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ムンクのかなり沢山の自画像

   今朝の朝日新聞に、現在、東京・上野の東京都美術館で開催中の「ムンク展」のことが出てました。ともかく、強烈な印象の「叫び」で有名なノルウエー生まれの画家ですが、ムンクの絵は、私にはあまり好みではなく、上野まで足を運ぶ気になりません。しかし、記事はかなり丹念に読みました。

   それによると、ムンクは実に多くの自画像を残していて、油絵が約70点、版画や素描を入れると何と200点近くに及び、今回の展覧会には、自分で自分を撮った写真も含め、代表的な自画像が20点あまり展示されているそうです。新聞に紹介されている6枚の絵がすべて自画像なのが印象的です。

   記事を書いた高木友絵さんの文章をそのまま引用すると《これらの自画像には、画家の波乱の人生がそのまま反映されているように見える。しかし実は「自分に起きた出来事を利用して、よりドラマチックに描く『自己演出』の部分もある」とスタイハウグ氏(オスロ市立ムンク美術館の展覧会部長)。

   そして、筆者は《70歳を迎える頃には、老いと死が自身に迫ってきて、晩年の自画像は、それまでとは違う趣を示す。……》と書かれていて、これを読んだら、ちょっと、自分で実際の絵を観たくなりましたが、やっぱり展覧会に行くのはやめます。ところで記事は「叫び」には少しも触れていませんでした。では、ムンクの画集です。

「参勤交代」の裏話

   東京大学教授の山本博文氏の《「参勤交代」の不思議と謎》という本の中に参勤交代の裏話がありました。その一つは、参勤交代の時の大名たちが幕府に納めた土産物の話です。ともかく、江戸城に着いた後、大名には将軍にお目見えし、お土産、つまり献上品を渡すという大事な仕事が待っていたのです。

   参勤交代が始まった当初は、献上品の規定が無く、どの程度の品物を渡したらいいか、老中に相談したりして、かなりドタバタしたらしいのです。幕府もこのままではまずいとと思ったのか、1657年(明暦3年)に献上品に関する決まりを設けました。大名の家格や将軍家との近さによって品物や金額を明文化したのです。

   ただでさえ、参勤交代の出費が大きいところに、献上品の出費もかさみ、かなりの負担になるはずでしたが、大名たちの懐はあまり痛みませんでした。何故なら、献上品に対し、将軍はその倍近いお返しをすることが慣習化されていたからです。そのため、逆に幕府にとって出費がかさみ、大幅に削減する事になりました。

   その後、大名たちの献上品は金品では無く、地元の特産品を江戸に持ち込むようになり、これは一種のお国自慢のようでした。従ってかなり独自色の強い品物が多くなり、これらの特産品は江戸城に勤めていた人々の身分や役職に合わせて分配されたそうです。評判が悪い参勤交代でもこんなプラスもあったのです。

地球の自転が止まったらの話

   慶應義塾大学大学院講師瀧澤美奈子監修「身近な疑問がスッキリわかる理系の知識」という本によると、《そもそも、なぜ地球は自転しているか?》の質問に対し、定説では今から約46億年前、地球が誕生した頃、岩石や小さめの惑星とぶつかりながら育っている最中だったというのです。

   それで地球に衝突した物体が真正面からだけだったら、回転など生じなかったのに、衝突は行き当たりばったりで、地球の中心からずれてぶつかったと考える方が自然でそれが回転力となり自転が生まれたと思うしかないのです。つまり、自転を始めたのは地球が誕生した時以外には考えられないというのです。

   ところで、地球はどのくらいのスピードで自転してるかご存知でしょうか。時速1700キロメートル、秒速にすると÷60=28.3キロです。とてつもない速度で自転しているのに、地球に住んでいる誰もがそれに気づいていません。その理由が書いてあるサイトを見つけましたのでお読みになって下さい。

   ともかく、理由は解っても、自転しているのを確認して見たくなるのは当然ですが、ネットにちゃんとそれを実験し、あり得ない事でも、もしも、突然、地球の自転が止まったらのYouTubeがあります。まぁ、自分の周りの空気と一緒に回っているから誰も気づかないをそのまま信じるしかありません。

年一回の日帰り小旅行を満喫

   昨日、年に一度、東海道線藤沢駅の駅ビルの中で開催されている写真展に行ってきました。この写真展は、現役時代、コンピューターのソフトで大変お世話になった方と奥さんが会員になっている「湘南写真クラブ」の主催で、出展されているご夫婦の素敵な写真を穴の空くほど丹念に眺め鑑賞させて頂きました。

   藤沢に行くと、鉄道好きの私にはとてつもない喜びがあるのです。行く前に池袋駅近くのレストランで昼食を食べてから電車に乗ることになるのですが、まだ副都心線が開通してない時は、池袋からJRか地下鉄丸ノ内線で東京駅に行き、ここから東海道線に乗るしか方法がありませんでした。

   ところが、今はルートが幾つもあって、鉄道が楽しめるのです。まず、標準的な行き方としては、池袋駅→副都心線→横浜駅→東海道線→藤沢駅。ところが、湘南新宿ラインのお陰で、何と池袋駅から乗り換え無しで、直接、行く方法があるので、ちょっとそのルートを書き出すと次の通りです。

   池袋駅→新宿駅→渋谷駅→恵比寿駅→大崎駅→武藏小杉駅→横浜駅→藤沢駅。ところで、昨日はもっと嬉しいことがありました。私が初めて接した小型コンピューター、三菱電機の「MELCOM81」を担当していたその方は、このマシンのOB会が三菱電機であり、当時のカタログと実物の写真を撮って、昨日、持ってきて私にプレゼントしてくれたのです。「写真の鑑賞」「鉄道の体感」「コンピューターの回顧」とめくるめくような歓喜の一日でした。

究極の悪女映画の傑作

   久しぶりに伊藤勝男著「B級ビデオ発掘カタログ」をペラペラ見ていたら、ジェイムズ・M・ケイン原作で、すでに1944年にビリー・ワイルダー監督が作った「深夜の告白」のリメイク、ローレンス・カスダン監督の「白いドレスの女」の解説がありました。小説の原題は「Double Indemnity」(倍額保険)です。

   ともかく、非常に面白いサスペンスで、二つの映画を比べると、やはりビリー・ワイルダーの「深夜の告白」の方が格調が高いような気がしますが、この「白いドレスの女」も、映画初出演とは思えないキャスリン・ターナーの悪女ぶりがぴったりで、著者の伊藤勝男氏もサスペンス映画の秀作と評価しています。

   何しろ伊藤氏は《全編を彩るのは乾いた空気とくずれる寸前の緊張感、汗ばむ肌、夜空を焦がす遠方の火事、身を翻す白いドレスの女》と書き、真夏のジャズ・コンサートで知り合った弁護士と妙にエロチックな人妻が、二人で共謀して犯罪にのめり込んでいくプロセスが実に鮮やかに描かれています。

   例の「映画大辞典」のコメントに《ウィリアム・ハートとキャスリーン・ターナーという配役から格調の高さを予想すると裏切られる、B級半的映画、そこが面白い。……》とあり、一見の価値があります。是非、究極の悪女の餌食になる三流弁護士をとくとご覧になって下さい。弁護士が人妻の色仕掛けにもがきながら悪に落ちていくのは見ていてハラハラします。

寒い時は番茶で鯛焼きが一番

   鯛焼きの季節が訪れました。池袋の鬼子母神の直ぐ近くに「笑点」でお馴染みの三遊亭好楽の家があり、娘さんが鯛焼き屋「ひなの郷」を経営しています。家内の歯医者さんが鬼子母神近くにあり、月に一度、定期検診で行く関係で、昔、雑司ヶ谷に住んでいた懐かしさで私も一緒に行き、よく鯛焼き屋に寄ります。

   ところで、アメリカのロック・グループ「エアロ・スミス」のメンバーが、全員、鯛焼きが好きで、この鯛焼きが原因で、前に解散騒動になったのをご存知でしょうか。この事件の経緯がネットにありますので、知らない方のために紹介しましょう。この事件が起きたのは日本での公演の帰国の際です。

   リーダーのスティーヴン・タイラーは帰国してから食べようと大量の鯛焼きを買って飛行機に乗せました。ところが、その鯛焼きをメンバーがほとんど機内で食べてしまったのです。楽しみにしていたタイラーは烈火の如く怒り、あわや解散というまで険悪な状態になってしまいそのニュースは大きく報道されました。

   その後、事態は収まったようですが、やはり、食べ物のウラミはどこの国でも怖いです。ともかく、寒い時に食べる鯛焼きは格段に美味しく、日本人には番茶がよく似合います。つい最近、家内が大変お世話になった草月流の先生と私を交えて三人で食事をすることになり、ちょうど歯医者に行った帰りだったので鯛焼きを持っていったら、後で「友人と食べたけどとても美味しかったです」と電話でお礼を下さいました。本当こここの鯛焼き美味しいです。

11月22日は「いい夫婦の日」

   今日、11月22日は「いい夫婦の日」なのをご存知でしょうか。これにちなんで、今朝の朝日新聞に、明治安田生命保険が発表したこんな記事がありました。今年の10月に20歳~79歳の既婚男女1620人を対象にしたネット・アンケートを行い、まず、「夫婦関係は円満か?」の質問です。

   それに対し「円満である」が29.9%、「まあ円満である」が45.4%、それを合わせると75.3%です。ただ、「生まれ変わっても、もう一度同じ相手と結婚したいか?」との問いには「必ず結婚する」「たぶん結婚する」が42.6%にとどまったようで、76%の妻が夫に何らかの不満を持ってます。

   明治安田生命保険は「円満とは感じているものの『理想の夫婦関係』とまでは言えないと感じている人が多いのではないかと分析しています。ところで、この記事の後に「理想の有名人夫婦ランキング」がありますので書き出しておきます。①三浦友和・山口百恵②ヒロミ・松本伊代③藤井隆・乙葉④佐々木健介・北斗晶。

   ⑤中尾彬・池波志乃⑥唐沢寿明・山口智子⑦西川きよし・西川ヘレン⑧山下達郎・竹内まりあ⑨桑田佳祐・原由子⑩江口洋介・森高千里。では、最後にいい夫婦の私見を書かせて頂くと、相手に対する労りや優しさを常に持ち続け、お互いに相手への尊敬心があれば「いい夫婦の日」を間違いなく絶対に持続出来ます。

「人の名前」が出てこない対策

   丸谷才一さんの随筆に「ほら、ほら、あの……」というタイトルの一文があります。そうです。会話をしていて、中々、人の名前が出てこない現象です。すると、どういう会話になるか、丸谷さんの文章をそのままコピーしましょう。「こういう話がある。えーと……」とそこでわたしはつかえてしまった。

   「随筆で読んだんだ。ほら。彼の随筆。名前、出てこない」「彼って?」「うん、彼。それが出て来ない」「随筆家?作家?」「いや、作曲家。芸大教授。たしか文化功労者か文化勲章。随筆がうまくってねえ。えーと……」「ま、名前はいいや。どういう話なの?」と促されてわたしはしゃべった。

  「その作曲家が学生時代、信州で山歩きして下山したときの話。麓近いところで、兎が一匹駆け降りて来て、すぐ前の木の株にぶつかって倒れた。見ていた猟師らしい。スキー帽の男がひょっと拾いあげ『晩飯はこれにしよう』とつぶやいて、持ち帰った。それを見て柴田さんは……あっ、柴田南雄だ。

   その作曲家……柴田さんは思ったんだな、おや『待ちぼうけ』そっくりじゃないか」とわたしが言うと、友達は「思いだせて、よかったな」と笑った。「うん、出て来ないと、いつまでも気になって困るからな」とわたしが言った。という具合にふいに出てくるのです。ネットで《「名前が出てこない」がピタッとなくなる方法》(歳のせいではなく「努力不足」が原因だった)を見つけましのでお読みになって下さい。きっと役に立ちます。

殿様の世話をするマニュアル

   歴史学者で「武士の家計簿」の原作者、磯田道史氏の書いた「歴史の愉しみ方」を読んでいたら「殿様のお世話マニュアル」というタイトルの一文がありました。歴史学者は岐阜県の山奥の町の資料館まで行って古文書を見つけ、そこに書いてある殿様の身の回りの世話をする近習のマニュアルを紹介しています。

   それによると、殿様が朝起きると、まずうがい。近習はうがい道具と鏡を立て、身だしなみを整えます。朝食が済むと、またうがい。裃を着ている時は、汚さぬように着替えてから、入念にうがいをして貰うのです。江戸時代は上級武士ほど、口のマナーがうるさかったようで、お口が臭い殿様は許されなかったのです。

   このマニュアルが書かれている殿様は三万石の小藩ですが、学問藩として名高く、何でもマニュアル化してました。小泉純一郎首相が田中真紀子外務大臣に「重職 心得箇条」という大臣マニュアルを渡したそうですが、これもこの殿様の藩によるものがベースになっているそうですから驚きです。

   ともかく、磯田氏はこんなことを書いてます。《歴史学者にとってこの藩は有り難く、人間の振り付けをことごとく文字化してくれている。前近代人の知られざる意識や行動を調べる手掛かりの宝庫だ》と。つまり、古文書に書いてある殿様の面倒をみるマニュアルによって当時の人間の行動を知ることが出来るのです。

外国人も好きな食物「TKG」

   先日、テレビを観ていたら、日本に来てる外国人に人気のある食べ物の一つに「TKG」があるのを知りました。「TKG」とは「卵かけご飯」のことで、池袋にある串カツ屋のメニューにあり、前に店員さんに訊いたら、生卵をかけご飯をこういい、結構、お客さんの注文があるんですよと言ってました。

   確かに、日本人に取っては、炊きたての熱いごはんに生卵を掛け、醤油を少し入れて食べるお料理(?)は、私も好む食べ物の一つで、好きな人はいっぱいいるに違いありません。しかし、卵を生で食べるなどの風習があまりない外国の人が、日本人は凄い発明をするものだと驚き、美味しく頂いているそうです。

   ところで、ネットの「卵かけご飯」のウィキペディアをみたら《現代日本では卵は生食できる食品として認知されている。日本以外の国では韓国のユッケおよびヨーロッパのタルタルステーキで生卵と生肉や他の具材をかき混ぜる料理、あるいは食材の一部としての他は、生食する食習慣は独特とされる。

   ほかに薬用として卵が生食されることがある。世界各地域では、卵を食す場合は完全に火を通した調理法が一般的である。日本以外の文化圏で育った人にとって、生卵を食する習慣はカルチャーショックであり、時にはゲテモノ食と映る可能性もある》と書いてあり「TKG」が外国人に人気があるとは信じられません。

間単に解ける「等差数列」の和

   今朝は数学の話を書きます。数学と言っても、そう難しい話ではありません。家の近くのコンビニで見つけ、一体、どんなことが書いてあるんだろうと思って買った桜井進著「面白くて眠れなくなる数学」(PHP文庫)という本からのドイツの数学者ガウスについての話です。何しろガウスは天才です.。

   ちょっと、1から100までの等差数列を書くと、1+2+3+4+………+98+99+100で、この和は上底1、下底100の台形の面積を求めることと変わりありません。従って、台形の面積は、(上底+下底)×高さ÷2、つまり、(1+100)×100÷2=5050で、あっという間に答が出ます。

   ところでこの数列の和の問題は、1から10までの和が55であるのはどなたも昔からよくご存知でしょう。実際に計算して見ると、(1+10)×高さ(10-1+1)÷2=55がたちどころに出て、この公式が間違いないことが証明されました。高校の数学で習ったΣを使う公式がウソのようです。

   では、もっと難しそうな問題、777+778+779+780+781+782+783+784+785+786=?を解くのでも、ガウスの「公差1の等差数列の和の公式」を使えば簡単に出来ます。(777+786)×(786-777+1)÷2=7815、どうです。数学って面白いでしょう。なのに嫌う人が多いです。

舞台に野良犬登場の演奏会

   よくテレビで音楽の面白い話をされている青島広志さんをご存知でしょう。その青島さんが「クラシック質問帖」という本を書かれていて、その中に演奏家が本番中にミスをした時の対応について書いてあり、こんな話、滅多に聞けない事なので紹介します。ともかく、ミスは演技でカバーするのだそうです。

   ここで言う演奏家はオーケストラの一員です。ともかく、演奏家は練習に練習を重ね、本番中に失敗をすることなんて絶対になさそうですが、時にミスは起きるんだそうです。しかし、その失敗を観客に悟られないように演技でカバーするのだとか。でも恐らくミスを観客が気づかないことが多いでしょう。

   ところで、前に何かで読んだことがあるのですが、あるコンサートで楽団員が重大なミスをして、指揮者はそのミスに我慢出来なくなり演奏を中断して、そのことを観客に説明した後、演奏を最初からやり直したことがあるのだそうですが、詳しいことは覚えていません。ネットで調べてみましたが駄目でした。

   それより、あるコンサートで演奏中に野良犬がステージに現れ、指揮者の近くをうろちょろしてるのです。しかし、演奏者は誰も演奏を中断することなく、演奏を続けているYouTubeがありますが、犬がステージに上がるまで気がつかない関係者に驚き、素知らぬ顔で演奏を続けている演奏者にも驚きました。とくとご覧下さい。

究極の言葉遊び「アナグラム」

   ちょっと言葉遊びに詳しい方なら「アナグラム」がどういうものかはよくご存知でしょう。本来「アナグラム」は英語が本家本元で「アナグラム」に該当する日本語は存在しません。「アナグラム」を広辞苑で牽くと《言葉の綴りの順番を変えて、別の語や文章を作る遊び》と書いてあります。

   この道の大家、織田正吉著「ことば遊びコレクション」(講談社)には、芭蕉の有名な一句「古池や かわずとびこむ 水の音」の「アナグラム」として、岩永嘉弘氏の「婿言わず ふと妬ける身の 帯とかず」「文行かず 男わび住む 屋の戸蹴る」「水桶の 来ず詫びるやと 向い問ふ」などを紹介しています。

   また、著者の織田正吉氏は「蛍の光 窓の雪 書よむ月日 重ねつつ いつしか年も すぎの戸を 明けてぞ けさは別れゆく」の「アナグラム」を「百合の香とほき 日の待たる 浴衣のひと ほのる丸き 湯巻のポルノ 借りたひと 真昼の湯殿 穂高霧 またと指切り 野の香る」。かなり苦労されてるのが解ります。

   更に織田氏は「蛍の光」を各行ごとに「アナグラム」。蛍の光窓の雪→北の間取りかほの冷ゆる、書よむ月日重ねつつ→寝つつ寒き身二日酔、いつしか年もすぎの戸を→キスの音もしいと静か、明けてぞけさは別れゆく→揺れてかそけく酒は泡。大好きな「アナグラム」のことはブログに何度書いたか解りません。それにしても「アナグラム」は元の言葉との知的な関連性を楽しむものですが、日本語は傑作は無理で、英語に思わずうなる凄い作品があります。例えば、DORMITORY(学生寮)= DIRTY ROOM(汚い部屋)。

驚く夏目漱石のヘンな癖

   東大教授の本郷和人著「やばい日本史」を買ったら、夏目漱石のことが書いてあり、あまり知られてないような話なので、ブログにアップしたくなりました。明治時代の大人気作家になった夏目漱石ですが、子供の頃はさびしいものだったようです。何しろ僅か1歳にして養子に出されています。

   しかし、頭がよく、勉強がよく出来たため、大学を卒業すると、英語の教師に就職したものの「自分は教師に向いていない……」と思うようになります。ところが、漱石の人生が大きく変わったのは、34歳の時、国からの命令で、英語を研究するためイギリスに留学させられます。

   でも、馴れない外国生活と孤独で、心の病気になってしまったのです。ボロボロになった漱石を救ったのが、友達の俳人、高浜虚子(解りやすく大好きです)。彼の「気晴らしに小説でも書いてみないか」という薦めに従って書いたのが、自分の飼っていた猫をモデルにした小説「吾輩は猫である」で、これが大好評。

   こうしてベストセラー作家になった漱石は教師を辞め、「三四郎」「こころ」などを執筆しました。ところで、漱石にはヘンな癖があり、鼻毛を抜いては毛根のべたべたしてるところを原稿用紙に貼り付けていたのです。そして、これを密かにコレクションしてたのが弟子の内田百間で「漱石遺毛」という随筆を書いたとは驚きです。

意外な「12月25日」の話

   今年もあと一ヶ月ちょっとで「クリスマス」が訪れます。そして、世界中のクリスチャンもそうでない人も盛り上がり、街にはクリスマス・ソングが流れ、クリスマス・ツリーが飾られ、子供達はクリスマス・プレゼントを心待ちします。ところがチャールズ・パナティ著「物事のはじまりハ?」という本で意外な事を知りました。

   何とキリストの誕生日は誰も知らないことで、12月25日はキリスト教会が考えたことなんだそうです。そもそも、イエス・キリストの降誕として12月25日に祝われるようになったのは紀元四世紀、キリスト教のライバルの宗教の祭典を何とか消そうとしたキリスト教会の魂胆だったのです。

   この本には《そもそも、イエスが生まれてから二世紀もの間、その正確な誕生日を誰も知らなかったし、知ろうともしなかった。当時はむしろ亡くなった日が重要であり、生まれた日はどうでもよかった。加えてキリストは神聖であったから、普通の人と同じように誕生日をウンヌンするのははばかられた》とあります。

   つまり、当時、キリスト教に対抗する宗教にミトラ教があり、12月25日はこの宗教の祝祭日だったのです。そこで、《キリスト教会は、対抗上、12月25日をキリストの誕生日と決めて祝福するようにしたのです》。要するに、「クリスマス」の12月25日はキリスト教会が決めたキリストの誕生日なのです。

「スマホ」は生活に必要な存在

   今朝の朝日新聞の「読者会議」に、《スマホ使いこなしてる?》というテーマで、スマホの活用方法を論じていました。この記事を読まれていない方のために、まずアンケートの結果を紹介しておきましょう。スマホを持ってる156人への質問「スマホを使いこなしていますか?」に対し、95人が「はい」と答えています。

   つまり、使いこなしてる人は約61%、何と使いこなしていない人が約4割もいるのです。新聞に載っているスマホの使い方としては、「カメラ代わりに撮影を楽しむ」「血圧などを記録」「旅行した時に道に迷わず安心」などがありますが、私がスマホは生活に欠かせない理由を説明します。

   そもそも、私がスマホを買った理由は、従来、携帯電話で使っていたみずほ銀行の「モバイル・バンキング」(全部で20桁の暗証番号を紙に書かないで記憶する必要が有ります)がスマホでなければ使えなくなったからです。実は私はみずほ銀行に普通預金口座を2つ持っていて、Aは年金が入金するメインの口座、Bは電氣、ガス、水道、電話などが自動引き落としされる口座です。

   従って、B口座には自分で決めた一定の金額をキープしておく必要があります。そこで、「モバイル・バンキング」によって定期的にB口座の残高を確認し、ある金額以下になったら、A口座からB口座になにがしかを振替える作業をスマホで行っているのです。家にいてこの全てが出来るスマホは生活に絶対必要な存在なのです。

審判不在の「カーリング」

   最近は人気もかなり定着し、「氷上のチェス」と言われる「カーリング」は、ルールがよく解ってるととても面白いです。ところで、ストーンが投げられた後、必ず眼に入るのは選手がブラシで懸命に氷をこすっている光景ですが、これはどういう効果があるのかご存知でしょうか。

   乾いた個体の氷の上ではモノはうまく滑ることが出来ません。そこで、ストーンのコースの氷の上をブラシで素早くこすることで、氷の表面を粉砕して、小さな氷の粒、つまり「ベブル」を作っているのです。これは小さなパチンコの玉を氷の上に沢山作っていると思えばいいでしょう。

   氷の上をブラシでこすることを「スウィーピング」と言い、この行為によってストーンの到達する距離をコントロールすることが可能で、カーブさせることも出来ます。何もしなくてもよさそうに見えますが、リンクの上はすべて同じ温度とは言えず、氷が粗くなっていたり、溶けていたり、刻一刻変化しています。

   ともかく、「スウィーピング」のテクニックによってストーンが別のストーンに当たる強さを調節して、状況を予測しているのです。前に日本が金か銀を争っている時、相手チームがとんでもないミスをして日本が金を取った試合を目の辺りにして、「カーリング」の面白さを知りました。では審判不在の「カーリング」のルールです。

画家ピカソの天文学的な遺産

   画家パブロ・ピカソの遺産の話を書きます。そもそも、ピカソが制作した作品は驚くべき数にのぼっています。ざっと挙げると、絵画1885点、彫刻1228点、ドローイング7089点、印刷物約3万枚、スケッチブック150冊、陶器3222点など、これらの作品を全部合わせると4万5千点にも昇ります。

   その上、自分の描いた絵だけでなく、ブラック、マチス、セザンヌ、ドガ、ミロなど、著名な画家の作品も多数所有していたのです。そればかりか、彼が所有していたお城、銀行預金、証券類も山のようで、全部合わせると、凄い金額です。しかも、世界各国に貸し出している自分の作品もあります。

   しかし、創作の才能と、資産運用については巧みだったにも拘わらず、女性にはコントロールが下手で、女性関係のもつれから、遺産相続のトラブルが起き、それを苦にしたピカソの孫の自殺騒ぎまで世間を賑わす始末。そんなことで、ピカソが他界して2年経ってやっと未亡人をはじめ6人の相続分配が決まったのです。

   ところで、ネットに《ピカソの死後残された4万5000点もの作品を巡る戦い》というサイトがあり、ピカソの生前の派手な女性関係や、亡くなってからのピカソの遺産管理について詳しく書いてあるサイトがあるので、ピカソについて興味ある方はお読みになるといいかも知れません。では「ピカソの絵画集」です。

「おざなり」と「なおざり」

   日本語には「おざなり」と「なおざり」という似ていて意味が違う言葉がありますが、その違いをご存知でしょうか。まず「おざなり」を広辞苑で牽くと、《当座をつくろうこと。その場のがれにいいかげんに物事をするさま》。では「なおざり」の広辞苑は《あまり注意を払わないさま。いい加減にするさま》.。

   つまり「おざなり」は、真剣には取り組まないものの、とにかく何かをする場合。そして「なおざり」は、必要なことをしない場合。例えば《掃除を「おざなり」にした》と言ったら 充分ではないが、一応、掃除をしたことで、《掃除を「なおざり」にした》はほったらかしたままで掃除をしなかったこと。

   要するに、「おざなり」は真剣ではなかったが、ともかく、やるこはやったのですから、「なおざり」のように、まったくやらなかったより、まだいいと言わなければならないでしょう。それでは「おざなり」と「なおざり」の両方を使って文章を作ってみたので、この二つの違いを理解して下さい。

   《昨日、母から出かける前に自分の部屋を掃除してからにしなさいと言われたけれど、「おざなり」に掃除して、とやかく言われるより、「なおざり」にして、どうしても友達との待ち合わせの時間に間に合わないようなのでしなかったので「ごめんない」と謝る方を選択しました》。ともかくどちらもいい加減なのです。

廃棄してから後悔しない技術

   今年も11月になったことだし、暫く整理してない三段の抽出の中を整理して不要な物を捨てることにしました。それには、現役時代、私が経理の責任者として務めていた時に考えた方法があり、何年か前にブログに書いたことがあるのですが、再度、その方法を披露しますので、是非、試して頂けたら幸甚です。

   まず、抽出の中に収納されている品物を全て出し、一箇所に積み上げます。次ぎにスペースをA、B、Cと三つ作ります。Aは絶対に保存しておく物を置くところ、Bは問答無用で捨ててもいい物を置くところ、そして、Cには保存するか廃棄するかを考える時間が欲しい物を置くところ。このCの存在で捨ててから後悔がありません。

   こうしておいて、手に取った物をA、B、Cのどこかにどんどん置いていくのです。ともかく、この方法のポイントはCが用意してあることで、時間をあまり取らないで淀みなく作業が進みます。さて、その後が最も重要な仕事で、Cに置いた品物を保存すべきか捨てるべきかを慎重に判断し、品物をAとBだけにするのです。

   今度は、Bの廃棄する物の分別で、①粗大ゴミ②シュレッダーに掛けた方がいい燃えるゴミ③そのまま捨てていい燃えるゴミ④ビニールゴミ⑤燃えないゴミ。①の粗大ゴミは自治体によって少し方法が違いますがネットで依頼可能です。そうして、Aにある保存する品物を抽出に収納して作業の終了です。要するに「整理とはあとになってから後悔しない捨てる技術」なのです。

「七五三」は子供の通過儀礼

   もうすぐ11月15日、この日は「七五三」で三歳の女の子、五歳の男の子、七歳の女の子が氏神様に無事に成長出来たことと、これからの守護をお祈りするため、神社にお参りする日本古来の行事の日です。そして、親戚が集まって食事をしたりして、大人になってから、結構、記憶に残っているものです。

   ところで、この起源については色々な説がありますが、ネットに「生類憐れみの令」で有名な徳川五代将軍綱吉が11月の中旬に我が子に髪置の儀式を行おうとしたが、これと言った吉日がみつからずに側近の者が調べた結果、二十八宿という選日法で最もめでたい鬼宿日が11月15日だったとあります。

   ともかく「七五三」は子供の通過儀礼で、三歳で行う「髪置きの祝い」、五歳で行う「袴着の祝い」、七歳で行う「帯直しの祝い」などの風習が合わさって出来たものと言うのが最も有力な説でしょう。江戸時代に神田明神、深川八幡、芝明神、赤坂山王などで子供の祝いとしての原型が出来ています。

   しかし、現代は11月15日が父親の会社の休みの日とは限らないので、11月の最も都合のいい日に「七五三」のお祝いをしているようです。ところで、子供のお祝いの3月3日も5月5日もどちらも歌があるのに11月15日には「七五三」の歌はないなぁと、この記事を書きながらふと思いました。

「第九」の演奏の後に「蛍の光」

   かなり前、「サントリーホール」の小林研一郎指揮日本フィルの「第九」演奏会に行った時、こんな事があり、今も脳裏に鮮明に残っているので、その話を書きます。その年は12月もかなり押し詰まり、12月24日のクリスマス・イヴでした。「第九」の演奏が終わり、観客は誰も帰り支度をしています。

   すると場内の照明が暗くなり、何とオーケストラが「ホワイト・クリスマス」の演奏を始めたのです。「第九」演奏会ではアンコールは行わないのが普通で、帰りを急ぐ観客は一斉に足を止め、みんな席に着きます。ステージを見るとオーケストラは演奏を続け、コーラスが歌いながらキャンドル・ライトを振っています。

   そして、一部のコーラスの人達が客席の通路に降りて来てずらりと並ぶではありませんか。観客は誰も初めての経験であっけにとられます。クリススマス・ソングを何曲か演奏した後、やがて「蛍の光」が場内に流れます。周りを見回すと、私たち夫婦だけではなく誰の眼も涙涙涙です。

   「蛍の光」の演奏は一番だけではなく、二番も会場全体が心をこめて歌っています。何しろ、オーケストラに合唱を加えた「蛍の光」は実に感動的で、誰も声を限りに歌っているうちに、次第に音が小さくなりやがてエンディングを迎えます。小林研一郎さんのこの演出、後にも先にもこの日だけのようです。

ラヴ・コメディの佳作で傑作

   シナリオがノーラ・エフロン、監督がロブ・ライナーの「恋人たちの予感」というラヴ・コメディをまた観たくなりました。ともかく、何度観てもいいのです。しかも、今年も後二ヶ月で大晦日を迎えるのですから、この映画を観たくなっても不思議では無いのです。恐らく10回以上観てる映画です。

   かなり有名な映画なので、未見の方は少ないかも知れませんが、まだご覧になってない方は、今度の土曜か日曜にTSUTAYAで借りて、是非、観て下さい。この映画の原題は「When Harry Met Sally…」。ハリーとサリーの男女は大学の同期で、学校を卒業したばかりのところから映画は始まります。

   何しろ、ハリーの持論は「男と女には友情は成立しない」。ともかく、ノーラ・エフロンのシナリオは知的なハイ・センスのユーモアに満ちていて、いくら繰り返し観ても飽きないのです。二人は意地と意地のぶつかり合いで、本当のこころの内を伝えられないまま、大晦日のフェアウェル・パーティを迎えます。

   大晦日の閑散としたニューヨークの街。ハリーはパーティの場所を知っていながら、意地で参加しませんでしたが、どうしてもサリーに会いたくなり、タクシーを探しますが見つかりません。ハリーは会場まで猛烈に走って、サリーの帰る前に間に合い、「蛍の光」が流れる中で愛の告白。この映画、本当にいいです。では少し映像を。

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