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瀬戸内寂聴さんの文章は魅力

 今年、97歳の瀬戸内寂聴さんが、最近はテレビでお顔を拝見しないので心配していたら「週刊朝日」7月24日号に文学賞「泉鏡花賞」のことで、小説「ぶるうらんど」でこの賞を受賞した横尾忠則さんと手紙のやりとりをしている寂聴さんの文章を発見。もうこの雑誌を買って家でじっくり読みたくなりました。何しろ、寂聴さんはお年を召されてから「源氏物語」を訳されているのです。

  瀬戸内寂聴さんは、まだ出家してない若いころ、瀬戸内晴美のペンネーム(その前は三谷晴美)で月刊誌「小説新潮」などに際どい小説を書いていて独特の文体が好きでした。どうやら、この横尾さんとの書簡は、瀬戸内さんが「泉鏡花賞」の選者だった話でこんなことを書いているので紹介します。

 《横尾さん。あのね。聞こえない耳に補聴器をつけて、よっく聞いて!私は「泉鏡花賞」が、一九七三年に鏡花の故郷の金沢市に出来た時からの「選者の一人」でしたのよ。金沢市長のお嬢さんと結婚した五木寛之さんが涙ぐましい努力をして、鏡花賞なるものを立ち上げたのです。

 正賞は八稜鏡というもので、副賞が百万円でしたね。思い出した?私は選者を十五年ほどつとめてやめさせて貰いました。その時の挨拶に「選者はこの賞を貰えないので、選者を辞めてこの賞を必ず貰います。」と言いました。冗談が本当になって、やがてこの賞を貰ったのです》。勢いがある瀬戸内寂聴さんの文章に久しぶりに接し、嬉しかったです。やっぱり寂聴さんの文章は魅力で、寂聴さんの全てを知りたい方はウィキペディアをお読み下さい。

 

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