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名画「モナ・リザ」盗難の経緯

   世界で最も有名な絵と言われるレオナルド・ダ・ヴィンチの縦77センチ、横55センチの小柄な「モナ・リザ」が、1911年8月22日のあと少しで正午になろうという時、休館日だったパリの「ルーブル美術館」から、忽然と姿を消したのをご存知の方はいっぱいおられるでしょう。つまり、盗まれたのです。

   警察は必死に捜査をしましたが、その過程で、ある大変な人物が容疑者の一人に挙げられました。その容疑者はキュビズム(立体主義)の創始者で有名な画家のパブロ・ピカソ。実は彼は1907年、「ルーブル美術館」から詩人アポリネールの秘書が盗んだ彫刻と関わりを持っていたのです。

   この事件をもう少し詳しく書くと、アポリネールの秘書が、「ルーブル美術館」から盗み出した彫刻をピカソに分け与えたのです。しかも、その秘書が顛末を雑誌に投稿し、驚いたピカソは、貰った彫刻をセーヌ川に捨てようとして捨てきれず「ルーブル美術館」へ返しに行った事件です。

   やがて、ピカソの嫌疑は晴れ、事件は1913年にイタリアのフィレンツェで解決を見ることになります。結局、「モナ・リザ」を盗んだ犯人は「ルーブル美術館」に出入りしていたイタリアの職人で、休館日で無人だった展示室の壁から絵を外し、服に隠して外に出たそうです。戻って本当によかったですね。

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