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「コンサート・マスター」の技

  ちょっとクラシック音楽に詳しい方なら、オーケストラに「コンサート・マスター」という人物が存在するのはご存知でしょう。何しろ指揮者の次ぎに偉いのです。今日はよくテレビに顔を出している芸大出身の青島広志著「クラシック質問帖」と言う本から「コンサート・マスター」はオーケストラの中でどんなことをしているのか説明します。

 まず、オーケストラの演奏会で、「コンサート・マスター」は一般の楽団員より少し遅れてステージに登場します。そして、オーボエ奏者に向かって調弦(チューニング)を促します。演奏が始まる前に弦楽器の奏者全員が、なにやら音を出しているのをお聴きになったことがあるでしょう。

  それから、弦楽器全パートのどこで弓を上げるか下げるかの弓使いを統一し、見た目にも美しくなるように揃えます。また、指揮者が稽古中に伝えなかった細かなニュアンスや、楽器間のバランスを指示します。本番でヴァイオリンに独奏(ソロ)の指示があった時は「コンサート・マスター」がそれを受けます。

 もしも、演奏中に指揮者にアクシデントがあった場合は弓の上げ下げで指揮者の代わりを務めます。でも前に歌劇「アイーダ」の演奏中に指揮者のジュゼッペ・シノーポリ氏が心筋梗塞で倒れたことがありますが、まさか演奏を続けたとは思えません。ともかく、今度、演奏会に行かれたら「コンサート・マスター」にご注目を……。

偉大なガリレオ・ガリレイ

  池袋の「旭屋書店」の店頭に高く積まれていた「1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365」というとてつもなく長いタイトルの本が眼に留まり、別に教養を気にしているわけではないのですが買ってきました。そして、中をペラペラ見ていたら、出てきたのが「ガレリオ・ガレリイ」。

  読んでみると、この人物は近代物理学の父、近代天文学の父、近代科学の父などと呼ばれていますが、何と言ってもガリレオ最大の業績は、ルネッサンス時代のローマ・カトリック教会に抵抗したことだろうと書いてあります。つまり、ガリレオはこの教会に徹底的に反抗したのです。

 当時、ポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクスが提唱した「太陽の周りを地球や惑星が回っている」という太陽中心説(地動説)に賛同することは、教会への反逆行為と見なされていたのです。教会は聖書を文字通りに解釈して、太陽と惑星が地球の周りを回っている説を承認していたのです。

  ところが、69歳のガリレオはこの説に従わないため、ローマの審問所に出頭するよう命じられ、審問の結果、教会の教義に逆らったとして有罪になり、何と終身刑を言い渡されました。その後、自宅監禁に減刑されて、審問所の役人が監視する中、9年後にこの世を去ってしまいました。そして、裁判から359年経った1992年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世はガリレオの勇気ある行動を認め、教会が彼を罰したことを公式に謝罪しました。何とも気の毒な人生を送ったガリレオ・ガリレイに地球上の全ての人も謝罪です。

人間に「睡眠」が必要な理由

 現役時代、経理部長の役職の前はコンピューター・システムの責任者をしていたことがありました。その頃、コンピューターのプログラムの修正を急いでしなければならないことがよく発生し、もし人間が眠らないですむことが出来たら、どんなにいいかと思ったことを何度も経験しています。

  ところが、人間は睡眠が絶対に必要で、ネットに「睡眠の重要性とカラダへ及ぼす効果」という記事を発見したのでそれを書きます。まず、「睡眠の代表的な効果は心身ともに疲労を回復させることです。睡眠のリズムの中で、深い睡眠(ノンレム睡眠)が得られるほど、体内の修復・回復を促す成長ホルモンが多く分泌されます。

 体内での代謝活動が促進され、脳も休まり、自律神経の働きが整うため、ストレスからの回復や耐性も向上します。身体の一部だけを休ませるのではなく、全体を休養させることができるので、疲労の自覚症状がない部分に対してもアプローチすることが出来るのです。

  何しろ睡眠不足をすると、何かを聞く時に聞きづらくなり、自然と相手の顔の表情や口の動きを注視し、正確に聞き取ろうとする努力をするのです。これは「マガーク効果」と言われ、周囲の騒がしい状況から、聴覚だけでは音声が正確に認識できないと判断すると、視覚からの情報を優先して音を判断しています。つまり、睡眠は自分が使っていない部分を休めるという意味でも効果をもたらすので、睡眠は充分にとる必要があるのです。

科学者のような「ミツバチ」

 「ミツバチ」の巣をご覧になったことがあるでしょう。そうです。完璧な正六角形です。ネットで「ミツバチが完璧な六角形を作る理由」という記事を発見しましたので、ここに書いてあることをベースに、「ミツバチ」の巣がなぜ正六角形であるのか説明します。そもそも「ミツバチ」の巣は、彼ら自身が作り出す蜜蝋で出来ています。

 「ミツバチ」は腹部から「蜜蝋」を分泌すると、そこに唾液を加えながら巣を作っていくのです。物を拾い上げるくちばしや腕のない彼らにとって、口と脚だけを使って巣を作るのは大変な重労働で、しかも材料として多くの蜜蝋を必要とします。いかに少ない蜜蝋で多くのハチを住まわせる巣を作るかが問題です。

  そこで、「ミツバチ」が考えたのが巣の形で、外周の長さが同じだった場合、その面積が最も大きく、しかもまったく無駄な空間が無い形は正六角形であることに気がついたのです。なんという頭の良さでしょう。恐らく、頭脳明晰な「ミツバチ」が何匹か集まって議論した末に出た結果です。

 こうして完成した正六角形の巣は、経済的に優れているだけでなく、とても強度がある構造を備えていて、「ミツバチ」の巣は4000個の巣穴を持っていますが、壁の厚さがわずか0.1ミリなのに、内部に2キロもの蜜を保存することが可能です。科学者のような「ミツバチ」の頭脳に驚いたことでしょう。もし今度ハチミツを食べる時はこの事を思い出してあげて下さい。

超面白いヒッチコックの映画

 たまにはアルフレッド・ヒッチコック監督の映画を語りたくなります。何しろどの映画にも随所にスリルとサスペンスが満ちていて、「これぞ娯楽映画!」と声を大にして言いたくなる映画ばかりです。ヒッチコックが1959年に制作した「北北西に進路を取れ」は「巻き込まれ型映画」の最高傑作と言っていいでしょう。

 平和な日常が突如恐怖に変わるのです。広告代理店の社長ケイリー・グラントが、誰かに間違われて、二人の男にどこか知らない邸宅に連れ込まれ、無理にウイスキーを飲まされて自動車の運転席に座らされて殺されそうになるのです。しかし、結局、警察に飲酒運転で捕まり、いくら説明しても警察は信じてくれないのです。

  ともかく、この後の展開は正にヒッチコック・タッチの連続。私が説明するより、例の「映画大辞典」に10点を付けた方のコメントを読んだ方がいいかも知れません。《ヒッチコック映画史上、最も派手な展開を見せる作品です。…主人公はわけもわからず陰謀の波に翻弄されていきますが、見ている方はハラハラしっ放しです。

 グラントが広大な畑で飛行機に追っかけ回されて機銃掃射を受ける場面なども、今のアクション映画ではよく観る光景ですが、これをこの時代に思いついてやってしまったのが凄いです。密室ではなく、広い空間でも観客に恐ろしい気分を味合わせてくれるということでしょう》。未見の方は人生損していますから是非、ご覧になって下さい。映画の面白さを徹底的に堪能出来ます。

自分で自分をあやめる人類

 毎朝、ベッドを離れると、真っ先にすることは、パソコンの電源を入れ、インターネットのニュースをざっとチェックし、昨日アップしたブログの誤字脱字や論理的な矛盾、信憑性を点検します。そして、玄関の郵便受けから朝日新聞を取り出して、昨日は大きな事件もなく地球がまあまあ平和だったことに安堵します。

  ところが、今朝5月26日付けの新聞で見つけた見出しは《AIが奪う雇用 どう支える》。これは、瞬間的に起きる事件どころではありません。頭がいい人間が考えた人工知能(AI)が、その人間の知的な労働の場所を次第に奪いつつあるというのです。正に自分で自分をあやめる事態が本当に起きているのです。

  5月16日夜、東京都内であった近未来の社会システムを考えるイベントで、《AI時代になぜ「ベーシックインカム」が必要かについて駒沢大学の井上智洋教授が講演をしました。井上教授はAI時代には生活保護だけでは不充分。幅広く生活を保護する制度が必要になる》というのです。

  18世紀の産業革命以降、技術革新は肉体労働を中心に人間の雇用を奪ってきましたが、AIの登場は知的労働をも脅かすと井上教授は考えるのです。つまり、工場などでAIやロボットを生産するようになれば、多くの人手が必要でなくなり、雇用が破壊されるというのです。つまり、多額の「ベーシックインカム」の財源難に苦しむのは、いやはや人間が優れたAIを開発したからなのです。

東京の「ジャズ喫茶」紹介の本

 東京のジャズ喫茶店を集めた「東京JAZZ地図」(交通新聞社)という本を時々眺めています。中に横浜桜木町駅近くの「ちぐさ」が入っていますが、あまりにも有名な店であるが故にたとえ東京でなくても担当者がはずすわけにはいかなかったのでしょう。私も何度も行っているいい店です。

  ともかく、本の一番最初に出ているのは四ッ谷の「イーグル」。(オーナーの後藤雅洋氏は慶大卒 )次は、今回、寺島靖国氏(早大卒)が経営から手を引いた吉祥寺の「メグ」、,私は新規開店の店にはまだ一度も行っていませんが、別の方が看板の継続を引き受けたようです。それにしても、オーディオ装置はどうなったのか少し気になります。

  そして、三番目に出ている店は高田馬場の「マイルストーン」、この店はジャズを聴きながらコーヒーや紅茶を飲むだけではなく、かなり沢山の音楽や映画関係の古本が店の中にいっぱい置いてあって販売もしています。私など、ずっと前に貴重なジャズの本を見つけて買ったお覚えがあります。

  次は四ッ谷三丁目駅近くの「喫茶茶会記(さかいき)」という店で、前の版でここのスピーカーは何と「グッドマンAXIOM150」と書いてあったので、私は昔懐かしいこのスピーカーの音を聴きたいばかりに道に迷いつつワクワクして行ったら、若いオーナーが私に無情にも「あのスピーカーつい最近売却してしまいました」と。一度行ったきりで、二度とこの店に訪れていません。

「モナ・リザ」によく似ている絵

 ルーブル美術館が所蔵しているダ・ヴィンチの「モナ・リザ」をよくご覧になって下さい。そして、次ぎにイタリア生まれで、女性の肖像画を多く描いたラファエロ・サンツィオの「マッダレーナ・ドーニの肖像」を眺めて見ると、「モナ・リザ」に身体の向き、手の組み方、視線の方向までそっくりです。

  PHP研究所の「世界の名画 隠されたミステリー」によると、何を隠そう、ラファエロは意図的に「モナ・リザ」を模倣していて、若き日のラファエロは制作中の「モナ・リザ」を目にして大いに感動し、いくつもの「モナ・リザ」を真似した作品を残しているそうですから驚きます。

  今では、模倣というと、あまりいいイメージではありませんが、当時は偉大な巨匠から技法を学ぶために模倣するのは画家として当たり前だったのです。何しろ、素晴らしい作品であれば、模倣しても正当に評価され、同時に模倣された作品の格も上がったので、真似をとがめる者はいなかったそうです。

  それに、もう一点、コローの「真珠の女」は画家の娘がモデルと言われているそうですが、この絵のモチーフは、ダ・ヴンチの「モナ・リザ」をおいてほかにないでしょう。右手を上に乗せた手の組み方、身体の向きもそっくりです。ところが、最近のX線撮影で下書き段階ではまったく違う絵だったことが判明したそうです。

「万葉集」を楽しむ本を購入

 本の帯に「改元記念重版 令和元年5月1日発行」と書いてある文庫本、上野誠著「はじめて楽しむ万葉集」という本を買いました。勿論、4月1日に発表された新元号「令和」が日本最古の和歌集「万葉集」が典拠になっていることによる記念出版で、好奇心旺盛な私はそれに飛びついたのです。

 何しろ「万葉集」は全4516首の和歌を集めた和歌集で、一番最初に雄略天皇の歌が載っています。雄略天皇は456年に即位し、「この天皇の時代に、日本の国土は統一された」と考えられていた英雄だったために、「万葉集」の権威づけに一番最初の歌にする必要があったようです。

  ところで、「万葉集」には作者未詳の恋の歌がいっぱい載っています。折角、この本を買ったことだし、出来るだけ沢山の恋の歌を並べます。でも、まず、最初は敬意を表して雄略天皇の歌《夕されば 小倉の山に 伏す鹿し 今宵は啼かず 寝ねにけらしも》。次は作者未詳のロマンチックな一首《天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠るみゆ》。

 これも作者未詳の三首《君が行く 海辺の宿に 霧立たば 我が立ち嘆く 息ど知りませ》《道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は》《信濃なる 千曲の川の 小石(さざれし)も 君し踏みてば 玉と拾はむ》。ともかく、「万葉集」は無名の人の歌が多いです。

人間が夢を見る理由

  会社をリタイアして、結構、月日が流れましたが、時に夢で会社の人間が出てきたりして、朝起きて懐かしい思いをすることがあります。ある本によると、人は睡眠中によく夢を見るそうで、目覚めて内容を覚えていると、「夢を見た!」と実感出来るのですが、忘れてしまうことが多く、実際には実感出来ません。

  しかし、人間の脳は睡眠中でもなんらかの働きをしてるようで、睡眠は、一晩のうちにおよそ90分周期で異なる種類の眠りを繰り返し、短くて浅いレム睡眠と、長くて深いノンレム睡眠がワンセットになっています。そして、夢を見るのはレム睡眠の時に限られているようです。

  ところで、ネットの《「人はなぜ夢を見るのか?」が明らかに》という記事によると、《イギリスのスウォンジー大学にある睡眠研究所が、夢は人間が日々の生活で経験する「記憶」と「感情」を正しく処理するために役立っていることを最新の研究で明らかにしているのだ》そうです。

 そして、《これは新しい発見ではなく、かなり古くから仮説として議論されてきた考えで、夢が実際の生活とリンクしているという仮説は、20世紀初頭にジークムント・フロイトが提唱したもので、「day residues(前日の記憶)」と呼ばれています。フロイトが提唱して以降、多くの研究者がこの「前日の記憶」について研究しており、夢と実生活の間に確かにつながりが存在することが指摘されています》。つまり、夢は人間が実際に経験した情報を整理するために見るのだそうです。

荻原健一氏の懐かしい映像集

 ショーケンこと荻原健一さんが、今年2019年3月26日に他界されました。今日は荻原健一さんの追悼の意味で、ザ・テンプターズ時代はもとより、この世に残されている映像を出来るだけ沢山リンクしますので、ショーケン・ファンでなくても、是非、ご覧になって下さい。恐らく懐かしさで感動します。

  まず、ショーケンがザ・テンプターズで歌ってたまだ10代と思われる「エメラルドの伝説」、ともかく信じられないくらい若いです。それからかなり経った2017年のライヴ映像と比較してみれば月日の流れの凄さを感じます。そして、トーク映像を幾つか紹介しましょう。

  最初に堺正章の司会で、50年前の思い出話を語る映像で、グループ・サウンズ時代の荻原健一と堺正章の写真映像も出てきます。次ぎに明石家さんまが杉本高文の本名で司会しているトーク番組「テレビくんどうも!」で、荻原健一がゲストという珍しい映像があります。

  そして、堺正章が司会の「デザートーク」で、ゲストが荻原健一、収録した年月日が不明なので年齢が分かりません。ともかく、堺正章も荻原健一も表情が実によく、会話の中に自然に引き込まれます。恐らくこういう映像が観られるインターネットに感謝しながら、貴重な映像を眺めて満足されたことと思います。

超古い名作映画「モロッコ」

 1930年(昭和5年)制作の飛びきり古いアメリカ映画「モロッコ」のことがまた書きたくなりました。何しろ、映画がトーキーになった記念すべき第一作で、この映画の監督、ジョセフ・フォン・スタンバーグは、それを強調したいがために、冒頭の外人部隊の行進に小太鼓の音を入れたのは有名な話です。

 主演はゲーリー・クーパーとマレーネ・デイトリッヒの溜息が出るような美男美女。日本で公開されたのは1931年(昭和6年)2月25日、東京有楽町の「邦楽座」(のちの「丸の内ピカデリー」)をはじめとする松竹系の劇場で、現在は当たり前になっている台詞を日本語に翻訳し焼き付ける方式を採用しています。

  ストーリーを極く間単に紹介すると、外人部隊に属するトム・ブラウン(ゲイリー・クーパー)が、ある日、駐在しているモロッコの酒場で、アミー・ジョリー(マレーネ・ディートリヒ)という歌手に出会い、恋に落ちる話です。「モロッコ」の予告編はある事はあるのですが、何とたったの2分21秒。

 例の「映画大辞典」には32人の方のコメントがあり、10点の方を二人だけ紹介しましょう。《もうディートリッヒが映っているだけで脳内麻薬が出まくりです。美しさにため息が出ます》《ディートリッヒの男装や仕草、クーパーとの会話の洒落っ気がすごく格好良い。鏡に口紅で書く別れの言葉も粋ですね》。TSUTAYAに絶対ありますから、是非、ご覧になって下さい。

魚は何故群れで泳ぐかの疑問

 魚は広い海の中で、どうして群れをなして泳いでいるのか疑問を持ったことは無いでしょうか。ネットで《イワシの泳ぐ方向、右回り多く 群れの不思議な行動》というタイトルの記事を見つけました。どうやら、この記事は水族館に勤めている方が書いたようで、マイワシは70%が右周りに群れをなして泳ぐというのです。

  魚の生態を書いたある本によると、一説では、魚が群れるのは身の安全を図ることが出来るからだと言われています。陸上でシマウマなどの草食動物が群れで行動するのと同じ理由で、例えば敵に襲われた場合、散り散りになって逃げれば、一部の犠牲者だけで大方は逃げられるのです。

  つまり、魚も動物も生物は一部が犠牲になっても全体の種を保存するためには、最も賢明な方法と言っていいでしょう。また、群れで泳ぐと、後方にいる魚は、先頭の魚が作り出す水流に乗って泳ぐことが出来るのでエネルギーの節約になるのです。従って、先頭にいる魚は時に後の集団に紛れ込み疲労を回復するそうですから凄いです。

 また、自分たちのエサをみつけるのも集団で泳いでいる方が有利で、群れの中の一匹がエサの存在に気がつくと、その情報はたちまち群れ全体に伝えられ、群れ全体はエサに向かっていくのです。しかし、マイワシの群れの動きがどうして右回りが多いのかの疑問はまだ解明されていないようです。

府中の「三億円事件」の真相

  本屋の入口近くに沢山積まれた本の表紙に《府中三億円事件を計画・実行したのは私です》とあり、これはもう買って読むしかありません。いくら時効になったとは言え、「私がやりました」と書かれるといささかたじろぎます。出版はポプラ社で、著者は「白田」と名乗っています。

  冒頭に「この書籍をご覧の皆さんへ」とあり、《ようやく心を決めました。この場を借りて、ひとつの告白をさせていただきます。これは私の人生において最も大きい秘め事でございます。そしてその秘匿は、今なおテレビや雑誌などで議論の対象となっているものであります。その真相をお話します》。

  では、この事件のクライマックス、現金輸送車を強奪した瞬間の描写をその文章をそのままコピーします。《立ち込める煙にパニックになった行員は、散り散りになりながら車から離れていきました。私はさっと運転席に乗り込み、エンジンをかけてアクセルを踏みます。そのまま急発進させ、猛スピードで現場を後にしました》。

 この計画や動機の詳しいことは、定価1000円に消費税80円加えた1080円で買ってお読みになるといいでしょう。そこで、この事件が起きた50年前の1968年12月10日当時、この告白を書いた「白田」という人物は学生運動が非常に盛んだった大学の二年生、そして、現在は息子夫婦と平和に暮らす老人であることを書いておきます。

嬉しい植草甚一氏と同じ趣味

 古本屋で「植草甚一 ジャズ・エッセイ」という文庫本を見つけ買ってきました。勿論、レベルは違いますが、植草甚一さんと趣味の傾向が同じで、映画、ジャズ、推理小説のことを書いたエッセイをよく読みます。何しろ、植草甚一さんのこれらへののめり込み方は半端ではありません。

  これは前にエッセイで読んだのですが、ある作家の推理小説の新刊がアメリカで発売になったことを知ると、植草さんはそれを早く読みたいために、その本を買うだけの目的でニューヨークに飛んで行くそうですから驚きます。きっと、翻訳されたものが日本で発売されるのを待つなんてとても出来ないのでしょう。

  ところで、今回、買ったジャズのエッセイの中に、「モダン・ジャズのレコード」というタイトルの一文があり、植草さんはレコード(LP)の国内盤と輸入盤のことを書いています。現在、新しいレコードは作ってないので、CDのことになってしまいますが、当然、CDにも国内盤と輸入盤があります。

  発売になったアルバムの輸入盤がニューヨークの店頭にすでに並んでいるのに、もし日本国内ではまだ当分、手に入らない状況になっていたら、植草さんは、きっとそのアルバムを買うだけの目的でニューヨークまで行ったにちがいないとふと思いました。植草さんのマニアぶりは一般の人とは次元が違うのです。

まだ謎の「プラシーボ効果」

 「プラシーボ効果」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。例えば、子供が風邪を引いた時に、ただの砂糖水を飲ませ「これは風邪にとてもよく効く薬だから」と言ったところ、子供の体調がよくなったという現象を「プラシーボ効果」というのです。つまり、「信じるものは救われるです」。

  また、お腹が痛い時に、権威ある名医に腹部をさすって貰っただけで痛みが引いたなどの現象も「プラシーボ効果」と言っていいでしょう。これを説明するのによく用いられるのは、「脳が勘違いしてしまう」という説で、病気を治したいと思っている患者が、服用したものだからその病気に効く化学物質を脳が放出するというのです。

  実際にアメリカのある医療チームは、うつ病を訴える人々を3グループに分け、①のグループには本物の治療薬、②のグループは対話だけの治療、③のグループにはにせの薬を与える実験をしたのです。そして、にせ薬を飲ませたグループの脳をスキャンしたら、本物の薬を飲ませた人と同じ反応が出たというのです。

 つまり、うつ病に関係ない薬を与えた人には「ちょっと違う薬の効果を比較するためだ」と言ってあれば、本物の治療薬を飲んだと脳が錯覚して判断してしまうとしか思えません。「プラシーボ効果」については、以前に比べ、大分研究が進んだようですが、何でこんな現象が起きるのかはまだ謎のようです。

人間も「冬眠」出来るのかの話

 ある種の哺乳類は「冬眠」出来ることが知られています。ちょっと、ウィキペディアの「冬眠」の項をご覧になって下さい。まず定義としては《冬眠(hibernation)とは、狭義には恒温動物である哺乳類と鳥類の一部が活動を停止し、体温を低下させて食料の少ない冬季間を過ごす生態のことである》とあります。

 ここに「小型哺乳類」の調査が出ていて《冬眠中のエネルギーの消費量は活動期の13%まで低下し、心拍数は活動期が毎分400回に対し10回以下、呼吸は活動期が毎分200回であったものが無呼吸状態の持続もあって毎分1回から5回、体温は37℃が5℃に低下した》。とあります。 

  ところで、ネットに《人間は冬眠が可能なのか?訓練された人間ならば可能》という記事があります。それによると、ちょっと古い事ですが、2012年2月、スエーデンでこんなことありました。雪の下に埋もれてほとんど食料もない状態の車の中に、40代半ばの男性が2ヶ月も閉じこめられていたのです。

 男を診察した医師によると、男性は飢えてひどく衰弱していていましたが、体温は31℃前後に保たれ、臓器は機能していて生きていたのです。これはクマの冬眠プロセスと同じで、人間も「冬眠」出来る可能性があるようです。もし、人間が好きな時に「冬眠」出来たら都合よさそうですが実験されるのは何だか怖くて、恐らく誰も応じてくれないでしょう。

 

超強いAI「人工知能」の将棋

 昨日(5月12日付)の朝日新聞朝刊に《人工知能(AI)が自分の力を上回ったとき、人はどう向き合えばいいのだろうか。AIとともに生きる覚悟を決めた棋士たちを追った》という記事がありました。1月28日、東京の将棋会館で、朝日杯将棋オープン戦1回戦で、羽生善治九段対千田翔太七段(当時六段)の対局がありました。

 持ち時間が短く、瞬発力のある若手が有利とされる「早指し戦」なのに、中盤から後半にかけて羽生九段が一方的に攻める展開が続いていました。しかし、92手目に千田七段が王手の角を打って形勢が逆転するのです。そして、約1時間50分、116手に及ぶ対局は、千田七段の勝利で終わります。

 つまり、千田七段がはっきり逆転したと思った角を打った王手も、AIならではの手て羽生九段のヨミスジには無かったのかも知れません。どうやら羽生九段も、AIの強さを認めているようです。一方、朝日杯で羽生九段に勝った千田七段はこう言っています。《最強ソフトだったら羽生九段でもほぼ勝てないでしょう

 最近は人間同士の棋譜を並べて研究するのを止めた。また、練習で人と対局することも基本的にはしない。人間だと相手が考え込む時間があるため、効率が悪いからだ。それに人間は分かりやすい展開を選ぶが、AI(人工知能)の将棋だと駒を捨てる手も気にせずにやる。欠点はあまり感じない》。きっと最近の先生はパソコンかも知れません。

推理小説の華「密室トリック」

 推理小説がお好きな方なら「密室トリック」がなんであるかをどなたもよくご存知でしょう。渡辺剣次著「ミステリー・カクテル」の副題は(推理小説トリックのすべて)で、推理小説に使われたトリックを色々と論じていて、その第1章のタイトルは「密室崩し」。つまり、「密室トリック」を崩す話です。

 この本によると、推理小説史上、最も早く「密室」をテーマにした作品はエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」。次いで、ドイルの「まだらの紐」、ルルーの「黄色い部屋」になっています。ところで、推理小説での「密室」とは金庫のように密閉された部屋の中で起こった犯罪(主として殺人)を探偵が解決するのです。

  推理小説の作家にとって「密室トリック」は恐らく誰でも挑戦したいテーマで、海外にも日本にもその傑作がいっぱい残っています。ネットに《密室の魅力!おすすめ「密室」ミステリー小説35選》という記事があり、書いたのは、年間、300冊の本を読む方のようですが、勿論、独断と偏見です。

  推理小説のファンとして、この中に私も読んだことがある作品が何冊かありますが、「これは凄い!」と感嘆したものは無かったような気がします。例えば、傑作の誉れ高い横溝正史の「本陣殺人事件」にしても、読み終わってうなった記憶はありません。どなたか「密室」の大傑作を発表して欲しいものです。

マイルスの名盤と寺島靖国氏

  吉祥寺のジャズ喫茶「メグ」のオーナー寺島靖国さんが、長く経営していた店に幕を降ろしてもう一とき経ちました。しかし、寺島さんは沢山のジャズの本を出版していて、その中に「JAZZの聴き方に法則はない」という一冊があり、マイルス・デイビスの名盤「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」を論じています。

 その記事のキャッチフレーズを寺島さんは《マイルスの「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」には絶対に許すことができない「あの部分」がある》と。その「あの部分」は寺島さんが書いていることをそのままコピーしないと、読んで下さっている方に正確に伝わらないと思い次ぎに書きます。

  《つまり、「あの部分」、マイルスが気が遠くなるようなミュート・プレイをで主題を吹き終え、満を持したコルトレーンが「下手」などといって悪ければ、たどたどしいテナーを吹き出す、ちょうどその「架橋的」合奏部分、この素っ頓狂さ。いくらなんでもあれはないんじゃないかと思う。

  マイルスのトランペットの素晴らしさの90パーセントは、ミュートに起因する。彼のオープン・トランペットはミュートに比べればほとんど「下品」といってもいいくらいのものだ。聴いてるうちに身体が透き通ってゆくような、もうマイルスそのものという、端正を絵にかいたようなミュート・プレイの直後に「あれ」が出てくるから、いっそう醜悪さが助長されるのである》。私はこれを読んで、もうマイルスの「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」を聴くことが出来なくなったようで困っています。

真っ赤なバラと純白の百合

 家の近所の町会の役員の女性が、我が家の玄関の花瓶に何も無いのを知っていたとみえて、夕方、真っ赤な大きなバラ3輪を持ってきてくれました。どうやら庭に咲いていたのを切ってきたようです。私の家内への発言「いやはや立派なバラがこのままでは何だか引き立たないね。恐らく純白の百合を一緒にするとよさそう」。

  草月流の指導してない師範は「その通りだわ。あそこの花屋に行って買ってきたら」と私の意見に賛同してくれます。つまり、家から数分のところにある花屋に行けば立派な百合があるのを承知しての発言です。実は、前に玄関の花瓶が寂しい時に、この花屋で私がみつくろって花を買ったことがあります。

  何しろ、花の知識は無くても色と色との組み合わせにはいささか自信のある私は、赤、白、青、緑、黄色を適当に混ぜて買い揃え、家内に「後は、昔の腕前がまだ衰えていないことを証明して欲しいね」と言いました。まあ。一種のオドシと言っていいでしょう。素敵な生花が完成したのは言うまでもなく、訪れた方が私と家内の顔を立ててみんなお世辞にせよ褒めてくれました。

  ところで、玄関の「真っ赤なバラと純白の百合」、正に息を飲むような美しさで、これをなんとかお見せしようとと思い《「真っ赤なバラと純白の百合」の映像》で検索したのがこの映像です。実際はバラの花びらがもう少し大きく、百合はまったく純白なのですが、少しはイメージして頂けたでしょうか。家の中に百合の香りがほのかに漂い家内も私もこよなく幸せな気分になってます。

モーツアルトの意外な悪趣味

 作家の石田衣良さんが書いた「I LOVE モーツアルト」という本、実に面白いです。まるで音楽評論家のようにモーツアルトのことが詳しく書いてあり、ブログで紹介したくなりました。何しろ、現存するモーツアルトの手紙は、13歳から世を去る年に至るまで実に400通あまり。

  ザルツブルク大司教や宮廷楽長などへの営業活動、友人に作曲の状況を伝える手紙、有力者への借金の申し込みなど様々ですが、何と言っても面白いのは家族や親しい人たちへ宛てた手紙の数々。そこには、モーツアルトが得意にしてる下品なジョークやシニカルな言葉遊びまでが満載です。

  一つ、モーツアルトが従姉のマリア・アンナ・テークラに宛てた手紙の一部を紹介しましょう。《最愛のベーズレちゃん、子ウサギちゃん、ぶりぶりっと○○○をしろよ。お、おれの尻もなんだか熱くなってきたぞ》。ほかにも彼女に宛てた手紙には、おっぱいのイラストや排泄ネタがいっぱいです。

 二十世紀に入ってこうした手紙が発見された時には、「モーツアルトのスカトロ趣味」としてショッキングな話題になったようです。しかし、モーツアルトは下品なジョークは日常茶飯事。尊敬していた父親との手紙のやりとりの中でさえ、男同士の下ネタが残されているとは恐れいります。では、モーツアルトの名誉のために下品ではないエピソードです。そして、こよなく美しい音楽です。

11年前のブログにコメント

 昨日、11年前の2008年4月にアップした「心に沁みる珠玉のエッセイ」に存知あげない方からコメントを頂きました。実は私のブログはコメントを公開する設定になってないのであえてコメントを公開させて頂きます。《このエッセイは本当に珠玉の逸品ですね。若い頃から「パイプ」は大好きで、その頃に読んで以来、ずっと心に残っていました。「令和」に変わった昨日今日、たまたま、昔お世話になった方の訃報に接したとき、急にこのエッセイが蘇りました。もしやと検索してみてびっくり。ありがとうございました。昭和37年生まれより》。

 本来、大好きな随筆「無情の夢」についてこの方と徹夜で語り合いたいところですが、コメントにメール・アドレスが書いてないので、残念ですがメールを送ることが出来ません。そこで、このコメントを下さった方が、この文章を読んで下さっていることを切に願いながら、「心に沁みる珠玉のエッセイ」に筆を加えます。

  実は、このブログに「無情の夢」とドボルザークの「チェロ協奏曲」の演奏をリンクしたのですが、11年も経つとどちらも消えてしまっているのです。随筆のキーになっている歌が聴けないのではなんだか悲しいので探したら、何と石原裕次郎の歌う「無情の夢」があるではないですか。

  《あきらめましょうと 別れてみたが 何で忘れよう 忘らりょか 命をかけた 恋じゃもの 燃えて身をやく 恋ごころ 喜び去りて 残るは涙 何で生きよう 生きらりょか 身も世も捨てた 恋じゃもの 花にそむいて 男泣き》。裕ちゃんの「無情の夢」、実にいいです。11年前の記事を検索(きっと「無情の夢」で検索したのでしょう)してコメントを下さった「昭和37年生まれの方」に感謝です。有り難うございました。コメントにこの場でお礼致します。

ソフト「ワークス」の凄い威力

 現役をリタイアしてもう10年も経つのに、現役時代によく使った表計算ソフト「エクセル」や「ワークス」から今だに離れることが出来ません。ことにマイクロソフトがウィンドウズに移行する前のMS-DOSの時代からあった「ワークス」には今もなお音楽や映画の趣味の世界でお世話になっています。

  というのは、表計算の比較では「エクセル」が圧倒的に上なのにデータベースは私には「ワークス」の方が「エクセル」を越え、しかもウィンドウズの「ワークス」よりMS-DOSの「ワークス」の方が何故か使い勝手が上で、私など、一度買ったウインドウズの「ワークス」をMS-DOSに戻したくらいです。

  現在、私のパソコンは「7」を使っていますが、何と「7」上でMS-DOSの「ワークス」が使えるのです。従って、この「ワークス」にCDを管理する「音楽ジャンル別一覧表」、また、DVDを管理する「外国映画・日本映画一覧表」のシステムを構築し、たちどころに、目的のCDやDVDを取り出しています。

  実は会社に「ワークス」のデータベースの賛同者がいて、私の現役時代からこのソフトを活用していましたが、恐らく現在も同じようにこのソフトを使っているにちがいないと思っています。もしほかにも「ワークス」のデータベースを使っている方がいたらコメント頂けたら嬉しいです。

「処刑のパラドックス」の問題

 長いGWもあと少しで終わるので、頭のトレーニングで今日は論理の問題を提供しますから、ちょっと考えてみて下さい。問題は数学者野崎昭弘の「数学屋の楽しみ」という本から「予期しない処刑のパラドックス」という1940年頃に登場した有名な問題です。《ある犯罪を犯した囚人が、次のような判決を受けました。

  「この者を、今日から7日以内の正午に処刑せよ。ただし、当日の朝まで、そのことが本人に解らないようにすること」。つまり解ったら処刑出来ないというのです。この判決を聞いた囚人の弁護士は、躍り上がって喜びました。なぜなら「次のような論理によって、処刑の実行が絶対に出来ないことが解るからです。

  最後の7日目は昼に処刑することは出来ません。その理由は7日目の昼近くまで生きていたら、もうその日に処刑することが解ってしまうからです。そこで、その前日の6日目を考えると、その日の昼近くまで生きていたら、6日目に処刑されることが解ってしまい、、処刑出来ないことは歴然としています。

  そこで、7日目、6日目を除き、以下同じように、次々と全ての日が除かれて、結局、処刑出来る日が無くなってしまうことになるのです。囚人は「これは助かった」と安心していたら、4日目の正午5分前になると執行人がやってきて「これからお前を処刑する」と言うではありませんか。勿論、囚人は猛抗議です。しかし、執行人は「でもお前は今日執行されるとは思っていなかったから執行出来る」と執行されてしまったのです。一体、どこに論理のミスがあるのかは今も不明だそうで、エレガントな回答が募集されたようです。では、改めてこの問題をお読みになって下さい

慶大法学部教授の音楽評論

 クラシック音楽の愛好者として、慶応義塾大学法学部教授で、音楽の評論をしている片山杜秀氏(奥さんは声楽家の藍川由美でCDを何枚か持ってます)の筆致が好きでよく著書を読ませて頂いています。その片山氏の著書「クラシックの核心」(河出書房新社)という本の中でショパンのことを書いています。そのベースになっているのがテレビ・ドラマ「白い滑走路」。

  片山杜秀氏は実に詳しくこのドラマのことを書いていて、テレビで放映したのは1974年4月から9月まで、夜の9時より全26話、タイトルの通り飛行機のドラマです。JALのジャンボ・ジェット機の機長が主人公で、その俳優は田宮二郎です。日本航空が宣伝をかねて、そのまま社名を使っています。

   ドラマは日本航空が、ボーイング747、つまりジャンボジェットを導入するため、国際線の機長の田宮二郎がアメリカでの講習に行き、長期出張から日本に帰ってくると、ピアニストの奥さんが口紅で洗面所の大鏡に別れの言葉を書いて消えてしまったところからドラマは始まるのだそうです。

   ところでピアニストの奥さんの得意曲がショパンなのです。ドラマでは消えた奥さんの顔は決して画面には出てこないで、出てくるのはいつもピアノを弾いている指だけで、しかも曲は「バラード第1番」なのだそうです。片山杜秀氏はショパンを語るために長々とこの「白い滑走路」のことを書いているのを読んで、なお一層、音楽評論家片山杜秀氏のことが好きになり、この事をブログにアップしたくなりました。やっぱり筆運びがチャーミングです。

15人の聖歌隊を救った偶然

 ネットを見ていたら、《これが本当の奇跡!教会の聖歌隊を救った偶然》という記事を発見ししました。いささか古い話題で恐縮ですが、1950年3月1日午前7時25分、アメリカのネプラスカ州ベアトリスという町の教会で大爆発が起き、火災で建物が燃えてしまったのです。警察の調査によると、漏れたガスが教会内に充満。

 それに引火して爆発が起きたらしいのです。幸いにも犠牲者が出ませんでしたが、これはミステリーとでも言うべき偶然のお陰なのです。この教会では、爆発が起きた二年前に結成された15人の聖歌隊が毎日午前7時30分に歌の練習をしてました。集合の時間はいつも7時20分です。

 この二年間、聖歌隊のメンバーは誰も練習を休むことはおろか、遅刻する者さえ一人もいませんでした。つまり、本来であれば、聖歌隊15人が爆発に巻き込まれ、大惨事になっていたのです。ところが、この日に限って、何と全員が5分以上遅刻したのです。その理由は、牧師と妻は「娘の服の汚れに気がつき遅れた」。

 また、ある高校生は「宿題の地理の問題に手こずって出かけるのが遅れた」、別の男性は「車の調子が悪く、エンジンが中々かからなかった」、一人の男性は「重要な手紙をかいていて遅れた」。いずれにしても、15人の遅刻の理由は、すべてごく平凡な内容だったのです。聖歌隊のメンバーは燃え盛る教会を見て、難を逃れたのは「神のご加護」と感動に打ち震えたとか。全員が遅刻して本当によかったです。

山の遭難はヘリ1分1万円

 日本生産性本部の調査によると、2000年代前半から後半にかけ、600万人だった登山人口(年に1回以上山に登った人の数)は、2009年に一気に1千230万人へと倍増。一方、山での遭難件数も増えていて、警視庁の発表によると、2017年1年間の山岳遭難件数は2,583件。

  こうした事情を背景に、保険会社や登山団体が様々な保険を設け、登山愛好者たちに加入を呼びかけています。というのも、山で遭難し、民間業者に救助を依頼した際の費用がかなり高いのです。遭難者の捜索は、まず警察や消防団。大がかかりな場合は自衛隊が行い、原則として費用は税金からで負担はありません。

  ただし、これは大体の居場所が解っている場合の「救助」で、居場所が解らない「捜索」になると、公的機関が動いてくれるものの、エリアが広範囲にわたり、より多くの人出がが必要になったり、警察や消防が操作を打ち切った時には、民間業者に引き続いての捜索活動をお願いするしかないのです。

  その場合の捜索費用の目安は、人件費が1日3万円(雪山は4万円から5万円)×人数、食事、用具、交通費、宿泊等の諸経費×人数。救助ヘリを呼んだ場合は1時間60万円、仮に捜索隊20名でヘリ1機で1日3時間捜索してもらったら最低でも1日280万円、4日間続くと軽く1千万円は飛んでしまいます。では詳しいことはこのサイトをお読みになって下さい。、

涙で頬を濡らした一枚のLP

 今日は令和元年の初日です。何だかチェット・ベイカーのことを語りたくなって、前に「チェット・ベイカー礼賛」というタイトルでブログをアップしたことを微かに思い出し、グーグルで検索したら、ちゃんと記憶通りにその記事が出てきました。URLの日付を見ると、2011年1月なので何と8年以上前のことです。

  ともかく、ちょっと記事をお読みになってみて下さい。記事の中に北村公一さんから頂いた年賀状は何とベイカーの名盤「チェットベイカー・スイングズ」のことが書いてあったのを話題にしてるではないですか。実は北村さんは、昨年、故人になられたことを息子さんからのお葉書で知りました。

  また、新宿の高島屋にCDの販売店「HMV」があった頃、ここの若い男性の店員さんとチェット・ベイカーのことを一時間くらい熱く語ったことを思い出し、元気に暮らしているかなぁと、その店員さんのことが頭をよぎりました。やはり、8年間の月日の流れは色々なことが脳裏を去来します。

  そこで、年賀状のやりとりだけでお会いしたことが無い北村さんが書いていた「チェット・ベイカー・スイングズ」(YouTube44分18秒)を久しぶりに聴きたくなり、CDではなくてLPを取り出して聴きました。そもそも、私をジャズの世界に引きずり込むきっかけになったこのLPを聴いていたら、何だか少し頬が濡れるのを感じました。

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