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ああ映画「バグダッド・カフェ」

 相当な映画好きで、古今東西、恐らく数百本の映画を観てるであろう私が「これぞ映画好き必見」と思った一本の西ドイツ映画を紹介しましょう。2021年9月現在「映画大辞典」に193人の投稿があり、そのうち7点~10点の方が127人(約66%)もいる映画で、その題名は「バグダッド・カフェ」、1987年制作の映画です。

 この映画を評価するには10点を付けてるひとりの人のコメントをそのまま書くのが適切かも知れません。《イケメンも美女もいない。派手な演出があるわけでもなし、とくにこれといって物語に起伏があるわけでもない。なのに良い映画だと思いました。雰囲気?不思議な映画です。うまく言葉で説明できない。荒んだ心が洗われる。つまらない人にはとことんつまらない映画でしょう》。それでいて、音楽がいつまでも耳に残り見終わった後の余韻が中々消えないのです。まさにこんな映画観たことない。

 それに、この映画には、悪役びったりのハリウッドの俳優がひとり出演しています。その俳優の名前はジャック・バランス、映画「シェーン」のラストで、アラン・ラッドと拳銃の撃ち合いをして、やられるガンマンです。映画が始まって直ぐにこの俳優に気がついた方はかなりの映画好きに間違い無し。この映画の監督パーシー・アドロンがあえて出演を頼んだとしか思えません。役はこの店に居候の三文画家です。

    映画はDVDを観て頂くとして、コーヒーカップ片手にうすら笑いのジャック・バランスの映像を紹介したくなりました。このデブのおばさん主演の不思議な映画(0点と10点が混在)「バグダッド・カフェ」是非、ご覧になって下さい。ところでこの監督、何と2010年にマーラーの伝記「君に捧げるアダージョ」(音楽映画ですよ)という映画を作っています。いやはやこのDVD、マーラーのファンとしては銀座の「山野楽器」か「ヤマハ」で探さなくっちゃ。それにしても画家がデブのおばさんに結婚を申し込み彼女はブレンダ(次第に仲よくなった女店主)に相談すると言って映画は終ります。この監督きっととても優しい方だと思いました。何だかほのぼのとするいい映画です。

「起承転結」を論じる岩波新書

 「広辞苑」で名をあげた岩波書店に「四字熟語ひとくち話」というタイトルの新書があり、私の愛読書の一冊と言っていいでしょう。私が15年前の2006年にブログを始めるに際しそのタイトルを「ドアのない談話室」に決めて、以来、これを変えることなくずっと続けているのは、恐らくかなり気に入ったに違いありません。

 そして、毎日、文章を書くには、全体の長さに基準を設けないと困るのではないかと思い、最初は無我夢中でうまい方法を考える余裕などあるはずがなく、「適当に始めて適当に終わらす」しかなかったのです。やがて「起承転結」を思いつき、全体を四ブロックに分けるのが最善に気がついたのです。

 ところで、この「起承転結」はこの新書の2番目にあり、書き出しは《大坂本町糸屋の娘、姉は十六妹は十四、諸国大名弓矢で殺し、糸屋の娘は目で殺す。この俗謡風の文句、「大坂本町」が「京都三条」であったり、「糸屋」が「紅屋」であったりすして、細かな語句の異同は限りなくあるから、それはさておいてほしいとか》。

 第一、この文句の作者、頼山陽は諸伝まちまちで、まあ、それだけよく知られよく伝えられてきたということ。ともかく「起承転結」の例として、実にうまくできています。漢詩の絶句は四行の句から成り、その四句が起・承・転・結の構成をとっているのです。まず発端、それを受けた展開、まったく別の話題に転じたかと思うと、最期はうまくまとまりが付く。頼山陽はその説明に、冒頭の俗謡を示したというのです。なるほど、味わうほどに、下手な漢詩なんぞよりずっと面白いと。文句は調子がよいに限ります。

 

読む価値ある「裏ネタ日本史」

   あと三ヶ月ほどで赤穂浪士「四十七士」が吉良邸に討ち入りした12月14日がやってきます。後に「忠臣蔵」として歌舞伎や多くの映画、小説、テレビドラマとして取り扱われてる実話です。命を投げ打って忠義の精神を実践した「四十七士」は日本人のメンタリティと抜群の相性でこよなく愛され続けています。

   ともかく、主君の恨みを晴らした後、その責任を取って全員切腹したはずの47人の中にたった1人だけ41年間生き続け、何も語らないまま83歳でその一生を閉じた武士がいるという話が「裏ネタ日本史」(宝島社)に書いてあります。この本にその氏名まで明確にあり、その男、寺坂吉右衛門がどうして切腹を免れたかの幾つかの説が書いてあるので紹介しましょう。

   まず、何人かの仲間の話によると、寺坂は12月14日まで吉良邸には来なかったというのです。つまり、討ち入りには参加してなくて討ち入りは46人で行われたというのです。また寺坂は討ち入りには加わったけれど、泉岳寺には向かわずに途中でいなくなった説があります。

 そして、もう一説は寺坂は浅野内匠頭の臣下ではないので切腹するのは気の毒でさせなかった説、そして、討ち入り後、大石内蔵助あたりから、なんらかの密命を受け、打ち入りのi生き証人として、後々まで生きて欲しいことになったというのです。果たして真実はどれだっかのかは寺坂が何も言わなかったので解らないそうですが、こんな話初耳の方沢山おられるに違いありません。一読をお勧めします。

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