決勝が7月10日と11日、3位決定戦が7月14日、そして、決勝戦が7月15日。たとえ確率は低くても、可能性はあるので予定表を見ながら大いに応援しましょう。

ジャズ・ヴォーカルと美文

   私が大切に保存している五冊のジャズの本があります。「ジャズ・ヴォーカル感傷旅行」「ジャズ・ヴォーカル哀愁旅行」「ジャズ・ヴォーカル抱擁旅行」「ジャズ・ヴォーカル追憶旅行」「50年代ジャズ青春譜」。著者は北村公一さんというジャズや映画について書かれているエッセイストです。

   たまたま30年近い前のある日、本屋の店頭で「ジャズ・ヴォーカル哀愁旅行」(現代書館)を見つけ、立ち読みすると、文章がロマンに満ちて誠に美しく、筆致が私の好みにぴったりで、著者のほかの本が読みたくなりました。そこで奥付に住所が書いてあったので、本の感想と次の発刊を望んでいる手紙を送ったのです。

   すると北村さんから丁寧なご返事を頂き、以来、ずっと年賀状のやりとりが続いています。年賀状に時にニューヨークのジャズ・クラブに行ったことなどが書いてあり、そのあたりのことをもっと詳しく聞きたいと考え、手紙を出そうと思いつつ月日が流れてしまいました。でも年賀状の交換は途絶えていません。

   その北村さんから、昨日、俳句集団を立ち上げた旨の葉書を頂戴し、そこに《飽きずにまた俳句展をやります。ぜひご来場を》と書いてあります。北村さんに初めてお目に掛かる絶好の機会なのでどうしようかと思いながら、昔作った拙い一句《路地裏や 闇深まりつ 遠花火》を入れてお礼の葉書を送ったところです。

洒落たアメリカ映画「脱出」

   かなり以前、NHKBSから録画したビデオ・テープの映画「脱出」をDVDにダビングしてご機嫌です。最近はいい映画にお目にかかれないで溜息をついてる映画ファンに声を大にして薦めたい極上のアメリカ映画です。原作は文豪アーネスト・ヘミングウエイ、原題は「TO HAVE AND HAVE NOT」。

   大好きなハワード・ホークスが、腕によりを掛けて演出しています。出演者はハンフリー・ボガード、映画に初めて出たローレン・バコール、ピアニストで作曲家のホーギー・カーマイケル、そして、名脇役のウォルター・ブレナン。何しろボガートはこの映画でバコールと恋に落ちて後に結婚しています。

   この映画の評価は映画大辞典の10点の人のコメントがいいでしょう。《例えば一人でDVD鑑賞して観終わった、その瞬間に画面に向かって拍手喝さいしてしまう、そんな作品です。…緊張感と味わいに満ち溢れた名場面の数々と一瞬たりともダレることがないそのテンポ!これぞ傑作中の傑作です!》。

   ともかくこの映画を観ずして映画を語るなかれです。何しろカッコいいシーンがやたらに出てきます。とくにラスト近く、ホテルの部屋で敵に囲まれたボガートがバコールに抽出の中の煙草を所望します。バコールは開けた抽出をそのままにしておくと、ボガートはその中の拳銃で相手を倒して脱出。絶対にお奨めの映画です。

飲料水で苦労した徳川家康

   一昨日、徳川家康が関ヶ原の戦いによって、日本の覇権をほぼ決定づけたことを書きましたが、今日は河合敦著「徳川四代 大江戸を建てる!」(実業乃日本社)より、徳川家康が未開の地であった江戸をどうやってガラリと姿を変えて、世界有数の大都市にするまでの苦労話の一部を書きます。

   そもそも、家康が天下を取った後、すでに江戸城は老朽化でボロボロになっていたのに、何で江戸を本拠地に定めたかというと、家康は江戸の利点を熟知していたからです.。江戸の町は海に近く、水運にも恵まれ、北や西に向かっての陸路にも適していて、抜群の地理的条件に魅力を感じていたのです。

   ところで、家康が江戸に来て、最初に取り組まなければならなかったのは飲料水の確保。何しろ、徳川家が江戸に入りるに際し、家臣とそれを支える多くの人が江戸に移住してくることになり、当然、人口が急増します。従って、飲み水が不足してはそれこそ死活問題と言っていいでしょう。

   そこで、良質の水を調達するには深い井戸を掘らなければなりませんが、それには沢山のお金と技術が必要です。そこで、家康は川を堰止めて飲料水用のダムを作ることを考えたのです。それが「千鳥ヶ淵」と「牛ヶ渕」の二つのダムで、現在も皇居のお濠にその名を残しています。やっぱり、家康は偉いです、

1メートルを定義した方法

   長さの単位1メートルをどうやって決めたかご存知でしょうか。そもそも、日本では「尺」を使っていたように、世界中いたる所で様々な単位を使っていました。しかし、交通が発達し、世界の流通が活発になると、共通の単位が必要になり、世界中の誰でもが解る単位としてメートルを使うことにしたのです。

   それなら、1メートルの長さは何を基準にすればよいか色々と考えました。そして、フランスの議会で「北極から赤道までの距離を計算によって求め、それを1万で割った値を1メートル定めました。ところが、地球は自転するので、その歪みによってどうも寸法が不安定になってしまうのです。

   そこで、1960年に開催された国際度量衡総会(CGPM)で、クリプトン86元素が真空中で放つ橙色の波長をもとに1メートルの長さを定義しました。しかし、この方法は何となく釈然としないので、科学者たちは集まってもっといい方法があるのではないかと色々と模索したのです。

   その結果、レーザー技術の進歩を踏まえて、光の速さと時間をもとに決めた方法が299,792,458分の1秒間(この根拠は不明)に、光が真空中を伝わる距離を1メートルに定義しました。そんな方法で作ったメートル原器は、パリの国際度量衡局に保存されているようです。

世界の名立たる三大合戦

   ネットに、書いた人不明の「世界三大古戦場」という記事を見つけました。まず、最初は1815年6月18日にベルギーのワーテルロー近郊において、イギリス、プロイセン、オランダの連合軍とフランス軍との間で行われた「ワーテルローの戦い」で、ナポレオンの最後の戦いと言われています。

   この時、ナポレオンは深刻な痔疾に悩まされ、しかも下痢ぎみで、太って重くなった尻が鞍にすれて激痛が走り大変だったと何かの本で読んだ覚えがあります。次は1863年7月1日~3日に行われたアメリカ合衆国の南北戦である「ゲティズバーグの戦い」、これは南北戦争史上最大の激戦地となりました。

   そして、3番目は1600年10月21日に行われた天下分け目の大合戦「関ヶ原の戦い」。徳川家康を総大将とする東軍と石田三成を中心とする西軍との戦いです。西軍の将軍の多くは豊臣秀吉恩顧の武将で、家康は豊臣家の家臣同士の成敗合戦という建前をとり、豊臣家は表向きは静観の立場を取りました。

   しかし、この戦いは実質的に徳川家康の覇権を決定づけることとなり、関ヶ原における決戦を中心に日本の全国各地で戦闘が行われ、この合戦を最後に、日本国内の内戦に終止符を打ったと言っていいでしょう。ともかく、これ以降、武士がお互いに斬り合って命を落とすことが無くなった非常に意義のある一戦でした。

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