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「壇ノ浦」で滅亡してない平家

  「古典エッセイスト」とかの大塚ひかり著「女系図でみる驚きの日本史」の中に「平家は本当に滅亡したのか」というタイトルの一文があります。そもそも平家は寿永4年(1185年)に行われた「壇ノ浦の戦い」で源氏に敗れ、滅亡したことが定説になっていますが、そうとばかりは言えないようです。

  ともかく、壇ノ浦の戦いは、最初は平家が優勢でしたが、義経の作戦は「武士ではなくて、水夫を矢で狙い、船の機動力を奪う!」というものでした。当時の戦では直接戦に関わらない水夫などを狙うことはタブーとされていたため、源義経の奇策はまさに掟破りの策だったのです。

  それが効いて、次第に平家は劣勢になり、入水する武将が続出。平清盛の孫で僅か8歳だった第81代安徳天皇も入水によって崩御しています。それにしても、危険な戦いに子供を連れてきてるのが何故だかよく解りません。この戦いで平家は滅亡したと言われていますが、どうやら、逃げ延びた人達がいっぱいいるようです。

  ところで、実は生き残って日本各地に伝わる平家落人伝説がネットにありました。これによると、平家のほとんどの主要な人物は亡くなりましたが、中には安徳天皇の母であり、清盛の娘の建礼門院徳子は源氏に救われ出家しています。もっと詳しく知りたい方はこの平家落人伝説をお読みになるといいでしょう。かって栄華を誇った平家の悲しみが伝わってきます。

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