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百人一首は平安朝和歌の証

 吉海直人著「百人一首の正体」に「百人一首の今後の課題」というタイトルの一文があります。それによると、文化12年以前に芝山持豊が「百人一首芝訳」というかなり詳細な注訳書を書いているのだそうです。従来、百人一首は八代集のエッセンス、平安朝和歌の入門書として利用されてきました。

  仕掛け人は宗祇でテキストとして神聖化されているのです。しかし、百人一首を無批判に受け入れることは危険で、少なくても百人一首の研究は、未だに普遍的な解釈に到達してないことをはっきり認識すべきだというのです。つまり、必ずしも永続的に秀歌として認定されていないで定家個人の嗜好という説もあるのです。

  ともかく、百人一首が有名なのは、百人一首成立以降の流行によってそうなったので、各首は必ずしも成立当初から有名だったわけではないのです。有名かどうか、秀歌かどうかの判断は、きちんと「享受史」(人気の度合いの積み重ね)を押さえた上でないと何とも言えないというのです。

  そこで、問題となるのは、まさに藤原定家の撰歌意識であって、百人一首の歌としてどのように考えるかが究明されなければならないというのです。そこで、この本の著者吉海直人は、ここで大胆な私見を書いています。《私は百人一首を和歌でつづる平安朝の歴史と見ていて、百人一首こそ、いわば平安朝和歌の総集編だ》というのです。

 

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