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インタビューは超大変な仕事

 阿川佐和子さんと言えば、洗練された上手なインタビューで有名で、トーク記事を見かけたら必ず読んでいます。例えば「週刊文春」の「阿川佐和子のこの人に会いたい」にしても、「週刊文春」を買って読まなかったことは一度も無いと言っていいでしょう。ともかく、阿川さんは会話のコツに精通されています。

 そこで、阿川さんが書いた副題に「心をひらく35のヒント」とある「聞く力」(文春新書)を読んでみたくなり買いました。その中に「お決まりの話にならないように」というタイトルの一文があり、インタビューの裏話なので、ちょっと紹介したくなりました。まず、インタビューの相手をよく把握するのは当然です。

  ともかく、これからインタビユーする人物の短所や長所、趣味、食べ物の好き嫌い、エピソード、家族構成など予め調べておかなければならない事は多々ありますが、知っておかなければならないのは、そればかりではありません。つい最近、どこかでインタビューをされていて、どんなことを質問され、何と答えていたかも知っている必要があるのです。

 つまり、それを知っていないと、再度、同じような質問をして、同じような答が返ってくる可能性があるからです。要するに会話の固定化でお決まりの話になってしまいます。当然、読んだ人は「そんな事はとっくに知っている」になって会話に魅力が無くなるのです。インタビユーは私が考えていた以上に大変な仕事だと思いました。いやはや、ほかのトークの内容まで知っている必要があるとは驚きです。

 

ライオン一頭驚きの10万円

 昨日、9月20日の朝日新聞朝刊の第一面の見出しは「ライオン10万円 猫より安い」。つまり、動物園がライオン一頭をやり取りする時の価格が10万円だというのです。動物取引に携わる動物商によると「ライオンは余っている。ほしいと言ったらタダでくれるところはいくらでもある。買うとしても猫より安い」とは。

 朝日新聞社の調べでは、2014年度から5年間で、全国の公立動物園から搬出されたライオンは14頭、そのうち11頭が無料で貰われているのです。このほか、例えば熊本市動植物園は2015年、市立動物園から10万円で、雄ライオンを購入しています。また、東京都の資料では、ライオンの資産価値は10万円だそうです。

  ライオンは繁殖が容易で、一度に3頭前後を産み、人気があるので増やす動物園も少なくありません。成長すると親との闘争のリスクが出てきたりして、エサもいっぱい食べるのです。動物園の関係者はこう言ってます。「ネコ科のライオンはギリギリまで置いとくと、何が起きるか解らないので成長したら出さざるを得ないのです」と。

 動物園で生まれて、最初は祝福されていても、成長するにつれて次第に飼えなくなり、受け入れ先を探さなければならないとは驚きです。つまり、エサをいっぱい食べたら、動物園の経済的負担が大変なのは当然でしょう。こうした存在を動物園業界では「余剰動物」と呼ぶのだそうですが、入場料を稼いでいるのに何だか気の毒になりました。では、感動するライオン親子兄弟の情愛の動画です。恐らく長く観ていても飽きないでしよう。

 

京都旅行思い出の「本能寺」

 何年か前、家内と京都に旅行した時、「本能寺」に寄りました。言わずと知れた織田信長が襲われたお寺で、1582年(天正10年)6月2日、家臣明智光秀の謀反によってあえなく人生を閉じた「本能寺の変」の舞台です。境内には信長を祀った信長廟や信長と共に散った家臣たちの墓が設けられています。

  しかし、このお寺はその時の本能寺ではなく、1592年に豊臣秀吉が再建したもので、信長が討たれたお寺は別の場所にあり、現在の本能寺は信長が果てた地ではないのです。このことについては、㈱アントレックス発行の「日本史の裏」という本に詳しく書いてあり、これはそれからの引用です。

  そもそも本能寺は1415年(応永22年)に僧、日隆によって建立されたのが始まりで、当時は油小路高辻にありました。その後、京都の街中を転々とし、本能寺の変が起きた当時は、中央区油小路通蛸薬師付近にあったのです。その場所には、現在、「この付近本能寺跡」の石碑がひっそり建っています。

  それにしても、事件が起きた前日はお茶会を開いていたようで、いつ誰かが襲ってくるか解らない戦国時代に、信長はなぜ無防備なお寺に泊まってお茶会など開催してたのか大疑問です。また、信長の最期の言葉として有名な「是非もない」(しかたない)は、いくら最後の言葉と言ってもまさか、襲われている最中に言うはずがなく、信長はこの事をかなり前に予感していたに違いないと推測せざるを得ません。

大坂なおみ優勝で9位が3位

 「全米オープンテニスの女子シングルス決勝戦」、WOWOWのお陰で最初から最後まで録画してすべて観ました。大坂なおみの相手は、準決勝のセリーナ・ウイリアムスかヴィクトリア・アザレンカのどちらかに決まった時、相手は間違いなくウイリアムスと思っていました。何しろ、ウイリアムスとアザレンカの対戦は、過去、22回あり、ウイリアムスの18勝4敗では、ウイリアムスが勝って順当。

  ところが、勝負はやってみなければ解りません。何とウイリアムスはアザレンカに負けてしまい、決勝戦の相手は、アザレンカになりました。大坂なおみのアザレンカとの対戦成績は2勝1敗ということもありますが、どちらかというと、ウイリアムスと戦うよりアザレンカの方が勝てそうに思えたのです。

  さて、この一戦、大坂なおみは、第1セットこそ6-1で取られましたが、第2、第3セットは危なげなくアザレンカを寄せつけず、全米オープン2度目の優勝を飾りました。この優勝により大坂なおみの世界ランクは9位から3位に浮上。大坂が3位になるのは、今年の1月13日の週以来で238日ぶりです。

  そして、今年の五月に、アメリカの経済誌「フォーブス」が発表した大坂なおみの年収は契約などの副収入を含めると3740万ドル(約41億円)。あのロシアのシャラポワさえ上周り、女子アスリート史上最高額を更新し、世界で最も稼ぐ女子アスリートになりました。では「全米オープンテニス女子シングルス決勝戦」のハイライトです。

クリスティ登場の「天声人語」

 朝日新聞9月12日土曜日の「天声人語」は、推理小説が好きな方なら知らない人はいないアガサ・クリスティの話です。しかも、傑作の評判が高い「アクロイド殺し」のこととあっては夢中に読みました。そして、その書いている内容は「天声人語」著者の知人が大学時代にこの小説を読み、それに使われていた機器に納得がいかなかったのです。

 そこで、そのことについて、クリスティ本人に思い切って手紙で問い合わせたのだそうです。すると、その一ヶ月後にまさかの返信が届き、それから月日が流れて6年後、会社員になった知人に、英国からおどろくべき招待状が到着。知人はわくわくしながらクリスティの別荘に行ったのです。恐らくびっくり仰天したに違いありません。

 知人は、クリスティにお茶や食事を頂きながら無我夢中で語り、夢のような二日間を過ごしたのです。普通、アガサ・クリスティのような著名な推理作家が日本の一ファンに手紙をくれるとは考えられず、きっと文面にとても魅力があったのです。クリスティはそれを読んで、会って話がしたくなったのでしょう。いずれにしても、非常に幸運な出来事で、存知あげない方の話でもドキドキします。

  ところで今年、アガサ・クリスティが作家になって100年だそうですが、「アクロイド殺し」は6作目。私も読んだ覚えがありますが、トリックについては、すっかり忘却のかなたに消えています。ネットを探したら「アクロイド殺し」というウィキペディアがありましたので、リンクしますが、これからこの小説を読もうと思ってるか方はパスした方がいいのは勿論です。ところで「天声人語」の著者もクリスティのファンのようで、実は私も同じです。


 

 

「なめくじ」の脳に虜の教授

 今日はちょっと珍しい大学教授を紹介しましょう。京都大学を卒業し、現在、福岡女子大学教授松尾亮太氏は、約20年前に「なめくじ」に出会い、その脳が人間の脳と太刀打ち出来ることを知り、世界でも珍しい「なめくじ」研究の第一人者になり、それに関する本をいっぱい出版されています。

 まず、「なめくじ」とはどんな生物なのかウィキペディアでざっと調べてみると、《ナメクジ(蛞蝓)は、陸に生息する巻貝(軟体動物門腹足綱)のうち、殻が退化しているものの総称。またはナメクジ科の一種であるMeghimatium bilineatumの和名。ナメクジラ、ナメクジリともいう》。ともかく、私も見たことがありますが、なんとなく気持悪いです。

  ところで、2019年(令和元年)5月30日午前9時40分頃、北九州市小倉―門司間の鉄道用電力設備内に侵入した「なめくじ」が、電気回路の短絡を引き起こし、JR九州管区内において大規模停電が発生。1時間超に渡って、特急「ソニック」を含む上下26本の列車が運休し、計約1万2千人に影響が生じた》そうです。

   もしかしたら、頭のいい「なめくじ」ならではのワルサかも知れません。でも、松尾教授には悪いけど、この生物を見て、研究するのはとても私には無理のような気がしました。では、松尾教授が記した「なめくじ」に関する論文です。また、松尾教授提供の「なめくじ」の動画(動かなかったら画面をクリック)が少しだけありました。

紫式部と清少納言の二作家

 今から約1200年前の平安時代に活躍した女流作家と言えば、小説「源氏物語」を書いた紫式部と、随筆「枕草子」を書いた清少納言の二人と言えるでしょう。ところで、この二人は、宮廷で侍女として仕えていた同じ境遇で、文才もあり、お互いに尊敬していたように思えますが、実はそうでは無かったようです。

 と言っても紫式部と清少納言には面識が無かったようで、不仲と言うより、紫式部が一方的に「紫式部日記」の中で、「清少納言は利口ぶって漢字を書いてるが、よく見ると足りないところが多い」とかなり辛辣な評価をしてるようです。では、二人の和歌の腕前はどうだったかを比較するのが面白いかも知れません。

     まず、紫式部の作品は百人一首に選ばれている「めぐり逢ひて 見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな」、そして「身の憂さは 心のうちに したひきて いまここのへぞ 思ひ乱るる」「み吉野は 春のけしきに かすめども 結ぼほれたる 雪の下草」。

    また、清少納言の作品は「夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ」「我ながら わが心をも知らずして また逢ひ見じと 誓ひけるかな」「言の葉は つゆ掛くべくもなかりしを 風に枝折ると 花を聞くかな」があり、優劣を決めるのは恐らく専門家でも難しいに違いありません。容貌の比較についてはカメラが無い時代(有ったらなぁと誰も思うでしょう)ではまったくお手上げです。

初めて観た是枝監督の映画

 8月23日の日曜日にWOWOWで放映した是枝裕和監督が2011年に制作した映画「奇蹟」を録画しておいて観ました。初めての映画は、ほとんど予め映画大辞典の評価で知っているので、見終わってからの落差はあまりありません。何しろレビューに0点を付けてるけてる方がいるので大体は解ってました。

  この映画をネットで調べると、2011年に九州新幹線が開通し、それを記念して、JRが是枝監督にオファーして、鉄道ファンでもある是枝裕和氏は直ちに承諾、脚本も監督も自分でやることで作った映画であることを知りました。ご存じない方のためにあらすじを紹介します。

  九州に、ある家族が存在し、両親が離婚して、小学校6年と4年の兄弟は鹿児島と福岡に離れ離れになって暮らしています。映画は、この小学生の兄弟をベースに、日々の生活を描いているもので、題名の奇蹟は、開通した新幹線の上りと下りがすれ違う時に奇蹟が起きる言い伝えだそうですが、実際には何も起きていません。

  では、映画大辞典の「奇蹟」で、1点の人のレビュー《どこかで「奇跡」に近い偶然が起きて感動的な気持ちになるのかな、と軽い気持ちで最後まで観たが、叶わなかった。子供の演技に微笑ましいところもあるが、この映画の良さを自分はほとんど理解できない。現在の不安感や将来への希望といったものが「おぼろげ」にでも出てくればいいが、それを見る側に感じて欲しいというのはさすがに難しい》。最後に見終わってからの私の感想です。もし私が脚本を書いたら、奇跡が起きて復縁し、家族四人が仲よく暮らしている結末にしたのにと思いました。勿論、ラストシーンは四人の笑顔です。

東京で浮世絵の展覧会開催

 9月2日付の朝日新聞夕刊によると、東京上野の東京都美術館の「THE UKIYO-E-2020-日本三大コレクション」展は、東京渋谷の太田記念美術館、長野県松本市の日本浮世絵博物館、東京都の平木浮世絵財団という国内の三つの主要な民間コレクションから計450点を集め、前期と後期の半分に分けて紹介しています。

 何しろ質の高い作品を年代順に並べ、江戸時代の浮世絵の歴史を振り返る試みです。ともかく、浮世絵は、墨一色の墨摺絵として、1673年頃の菱川師宣の作品から始まります。菱川は版本から挿絵を独立させ、浮世絵の元祖と言われていて、1760年代には多色摺版画の錦絵が誕生しています。

  浮世絵は色彩が豊かになると、表現も多様になり、喜多川歌麿が「高名三美人」で3人の女性を三角形に配置し、東洲斉写楽は「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」で歌舞伎の緊張感のある一場面を絵にしました。また、1830年に作られた風景画の名作葛飾北斎の「富獄三十六景」が有名です。

  浮世絵は海外での評価が先行してしてしまい、国外に流出した作品も数多くあり、何とか優れた作品を日本に残そうと尽力した先人が何人もいます。それに東京の六本木の「森アーツセンターギャラリー」の「おいしい浮世絵展」には江戸時代の庶民の暮らしぶりが克明に記録された絵があるそうですから、これもお薦めです。

待ち遠しい池上彰氏の解説

 そろそろ「週刊文春」に連載している池上彰さんのコラム「そこからですか!?」にアメリカ大統領選挙の話が載る頃だと思い9月3日号を買ったらあてがはずれ、今回は副大統領の話でした。何しろ、池上彰さんの解説は、解りやすい上に非常に楽しく、私が「週刊文春」をよく買うのはこれを読みたいのが目的と言ってもいいかも知れません。

  今回のテーマは「副大統領とはどんな役割?」、ためになるので、お読みになったいない方のために、掻い摘んで紹介しましょう。この書き出しは《アメリカの副大統領は選挙の時に名前を売るが、まもなく姿を消して人々の記憶から消える》。ところで、副大統領の公邸はどこにあるのかこの記事で知りました。

 実はホワイトハウスからかなり離れたアメリカ海軍天文台の敷地内だそうです。今回、民主党の大統領候補に決まったジヨー・バイデンは、副大統領候補にカマラ・ハリスを指名しました。バイデン候補は、現在、77歳の高齢ですが、ハリス副大統領候補は若い黒人女性です。

 なにしろ、バイデン候補が今回当選しても四年後には81歳、とても二期目は望めそうもありません。そこで、四年後にはカマラ・ハリスを後継者に指名するのではないかと見られてるそうです、ところで、肝心の大統領選は、現在、バイデンのポイントの方がトランプより高そうですが、池上彰さんの詳しい解説が待ち遠しいです。

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