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五輪開会式のネット上の評価

 オリンピックの開幕直前に演出責任者の解任でどうなることかと思っていた開会式が無事に済んで胸を撫で下ろしている日本人は沢山いることでしょう。果たして開幕のセレモニーが世界にハジをかかないで終わるであろうかという心配です。ところが、世界の人が絶賛したのは、スポーツの映像をパントマイムの「ピストグラム」を考えて世界中の人を楽しませてくれた方がいたのです。

  何しろ「ニューヨークタイムズ」が絶賛したほどで、私もその魅力の虜になりました。また、1824台のドローンを使い、最初にオリンピックのシンボルマークを描き、やがてそれが地球に変化していくコリようで、観ていてとても楽しく、世界中の人が高評価だったようです。

   それにしても、聖火リレーの最終ランナーに知名度が高いテニスの大坂なおみを起用したのもいいアイデアだと思いました。ともかく、開幕直前にアクシデントが起きながら、何ごとも無かったような顔をして、世界中の人が観ている開会式を行わなければならないのです。

 急遽、斬新なアイディアを盛り込んで観てる人を飽きさせない工夫をしたのは、日本人として拍手を送りたい気分でした。恐らくオリンピックの関係者がみんなで知恵を絞った成果だと思いますが、やっぱり日本人は凄いです。では、「開会式の世界の反響 」と世界が絶賛したパントマイムのピストグラム」(テニスのラケットを落としたのは勿論作者のユーモアでしょう)是非、繰り返し観て楽しんで下さい。

何と「哀愁」をリメイクした監督

 江古田駅近くの「ブックオフ》で児玉数夫著「リメイク映画への招待」という本を見つけ、買って家に帰りよく見たら、なんとあの沢山の人の涙を絞りに絞った「哀愁」をリメイクした監督がいるのでびっくりしました。何しろ、映画大辞典にも載ってないのですから興行成績はおして知るべしでしょう。恐らく惨憺たるものだったに違いありません。

 その映画は、1956年にMGMが制作した「哀愁物語」、レスリー・キャロンとジョン・カー主演で映画好きの私でさえ、映画名を聞いたことがありません。そこで、ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リー共演の1940年制作の「哀愁」のことを書きたくなりました。映画大辞典に50人のコメントがあり、うち8点~10点の方が26人(52%)もいます。

 第一、この映画の原題の「Waterloo Bridge(ウォタルー・ブリッジ)」(悲しいことがあった橋の名前)を「哀愁」に変えたことも、輸入した会社の功績と言えるかも知れません。もし、原題のままで興行したらと思うと、きっと輸入会社もほっとしたことでしょう。恐らくこの映画をご存じない方はいないと思いますが、恋愛映画の中でもかなり人気が高いのは間違いなく、ご覧になってない方は、絶対にDVDを買って観る価値が充分にあります。

 ともかく、キャンドルライトの中で「蛍の光」を踊るシーンは何度観ても大抵の方が涙が出ます。それにしても、この完璧に出来上がっている恋愛映画をリメイクした映画監督には驚きを禁じ得ません。予告編を見つけたので、何度も繰り返しご覧になって映画大辞典のコメントと共に、マービン・ルロイ監督の腕の冴えを楽しんで下さい。ともかく、歴史に残る素晴らしい恋愛映画です。

武藏と小次郎の超絶決闘描写

 宮本武藏の話をするのだったら誰だって真っ先に「巌流島」の決闘場面のことを書きたくなるでしょう。日本経済新聞社の元社員小島英ひろ著「宮本武藏の真実」(筑摩書房)という本に、この決闘を詳しく記した箇所があるのですべて書きたくなりました。この決闘場面は、何と言っても吉川英治の「宮本武藏」につきます。

 《小次郎、浅瀬に踏み込んで物干竿の太刀をふりかぶる。武藏は潮をけあげて岸へ。足が磯の砂地を踏んだ。ほぼ同時にこの太刀が、飛鳥のような全姿が「かっ」と、すべてを打ち込んだ。武藏は、櫂削りの木剣を背に隠すように構えた。

 巌流の刀は、頭上に鍔鳴りをさせたのみ。武藏の前へ九尺(約二・七三メートル)ほども寄ったところで、横へ身をそらす。武藏が巌のようにみえたからだ。こうして二人の生命は、完全な戦いの中に呼吸し合った。武藏も無念、小次郎も無想。真空。やがて、という程の間もないうち、大きな肉声がひとときを破った。

 巌流、武藏、ほとんど同音。巌を打った怒濤のように、二つの息声が、精神の飛沫をあげ合った。とたん、中天の太陽をも斬って落とすような高さから、物干竿の切っ先が細い虹をひいて武藏の真っ向へ。武藏の木剣が風をおこして動いた。巌流の長剣が眉間を割ってきた。もつれた一瞬、ふたりの間隔は遠のいた。武藏は正眼、巌流、上段。武藏がずかずか寄ってきた。巌流がはっと詰め足を止めた時、武藏の姿を見失いかける。櫂の木剣がぶんと上がった。六尺(約一・八二メートル)近い武藏の体が四尺ぐらいに縮まって見え、その姿は宙のもの。「――あッつ」巌流、頭上の長剣で、大きく宙を斬った。その切っ先から武藏の額の柿色の手拭いが、二つに切れて飛んだ。巌流の眼には武藏の首かと見えた。ニコ、と巌流の眼が楽しんだかも知れないその瞬間、巌流の頭蓋は櫂の木剣の下に小砂利ののように砕けていた》。以上、中断出来ずにほんとんど全文書いてしまいました。剣の心得がある方にはきっと楽しいに違いありません。(そうやたらにはいない!)

古本屋で見つけた抒情詩集

   家の近くを散歩していて、つい最近出来たかの古本屋を発見、小一時間、店内を散策した末にサトウハチローの抒情詩集「美しきためいき」を見つけ買ってきました。店主ははげたおじさんではなくて中年の女性です。奥付を見ると、初版が昭和四十二年四月二十五日発行ですからかなり古く貴重な本と言っていいでしょう。何だか古のロマンの香が充満してました。

  「本のはじめに……」に《やさしいコトバで詩をつづる、ボクのねらいはこれなのです。……》とあります。サトウハチローときいて直ぐに誰だか解った方は恐らくかなりお歳を召されているに違いありません。なにしろ小説家佐藤紅緑の息子です。その詩集に載っている情緒たっぷりの詩を二つばかり紹介したくなりました。

   まず「指のウタ」、《ねむれない日は おや指を いつでも かみます かんでます ひとさし指で あのひとの 名前を なんども かきました 手紙をかいて なか指に インキのしみまで つけました 目がしらつよく くすり指 おさえて 涙を とめました ためいきついて 夏の夜 やせてく 小指を ながめます ひィ ふゥ みィ よォ いつつの指を あわせて ただただ いのります》。

 そして「ピアノ」、《毎朝毎朝 通る道 今朝も きこえる きこえるピアノ どのよな人が ひくのやら とぎれてつづくは エリーゼのために 毎朝毎朝 通る道 つたの からんだ からんだ小窓 どのよな人が 住むのやら めぐらす想いに エリーゼのために エリーゼのために》。短い詩に何とも言えない情感が漂い、きっとサトウハチローのためいきが聞こえたことでしょう。では、サトウハチロー作詞中田喜直作曲の「小さい秋みつけた」を美女の二重唱で聴いて下さい。作詞も作曲も実にいいです。それに歌がうまいのですからもう最高!

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