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愉快な日本語の「オノマトペ」

 「オノマトペ」って何だかご存じでしょうか。実は擬音語、擬態語のことで、まずネットに「日本語再発見オノマトペの不思議な世界」というサイトがありますのでお読みになって下さい。何しろ笑い方だけでも「ケラケラ」「ゲラゲラ」「クスクス」「ニヤニヤ」「ニコニコ」「ニタニタ」と幾つもあります。つまり、これが「オノマトペ」なのです。

 また、痛みを表現するオノマトペとしては「キリキリ」「ズキズキ」「ピリピリ」「ジンジン」「ズキンズキン」「ビリビリ」「チクチク」「ガンガン」などがあり、歯が痛む時に「ズキズキ」痛むと言えば、本当に歯の痛さが伝わってきて、オノマトペの便利さに驚かされます。

 そうかと思えばゴロゴロなどは雷だけではなく、ちょっと食べ過ぎちゃってお腹がゴロゴロする、そんなゴロゴロしてないでちゃんとしなさいと子供に言ったり、岩や材木がいっぱいゴロゴロ転がっていると使います。つまり、意味が違うオノマトペと言っていいでしょう。

 では、英語のオノマトペです。乗り物の音、動物の鳴き声など日本語のオノマトペと同じような言葉はあるのですが、日本語の犬はワンワン、猫はニャーニャー、牛はモーモーのような的確な表現ではなく、何だか面白みに欠けて日本語のオノマトペが最も魅力的だと思いました。やっぱり日本語は世界に誇れる言語です。

貴重な小冊子「絵画の読み方」

   昔買って、ずっと大切にしている小冊子に「感動を約束する、新しい知的アプローチ!」という副題がついた 「絵画の読み方」 がありますので紹介しましょう。この本が最初に取り上げているのは、ヨハネス・フェルメールの絵画「絵画芸術の寓話」、この絵には「アトリエの画家」の別名があります。

   ともかく、この作品は、絵画の制作風景を描いているため、美術の教科書の表紙などに使われることが多く、誰でもが作者や作品名を知っているという名画ではないものの「見覚えがある」という意味ではかなりポピュラーな作品の部類に入るはずであるとこの小冊子の著者は書いてます。

   それに、この作品が描かれた一七世紀のオランダは、今日の私たちが知っているような意味での絵画の市民市場が初めて成立した地として美術史的に大きな異議を持ってるそうです。つまり、それまで、王侯貴族や教会に独占されていた絵画が、新しい顧客として上流市民を得たことは、絵画の本質を変える大事件だったのです。

   では、この絵の説明として、まず注目して欲しいのが画面の左手だそうです。重厚な質感を示すつづれ織りのカーテンガ左側へめくられたように描かれているのがよく解ります。つまり、画面の光景はすべて、いちばん手前に描かれたこのカーテンをめくった向こう側に展開さているのです。ところで、この絵の主人公は一体誰か。手前の画家は後向きで顔が見えず、左のモデルは描写が小ぶりで主役とは言えない。つまり、この画室全体がこの絵の主人公と見るのが「絵画の読み方」なのだそうです。やっぱり、絵画の鑑賞は難しいです。

 

沢山の種類が存在する「友達」

   友達にも色々あり、友達になった経緯を考えて見るのも無駄ではないでしょう。まず、なんと言っても学校関係、幼稚園から始まって、小学校、中学校、高校、大学など、生まれて学校で出会った友達が最も多いかも知れません。次に会社などの勤務関係、そして、そのほか趣味を通しての交友といったところでしょうか。中には、何だか解らないうちに「友達」になった相手もいるかも知れません。

   山本昌弘著「漢字遊び」(講談社)という本に、次の「友」の意味をお答え頂きたいという問題があり、25もあるので、ちょっと考えてみて下さい。①管鮑(かんぽう)の交わり②竹馬の交わり③魚水の契り④金石の交わり⑤金蘭の契り⑥膠漆(こうしつ)の交わり⑦口頭の交わり⑧爾汝の交わり⑨市道の交わり⑩杵臼の交わり⑪芝蘭の交わり⑫心腹の友⑬水魚の交わり⑭総角の好み⑮桑麻の交わり⑯耐久の友⑰断金の契り

 ⑱竹馬の友⑲肺腑(はいふ)の親(しん)⑳莫逆(ばくぎゃく)の友21布衣(ふい)の交わり22吻頚(ふんけい)の交わり23忘形の交わり24忘言の交わり25忘年の交わりで以上25で、幾つぐらいご存じでしょうか。さて、この解答は①互いによく理解し、利害によって変わることがない親密な交際のたとえ。②は⑱と同じ、③は⑬と同じ、④金石のように堅く敗れるこよがない交際。⑤非常に親密な交友⑥膠と漆のように堅くついて離れない密接な友情⑦口先だけで、腹を割ってまでつき会わない軽薄な交際

 ⑧「オレ」「オマエ」で呼び合う親しい仲⑨利害利得を目当てとするつき合い⑩杵と臼、上下の隔たりなく交際する相手⑪共に香気の高い草、つまり美しき交際⑫胸中を明かし合った親しい友人⑬水と魚のように切り離せない交際⑭幼なじみ⑮田園の交際⑯いつまでも心が変わらない親友⑲自分に近くて親しいもの⑳互いにぴったり気が合っていて逆らうことがない親友21身分や地位を超えた親友22相手のために首をはねられても悔いのない親友23外形にとらわれない心と心の付き合い24言葉を必要としない交際25年齢差にかんけいのない交際。かくして、友達はとても大切な存在ですから、大事にして決して裏切らないようにしましょう。その態度は相手もちゃんと見てくれます。

殿様をお世話するマニュアル

   歴史学者の磯田道史さんは、いっぱい本を出版されていますが、どの本も今まで知らなかったことが書いてありとても面白いです。今回は「歴史の愉しみ方」(中央公論新社)という本に、殿様をお世話するマニュアルを書いた古文書を見つけた事が書いてあり、こんな本、一般の人が眼ににするのは珍しいと思うので紹介しましょう。

   著者の磯田道史さんがその古文書を見つけたのは岐阜県恵那市の岩村という山奥の歴史資料館、ここにあった藩は3万石の小藩でしたが、マニュアル藩と言ってもいいくらい規則が好きな藩で、なんでもマニュアル化したのだそうです。例えば、殿様は朝起床すると、まず顔を洗いうがいをします。殿様が臭いと困るから当然でしょう。

   そして、マニュアルにあるのは5月5日よりは水、9月9日よりはお湯だそうです。しかし、殿様によって好みもあるので、水にするかお湯にするかを必ず尋ねる必要があります。つまり、殿様のマニュアルと同時に近習のマニュアルもあったようです。しかし、このマニュアルが活字化されているのはお互いに便利だったに違いありません。もし殿様が文句を言ったら近習はここに書いてあるのでと言えます。

   この本に余談として小泉純一郎首相の時、外務大臣になった田中真紀子さんに「重職 心得箇条」という本を渡したそうですが、これを書いた佐藤一斉は岩村藩の関係者だったそうですから、この殿様のマニュアルを書いた人も日本の大臣のマニュアルも同じ人とは何だか愉快です。それにしても、歴史学という学問も面白そうです。

田村正和氏のジャズ演奏映像

 昨日、ブログに《珠玉の映画「舞踏会の手帖」》をアップして朝日新聞の朝刊を見たら「田村正和さん死去」、何と田村さんは先月4月3日に77歳で亡くなられていたのです。実は私は田村さんのDVDを一枚、2007年の14年前に買って持っているのを思い出しました。

 それは映画「ラスト・ラヴ」という伊東美咲さんと共演した恋愛映画で、確か70歳の田村さんが恋愛映画を作るということで、かなり話題になった覚えがあります。しかし、私がDVDを買ったのは、ジャズが好きな方なら大抵ご存じのニューヨークの有名な「バードランド」が映画に登場することを知ったからです。

 それに、田村さんがサックスを吹き替えなしで、先生に教わって実際に演奏する事を知ったこともDVDを持ちたくなったのでしょう。何しろ、70歳の人が「バードランド」で演奏出来るようになるなんて、普通、考えられません。第一、内緒で行った「バードランド」で昔の仲間に見つけられて演奏することになる設定なんてカッコよすぎです。

    昨日、田村さんが亡くなられたことを知り、この映画を家内と一緒に観ることを思いついたのです。そして、最初から最後まで共に見て、田村正和という俳優さんが非常に持てた人気の理由を改めて認識すると同時に、かの有名な「バードランド」の映像を見ることが出来てとても嬉しかったです。ここで田村正和さんのご冥福を心からお祈り致します。

珠玉の映画「舞踏会の手帖」

 映画の本はいっぱい持っていて、今日取り出したのは、石森史郎著「スクリーンに乾杯!」で、中の「舞踏会の手帖」のことを書きたくなりました。1938年にジュリアン・デュヴィヴィエ監督が制作したフランス映画の名作ですが、デュヴィヴィエ監督はこの前年に「望郷」を作っているので、二年続けて凄い映画を作ったものです。

   さて、この「舞踏会の手帖」、著者の石森氏は《「望郷」とこの映画の一期一会が無ければ、私は映画に心を奪われるような人生を歩まなかったろう。よくぞ、私の人生を決定づける、かくのごとき映画を作ってくださいました。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督サマサマです》と書いています。

   ここまで書いたら、ポール・ヴェルレーヌの詩を書かざるを得なくなりました。「凍てつける公園を 影ふたつ行き去りぬ 唇は色も褪せて 声もたえだえに 凍てつける公園を 影ふたつ行き去りぬ 古き愛を今も思うやと なぜに君聞き給うや わが名に胸高鳴るか われを夢に見るか

 いや かの幸せの日々を 唇を相重ねし 甘き日々を 青き空に大いなる希望 希望は暗き空に消え ふたりは草分けて行きぬ」(私が読んだ詩集の訳は公園ではなくて廃園だった気がします)。この映画をご覧になっている方は、恐らくルイ・ジューベとマリー・ベルが暗い酒場で昔を思い出しながら二人で口ずさんでいるシーンが脳裏に浮かび上がったに違いありません。このシーンを観たいが為に何度観たか解らない方がいる(私も同じ)「舞踏会の手帖」。未見の方は人生損をしてるのは間違い無し。今直ぐににでもDVDを手に入れて、是非、ご覧になって下さい。但し、ロマンチックな気分になりたい方に限ります。

誠に解りやすい宇宙のはなし

 物理学者佐藤勝彦氏の文庫本「眠れなくなる宇宙のはなし」(宝島社629円)によると、およそ四世紀の末から十六世紀頃までにかけて、ヨーロッパではキリスト教が人々の生活と思想を支配していました。人々は教会が教える宇宙観、つまり、地球が宇宙の中心にあり、ほかのすべての天体は地球のまわりを回っているという説を信じていたのです。

 ところが、1000年以上にわたって続いていたこの思想がついに打ち破られる時がやってきたのです、それがルネッサンスの到来で、コペルニクス、ガリレオ、ニュートンといった天才たちが、教会の教えを否定し、まったく新しい科学的宇宙観を示したのです。人々はどんなに驚いたことでしょう。恐らくびっくり仰天です。

 しかし、コペルニクスもガリレオもニュートンも最初は「神様」の存在を信じていて、全知全能の神が宇宙を作り、それを支配していると思っていたのです。にもかかわらず、彼らが明らかにした宇宙の真理は、玉座から神様を追い落とし、それに代わって玉座に座ったのは人間なのです。何と偉大な人間でしょう。

 ともかく、ガリレオがこの世を去った翌年、1643年にイギリスの片田舎にニュートンが生まれました。何しろ、誰でも学校で恐れをなした微積分法を発見したのはニュートンで、ニュートンは宇宙の星々も地上の物体も、まったく同じ運動法則によって貫かれていることをコンピューターが無い時代に明らかにしたのですから凄いです。誠に解りやすく書いてあるこの本、是非、一読をお奨めします。

お薦めの短編「パリ行最終便」

 何か胸に迫る小説を読みたいと思っている方に、飛びきりいい短編小説を紹介しましょう。著者はお医者さんで作家の渡邊淳一氏、舞台は12月のオランダのアムステルダムで、主人公は妻子ある男を忘れるために日本を離れて大手商社の支店に務めて暮らしている靖子という女性です。

 ある日、その彼女に航空便が到着。「…二日パリに行きます。しかし、パリはその一日だけで、三日にはベイルートに発たなければなりません。本当はあなたのいるアムステルダムまで足を伸ばしたいのだけど、急ぐ用事の上、部長と一緒なので自由がききません。そこで勝手なお願いですがパリまで来てくれませんか…」。

 さて当日、同僚のヨハンナにも事情を離してない靖子は、スキポール空港に行くべきか止めるかずっと悩んでいます。悩んだ末に聞くだけと言いながら空港にパリ行きの飛行機の時間を尋ねます。20時発と20時55分発の2本、当然、後の飛行機はパリ行きの最終便でこれに乗らないと今日はパリには行けません。

 これからが渡邊さんの腕の見せ所で、靖子の悩みを実に延々と描写していますが、この小説をどうしても読んで頂きたい私としては結末を書かないのがエチケットなのは言うませも無いでしょう。この「パリ行最終便」、新潮社から文庫本(私が買ったのは280円)で発売されていて絶版になっていないので、是非、お読みになって下さい。読み終わって恐らく余韻にしびれます。

 

人はなぜ笑うかを詳細に解析

 三人の学者の共著「人はなぜ笑うのか」(講談社)によると、新生児の満足したほほえみは、生後一ヶ月以内に現れるのはほぼ確実だそうです。この時には笑うとまわりの人が「笑った、笑った」と喜んでくれるからで、人間は生まれたばかりでもそんなチエがあるのです。そして、月日を重ねて成長して大人になり、待ち合わせに遅れて「すまん、すまん」と謝る時、人は例外なく笑顔を作るそうです。

 このほか、何か小さな都合の悪い状態を作った時にも笑い、つまり「笑ってごまかす」ので、これは目の前に起こった都合の悪い状態を「価値無きもの」にしようとする「価値無化」の笑いというのだそうです。また、トラブルになりそうな状況を「笑いとばす」ののもこれにあたり、人間関係をスムーズにするための有効な手段なのです。

 ともかく、大人になってからの笑いは複雑で、ただ面白いから笑っただけではありません。例えば誰かがバナナの皮ですべってころんだ人を見た時笑うのは、「おれだったらあんなドジはやらないのに」という軽蔑と優越の入り交った独特の笑いです。つまり、人間は一筋縄ではいかないのです。

 また、会社でダジャレを飛ばして、まわりの人が笑ってくれたからといって、決してそのダジャレが面白かったからではなく、オセジで笑ってくれることだってあるのですから、大人の笑いをマトモにしてはいけません、ただ、「笑い」は万国共通で、笑顔は世界どこに行っても通じるのは事実のようで、フランス語が出来なくても笑顔だけでパリで暮らせるとこの本に書いてありました。  

豊富な色の「ボキャブラリー」

 好奇心や向学心旺盛な私は、明治大学教授斎藤孝著「知的な大人の語彙1000」(ゴマブックス㈱)という本を買いました。「語彙」とは英語で「ボキャブラリー」のことで、例えば誰かに「語彙」が豊富と言われるより「ボキャブラリー」が豊かと言われる方が、何だか嬉しくなりはしませんか。

 今日は、この本をベースに日本情緒を添えた「色」の話を書きます。まず、斎藤さんは □に字を埋めなさいという問題を提供しています。①空が夕焼けで、□色に染まった②唇に□□□□③情熱の証、深 □のバラを彼女に送った④怒りで満面□をそそぐ。答は①茜②紅をさす③紅④朱、これはそう難しくないでしょう。

 次は「黄色」を表わす、花の名をつけた呼称を三つあげて下さいで、答えは蒲公英(タンポポ)色、菜の花色、山吹色、温かな春を感じさせる鮮やかな黄色。蒲公英色が使われ始めたのは、比較的新しく、近代以降と言われているのだそうです。あと刈安色、黄金色、朽葉色、女郎花色。

 また、花、草、果物の名を冠した色の名称も実に沢山あり、桜色、桃色、撫子色、牡丹色、勿忘草色、露草色、杜若色、浅葱色、藤色、菫色、菖蒲色、桔梗色、柳色、草色、常磐色、若草色、萌葱色、松葉色、古桃色、小麦色、蜜柑色、人参色、柘榴、杏色、卵色、柿色、葡萄茶色などなど。日本語、本当に凄いです。

宝物の「万葉集」と「百人一首」

 日本には和歌を集めた「万葉集」と「百人一首」という二つの宝物があります。「万葉集」は、、奈良時代末期に成立したとみられる日本最古の和歌集で、和歌はすべて漢字で書かれ、全20巻4516首が収録されていて「雑歌(ぞうか)」、相聞歌」(そうもんか)、「挽歌(ばんか)」の3つのジャンルに分けられています。そして枕詞、序詞、反復、対句などが用いられています。

   何しろ、天皇、貴族、下級官吏など、さまざまな身分の人々が歌が収録されていて、作者不詳の和歌も2100首以上あります。それが証拠に、上野さんの紹介してる歌がやたらに作者不詳が多く驚きます。ともかく、編纂には大伴家持が何らかの形で関わったとされています。

 実は私は上野誠著「はじめて楽しむ万葉集」(角川書店)という文庫本を持っていて、時にペラペラ読んで楽しんでいます。別に研究するわけではないので「万葉集」を知るためにはこれで充分でしょう。著者の上野誠さんは、この本の最初に、この本はどこから読んでもよい。開いたページがはじまりです。考えるより、親しもう。学ぶより遊べが、この本の正しい読み方です。と書いています。

 一方、「百人一首」は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家などを藤原定家が選んだ和歌集で、定家が作成した色紙が原型です。従って、和歌以外は一つもなく、非常に親しみ易い和歌集です。それにしても、ちょっと不思議なことがあります。「万葉集」に入ってる持統天皇(三人目の女性の天皇)の「春過ぎて 夏来たるさし 白たへの 衣干したり 天の香具山」が「春すぎて 夏来にけらし白たへの ころもほすてふ あまの香具山」になって「百人一首」の2番目に入っているのです。まさか、編纂者の定家さんが勝手に変えるワケがないのですが、一体、どうしてこうなったのでしょう。

 

織田信長は「無神論者」の真偽

 鈴木真哉著「戦国武将のゴシップ記事」(PHP研究所)という本に《「無神論者」信長の真実》というタイトルの章があります。この書き出しは「織田信長が無神論者だったという解釈は、かなり流布しているようである。作家の司馬遼太郎さんなども、しきりにそういうことをいっておられるから、ご存じの方も多いに違いない」。

 恐らく、これは宣教師のルイス・フロイスが書いたものから出てきたようで、フロイスはその著「日本史」で「信長は神や仏の一切の礼拝、尊崇、ならびにあらゆる異教徒的な迷信慣習の軽蔑者であった。……霊魂の不滅、来世の賞罰などはないと見なした」と書いているのです。

 そして、フロイスは同じ著書の中で、「信長は禅宗の教えに従って、来世はなく、見えるもの意外には何ものも存在しないと確信していた」と記してるそうです。しかし、これは私の意見ですが、戦国時代の明日はどうなるか解らない時に、神様や仏様をまったく拝まないで生きていたとは信じられません。

 信長は無神論者と言いながら、彼が尾張の熱田神宮を丁重に扱っていたのは「信長公記」を見ても明らかだし、先祖の故地にあって織田氏の氏神でもある越前剣神社に対して格別の配慮を払っていたことについても、たしかな資料がいくらでも残っています。また、彼が目の敵にしていたようにいわれる仏教寺院に対しても、祈祷を依頼してお礼を受け取っていた例があります。やっぱり、信長は戦いの前夜「明日は絶対に勝ちますように」と神様や仏様にお祈りしていたに違いなく、どうやら「織田信長の無神論者」は「偽」のようです。

「コロナ」を語る山中伸弥教授

 「週刊文春」5月6日・13日ゴールデンウィーク特大号は、いつもの池上彰さんのコラム「そこからですか!?」ではなく、《ips研究は危機的状況にある!》をテーマにした山中伸弥教授との対談で、お二人とも話が面白いので、身を乗り出して読むことにしました。どうやら、このままでは資金難で研究がストップしかねないようです。

   ところで、さすが池上彰さんで、まず「ips細胞のお話の前に、新型コロナウィルスについて伺います。日本の現状を、どうご覧になっていらっしゃいますか?」で先にこのことを聞いておこうと思う気持よくわかります。池上さんは続けて、変異したウィルスが前のものに取って代わっていくのは、ある種の進化なんでしょうね。

   に対し、山中教授は「おっしゃる通りです」と同意された後、細胞の培養をしていて、変異した細胞があっという間に大部分を占めることがよくあり、ウィルスの変異も、同じように広がっていくんだろうなと思っていたようです。そして、すでに昨年、D614Gという変異㈱が出てきて、世界中はすべて、その㈱に変わり、いずれ日本でも感染力が高いイギリス型のN501Yになっていくのは間違いないでしょうと。

   ただ幸いなことに、ファイザーやこれから入ってくるモデルナのワクチンは。イギリス型に対しても、従来型とさほど変わらない効果があるようですと言ってます。こんな次第で、ipsの話になる前にコロナウィルスの話だけで終わってしまいましたが、これをお読みになりたい方は「週刊文春」をお買いになって下さい。

 

演奏者泣かせの「第九」の楽譜

 もし、あなたが熱心なクラシック音楽の愛好者で、2006年6月13日に他界された岩城宏之さんの著書「楽譜の風景」(岩波新書)をお持ちではなかったら、是非、近くの本屋に注文されてこの本をお読みになることをお奨めします。恐らく、「第九」の楽譜のことを知って驚愕するのは間違いないでしょう。

   ともかく、岩城さんは指揮者になる前は、オーケストラで「タイコたたき」(ディンパニーの演奏者)だったそうで、この本の中で《「第九」の謎》と題された「第九」演奏の裏話を語っています。何しろ。岩城さんは音楽家なのに、滅法、筆が立ち実に面白い一文を夢中になって読みました。

   クラシック・ファンならよくご存じのことですが「第九」の第四楽章は合唱が入り、200人に及ぶオーケストラとコーラスが力の限りフォルテッシモで演奏しているのに、ディンパニーの楽譜にはディミヌエンド(だんだん弱く)の記号が書いてあるのだそうです。つまり、最高の盛り上がりの最中にティンパニーだけが弱く叩いているのです。

   しかし、それをディミヌエンドしないで演奏していた指揮者は世界でジョージ・セルと私だけと岩城さんは書いています。きっと、岩城さんはベルリンの図書館でべートーベンの殴りがきの実際の楽譜を見て、写譜した人のセイでそうなったと判断し、訂正する気になったのでしょう。ちなみに、有名な作曲家で手書きの楽譜が汚いのはベートーベンとモーツアルトの二人だそうです。いやはや。

年金を「スマホ」で日々管理

 何年か前、私の愛用しているみずほ銀行の「モバイルバンキング」が携帯電話では使えなくなり、止むを得ず「スマホ」を買いました。そのため、セキュリティの強化で暗証番号の桁が増え、何と20桁を覚える必要があります。つまり、最初に入れるのは加入する時、銀行から知らされた「お客さま番号」8桁。

 次に「ログインパスワード」が6桁、そして、振込や振替に別に6桁の暗証番号が必要で合計8+6+6=20桁。しかも、最期の6桁は、その都度、一番目、2番目、3番目。4番目と6桁の中から銀行の指示で4桁選ぶ念の入れようです。でも、分けて覚えるのは、現役時代、コンピューターの仕事をしてた者にはそう大変ではありません。

 それでは、日々、私がどのように「モバイルバンキング」を活用してるか披露しましょう。勿論、収入は年金だけで、二ヶ月に一度、偶数月に入金する年金をどのように管理するかで、金額さえ書かなければ、別に秘密の漏洩にはならないでしょう。まず、普通預金口座を3つ用意し、A、B、Cにします。

 そして、毎月、15日に入る年金は二ヶ月分で、一度、Aに入れその半分はCに振替ます。また、自動振替のガス、電気、水道、新聞代などはBに振替、残ったCから現金を引き出して生活するのです。何しろ、三つの預金口座が自由に振替可能なのは非常に便利で、月末が来たら、自動振替の口座Bに一ヶ月分を振り替えてスタートです。正に「スマホ」様々です。

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