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永く東京に居て知らない名所

   永く東京に住んでいて、知らない名所が沢山あるようです。そこで、買ったのが「東京の歴史名所を歩く地図」。その中から見つけたのが「西郷・勝の会見場所」です。つまり、江戸城無血開城の立役者、西郷隆盛と勝海舟が直談判した場所です。それは、JR山手線田町駅から歩いて3分のところにあるそうです。

   ところが、歴史上の大きな分岐点とも言える会談の場所は、その歴史的価値のわりには何も残っていないで、今はJR田町駅から近い第一京浜国道の道路端に小さな石碑があるだけでは、行ってみたい気分が薄れてしまいました。何しろ、大変な場所なのですから国や東京都は何か考えてもよさそうです。

   また、明治の文豪、夏目漱石が住んでいて、処女作「吾輩は猫である」などを執筆した地下鉄南北線「東大前駅」から徒歩5分の夏目漱石が住んでいた家。現在、その場所には日本医科大学同窓会館が建ち(2007年現在)「夏目漱石旧居跡」の碑があるそうで、ここの方が行ってみたい所です。

   そして、もう一つは、東京都内にある「不動の瀧」。東京で瀧が見物出来るなんて知りませんでした。その場所は東武東上線下赤塚駅近くの樹木の茂る森の中に、いかなる干ばつの年でもかれたことのない瀧があるのだそうです。東京で生まれ、永く東京に住んでいながら、知らない場所がいっぱいあるのに驚きです。

東京駅と羽田空港直通計画

 前から思っていたことですが、東京駅と羽田空港の直通を実現させる計画が昨日の朝日新聞朝刊に載ってました。名称は「羽田空港アクセス線・東山手ルート」。5月か6月に環境影響評価(アセスメント)に着手し、2029年年度完成を目指すそうです。これが開通すれば非常に便利になるのは間違いありません。

   計画は羽田空港の国内線ターミナルの地下に新駅を作り、品川区内にある東京貨物ターミナルまで新たに約5キロのトンネルを掘り、そこからは休止中の貨物用線路を通って、田町駅付近で東海道線に乗り入れる計画です。現在は、東京駅から空港まで。浜松町で東京モノレールに乗り換えて28分掛かっています。

   それが何と18分になるのです。ところで、2014年夏の構想では、東京臨海高速鉄道りんかい線経由で、新宿方面と結ぶ「西山手ルート」と新木場方面と結ぶ「臨海部ルート」の2ルートもあったのですが、国と東京都との間で巨額の整備費用をどうするかが固まらずに計画は足踏みしていたのです。

   それが今回、JRは「東山手ルート」だけにしぼり、約3千億円の費用を全額負担することで動きだしたのです。そのほか、東急蒲田駅と京急蒲田駅をつなげ、京急空港線と東京西部を通る東急多摩川線を結ぶ新空港線構想があるそうですが、東急線と京急線は線路の幅が違うので接続方法が課題のようです。

「恐竜」が絶滅した本当の理由

 「恐竜」をこよなく愛する私は、つい最近、《ここまでわかった!恐竜の話》という文庫本を買いました。そして、真っ先に眼がいったのは「恐竜絶滅の真実とは?」。では、読んでいない方のために、その答を掻い摘んで紹介しましょう。やっぱり、本は読むと今まで知らなかったことが解ります。

   まずこの本に《三畳紀・ジュラ紀・白亜紀と地球上に君臨し続けた恐竜は、6600万年前に突如として姿を消してしまった。なぜ突然、絶滅してしまったのだろうか》。その答は宇宙から降ってきた巨大隕石が原因だったのだそうです。直径10~15キロメートルにも達する小惑星が地球の引力により激突したのです。

   隕石はライフルの弾の20倍の秒速20キロという高速で、現在のメキシコ・ユカタン半島北側に落下したのです。衝突時のエネルギーは、広島に落ちた原爆の何と10億倍(!)。一帯は浅い海でしたが、直径180キロもある海底はえぐられ、1万度に達する噴流が立ち上がり、周囲数百キロが火の海に包まれたのです。

   従って、マグニチュード11を越える大地震と、高さ300メートルの大津波が地球のいたるところを襲いました。その結果、舞い上がった土砂、岩石、粉塵などが宇宙空間にまで飛び出していきました。そして、これが落下する際の大気圏最突入の摩擦熱は260度にも達し、灼熱地獄により「恐竜」は絶滅したのです。世界中の天文学者、よくぞ調べてくれました。

近年乱れが著しい日本語

   作家の内舘牧子さんの書いた「カネを積まれても使いたくない日本語」と言う本に《「大らかな許容の果てに」が原因だと私は思ってるが、今やすっかり定着した新語が多い》の書き出しで、個人的には耳障りで汚いカネを積まれても使いたくない言葉を幾つか並べているので紹介しましょう。

   まず最初は「マジ」。これはもうよく使われている言葉で、「まじめ」の略なのは直ぐに解ります。若者が「マジに留年決定だよ」とか「バイトの方はマジにやってるよ」とかに使うようですが、内舘さんが言うように、何だか品格がなさそうで、出来たら使うのを避けたい言葉かも知れません。

   次は「ヤバイ」。これはもはやどうにもならないくらい定着している言葉で、内舘さんは若者が「ヤベエよォ!ヤベエってば」とか「ヤバッ。この味ヤバイよ」などと普通に使っているのを聞くと、本当に日本人は大らかな許容の心を備えているなぁと感心を通り越して絶望すると書いています。

   そして「ヤッパ」。これは「やはり」という副詞が促音便化して「やっぱり」となり、江戸時代に「やっぱし」になって省略したのが「やっぱ」です。内舘さんが調べたら「広辞苑」の六版にちゃんと出てるそうで、「こんな言葉、載せちゃダメよ、日本語の乱れを肯定しているようなものよ」とムカつくと書いています。

ルノワールの名画「雨傘」

   西洋美術史家、木村泰司氏の書いた「名画の謎解き」(大和書房)にルノワールの有名な絵「雨傘」の解説がありました。何はともあれ、ちょっとその絵をご覧になって下さい。この絵の木村氏の解説は《不思議な印象を与える絵です。中央を境に、右と左では筆のタッチ、そして色調までも違っているのです。

   どうしてルノワールは、5年間かけて制作したこの作品で、素人でもないのに2種類の作風を混同しているのでしょう。…》。実はルノワールは印象派の画家の中で、唯一、労働者階級で仕立屋の息子として生まれたのです。そのため、生計を立てるには絵を沢山売らなければなりませんでした。

   それには、作風を広げることによって、より多くの客層をつかもうとしたのです。つまり、一つの絵に二つの作風を融合したりして、好みが違う両方の客層に気に入られるように努力したのです。ルノワールと言えば裸婦の絵が有名ですが、「大水浴図」も二つの作風が一体となった作品と言われています。

   ともかく、ルノワールが「雨傘」や「大水浴図」のように二つの作風を融合しているのは、商業的な理由だけではなく、印象主義の技法を象徴する色彩分割法が、風景を描く際には効果的でも人物を描くには限界がると考え始めていたからだそうです。でもこの説明、絵がいくら好きでも私にはよく解りません。

「百人一首」の選歌の方針

   誰でもご存知の通り、「百人一首」は藤原定家が選んだ歌集です。織田正吉著「百人一首の謎」に誰にでも間単に検証出来る《「百人一首」の選歌方針》が書いてあって、面白いので紹介します。まず歌数に関しては、桜と紅葉の歌は、それぞれ6首づつ。春の桜に秋の紅葉が対応しています。

   そして、桜の歌は、咲く桜と散る桜がそれぞれ3首、また,紅葉の歌は山の紅葉と川の紅葉がそれぞれ3首。桜の歌には「桜」という語を使うのが3つ、紅葉の歌には「紅葉」という語を使うのが3つ、桜の歌のうち、咲く桜には「桜」、散る桜には「花」を使う歌が採られていて、「桜」が3個で「花」が4個なのは言うまでも無いでしょう。

   当然、紅葉の歌には「川」が3個、「山」が4個あって、春と秋を見事に対応させています。また桜の歌の中に「山桜」「桜咲き」「ひさかたの」「わが身」がそれぞれ2個ずつでくるように工夫しています。藤原定家は最初からこうなるように計算して選んだに違いありません。

   そして、紅葉の歌の中に「もみじ葉」「錦」「神」「竜田川」が2個ずつあって、同じ語句が2個1組になるものは、桜、紅葉とも4組でその数が一致するように選んでいます。織田正吉氏は《こういう事実の中に「百人一首」選歌の方針がはっきり見えている。「百人一首」は「桜」「紅葉」という同じ主題の歌をグループとしてまとめるという意識があり、そして、2種のものを1対にする構想である》と書いてますが、このことを自分で検証しようと思っています。

目的不明の「ナスカの地上絵」

   三笠書房の「世界遺産ミステリー」という本に、人類史上最大級のミステリーの一つと言える南米ペルーの「ナスカの地上絵」のことが詳しく紹介されているので、掻い摘んで書き出します。この国の南海岸寄りに位置するナスカ平原とフマナ平原に描かれた地上絵は何と700点以上がすでに確認されています。

   更に現在も、新たな地上絵の発見は続いていて、日本の山形大学の研究チームが2014年に17点、翌15年にも24点発見して大きな話題となりました。そもそもこの絵は、紀元前200年から紀元後800年に古代ナスカ人が描いたとされるもので、1994年に世界遺産に登録されました。

   その絵の種類は様々ですが、大きく分けると動植物を描いたものと幾何学模様を描いたものの二つのグループに分かれます。地上絵は、アンデス山脈と太平洋にはさまれた約450平方キロメートルの中に点在していて、大きな物になると、上空約10~50キロメートルでは全体像が把握出来ません。

   ところで、古代ナスカ人が何の目的でこの巨大な地上絵を描いたかですが、過去、沢山の研究者が調べても記録が発見されていないので、本当の目的は現在も謎のままです。従って、色々の学者が推測している説を信じるほかなく、現在、最も有力なのは「豊穣儀礼説」だそうですがあくまでも推測です。

気の毒だった「毒味役」の武士

   歴史学者の磯田道史著「日本史の内幕」、実に面白いです。江戸時代には「毒味役」の武士は本当にいたのだそうです。かって、大奥にいた者数十人から当時のさまを聞き取った「定本 江戸城大奥」という本によると、将軍夫人の食事は10人前も調理させていたのだそうです。

   10人前御膳を用意すれば、毒殺者は10人前のすべてに毒を盛らなければならず、毒殺は難しくなるとにらんだのです。そして、10人前のうち二膳が毒味に回され、残った八膳のうち三膳が将軍夫人の前に出され、将軍夫人はその三つの中から一つをランダムに選び箸をつけていたのです。

   その中に運悪く毒が入っていた時は、将軍夫人はよっぽどついていないと諦めて貰ったのでしょう。ともかく、将軍夫人が食べなかった九膳はお付きの当番がみんなで食べていたそうですから、このシステムのお陰でお付きの者も美味しい食事にありつけたことになります。但し命がけで。

   ところで余談ですが、近年、藤沢周平の原作で「武士の一分」という映画があり、藩主の「毒味役」を務めていた木村拓哉が貝の毒にあたって失明しました。監督が山田洋次だったので私も観た覚えがありますが、あまりいい映画とは言えない出来映えだった気がします。それにしても、「毒味役」の武士とは気の毒でした。

チェット・ベイカーの歌礼讃!

  私がジャズを好きになったきっかけは、チェット・ベイカーのトランペットと独特のヴォーカルであることは何度かブログに書いています。その後、ジャズ喫茶に足繁く通うことになり、LPやCDの名盤をいっぱい聴いて、ジャズの魅力が次第に身につき、ジャズの世界から抜けられなくなりました。

   しかし、私にとってのジャズの原点はやっぱりチェット・ベイカーのヴォーカルと言ってもいいでしょう。ジャズ評論家の寺島靖国と安原顯がジャズを徹底的に語っている「JAZZジャイアンツ名盤はこれだ!」というタイトルの対談集の中で、安原がチェット・ベイカーのヴォーカルをべた褒めしてるクダリがあります。

   ともかく、ベイカーのヴォーカルが好きな私のようなジャズ・ファンがこれを読んだら飛び上がって喜びたくなる安原さんの会話を書き出したくなりました。寺島「安原さんはチェット・ベイカーのトランペットは忘れられても、彼のヴォーカルは遺ると思っているのね」安原「うん、ジャズ史に遺りまくる(笑)」。

   寺島「トランペットと歌手と両方やってるところがどっちつかずで嫌いなの。どっちかにしろと」安原「男性ヴォーカルの第一人者はメル・トーメなんてよく言われるけど、メルなんて目じゃないって」寺島「そこまで惚れ込んでたとは!」。チェット・ベイカーのヴォーカル(    )がこれほど好きな安原顯さん、私もそうなんです。

知識をひけらかすクイズ番組  

   土曜日の午後7時がとても楽しみなテレビのクイズ番組が出現しました。放映はフジテレビで、番組名は「99人の壁」。すでにご存じの方は沢山おられると思いますが、まだ、観てない方のために、どんなクイズ番組かちょっと紹介します。私は何回か観ていますが、とても面白いです。

   司会は俳優の佐藤二朗氏。この番組に挑戦したい方は、予め自分の得意とするジャンルを書いてフジテレビに登録するようです。一方、壁として、出場者の知識を阻止する希望者もテレビ局に申し出ています。例えば、2月16日の最初の挑戦者の得意なジャンルは「日本の遊園地」の少年。

   最初は25人の壁からスタート。  挑戦者が勝つと次は50人の壁、次は75人壁、そして、最後に挑戦者は99人の壁と戦います。何しろ、自分の知識に対し、99人が相手ですから、そう簡単には勝てないのは言うまでもありません。もし、挑戦者が99人の壁を破って勝てば100万円(!)を現金で貰う仕組みになっています。

   さて、少年への最後の問題は《日本の観覧車、横浜みなとみらいは30台中4台、お台場…パレットタウンは64台中4台と言えばどんなゴンドラでしょう?》、少年が押すより早く壁の一人がお台場…の所で押して、答は「スケルトン」。これが正解で少年は残念にも負けてしまいました。次回3月2日(土)午後7時を、是非、ご覧になって下さい。

国境の壁に必死な大統領

   今朝の「朝日新聞」の記事で、トランプ大統領が、議会承認を得ないでメキシコとの国境の壁建築費を捻出するため、「国家非常事態」を宣言することを知りました。ともかく、新たな政府閉鎖を避けるため、建築費が大幅に減額された予算案には署名するが、大統領権限で別の予算を壁建設費にまわし80億ドルを捻出するというのです。

   民主党は権力の乱用だと強く反発していて、法廷闘争も視野入れているようです。トランプ大統領は何としても目玉公約「国境の壁」を実現させるため、強硬策に打って出るようで、政府閉鎖でつまずき、超党派による妥協案には満足出来なかったトランプ大統領、大統領権限で一気に壁予算を確保する算段のようです。

   一方、非常事態宣言は議会の権限を無視することから、与党内からも慎重論があり、党内の宣言に対する批判が出ないよう議員を説得することで、合意案に署名することを受け入れたようです。なりふり構わず、大統領が壁建設に突き進む背景には、再選を目指す2020年の大統領選の思惑があるようです。

   もし、目玉政策の壁建設で野党に屈して妥協すれば、不法移民への対策強化を望む熱狂的な支持層が離れてしまう恐れがあるのです。また、壁の建設には、建設地の地権者や州が建設に反対し、裁判を起こす可能性もあるのだとか。壁の建設にひたすら夢中になっているトランプ大統領、一体、この先どうなるのでしょうか。

「パスタ」と「スパゲッティ」

   「パスタ」も「スパゲッティ」も同じものだと思っている方はいっぱいおられるのではないでしょうか。ところが、ネットにその違いが書いてある記事を発見しました。「パスタ」はイタリア語で「麺類」の意味を持ち、イタリア料理で小麦粉を練って作った食品は全て「パスタ」と呼ぶのだそうです。

   イタリアには様々な形の「パスタ」が存在し、その種類は650以上あるといわれています。私達にとってお馴染みの細い棒状の「パスタ」は「ロングパスタ」、そして、サラダなどに使うマカロニは「ショートパスタ」に分類されます。で、「スパゲッティ」も「パスタ」の一種で、それらは。太さや長さで分かれています。

   まず、代表的な「スパゲッティ」は太さが2ミリ程度で、使い勝手がよく、どんなソースにも合うのが特徴です。そして、2ミリより太くなると、「スパゲットーニ」と呼ばれます。また、「スパゲッティ」も2ミリより細くなり、1.6ミリ~1.7ミリは「スパゲッティーニ」、1.4ミリ~1.5ミリは「フェデリーニ」。

   更に細くなり1.0ミリ~1.1ミリは「カペリ-ニ」といい冷製パスタに使われることが多いようです。また、ショートパスタも用途によって様々な形状があり、一番お馴染みなのが太さ3ミリ~5ミリの「マッケローニ」、日本では「マカロニ」で有名です。もっと詳しく知りたければこのサイトをお読み下さい。

英語のよく使う「決まり文句」

   英語の「決まり文句」の本から、まず「あいさつの表現」。How do you do?に続けていうあいさつはNice to meet you.(お目にかかれて幸いです。次はHow marvelous to see you again!(またお会いできて幸せです)、 言い方を変えればHow nice to see you again!.

   初対面の人への挨拶はHi,you’re new around here!(やあ、初めてお会いするようですね)。また、It’s been my pleasure.(お目にかかれてよかったです)。そして、お別れする時にはSee you another time.(それでは、また)、それが、明日は土日だったらHave a nice weekend.(楽しい終末を!)。

   次ぎに相手の話に対する「あいづちの表現」を幾つか挙げましょう、Is that right?(そうなの?)、Really?(そう)、Have you?(あ、そう)、Are you sure?(本当ですか?)、I see.(なるほど)、I think so,too.(私もそう思います)。  That’s true,(その通りです).。、

   相手がズバリ核心を突いた時は、膝をたたいてThat’s it.(それだ)相手の言ったことに全面的に同意する時にはYou can say that again.(まったくおっしゃる通りです)。実は、現役時代、私はあいづちがとても得意でした。勿論、日本語のです。適切なあいづちを打つことによって会話がどんどん盛り上がりました。

五輪競技の「バイヤスロン」

   「週刊新潮」2月14日梅見月増大号のコラム「オリンピック・トリビア」に吹浦忠正氏が冬季オリンピック競技「バイヤスロン」のことを書いています。「バイヤスロン」という名前は少しだけ小耳にはさんだことがありますが、正直いってよく知りませんでした。ところが、今回、このコラムでどんな競技か知りました。

   「バイヤスロン」はクロスカントリースキーと射撃を組み合わせた競技で、長い距離をスキーで走り、息を整えながら射撃で的を狙う、つまり、雪山を駆け回り、そして獲物を撃つという、北国での古来からの狩猟風景をそのまま競技にしたスポーツで、競技としての歴史は18世紀後半。

   オリンピックの舞台では1924年フランスのシャモニーでの第1回冬季大会で、軍事偵察という公開競技として行われ、戦後、男子は1960年のスコーバレー(アメリカ)、女子は1992年アルベールビル(フランス)の冬季オリンピックから正式種目になったようです。でも、あまりポピュラーではなく、話題になったことが有りません。

   ちなみにこの「バイヤスロン」、日本では銃刀法の制限によって、一般の愛好家が練習するのはまず不可能。そのため、競技者は真駒内駐屯地にある陸上自衛隊の冬季戦技教育隊の選手にほぼ限られます。この競技のことをもっと詳しく知りたい方は「バイヤスロン」のウィキペディアをご覧になって下さい。

「思い出」に因む美しい曲

   家の近くの古本屋の店内を歩いていたら、有楽町線「要町」駅近くの名曲喫茶「ショパン」のオーナーで、本も沢山書かれている宮本英世さんの「クラシック深夜便」という本が眼に留まりました。中をペラペラ覗いて見ると、どうやら音楽に関するエッセイで真っ先に眼に飛び込んだのが《「舞踏会の手帖」という映画》のタイトル。

   「舞踏会の手帖」は言わずと知れた名匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督のフランス映画の名作で、何度繰り返し観たか解りません。その映画のことを、一体、クラシック音楽の専門家が何を語っているのか知りたくて、何はともあれ直ぐに購入し、家に帰って夢中になって一気呵成に読みました。

   この映画は、主人公の女性マリー・ベルが配偶者を亡くし、家の中を整理していたら、偶然、見つけた青春時代に踊った相手の住所が書いてある手帖。そこで、その男たちを訪ね歩き、青春は二度と戻らない挫折感を味合う話ですが、宮本さんはこの映画に触発されたようで、思い出に因む名曲を何曲か紹介ています。

   で、この中から三曲書きます。まず、フランツ・ドルドラのヴァイオリン曲「スーヴニール(思い出)」。私も大好きです。次ぎにクライスラーのヴァイオリン曲「オールド・リフレイン」、そして、晩年の想いをいっぱい漂わせたこよなく美しいグリーグの管弦楽曲「過ぎた春」。宮本さんは「懐かしい気分を味わい方には最適!」と書いてますが、私としては、もう一曲、マリー・ベルの写真入りで「舞踏会の手帖」の中の「灰色のワルツ」も入れたいです。

「辛」と「幸」はほんの少しの差

   家の近くのコンビニの本の売場で、別に落ち込んでいるわけでも無いのに、本田健著「落ち込んだときに勇気がでる49の言葉」という本を見つけました。その中に「どんなときも、希望を捨てない」というタイトルの一文があり、書いてある言葉は《「辛い」という字がある。もう少しで「幸せ」になれそうな字である》。

 

   この言葉を言っているのは詩人で画家の星野富弘氏。実はこの言葉、家内の歯の治療に歯医者に一緒に行った時、待合室に置いてあった星野富弘氏の本の中に書いてある言葉で、何だか印象に強く残っていました。本当に「辛い」と「幸せ」は紙一重、どんなに辛くても少し手を加えれば幸せになるのです。

 

   星野さんは詩人、実にうまいことを言うものだと思いつつ「どんなときも、希望を捨てない」の本文を読むとこんなことが書いてあります。《私たちは、うまくいかないことがあると、間単にあきらめがちです。また、いろんなことが重なって、すべてを投げ出したくなる衝動にかられることがあります。

 

   では、どうして私たちは、簡単にあきらめてしまうのでしょうか?それは、私たちが「がっかりする」ことに馴れていないからだと思います。……あきらめそうになったとき、思い出して下さい。ひょっとしたら、見方を変えたり誰かに助けてもらったりすれば、状況がガラッと変わるのではないか》と。「辛」と「幸」は少しの差なのです。

色遣いが大好きな日本の画家

   今から10年ほど前、会社をリタイアして、時間がいっぱい出来たので、好きな絵を沢山観たくなり、銀座の画廊を毎日のようにハシゴしたことがあります。その頃、個展を開催していた画家と知り合い、今でも年賀状のやり取りだけ続いている画家が何人かおられ、その頃が無性に懐かしいです。

   当時、ソニー・ビルの隣の「日動画廊」にもよく行きましたが、ここである日、私が大好きな色彩感覚の松井ヨシアキ氏の絵を発見、何度もその絵を観にくる私がもしかすると買うのではないかと思ったらしくいつも店員が近くに来ました。しかし、絵を買うほどリッチではない私は、店内で売っていた定価4762円の画集を買って、以来、行かなくなりました。

   表紙に「パリに音楽は流れる」と書かれたその画集、冒頭に文化評論家とかの永瀧達治さんの「愛するもの同士には狭いパリ」というタイトルのエッセイがあり、《パリと言えば、昔ながらのシャンソンやクラシック音楽を思い浮かべる人が多いだろう。だが、同時にパリはジャズのメッカでもある》という文章が目に入りました。

   ところで、この画集、今も時々取り出してうっとりして眺めていますが、ネットに「松井ヨシアキ画集」を見つけましたのでリンクしましたから、是非、ご覧になって下さい。私は昔からユトリロが好きなのですが、松井さんの絵は、色彩においては何だかユトリロを越えたものを感じ、行ったことが無いパリの街とジャズが脳裏をかすめます。松井さんの絵、大大大好きです。

驚くイギリス名門大学の入試

   《オックスフォード大学 世界一「考えさせられる」入試問題》に「なぜ海には塩があるのでか?」の答が載ってましたので抜粋して紹介します。その答は《いや、厳密にいうと、海には塩はない。ただ、凝結して結合すると塩になって海水をしょっぱくする化学物質が溶解しているだけなのです。

   これまでのところ、海水からは72の独立した成分が発見されており、海水には地球上のほぼ全ての天然成分が存在する可能性が高くなっているのです。とはいえ、その中で断トツに多いのは塩化物イオンで約55.3%、そして、約30.8%のナトリュウムイオン。この二つが結合すると普通の塩になります。

   そのほか、比較的多い成分は、マグネシユウムイオンが3.7%、硫酸イオン7.7%、カルシュウムイオン1.2%、カリユウムイオン1.1%。つまり、この6つの成分が海水をしょっぱい「塩水」にしているのです。平均して、海水の塩分濃度は、海水1000に対し35が溶けていることになるのです。

   ともかく、海水の総量を見積もることが出来るので、この濃度から海の塩は全部で5千万×10億トンという目もくらむ量になり、これをすべて抽出出来たとすると地球の地表を約150メートルの厚さで覆うことになる》と書いてありますが、入試問題の回答ににここまで書ける人がいるかと思ったら気絶しそうになりました、

非常に短時間の関ヶ原の合戦

    古本屋で「戦国時代 通説のウソ」という本を見つけ買ってきました。それによると、1600年9月15日に行われた徳川家康率いる東軍約75000人と石田三成率いる西軍約84000人が激突した関ヶ原合戦が半日で終わったというのはウソで、実は半日どころかあっという間に終わったというのです。

    つまり、関ヶ原の戦いの約20年後に書かれた「当代記」には、戦いは西軍が陣を敷こうとした時に小早川秀秋が裏切り、東軍はほとんど労せずに勝ってしまったと書いてあるそうです。また、戦いの2日後、、9月17日付で徳川方の武将が出した連署状にも、秀秋は開戦直後に寝返ったと記してあるのだそうです。

   何しろ、戦いにかかった時間にしても、これまで言われてきた半日どころか、正午には西軍は総崩れになり、戦いは2時間弱で終わってしまったのです。では、なぜ長時間掛けたドラマチックな展開に改ざんされたかというと、理由は徳川家康の力を世間により強く見せたかったためだというのです。

   ともかく、関ヶ原の戦いから56年後の1656年に書かれた「関原始末記」は、徳川家に仕え、老中も務めたこともある酒井忠勝が関ヶ原の戦いの家康の武功を後世に伝えるためにまとめたものだそうです。それには、戦いが短い時間で終わってしまったのでは活躍を書く場面がなく都合が悪いのです。

再度お礼がしたい二枚組CD

   私がジャズが好きになったきっかけは、かなり前のクリスマス・イヴ、銀座のジャズ喫茶で「チェット・ベイカー・スイングズ」を聴いたことなのを何度もこのブログに書いています。その時聴いた輸入盤のLPをセコハン屋で見つけ、大切に保存していて、今も時々聴いています。

   ところで、私と音楽との付き合いはクラシックの方が先で、これをきっかけに両方が好きになり、音楽を聴くことに費やした時間は恐らくとてつもない数字のはずです。もし誰かにどっちが好きかと尋ねられたら、まったく同じと答えるほかなく、この世に音楽が存在して本当によかったといつも思っています。

   さて、クラシックで好きな作曲家をたった一人だけ選ぶとすると何といってもマーラー。ことに交響曲第2番「復活」が好きで好きで、どのくらい聴いたか解りません。ともかく、この音楽には得体の知れない魔力があります。演奏は誰でもいいのですが、一つだけ選べば、クラウス・テンシュテット指揮の北ドイツ放送交響楽団

   このCDは海賊版しかなく、私がこのCDを必死に探しているのを知っていた会社で大変お世話になった方が、リタイアしてからのある日、ネット・オークションで手に入れた2枚組のCDを宅急便で自宅に送ってくれた時の喜びは、いま思い出しても身震いします。何年か経ちましたがこの場で、再度、お礼を申し上げたくなりました。

村上春樹氏と丸谷才一氏

   私の拙いブログ「ドアのない談話室」を前から読んで下さっている方ならば、私が2012年に他界された丸谷才一さんの随筆をよく引用させて頂いているのをご存知のはずです。何しろ丸谷さんの知識凄いのです。ところで、村上春樹さんが、メールで質問を受け、それに答えている「村上さんのところ」という本があります。

   その中に、「丸谷才一さんの慧眼」というタイトルで掲載されている《私にとって好きな作家といえば、村上さんと丸谷さんの両氏でして、これは数十年間ずっと変わらず、丸谷さんが群像新人文学賞の選考時に村上さんの「風の歌を聴け」を強く推されたことも承知していました》と言う書き出しの一文があります。

   そして、その方の質問は《村上さんにとって丸谷才一という人はどういう方だったのか、何かエピソードなども含めてお教えいただけたら幸いです》。実は私も好きな作家は村上春樹さんと丸谷才一さんの両氏。更に村上さんに聞きたいことも、この方とまったく同じで、村上さんの解答をこの場に披露したくなりました。

   「僕はなかなか文壇方面に出ていかない人間なので、丸谷さんと直接お目にかかったことはあまりなかったのですが、一度だけ二人で食事をしたことがあります。……亡くなったときは外国にいたので、お葬式にもうかがえませんでしたが、少し後でおたくに弔問に行きました。そのときに息子さんに、書棚からお好きな本をお好きなだけ持っていってくださいと言われまして、お言葉に甘えて、英語の原書をショッピングバックひとつぶんいただいて帰りました。たくさんの英語の蔵書がありましたが、僕が驚いたのは、どの本にもしっかり読んだ形跡のあったことでした。さすが、すごいなあと思いました」。村上さんと丸谷さん、食事したことがあるのを知って何だか嬉しくなりました。村上さんと丸谷さん、本当に好きです。

どうにもならない「意見の違い」

   「週刊文春」2月7日号にお茶の水女子大学名誉教授土屋賢二氏が「意見の違い」というタイトルのコラムを書いていて、面白いのでブログにアップしたくなりました。最近、大多数と意見が違うというだけで、非難されるようになったというのです。過去にも、人類は少数者を力で屈服させてきた歴史があります。

   例えば、ほぼ全員が信じていた天動説に反対しただけで迫害された時代がありました。しかし、人類は、過去の反省から、力による支配ではなく、議論によって解決するようになったのです。だが、反対意見を主張する者は簡単には譲りません。従って、議論では圧倒的な証拠を示す必要があります。

   ともかく、反対意見は手強わく、議論ぐらいで説得出来るわけが無く、そこで人類は多数決を開発したのです。でも、多数決にも問題が多く、それを越える解決法はまだ開発されていません。次に土屋教授は先生と学生が議論していて、決着がつかない会話を披露していますからよくお読みになって下さい。先生はバカの確率を8%多くして満足?

   「先生とは意見が一致したことがありません」「だが、二人が一致したことがない、という認識は一致している。更に相手の方が間違っていると考えている点も一致している」「お互いに相手がバカではないかと思ってる点も一緒です」「えっ、君はわたしをバカだと思っているのか?」「九十パーセントの確率でバカではないかと思っています」「よかった!わたしは君を九十八パセントの確率でバカだと思っているから続けよう」。土屋氏は、若者を力で支配した昔の年長者は賢明だったで結んでいます。いやはや。

「ユーハイム」の珠玉の洋菓子  

   ドイツの洋菓子店「ユーハイム」が池袋には、JR池袋駅西口の東武デパートと東口の西武デパートの二つあります。何しろこの店の「フランクフルタークランツ」が大好きで、前にブログにアップしたことがあり、つい最近、2月2日の土曜日に友人夫婦と会食した時に、差し上げた機会に再びこのお菓子のことを書きたくなりました。

   「ユーハイム」には有名な「バームクーヘン」がありますが、私の好みから言わして貰うと「フランクフルタークランツ」に勝るお菓子はほかに無く、別に親戚でもないのに、何人の友人や知人に勧めたか解りません。これは、前にも書いたことがありますが、横浜に住んでいる友人の家に初めてお邪魔した時の出来事です。

   このお菓子を持っていけば、必ず喜んで貰えると手土産に選んだのが「フランクフルタークランツ」です。田園都市線の青葉台駅の改札口で待ち合わせ、会った途端に友人の口から出た言葉は「ちょっと駅ビルに寄らせてくれる?家に買っていきたい物があるんだ」。そして、友人が手に持ってきたのが何と「フランクフルタークランツ」。

   友人に聞くと、友人の家族は、当人も奥さんも娘さんも全員が昔から「フランクフルタークランツ」の大ファンと言うではないですか。世の中に星の数ほどあるお菓子の中で、二つの家庭が、偶然、まったく同じお菓子が大好きだなんて!「フランクフルタークランツ」、是非、ご賞味下さい。あまりの美味しさに絶対にクセになります。ところで、「ユーハイム」にはもう一つ、とびきり美味いクッキー「テーゲベック」があることを書いておきます。

「ザ・ビートルズ」の新作映画

   ネットはよく観るべきです。昨日、ネットで《ビートルズの新作映画製作が決定 ピーター・ジャクソン監督「究極の映像体験に」》という記事を発見しました。今もなおCDが根強く売れてる「ザ・ビートルズ」の新作映画(題未定)が、製作されることが発表されたというのです。

   監督は「ロード・オブ・ザ・リング」で知られるピーター・ジャクソン氏。映画はアルバム「レット・イット・ビー」のセッション時、1969年1月2日から31日の間にスタジオで撮影された約55時間におよぶ未公開映像を基にしたものだそうです。まだ、未公開映像があったとは驚きです。

   もともとはテレビの特別番組のために撮影されたようですが、ロンドンのサヴィル・ロウにあるアップルの事務所屋上で行われた伝説的なルーフトップ・セッションでクライマックスを迎える当初の予定とは全く違う性質のものだそうです。ともかく、ジャクソン監督はやる気まんまん。

   55時間分の未公開映像と140時間分の音源を使わせてもらうことができるので、ファンが長らく夢見ていた“現場に立ち会う”という究極の映像体験にしようと思っているとか。タイムマシンに乗って1969年に戻り、スタジオでザ・ビートルズが素晴らしい音楽を作っている現場に居合わせるような体験です」と。では、飛びきり素敵な不朽の名作「イエスタデイ」をお聴きになって下さい。

月の石が実は地球の隕石?

   昨日1月31付「朝日新聞」夕刊一面に黒いバックによく目立つ白い文字で《アポロが持ち帰った月の石 実は地球からの隕石?》。何と48年前の驚きの情報です。この話を正確にお伝えするにはこの記事をコピーするしかありません。《アポロ宇宙船が月から持ち帰った石は、実は大昔、地球から月に飛んできた隕石だった?。

   こんな結果がアメリカの宇宙局(NASA)などの研究で分かった。月や火星から地球への隕石は見つかっているが、地球からの隕石とみられる物体が確認されたのは極めて珍しい。研究チームは、1971年に月面着陸したNASAの宇宙船アポロ14号が持ち帰ったバスケットボールほどの大きさの石の一部を分析した。

   分析した石は月では極めて珍しい石英を含み、地球では一般的な花崗岩に似ていた。これに含まれる「ジルコン」という鉱物やチタンの割合を調べたところ、地球最古の石と同時期の40億年前に作られたと推定された。その時の温度や圧力を求めると、月で同じような環境は地中約170キロになり、月の地殻より遙かに深い。

   一方、地球では、深さ約19キロが同じ環境で、同じような成分もマグマから広く見つかるという。月で極めて特殊な条件がそろって作られた可能性もあるが、40億年前に地球で作られた岩石が、小惑星の衝突ではじき飛ばされ、月にたどり着いたと考える方が自然だと指摘(研究チームが)。私もこの説、信じたいです。

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