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夏目漱石が送った愛猫の訃報

 新聞は隅から隅まで丹念に眼を通すものです。今朝の「朝日新聞」に東大を卒業し文藝春秋社に入社し、専務取締役になった半藤一利氏が書いた「歴史探偵おぼえ書き」という一文に、夏目漱石の「吾輩は猫である」のモデルと言われた黒猫の死を、知人に知らせた通知状のことが書いてありました。

  お読みになっていない方のために抜粋して紹介しましょう。《辱知猫義久々病気の処、療養不相叶(あいかなわず)昨夜いつのまにか、うらの物置のヘッツイの上にて逝去致候。埋葬の義は車屋をたのみ箱詰にて裏の庭先にて執行仕候。但し主人「三四郎」執筆中につき、御会葬には及び不申候》。

  猫は明治41年(1908年)9月13日に、早稲田南町7番地の夏目家で死亡していますが、通知の日付は14日になっているそうです。この葉書を受け取った弟子の寺田寅彦は日記にこう記したとか。「夏目先生より猫病死の報あり。見舞の端書認む」。少し後のことですが、猫の訃報は朝日新聞が記事として報じました。

 半藤氏は、文章の最後をこう締めています。《従ってこのことは天下周知になり、それで知人の何人かが、弔句を送った。とても「名前はまだない」猫の死とは思えない賑やかさ。高濱虚子は「吾輩の 戒名もなき 芒(すすき)かな」、そして、松根東洋城は「先生の 猫が死にたる 夜寒かな」……》。

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