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「百人一首」編纂の藤原定家

   百人一首を編纂した人物は藤原定家であることはどなたもご存知でしょう。では、百人一首には全て番号がふってあって、最後の4首、97番、98何、99案、100番の歌は誰の作品か、百人一首に詳しい方なら、直ぐに答えられるはずですが、そうでない方のために紹介します。

   まず97番は藤原定家が自分で選んだ自作の歌で、《来ぬ人を 松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ》、98番は定家と並び称された歌の達人、藤原家隆の作で《風そよぐ 楢の小川の夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける》、意識して自分の直ぐ下に入れたのでしょう。

   次の99番は、和歌一筋の藤原定家を高く評価した後鳥羽天皇の歌で「承久の乱」で島流しになっています。歌は《人も愛し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は》。そして、100番は、後鳥羽天皇の子息順徳天皇の《ももしきや 古き軒軒の しのぶにも なお余りある 昔なりけり》。

   さて、この4人の関係を説明すると、まず、藤原家隆は定家に並び称された歌の達人でもしかしたら定家の編纂を助けたかも知れません(私見)。後鳥羽天皇は藤原定家にとって大変深い関係にある天皇で、「百人一首の秘密」の著者林直道氏は定家の歌の中の《来ぬ人は》はこの天皇に他ならないと書いてます。そして、順徳天皇は父と同じに島流しになっています、この経緯を詳しく知りたい方は「承久の乱」をお読みになって下さい。

歌詞が有る「笑点」のテーマ曲

   日曜日の午後5時30分の日本テレビ、お馴染みのテーマ曲で始まる「笑点」ですが、この曲の作曲は「上を向いて歩こう」の中村八大なのは有名な話です。ところで、この曲に「笑点」の二代目司会者「マエタケ」こと前田武彦が作詞した歌詞があって、かなり前にほんの数ヶ月だけ歌詞つきで流した事があるのです。

   この歌詞について、第1回目から出演している今は亡き歌丸さんがインタビューに答えていますので、まずその受け答えを紹介します。《「笑点」のテーマ曲に歌詞はあったんですか?》《ありましたよ。でも最初からではなかったんです。いつの間にか出てきてね》《どうして歌詞を流さなかったんですか?》。

   《それがね。あまりの下手さに、視聴者から大変な不評をかいまして、それで曲だけになったんですよ》と歌丸さんは言ってますが、私はかって聞いたことがないので、きっと本当に短い間だったのでしょう。ともかく、歌詞入りのテーマ曲をリンクしますので、歌丸さんの説明と一緒にお聴きになって下さい。

   聴いてみると、恐らく多くの方が歌詞は無い方がいいと思ったのではないでしょうか。ご存知の方はいると思いますが、誰かに「笑点」のテーマ曲には歌詞があることを教えて驚かせて下さい。では「笑点」の歴代の司会者を書いておきます。①立川談志②前田武彦③三波伸介④三遊亭円楽⑤桂歌丸⑥春風亭昇太です。

地球最強の生物「クマムシ」

   地球最強の生物は、体長たった1ミリほどの「クマムシ」と呼ばれる8本足の無脊椎動物であるのをご存知でしょうか。この「クマムシ」の生命力はハンパではなく、マイナス200度の超低温、100度以上の高温、さらに高濃度の放射能、真空空間などどんなに過酷な環境にいても生存可能な体を持っています。

   その強さの秘密は「乾眠」と呼ばれる仮死能力で、過酷な環境になると、体を樽のような形に変えて仮死状態になり、例え焼こうが高水圧をかけようが、決して死ぬことはありません。そこで、スゥエーデンの研究チームは、人工衛星に「クマムシ」を乗せ、強烈な放射能が飛び交う宇宙に野ざらしにしました。

   しかし、「クマムシ」は生き残って元気な姿を見せたのです。ところで、ネットにこの凄い小さな生物のことを説明した記事を発見しましたのでコピーします。《クマムシは、緩歩動物門という分類に属する生き物で、今のところ1000種以上が知られていて、ほぼ全世界に分布しています。

  実際に動いている姿を見たいものだとネットを探したら「クマムシ」が動く姿のYouTubeを見つけましたのでご覧になって下さい。何しろ1ミリの生物が動き回る姿を目の辺りにして、地球上にはまだまだ私たちが知らない事柄があることを痛感しました。では、「クマムシ」が歩く姿の拡大(たった1ミリの生物)です。

「巌流島の決闘」の約束時間

   1612年(慶長17年)4月13日、宮本武藏と佐々木小次郎が戦った「巌流島の決闘」の詳しいことは、吉川英治の小説「宮本武藏」に負うところが多いのですが、丸谷才一氏の随筆「遅刻論」の中に、宮本武藏が約束の時間に大幅に遅れた時の吉川英治の文章が出ていて、面白いので紹介します。

   《潮は上げている盛だった。海峡の潮路は、激流のように早い。風は追手。赤間ヶ関の岸をを離れた彼の小舟は、時折、真っ白なしぶきをかぶった。佐助は、きょうの櫓を誉れと思っていた。漕ぐ櫓にも、そうした気ぐみが見えた。「だいぶかかろうな」行く手を眺めながら、武藏がいう。

   舟の中ほどに、彼は、膝広く座っていた。「なあに、この風と、この潮なら、そう手間はとりません」「そうか」「ですが…だいぶ時刻が遅れたようでございますが」「うむ」「辰の刻は、とうに過ぎました」「左様…すると船島へ着くのは」「巳の刻になりましょう」「いや巳の刻過ぎでございましょうよ」「ちょうどよかろう」》。

   辰の刻を調べてみたら午前7時。そして、丸谷さんの文章を書き出すと《巳の刻すぎなら10時15分か半ですか。ずいぶん待たせるのに、ちょうどいいもないものだ》。つまり、武藏は約束の時間を3時間以上も遅れていたのです。それにしても、決闘の時間が朝の7時とは驚きで二人の合意だったのでしょうか。

生理的に駄目な「割り勘」

   生理的に駄目で、過去、年下の人や女性と食事して、「割り勘」にした覚えはまったくありません。前にレストランで一人で食事した時、レジで先客の若いカップルがスマホの電卓で計算(何で席でやらない?)しているのを目撃して仰天したことがあります。何しろ「割り勘」は日本独自のシステムで外国は少ないようです。

   「割り勘」のウィキペディアで各国の状況を読むと、中国や韓国では、「割り勘」を申し出ることは相手を侮辱する行為となることもあるそうですから、きっとこの支払方法はほとんど行われていないのでしょう。日本で「割り勘」を考案したのは江戸時代の戯作者、山東京伝だと言われています。

   彼は友人との飲み会の最中でも頭数で代金を計算していた事などから、当時、「京伝勘定」とも呼ばれたようです。また、軍国時代に流行した言い方として「兵隊勘定」があり、これは「明日は戦場で生死も定かではない」から、同じ兵隊同士、貸し借り無しにしといた方がいいという考えから始まった説があります。

   ところで、外国には「割り勘」の支払方法はほとんど無いと言いながら、「割り勘」を「ダッチ・アカウント(オランダ勘定)」と呼ぶのは何故だかご存知でしょうか。ネットに《割り勘をなぜ、ダッチ・アカウントDutch account、go Dutchと言うのか?》というサイトがあるのでお読みになって下さい。

徳川吉宗が大奥の美女解雇

   8代将軍徳川吉宗が大奥の美女50人をリストラしたことは有名な話のようです。何しろ、吉宗は綱紀の粛正に努め「享保の改革」を実行した人物として知られていますが、その対象は大名の関係だけではなく、江戸城内に向けられたものもありました。ある時、吉宗は大奥を取り仕切っていた老女を呼びました。

   そして、大奥にいる女性の中から美女50人を選べと命じたのです。老女は将軍がてっきり側室を選ぶためだと思い、いそいそと美女の名簿を作って将軍に提出すると、吉宗はそれを見て、「彼女たちを家に戻せ」と言い解雇の宣告です。当然、選ばれた美女たちは猛烈に抗議しました。

   しかし、吉宗は平然として、「美しければ大奥を出ても職に困らないはず」と何とリストラの名簿だったのです。当時の大奥の美女の給料は現在に換算すると550万円(書いてないが恐らく年俸)、一般はいくらか解りませんが、ともかく、550万×50人=2億7500万円も人件費を削減したのです。

   ところで《徳川吉宗が大奥の大量リストラを行ったワケとは!?》というサイトがありますので、もっと詳しいことが知りたい方はお読みになって下さい。彼は破綻しかけていた幕府の財政を救ったと書いてありますが、大奥の女性の数は最盛期で推定3000人もいたとは何とも驚くべき江戸城の管理でした。

怖いコンピューターウイルス

   パソコンを使用している方が、最も恐れるのは「コンピューターウイルス」です。インターネットが普及した1990年代後半から急速に被害が広がり、稼働させるだけで問題を起こす「トロイの木馬」やひたすら増殖を続ける「ワーム」が有名です。ともかく、パソコンの大敵と言っていいでしょう。

   実は、まだ「XP」の時代、買ったばかりでセキュリティ・ソフトを導入してないパソコンを稼働させたばかりにウイルスに感染した苦い経験があります。確かパソコンのメーカーに問い合わせて解ったことですが、メーカーの助言は「メールを送ると相手が感染する可能性があるから絶対に避けること」。

   私はパソコンに精通した技術者に「OS」を入れ替えて貰えば使えるのではないかと思いましたが、何だか、一度、病気に冒されたパソコンは、たとえ治っても不安があり、直ちに同機種のパソコンを購入し、ウイルスに感染したパソコンはそのまま埃をかぶった状態で置いてあります。

   ところで、ネットに 《私はいかにしてウイルス作者となったか》というサイトを発見し、読んでみると、コンピューター・ウイルスに関心がある方は面白いです。このインタビューに答えてる方は、5年間にわたり、コンピュータウイルスの作成に携わっていたが、現在はウイルスの感染を食い止める仕事をしているそうです。

フジテレビの超貴重映像

   9月にフジテレビが「名曲お宝音楽祭」と題して、所有している貴重な映像を放映しました。フジテレビと言えば「夜のヒットスタジオ」、恐らくこの中には、一度、流しただけで埋もれてしまった視聴者に見て貰いたい映像がいっぱいあると思いHDDに録画したもののそのままになっていました。

   それを、昨日、観てびっくり仰天。例えば、1992年に27歳で世を去った尾崎豊がテレビに出演した時の映像を流したのです。何しろ、尾崎豊がテレビ出演の唯一の映像とかで、歌ったのは「太陽の破片」。端正なマスクの尾崎豊が身体全体を歌に乗せた凄まじい迫力に、ただただ魅入るるしかありませんでした。

   そして、これも絶対に二度とテレビで放映することは無いだろうと思ったのは石原裕次郎が奥さんの北原三枝を前にして、煙草を吸いながら歌っている映像です。ともかく、煙草の煙が裕ちゃんの指先や口からどんどん流れるのです。恐らく、スタジオで今は許されてないような気がします。

   そのほか、キャンディーズとピンクレディの共演の映像もびっくりします。歌っている5人の年齢が画面に出ましたが、全員が20歳か21歳。また、山口百恵が引退直前に歌った「サヨナラの向こう側」も息を飲む思いで観ました。ともかく、この映像、DVDに永久に保存しておくつもりです。

国民が嬉しい観光客が多い国

 国民にとって観光客が多いのは、それだけ国の魅力があるわけで、国家収入も増えることだし、とても嬉しいに違いありません。ネットに《世界で一番人気のある国はどこ?日本は何位?外国人観光客訪問数ランキングTOP10 【最新版】》というサイトを発見したので紹介します。

   ともかく、最も観光客が多い1位はフランス、何しろ「ルーブル美術館」とパリの街の存在で、30年間続けてトップ、2017年だけで約8600万人の観光客。続いて2位はスペイン、まだ建築中のサグラダ・ファミリアは、すでに世界遺産に登録されています。ほかにもグラナダのアルハンブラ宮殿など凄い建造物が沢山あります。

   3位はアメリカ、ちょっと有名所を並べると、カジノで有名なラスベガス、グランドキャニオン、ディニズーランドなど。4位は中国、長い歴史を誇る中国には、世界遺産の万里の長城があり、観たいと思っている人が沢山いるはずです。5位はイタリア、誰が言ったか不明ですが「ナポリを観てから死ね」の名言があります。

   6位はメキシコ、白い砂浜とブルーの海が広がるリゾート地が沢山あります。7位は英国、8位はトルコ、9位はドイツ、10位はタイ。残念ながら日本はTOP10に顔を見せていませんが、過去には入っていたこともあるようです。もっと詳しく知りたい方は、直接、本文をお読みになって下さい。

大切な情報を身体に埋没

   人間は次から次に色々と考えるものです。アメリカのアプライド・デジタル・ソリーションズ社が開発した「ベリチップ」は人間の身体に埋め込む通信チップです。これはRFIDと呼ばれる通信チップの一種で、長さ12ミリ、幅2.1ミリの米粒くらいの大きさで細長い形をしています。これを身体に埋め込もうというのです。

   内部には個人の識別コードが格納され、特別なスキャナーで皮膚の下から発信されている「ベリチップ」の個人識別コードを読み取る仕組みになっています。そして、そのコードを使ってインターネット上に保存されているデータを読み出すのです。「ベリチップ」は128文字の情報を保存することが可能です。

   従って、氏名や血液型などの簡単な個人データを格納しとくことが出来るのです。アプライド・デジタル・ソリーションズ社は、個人情報の識別技術の会社で、「ベリチップ」は空港や船舶の乗員チェックを簡潔かつ安全にし、クレジットカードなどの認証にも威力を発揮すると言ってます。

   何しろ、「ベリチップ」は身体に身体に埋め込まれているので、落として無くす心配もなく、特別なスキャナーが無いと読み取れないのです。でも、ネットにこんな発言がありますのでお読みになって下さい、《聖書に書かれている「獣の刻印」じゃないのかとか言われているが、発癌性の懸念が気になり、こんなものを体には入れたくないです。米国が国民にこれを強要した後には日本でもそうなりそうで怖いです》と。果たしてアメリカ国民はみんな身体に埋め込みに応じるのでしょうか。

鉄道好きの「かぶりつき」

   「かぶりつき」という言葉を、広辞苑で牽くと《舞台にかぶりつくようにして見る場所の意、劇場の舞台ぎわの観客席》と書いてあります。私も昔からこの言葉の語源は広辞苑に書いてある通りで、劇場の舞台ぎわの観客席のことだと思っていました。ところが、ネットには鉄道用語としてこんな風に書いてあります。

   《電車や気動車の先頭付近に乗って,前方の景色などを熱心に眺めること。多くの車両では先頭が乗務員室や運転室になっているので,その後ろからということになる。張り付いている姿から[ヤモリ]ともよばれる》と。実は私も電車の先頭車両に乗って、運転席の後の窓から外を見るのが大好きです。

   でも、運転席の後の窓は遮光カーテンが下ろされ、見えなくなっていることがよくあります。この理由は、夜間などに走行する電車の運転席は遮光カーテンが降りてないと、フロントガラスに客室の様子が映ってしまい、運転がとてもしにくいからです。まだこれを知らなかった子供の頃は無粋な運転手に怒ってました。

   ところで、この電車の「かぶりつき」は、年齢に関係なく鉄道好きにはたまらない場所で、今から10年前の2008年6月14日に副都心線が開通した日を思い出します。すでに2005年に会社をリタイアしていた私は、池袋駅から渋谷駅までを往復(まだ横浜まで行ってない)の「かぶりつき」を大いに堪能しました。

大いに期待出来る「水素発電」

   今や人間が生きていくために絶対に必要な電氣、この電氣を作る方法としては火力発電、水力発電、風力発電、太陽光発電、そして、原子力発電が知られています。ところが、ここにきてもう一つ、水素発電が話題に出てきて、かなり研究が進められ、すでに実用化されている分野もあります。

   水素は、水から取り出せるだけでなく、石油や天然ガス、メタノールなど様々な資源から作ることが出来て、エネルギーと利用しても二酸化炭素を放出しないので究極のエネルギー源となる可能性があります。水素発電の方法には3種類あり、まず、水素をガスタービンで燃焼させて発電する「ガスタービン発電」。

   また、水素をボイラーで燃焼させて発生した蒸気でタービンを回転させて発電する「汽力発電」、そして、水素と酸素の化学反応から直接電力を取り出す「燃料電池発電」。「燃料電池発電」はすでに燃料電池自動車(FCV)や家庭用燃料電池「エネファーム」に利用され、省エネとCO2削減を実現しています。

   今年2018年1月から兵庫県神戸市の「水素コジェネレーションシステム」において、水素をエネルギー源として、電氣と熱を街に供給する世界初の実証が始まり、水素発電は2030年の商用化に向けて技術開発を進めています。果たして、大量の電氣の作成の主役になることが出来るでしょうか。

グレン・グールドの凄い演奏

   グレン・グールドのかの有名なバッハの「ゴルトベルグ変奏曲」のDVDを久しぶりに観ました。勿論、この曲のCDはかなり前に持っていて、何度も聴いているのですが、演奏会を避けてスタジオ録音のみになったグールドが、浅はかにもDVDならまだ演奏会を行っていた頃のライヴ映像と思って10年以上前に買いました。

   ところが、私の推察は見事にはずれ、このDVDもスタジオで撮影したものです。カメラの位置を自由に設定出来るスタジオで撮影してるが故に、鍵盤の上をめまぐるしく動き回るグールドの指が実にリアルに映し出され、演奏会では絶対に観ることが出来ない誠に見事な演奏を目の当たりに出来ます。

   それに指の動きばかりではなく、グールドの表情が何とも言えない迫力で観てる者を引きつけます。例の独り言を言ってるような口の動きが鮮やかに映しだされ、グールドがステージでの演奏を嫌ったことが解るような気がします。もし、グールドの演奏をお好きな方が、このDVDを持っていなかったら絶対に損です。

   残念ながら私はピアノを弾くことが出来ませんが、ピアノが弾けるグールド・ファンがこのDVDをご覧になったら、宝物以上の価値を感じるかも知れません。ともかく、グールドが演奏を始める前に、椅子の高さを一時間以上も掛けて調整すると聞いたことがありますが、この映像を観て納得です。続けて二度観ました。

人間の増加が解るカウンター

   たった今、地球上の人間が休み無く増えてるのを実感出来るカウンターがネットにあるのをご存知でしょうか。ともかく、何はともあれちょっとご覧になって下さい。世界の人口は、1分に137人、1日で20万人、1年で7千万人、増えています。そして、世界中で、1年に6千万人が亡くなり、1億3千万人が産まれます。

   ところで、アメリカの人口調査局(Population Reference Bureau)の計算によると、これまでに地球に生まれてきた人間の数は約1076億人。どうやってこの数値を算出したかというと、まず、人間の発祥をいつにするかが一番の問題であるのは言うまでもありません.。当然、この設定によって大幅に違ってしまいます。

   調査局の推定では紀元前5万年に、二人の男女、つまりアダムとイヴが子孫を作り始めた設定になっているようですが、学者によって異論のあるのは避けられないでしょう。ともかく、紀元前8000年には500万人、紀元1年には3億人、1200年には4億5000万人、1650年には5億人。

   そして、1750年には7億9500万人、1850年には12億6500万人、1900年には16億5600万人。この数字は、勿論、その時にいた人間の数ではなくて、それまでに誕生した人間の数を合計しているのです。それにしても何と二人の男女が1076億人の人間を作るに至ったとは驚きです。

二度と観たくない超傑作映画

   キネマ旬報社が編集した「私の一本の映画」という本大好きで、何度も読み返しています。ちょっとこの本のことを補足すると、キネマ旬報社が各界の著名人に、過去に観た映画の中から印象に残っている映画を一本選んでもらい、その映画について文章を書くという私が大好きな企画です。

   そして、松本清張が選んだ映画がフランスとイタリアの合作映画「眼には眼を」。実はこの映画、私も印象に残っている映画で、松本清張がこの映画の舞台になっている現地に行って動画に収めた気持が解る気がします。この映画をご覧になってる方はいっぱいいると思いますが、知らない方のためにあらすじを紹介します。

   ダマスカスの病院に、ある日、アラブ人の女性が急患でかつぎこまれます。その配偶者のポルタクは腕のいいフランス人の医師ヴァルテルに診察を頼みますが、その医師は疲労を理由に診察を拒み、別の若い医師に代診させたのです。代診は子宮外妊娠を急性虫様突起炎と誤診、手術の結果。患者は亡くなります。

   それから、医師ヴァルテルには正体不明の電話が頻繁に掛かり、外出すれば何者かに尾行されるようになって医師はノイローゼになります。そして、ある日、医師はポルタクの巧妙な嘘の誘導により、シリア砂漠の未知の所を彷徨うことになります、つまり、映画の題名通り「眼には眼を」。怖くて二度と観たくない傑作映画です。

驚くべき福澤諭吉の話

   ほとんどの方がご存知ないような珍しい話が丸谷才一氏のエッセイにあり、これはもうブログにアップしないわけにはいきません。そのタイトルは「ミイラの研究」ですが、元の本は、土屋雅春さんの「医者のみた福澤諭吉」(中公新書)。そもそも福澤諭吉が亡くなったのは1901年(明治34年)、火葬ではなく土葬です。

   墓は品川の常光寺で、1977年(昭和52年)に福澤家の墓を一つにまとめることになり、墓を掘り返しました。地下2メートルの所から「福澤諭吉先生永眠の地」という石碑が現れ、その1メートル下から夫人の遺骨と埋葬品が出てきましたが、福沢諭吉の骨はありません。みんな首を傾げてしまいます。

   そして、もう1メートル掘っていくと、地下水が流れていて、その地下水に洗われるようにして、1.8メートルの棺がそっくり残っていたのです。棺を開けると、長身の諭吉が着物を着て帯を締めたまま、胸の上で手を合わせ、仰向けになって、透明な水にひたり、横たわっていたのです。

   すぐに慶応義塾大学の解剖学教授と考古学教授が呼ばれ、両教授が加わって棺を地上に引き上げます。このミイラは「奇跡的大発見」で、それなのに解剖さえされずに火葬してしまったのです。これには理由があって「後世にミイラ化した福澤諭吉を残すべきではない」という強い意見と福澤家の家族の希望。この16ページにわたる全文をお読みなりたい方は、平成17年5月30日発刊の丸谷才一随筆集「綾とって天の川」(文藝春秋社)の中に収録されている「ミイラの研究」をお読みになって下さい。

紫式部と清少納言の論戦

   東京大学教授の本郷和人氏が監修した「やばい日本史」という本を買いました。それには《「大ベストセラー小説「源氏物語」を書いた天才作家》というタイトルで紫式部のことがあります。そして、紫式部はとても賢く、当時の女性が学ばないはずの漢文も漢詩もスラスラ読み書き出来たそうです。

   でも、あまりにも目立っていたせいか、周りからは「日本史オタクのインテリ女」と妬まれる始末。しかし、彼女はそんなことはものともせずに小説「源氏物語」を書き始めたのです。それを読んだ学問の神様藤原道真にも認められ、次第にとやかく言う人はいなくなり、妬みを実力でねじ伏せたのです。

   「源氏物語」はイケメンの光源氏が多くの女性と恋をするロマンス小説で、あの織田信長や上杉謙信も愛読していたというから凄いです。ところで、当時、紫式部には「枕草子」を書いた清少納言というライバルの作家がいました。一方、紫式部は平安時代の貴族、藤原宣孝と結婚しています。

   ではこの「やばい日本史」に清少納言が自分の著書「枕草子」の中で紫式部の夫の悪口を書き、紫式部が激怒した話があります。そこでネットで調べたら、清少納言のウィキペディアの「紫式部との関係」の中に《紫式部は「紫式部日記」の中に清少納言の人格と業績を全否定するかのごときことを書いた》とあります。ともかく、この本、少し風変わりな歴史の本でとても面白く、1000年前の面識が無い女の戦いが書いてありました。

「2019年箱根駅伝」の予選

   毎週、土曜日の午前9時30分の日本テレビは「ぶらり途中下車の旅」で、いつも楽しみにしています。ところが、今日10月13日の土曜日は「2019年箱根駅伝」の予選の中継で、これを見逃すわけにはいきません。ところで、予選のこまかいルールをご存知では無い方のために改めて説明します。

   今年行われた「2018年箱根駅伝」で、すでに10校は決まっています。後の11校(1校増加)を選ぶのが今日の予選会で、今年、11位以下の学校や出場出来なかった学校の中から選ぶのが今日の予選会です。まず、学校は10名~12名の選手を選び、上位10名の合計タイムで順位を競います。

   コースは東京の立川市の陸上自衛隊立川駐屯地をスタートし、立川市街地を走り、昭和記念公園をゴールとする20キロースです。1時間20分をもって終了とし、それまでにゴール出来なかった選手は失格、また、スタート後38分経過しても10キロ地点に到達しなかった選手も失格。

   更に、先頭走者が18.2キロ地点に入った時点で、合流点の13.4キロ付近に到達してない選手も失格ですから厳しいです。そして、各校の上位10名の合計タイムが上位11校(1校増加)とシード校が来年1月2日に大手町をスタートすることが出来るのです。果たして、来年の優勝校はどこになるのでしょうか。

ことわざと慣用句と四字熟語

   日本語のことわざと慣用句と四字熟語、大好きです。ほかの国の言語をよく調べたわけではありませんが、これは日本語独自の恐らく世界に誇れる文化でしょう。ネットで「ことわざ・慣用句・四字熟語一覧」というサイトを発見したので紹介します。まず「ことわざ」で、よくぞ集めたものだと感心します。

   「ことわざ」と「慣用句」は明確に区別が出来ないような気がして、所持している学習研究社の「慣用句辞典」をペラペラ見てみると、広辞苑に「慣用句」は《二つ以上の語から構成され、句全体の意味が個々の語の元来の意味からは決まらないような慣用的表現》と書いてあるものしか載っていないようです。

   ともかく、ネットの「ことわざ」にある「あ」のところには、「ああいえばこう言う」「愛想づかしも金から起きる」「相手のない喧嘩はできない」「相手見てからの喧嘩声」「逢うは別れの始め」「商いは牛のよだれ」「秋の入り日と年寄りはだんだん落ち目が早くなる」など、教訓的なものは一つも「慣用句辞典」にはありません。

   何しろ、「あいうえお順」に並んでる「ことわざ」を時間のある時に眺めると、《ヘー、こんな「ことわざ」があるんだぁ》と驚き、勉強になるのは間違いなし。また、このサイトには「回文集」「早口ことば集」「だじゃれ集」などがリンクしてあるので暇な時に遊べますから「お気に入り」に登録をどうぞ。また「四字熟語の百科事典」「慣用句一覧」もご覧になって下さい。

村上春樹氏の絶大な魅力

   村上春樹さんが、早稲田大学在学中にジャズ喫茶を経営していたのは有名な話です。氏が2011年に発刊した「雑文集」の中に、《一九七四年、まだ大学に在学しているあいだにジャズの店を始めました》の書き出しで、その経緯を書いていて、買ったスピーカーのこととか内容が面白いので何度も繰り返し読んでいます。

   店を始めた動機を《店をやっていれば仕事をしながら一日中音楽を聴いていられる。僕としてはそういう人生を送りたかったんです。それが理想だった。小説家になるなんて夢にも思わなかったですね。》と書いているところをみると、村上さんが、現在、作家として活躍しているのは計画通りではなかったのかも知れません。

   村上さんは、続けて《お店は都合七年間やりました。その間にどういうわけか小説を書き始めて、いまに至るわけです。》と書いていますが、私が村上さんに何とも言えない親近感を覚えるのは、最初から小説家を目指していたわけではなく、もしかしたら、ずっとジャズ喫茶の経営で暮らしていたかも知れないからです。

   ともかく、私が村上さんの小説の虜になったのは、2013年に発刊した「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」ですから、そう古くからの村上ファンではありません。しかし、それ以前の2011年に読んだ小澤征爾氏との対談「小澤征爾さんと、音楽について話をする」を読んて、ジャズだけではなくクラシック音楽についても造詣の深さを知ったことも、村上春樹さんに絶大な魅力を感じている原因でしょう。私としては何とかノーベル賞をとって欲しいです。

10月10日は転倒予防の日

   今朝の朝日新聞の一面いっぱいに、今日、10月10日は、10月は「テン」、10日は「トウ」とカナを振った「日本転倒予防学会」の広告がありました。10月10日は、前は「体育の日」で祭日でしたが、今はまったく普通の日と思っていたら、だじゃれのお好きな方が「転倒予防の日」に命名したようでびっくりです。

   ここに転倒を予防するチェック・ポイントが幾つか書いてあるので、役に立つかもしれないので紹介します。まず、「足下はちゃんと見えていますか」、階段や室内の小さな段差が見えにくいと、つまずきの原因になりますから、眼鏡や足下証明で、一歩踏み出し先がよく見えるようにしましょうと。

   次は「足の皮膚や爪に痛みはありませんか」、活動量とバランス機能の低下をまねく足ののタコやウオノメ、巻き爪などの痛み、皮膚科やフットケア外来の受診に加え、足の洗浄、保温、爪切りなど、普段から手入れを心掛けましょう。まさかウオノメが転倒の原因になるとは知りませんでした。

   そして、三つ目は「青信号で横断歩道を渡り切れていますか」、歩く速度が遅くなったと感じている人は、脚の筋力が落ちているのかも。筋肉づくりにはタンパク質、手軽にとれる卵、豆腐、牛乳などがお奨めですと。実は私が会社をリタイアする約10年前に会社の社長のアドバイス「転倒を防ぐには脚を高く上げて歩くこと」のお陰で、段差の危険を回避して転倒しないで済んでいます。社長にとても感謝してることをこの場で告げられてよかったです。

「点と線」のトリック&ホテル

   推理小説がお好きな方なら、松本清張の傑作「点と線」は絶対にお読みになっているでしょう。勿論、私も内容は知り過ぎているのに、小説は何回か読み、映画も幾度となく観ています。ところで、鉄道が好きな私は、ちょっと前の「時刻表の楽しい読み方」(河出書房新社)という文庫本を持っていて、時々目を通します。

   この本の最後の章のコラムのタイトルは《「点と線」を生んだ松本清張の部屋はここだ!」》。推理小説と鉄道のどちらもお好きな方なら、東京駅に隣接するホテルに「東京ステーションホテル」があって、松本清張はこのホテルの209号室に滞在中に「点と線」のトリックを思いついたのをご存知のはずです。

   今も推理小説ファンは、このホテルの209号室を指定して宿泊する人がいっぱいいるとこの本に書いてありますが、ネットに《東京ステーションホテル創業100周年 東京の中心で日本の1世紀見守る》という記事があり、この中にこんなことが書いてあるので、原文のままコピーしておきましょう。

   《松本清張は旧ホテル209号室(現2033号室)の窓から列車が行き来するホームを眺めるうちに代表作「点と線」のトリックを思い付いたという》。どうやら、「東京ステーションホテル」は改装したようで、推理小説ファンが209号室と思っている部屋は2033号室になったので念のためお知らせしておきます。

音がまったく出ない変な音楽

   音楽なのに音がまったく出ないジョン・ケージ作「4分33秒」というタイトルの曲が存在するのをご存知でしょうか。何しろ、ステージに登場する演奏家は、一音も出さずに退場するのです。従って、この演奏だけでは、お金を取ることは出来ないので、恐らくほかの普通の曲とのセットでしょう。

   ともかく、この曲の詳細について「4分33秒」のウィキペディアに書いてあるのでその記事から紹介します。まず、この曲は全3楽章からなり、楽譜には《第1楽章 休み 第2楽章 休み 第3楽章 休み》と書いてあるそうです。何しろ、全楽章に休止を表す「tacet」の指示があるだけです。

   演奏者はステージに登場してから、楽章の区切りを示す以外は楽器と共になにもせずに過ごし、一定の時間が来ると退場します。驚くのは用いる楽器の選択と所要時間は指揮者の裁量に委ねられていて、合計の所要時間をこの曲のタイトルにしてるそうですから何とも不思議な音楽(?)です。

   一般的に「4分33秒」と呼ばれている理由は、1952年8月にニューヨーク州ウッドストックで初演の際、ピアニストのディヴィット・チューダーが第1楽章を33秒、第2楽章を2分40秒、第3楽章を1分20秒、合計4分33秒にしたために、通称はこれが曲名になってます。では、音の無い珍しい演奏会をどうぞ。

甘い物は「別腹」という現象

   フレンチやイタリアンで、ボリュームたっぷりの料理を平らげた後、もうお腹がいっぱいで何も食べられないと思っていても、美味しそうなデザートが出てくると、意外にすんなり食べられることがあります。これを「甘い物は別腹」と言って、一体、どこに入っていくのだろうかと思わざるを得ない不思議な現象です。

   ネットに《「甘いものは別腹!」…お腹いっぱいなのにどうして入る?》というこの現象を科学的に解説しているサイトがありました。それによると、「別腹」は「エモーショナルイーティング」とか「感覚特異性満腹感」とも呼ばれ、医学的にも大まかな部分が解明されているのだそうです。

 まず、脳は体内のエネルギーが少なくなったことを感じると、脳内の摂食中枢が働いて、食欲がわきます。どんどん食べて胃が満たされてくると、今度は脳の満腹中枢が働き、食欲を抑えるため、もう「満腹だ」と感じます。ところが、満腹でも好きな食べ物を見ると、脳の前頭葉が満腹中枢から摂食中枢に切り替わるのです。

 そして、満腹状態でも再び食べることになり、胃が消化活動の一環であるぜん動運動を始め、食べ物を腸へ送り出し、すると、胃の上部に少しスペースができて、これが「別腹」と言われるのです。つまり、人間の身体の巧妙なメカニズムが、食べたいが故に「別腹」を自動的に作り出しているとは驚きです。

「こんにちわ」と「こんにちは」

   日本語の挨拶でよく使われる「こんにちは」は「こんにちわ」と書く人がいますが、正しくは「こんにちは」で「こんにちわ」は間違いなのは辞書を見れば解ります。また、「こんばんは」も「こんばんわ」ではないのは言うまでもありません。では、何で「こんにちは」や「こんばんは」でなくてはいけないのをご存知でしょうか。

   本来、誰かと顔を合わせた時に「今日は、ご機嫌いかがでしょうか?」の「ご機嫌はいかがでしょうか?」が省略されて「今日は」だけになったからです。そう言われれば「今日わ、ご機嫌いかかがでしょうか?」が明らかに間違いで、「今日は、ご機嫌いかがでしょうか?」でなければならないのは歴然としています。

   また、人様に何か差し上げた時、お返しを頂き、「大変結構なお品を頂戴し、有り難うございました」と言えばいいものを「かえって、すみません」と言うと、こちらから差し上げた品物と、お返しの品物との価値の比較のニュアンスになるので、出来たら「かえって」は言わない方がいいでしょう。、

   ともかく、言葉には微妙な差があり、例えば、「寒いねぇ」と言うのと「うすら寒いねぇ」と言うのでは、「うすら」がついてる方が強調している感じで、単に「あいつはバカだからなぁ」と「あいつはうすらバカだからなぁ」を比較するとよく解ります。言葉には常に注意する必要があります。でもバカを例に使ってはいけません。

高い所は時間が早く進む検証

   昨日の朝日新聞夕刊にこんな見出しの記事がありました。《日本で開発の高精度時計でアインシュタインの理論 検証へ》。恐らくお読みになった方は沢山おられると思いますが、「スカイツリーの上と下では時の流れが違う」という興味あることなので朝日新聞を読んでない方のために、この記事の概略を紹介します。

   何しろ、ここに登場しているのは「アインシュタインの一般相対性理論」。この理論によると、標高の違いによる僅かな重力の差で時の流れが違うというのです。つまり、標高が高くなると重力が僅かに弱くなり、時間の流れが速くなるという理論を高精度の時計で検証しようというのです。

   東京大学などの研究グループが、約160億年動かしても1秒も狂わない時計を、10月3日未明、「東京スカイツリー」1階の会議室と約450メートル上の展望台に置き、この2台を比較する試みです。素人考えでは僅か450メートルの差ではとても時間の差が出るとは思えませんが、理論的にはそうなるのでしょう。

   ともかく、計算では1ヶ月で約0.13マイクロ秒(マイクロは10のマイナス6乗)、この差で1秒のずれが出るのは約70万年掛かります。研究者は「こういう場所に持ってくることで、一般の人にも高い所の時計は早く進むという現象が見えるようになればよいなと思う」と言ってます。何だか凄い検証だと思いました。

遭難の「SOS」の前は「CQD」

   船舶や航空機が救助を求める際に発する「SOS」。この意味は「Save Our Ship」(我々の船を救え)や「Save Our Souls」(我々の生命を救え)の頭文字を取って作られたという説がまことしやかに言われていて、これはまったくの俗説なのに、多くのの人が信じていて今日まできています。

   しかし「SOS」には特に意味はなく、ただ打ち易いモールス符号なのです。つまり、「トントントン・ツーツーツー・トントントン」というという信号です。遭難信号として「SOS」の使用が提案されたのは1906年に開催された第1回国際無線電信会議。それまでは遭難信号として「CQD」(Come quiick danger)でした、

   ところが、これは意味はあってもモールス符号として聞きとり難く、そこで発信が簡単で、受信側にも間違いが生じ難い「SOS」が1912年7月5日の第2回国際無線電信会議で正式に採用されたのです。モールス符号では、「SOS」は「・・・---・・・」で、打つ時に非常に早く簡単に打信出来るのです。

   ところで、世界で最初に「SOS」を発信したのは1912年7月5日、北大西洋で遭難したタイタニック号で、当時は遭難信号としては「SOS」はまだ国際的に正式に採用されていませんでしたが、「CQD」を発信するだけでは不安だったことから、続けて「SOS」を打ちまくったようです。

ネットが不通でブログも駄目

   昨日、テレビの画面に「アンテナの接続を確認して下さい」というメッセージが出て、突然、すべてのチャンネルを観ることが出来なくなりました。うちはアンテナを使っているわけではなく、NTTの「ヒカリ・ファイバー」でインターネットと共に入ってきた映像を分波して取り出しています。

   これは、明らかにインターネットのトラブルと思い、パソコンの所にやってきて、我がブログ「ドアの談話室」を検索しても、案の定、接続しません。従ってブログのアップも不可。当然、グーグルの検索エンジンも使用不可です。これはもう《パソコントラブル110番》の「愛光企画」に連絡するしかないと直ぐに電話を入れました。

   幸いにしていつもパソコンのトラブルをすべて解決してくれている技術者にすぐにつながり、自転車で飛んできてくれました。そして、真っ先にしたことはインターネットを取り込んでいるONU(オプティカル・ネットワーク・ユニット)の掃除機による丹念な清掃です。技術者によると機械の大敵はホコリとネツ。

   技術者はNTTに電話を入れて、ONUのランプのつき方を説明すると、NTTの電話口の女性は、一旦、電話を切り何と遠く離れている我が家の回線をチェックしたというではありませんか。その結果、今朝、NTTの方が拙宅に見えて原因は家の近所の線が台風で垂れ下がり、それを通行の自動車が断線したためと解りました。当然、修理が終わったらすべて普通に戻り、わりと短期間の解決に努力してくれた「愛光企画」に深甚な感謝です。

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