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驚くべき福澤諭吉の話

   ほとんどの方がご存知ないような珍しい話が丸谷才一氏のエッセイにあり、これはもうブログにアップしないわけにはいきません。そのタイトルは「ミイラの研究」ですが、元の本は、土屋雅春さんの「医者のみた福澤諭吉」(中公新書)。そもそも福澤諭吉が亡くなったのは1901年(明治34年)、火葬ではなく土葬です。

   墓は品川の常光寺で、1977年(昭和52年)に福澤家の墓を一つにまとめることになり、墓を掘り返しました。地下2メートルの所から「福澤諭吉先生永眠の地」という石碑が現れ、その1メートル下から夫人の遺骨と埋葬品が出てきましたが、福沢諭吉の骨はありません。みんな首を傾げてしまいます。

   そして、もう1メートル掘っていくと、地下水が流れていて、その地下水に洗われるようにして、1.8メートルの棺がそっくり残っていたのです。棺を開けると、長身の諭吉が着物を着て帯を締めたまま、胸の上で手を合わせ、仰向けになって、透明な水にひたり、横たわっていたのです。

   すぐに慶応義塾大学の解剖学教授と考古学教授が呼ばれ、両教授が加わって棺を地上に引き上げます。このミイラは「奇跡的大発見」で、それなのに解剖さえされずに火葬してしまったのです。これには理由があって「後世にミイラ化した福澤諭吉を残すべきではない」という強い意見と福澤家の家族の希望。この16ページにわたる全文をお読みなりたい方は、平成17年5月30日発刊の丸谷才一随筆集「綾とって天の川」(文藝春秋社)の中に収録されている「ミイラの研究」をお読みになって下さい。

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