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ヘレン・メリルの素敵な歌声

   ジャズのスタンダード・ナンバーに「You’d Be So Nice To Come Home To」があります。日本語に訳すと「帰った時のあなたは素敵」ですが、誰もこの訳は口にしないで、大抵のジャズ・ファンは「ユビソ」。1943年の映画「サムシング・トゥ・シャウト・アバウト」の挿入歌だそうですが、私は観ていません。

   作詞も作曲もかの有名なコール・ポーターで、この年のアカデミー歌曲賞にノミネートされましたが、残念ながら受賞を逃しています。和田誠さんが書いた「いつか聴いた歌」によると、軽いミュージカルものだとかのこの映画、輸入されていないようで、映画好きの私が観てないのは当然だったようです。

   和田さんが歌詞をこの本で紹介していますが《帰った時のあなたは素敵 風が子守歌を歌う時 暖炉のそばのあなたは素敵 あなたは私の望むすべて 凍てつく冬の星の下でも 燃える八月の月の下でも あなたは素敵 あなたは天国 帰った時に あなたに愛があれば》。これに実に魅力的なメロディが付いています。

   ところで、この曲を有名にしたのは何といっても「ヘレン・メリル・ウイズ・クリフォード・ブラウン」というアルバムで、編曲はまだ21歳のクインシー・ジョーンズ。クリフォード・ブラウンが実にいい調子でトランペットを吹き、ヘレン・メリルの素敵なヴォーカルが見事にマッチングしていて何度繰り返し聴いても飽きません。是非!

難しい日本語の二人称代名詞

   丸谷才一さんの「日本語相談」にパーティなどで名前の知らない人への呼びかけはどうすればよいかという質問がありました。確かに日本語の二人称代名詞は難しいですよね。先日、テレビ朝日の「じゅん散歩」を観ていたら高田純次さんが八百屋の店主に「大将」と言ってましたがこれが適切かも知れません。

   また、独身か結婚してるかも解らない女性に「奥さん」とも言えませんし、「おねえさん」も失礼ですし、非常に困ります。丸谷さんは、日本語は二人称だけが難しいのではなくて、一人称だって三人称だって厄介と言ってます。しかし、最も苦労するのが二人称で、例えば「おたく」と呼ばれるのがイヤな人がいるので注意が肝要。

   ちょっと、二人称にはどんなのがあるかと言うと「あなた」「あんた」「君」「お前」「貴様」「そちら様」「おたく」などがありますが、何だか初対面の人にも、何度も顔を合わせている人にも使い難いものばかり。丸谷さんは《上手な日本語は人称代名詞ををなるべく使わないですませる日本語》と言ってます。

   つまり、敬語を巧みに活用するんだそうです。丸谷さんは《我々はパーティで「源氏物語」の作中人物のように口をきけばいい。例えば「何か食べませんか?」ではなくて「何か召し上がりませんか?」》。と言えば、呼びかけなどなくても大丈夫と言ってるようです。、でも、冒頭の答えにはなってない気がしました。

「静の舞」の歌に怒った源頼朝

   ふと本箱の中の歴史小説の作家楠木誠一郎著「源義経111の謎」という本が眼に留まりました。義経が好きで、昔、買った本ですが、目次を眺めていたら、静御前が身重の身体で、頼朝と北条政子の前で舞った「静の舞」のことがあり、文治2年(1186年)4月8日に思いを馳せて書きたくなりました。

   鎌倉に連れて来られた静御前は、一ヶ月経ち頼朝の妻の北条政子が「天下の舞の名手がたまたま鎌倉にいるというのに、その芸を見ないのは残念」と言いだし、頼朝をせっついて踊らせることにしたのです。しかし、静御前は、最初、体調が悪いなどの理由でかたくなに固辞しましたが、頼朝の命令には背けません。

   鶴岡八幡宮の舞台で歌を歌いながら舞った時の歌は《よし野山 みねのしら雪 踏み分けて 入りにし人の あとぞ恋しき しづやしづ しづのをだまきくり返し 昔を今になすよしもがな》。何しろ、その舞は壮観で、塵一つ立たない優美なものだったと「吾妻鏡」に書いてあるそうです。

   でも、頼朝は怒りました。歌った歌の内容が、義経を慕っている歌で、それを私の前で歌うとはとカンカンです。これを聞いた北条政子は「あなたが流人として伊豆にあった時、私は父北条時政に引き裂かれた。それでもあなたのもとに走った私と静御前の心境は同じです」と助けたことが、これも「吾妻鏡」にあるそうです。

イチロー選手の日本復帰の話

   「週間文春」2月1日号にイチロー選手の日本復帰の可能性について書いてありました。それによると、1月18日のアメリカのスポーツ紙に「イチローの日本復帰を代理人が示唆」と言う見出しの記事が載り、日本球界を騒然とさせているんだそうです。ともかく、現在、メジャーからはどこからも声が掛かっていません。

   また、MLBの公式サイトに掲載されたもう一つの記事は《マーリンズからFAとなったイチローについてメジャーからオファーがなければ日本球界に復帰する可能性を代理人が示唆した》というのです。ところで日本復帰の最有力候補は古巣のオリックス、ついで地元名古屋の中日ドラゴンズが取り沙汰されています。

   愛工大名電工よりイチローをスカウトし、現在も親交のある水野恭祐氏は「最終的にアメリカで決まるだろうけど、本心は、そりゃドラゴンス来てほしいよ(笑)、セ・リーグでタイトルを獲って欲しいしね。ただオリックスは仲のいい福良淳一氏が監督だし、現役時代に外野を一緒に守った田口も二軍監督」と有利性を言ってます。

   MLBの別の担当記者は《今のところイチロー選手の選択肢に日本球界は無い。代理人も「日本復帰ついて考えたくない」としか言及してなくて、まだアメリカ球団との交渉が続いている。…》と言ってますが、難しい状況に置かれているのは事実です。年も明けたこことだし、果たして44歳のイチロー選手はどうなるのでしょうか。

WOWOWで「イーグルス」

   映画、音楽、スポーツ観戦が好きな者にとって、WOWOWは非常に大切な会社です。今年2018年1月14日、ロック・バンド「イーグルス」の生い立ちから、数多くのヒット曲を生んだ背景を放映したので録画して観ました。クラシックとジャズで耳いっぱいの私は、普通、ロックはあまり聴きません。

   しかし、「ローリング・ストーンズ」と「イーグルス」は私の音楽的感性が合ってるようで時々聴きます。特に「イーグルス」のヒット曲、「テイク・イット・イージー」「ならず者」「呪われた夜」「ホテル・カリフォルニア」など好きで、ことに「ホテル・カリフォルニア」など何度繰り返し聴いたか解りません。

   ウィキペディアによると、1971年にデビューした当時はごく民主的なバンドだったのが、次第にメンバー間の軋轢が激化して、実質的に主導権を握ったドン・ヘンリーとグレン・フライの2人の日頃からの高慢な態度にバーニー・レドンは我慢出来なくなり、1975年12月に「イーグルス」から脱退しています。

   ともかく、1976年に「イーグルス」の代表作となる「ホテル・カリフォルニア」を発表、13本ものギターを重ねた完璧なサウンドによって、1970年代のアメリカン・ロックを代表する曲の一つになりました。あまり、ロックに馴染みがない音楽ファンもこの曲ばかりは魅力を感じるのは間違いありません。是非、聴いて下さい。

大変そうな演奏家の日常

   NHK交響楽団、つまりN響の第一バイオリン奏者を32年間務めた鶴我祐子さんが書いたエッセイ集「バイオリニストは目が赤い」実に面白いです。何しろ、クラシック音楽は目茶苦茶に好きでも、演奏家の日常を知らない私にとってこの本は誠に面白い読み物と言ってよいでしょう。

   その中から演奏家の「譜読み」の話を読んで、コンサートの前に演奏家が苦労していることを知り、ご存知ない方のためにお教えしたくなりました。「譜読み」とは知らない曲や新作を演奏家がリハーサルの前に家でおさらいをすることをいい、オーケストラ人生の大部分はこれでつぶれるんだそうです。

   バイオリン・パートの「譜読み」は特に大変で、音域が高いので目立つし、大曲になると、五、六十ページもあり、それを手探りで弾けるようにしていくのです。鶴我さんは《もうイヤンなっちゃう、おもしろくもナーンともないですよ、たとえ通して弾けるようになっても、それは全体の一部分でしかない》と書いてます。

   鶴我さんの「譜読み」のスタイルは《だいぶ前から以下に落ち着きました。まず、近所の公園をひと回りして、よその犬をなでて帰り、バイオリン・ケースを置いて楽譜をたてかける、大声で「あーあ」と言ってから、切りくずしていく。フレーズも速さもも無視して》。何だか、演奏家って大変そうです。

街の「将棋クラブ」の仕組

   若い頃将棋にコリ、会社の休日には「将棋クラブ」に入り浸ったことがありました。よく行ったのは、JR神田駅のガード下の店で、店主が引き合わせてくれた知らない人とそれこそ真剣に将棋を指したものです。「将棋クラブ」をご存知ない方のために、それがどんな所か簡単に紹介しましょう。

   まず、入店の登録をする時に、自分の実力を店主に自己申告します。私は新聞や雑誌に載っている詰め将棋の問題がちょうど「初段」が適当だったので、おこがましくも「初段」と申告しました。そして、なにがしかのお金を払うと、店主は氏名と段位が書いてある小さな対戦表をくれて将棋クラブの会員です。

   会員表に段位が書いてあって、店主はそれを見ながら対戦相手を選び、対戦表に名前を書き入れ、大声で○○さんと呼びます。すると、名前を呼ばれた人が店主の所にやってきて、二人は空いている将棋盤の前に坐り対局の開始です。その店は対局時計は置いてないので、着手は常識の範囲で判断しました。

   対局が終わると、二人は一緒に対局表を持って店主の所に行き、店主は対局表に○か×を書き入れて預かるのです。次に店に行った時に氏名を言うと、相手を引き合わせてくれます。そして、5連勝すると1ランクアップ。私が「将棋クラブ」と決別した理由は、店内に立ちこめた凄まじい煙草の煙でした。

「駄ジャレ」を聞く人の心得

   東京大学名誉教授の小田島雄志著「駄ジャレの流儀」に《「駄ジャレ」を聞く人の心得》が書いてあります。まず小田島さんは「駄ジャレ殺すにゃ刃物はいらぬ 冷たい目で無視すればよい」。駄ジャレを飛ばす人は笑わそうとしてるのですが、ニコリともしないで無視されたら一たまりもありません。

   もう一つ、駄ジャレ殺しの必殺技は「そんなこと言ってると、しまいには笑っちゃいますよ」。ともかく、駄ジャレを言う人は相手を笑わせようとして、頑張っているワケですから、相手によっぽど敵意を持っていなかったら、何らかの反応を示してあげるのがエチケットということでしょう。

   また、逆に反応が早すぎるというフライング・ミスを犯さないことも大事と小田島さんは言っています。前に小田島さんが「アメリカ映画に神社が出てきたことがあったな」と言ったら相手はすかさず「ジンジャー・ロジャース(アメリカの女優)ね」と言って悲しい思いをしたことがあるとか。

   つまり、相手がけげんな顔をしたら言おうと思っていたことを先に言われてしまうと、もうオシマイ。これは「笑点」の中でキクちゃんがよく経験していることです。小田島さんは「駄ジャレを生かすも殺すもあなた次第」と言ってますが、無理に笑わなくてはならないような駄ジャレは言わないで欲しいものです。

「見ないで捨てる」テクニック

   前に「整理とは捨てることである」というフレーズを読んだことがあり、本当にそうだと思いました。ところで、辰巳渚さんが書いた《「捨てる!」技術》(宝島社)という本に、捨てる時には見ないで捨てるのが一番いいと書いてあります。勿論、中身をよく確認して見ないで捨てるということでしょう。

   例えば、郵便受に入ってるDMは、もしかしたら、役に立つかも知れないという意識が働き、一応、封を切り中を見てから捨てるのが一般的ですが、送ってきた相手が誰かによって判断し、そのまま、ゴミ箱に放り込むかシュレッダーにかけてしまう(住所が書いてあるので)のが最も良いと思われます。

   また、買ってきて、ちょっと読んでそのまま置いてある本は、いつか読むつもりでも、置いてあるだけになることが多く、直ぐに捨てるべきだと彼女は言うのです。そのほか、テレビの番組を録画して、一度観ただけで、積んであるビデオ・テープも二度と観ないはずなので直ぐに捨てるべきだと力説。

   そして、彼女はこの項を《この見直さないで捨てるテクニックは、「見ないで」という部分に有効性がある。捨てるに際し、それが本当にいらないモノかどうかきちんと判断してから捨てたいと思う気持ちは自然な感情だろう。しかし、それだとまたまた時間が過ぎていく》から駄目と結んでいます。でもこの方法、少し迷います。

ジャズを愛した石原裕次郎

    古本屋で2001年4月発行の「ジャズ批評」チェット・ベイカー特集号を見つけ買ってきました。何しろ、全330ページの雑誌の中は、勿論、チェット・ベイカーYouTube)のことばかりで埋め尽くされています。その中に織戸優さんが書いた《永遠の青春 チェット・ベイカーと石原裕次郎》というタイトルのエッセイを発見。

   石原裕次郎がジャズ・ファンでことにトランペッター、チェット・ベイカーが好きだったことは昔から知っていました。しかし、それに関する文章を読んだことが無く、一体、織戸さんは何を書いてるのかと思ったら、裕次郎が最も愛したレコードは「チェット・ベイカー・シングス」だったということです。

   実は私をジャズに引きずりこんだ一枚のレコードが「チェット・ベイカー・シングス」で、天下の大スター石原裕次郎の愛聴盤でもあったのを知り、あまり石原裕次郎の映画を観ていない私は、何だか親近感を覚えました。ところで、織戸優さんはジャズ喫茶「マイルストーン」の店主であるのを知ってびっくり。

   このジャズ喫茶「マイルストーン」はJR高田馬場駅近くにあり、このところすっかり足が遠のいていますが、一時、私がよく顔を出していたお店です。お名前を知らなかったので、織戸優さんと聞いてもピンとこなかったのに、この一文を読んだ機会に、近々、お店に行って、これを書いた経緯を聞こうと思っています。

村上春樹さんが好きな理由

   村上春樹さんの随筆、滅法面白いです。今日は「村上朝日堂はいほー!」というタイトルの随筆集の中から「無人島の辞書」を紹介します。ともかく、村上さんらしいユーモアに溢れていて、これだけのテーマなのに文章がどんどんふくらみ、読んでない方のために、どうしても伝えたくて仕方がないのです。

   村上さんの書き出しは《一冊だけ本を携えて無人島に行くとしたら何を持っていくか、という設問がよくある》。村上さんは《僕は自分の小説を持っていきますね。そして毎日それを読んで「あー、ここはいかん」とか「ここはこう変えちゃおう」とかコツコツとボールペンで書き込みをする。

   これをやるとかなり時間がつぶせそうだ。もっともそんなことをしていると、一ヶ月くらいでまったく別の小説に生まれ変わっちゃいそうだなと考えていくと、何のことはない、本なんか持っていかなくって自分でどんどん小説を書いちゃえばそれでいいんじゃないか、ということになってしまう》。

   そこで、村上さんが考えたのは、英語の辞書をもっていくのが一番いいという結論です。例えば《僕の人生観のかなりの部分は、英和辞典の例文で成立しているんじゃないかという気がするくらいのものである》。いやはや、英和辞典の例文だけでいくらでも時間の過ごせる村上春樹さん、やっぱり大好きな作家です。

模倣から始まる「人間の笑い」

   志水彰、角辻豊、中村真の共著「人はなぜ笑うのか」(講談社)で人間の笑いを解析しています。生まれたばかりの赤ちゃんでも、口の周辺を動かすことが出来ますが、まだ表情とは言えません。やがて、生後二週間ほど経ち、目の周囲の筋肉が発達すると、かなり明確な表情が現れてきます。

   そして、他人の表情を真似することが出来るようになるのは、生後三、四ヶ月経った時で、多くの母親が自分が笑うと赤ちゃんもそれを真似して笑うことを認識しています。それがやがて六ヶ月を過ぎると、周囲の人、ことに母親に対して、自分が笑顔を見せると相手が喜ぶことを知るのです。

   どうやら、人間の笑いは相手を真似することから始まるようで、自分が笑うと、相手が喜ぶのを学習するのです。つまり、人間の笑いは「コミニュケーションの手段としての笑い」が始まりで、遺伝の上に模倣が加わって、当然、赤ちゃんの笑顔は母親の笑顔と同じになってくるのです。

   このことは成長しても続き《われわれは、他人の笑顔を見ると、自然に自分の顔の頬の筋肉が動くし、怒った顔を見ると口の周囲の筋肉が緊張する。この結果、接触の多い人の表情はたがいに似てくることになる》そうです。つまり「人間の笑い」は相手の模倣から始まることをこの本を読んで知りました。

コーヒーの絶大な効用

   最近は紅茶しか飲まなくなってしまいましたが、一時、コーヒーにこったことがあります。会社が休みの日にはコーヒー専門店のカウンターに座り、マスターとコーヒー談義を交わしながら、目の前のサイフォンのコーヒーが出来上がるのを待つのです。これぞ至福のひと時と思っていました。

   実は私がコーヒーがやたらに好きになった理由は、若い頃、仕事がコンピューターのシステム設計やプログラムを組むことだったかも知れません。ともかく、コーヒーを飲むと、仕事が非常にはかどるのです。きっとカフェインが頭脳の回転を円滑にしてくれると考え、コーヒーは仕事に欠かせない存在となったのです。

   当時、コーヒーに関する本を何冊も買い、コーヒーの研究をしました。そして、覚えたのがコーヒーの種類で「ブラジル」「コロンビア」「モカ」「ブルーマウンテン」「マンデリン」「キリマンジャロ」と沢山のコーヒーの味を覚え、コーヒー屋のマスターと自慢げに語るのが楽しみだったのです。

   しかし、あまりにもコーヒーを飲み過ぎたセイか、胃に何だかカフェインが影響しているような気がして、いつしかコーヒーを遠ざけて紅茶を飲むようになってしまいました。ところが、ある本によると、カフェインの比較だとコーヒーより紅茶の方が多いのを知り、やっぱりコーヒーを飲もうか迷っているところです。

いい男でも卑屈な感じの俳優

   文藝春秋社刊行の「風貌談」(男優の肖像)の中で作家の阿刀田高さんがアラン・ドロンのことを書いています。どなたもご存知のことですが、81歳になったアラン・ドロンはすでに俳優業からの引退を宣言しています。何しろ「太陽がいっぱい」の時のような素敵な容姿が観られなくなってはやむを得ないでしょう。

   阿刀田さんが書いている内容も「太陽がいっぱい」がメインです。阿刀田さんは《この映画におけるアラン・ドロンは、はまり役などという、なまやさしいものではない。文字通りの超はまり役……》。私もまったく阿刀田さんと同感で、この映画はアラン・ドロンなくしては成り立ちません。

   ともかく《めっぽういい男だけれど、育ちが悪そうで、卑屈な感じ。これが実によく出ている。出ているというより、この人の地なのだろう》と阿刀田さんが書いている通り、ハンサムと悪い男の顔つきが同居している得難い俳優です。それに眼をつけたルネ・クレマン監督の眼は凄いです。

   ところで、ネットに《アラン・ドロン画像集》を発見しましたので眼を通して下さい。中で「太陽がいっぱい」のラスト・シーン、ウイスキー片手に「うまくいったぁ!」という顔つきが印象的です。今年2018年に一本映画が公開されて、それを最後に引退するようで何だか名残惜しいです。

足の爪に現れる体調

   先日の「朝日新聞」朝刊に《足の爪に現れる体調》が書いてありましたので、お読みになってない方のために紹介します。その記事によると、手の爪に比べて、足の爪の状態はあまり気にしないものですが、足の爪の形や色の変化は、時に重要な体調のシグナルとなるようです。

   ある皮膚科の専門医によると《爪の変化は局所的なものと、すべての爪に現れるものがある。すべての爪に現れるときは全身の疾患を現す可能性があり、注意が必要だ》そうです。ともかく《足は靴などで覆われ、通気性が悪いため、水虫(白癬)になりやすい。白癬菌が爪と皮膚の間に入り込むと、爪白癬にかかる。

   …全身疾患につながる可能性のあるシグナルは、爪のの中央がへこんで、スプーンのような形になるさじ状爪や爪全体が大きくなって、丸く隆起し、指の先端が厚く、太鼓ばちのように肥大するばち状爪などだ。前者は鉄欠乏性貧血、後者は慢性的な心疾患、肺疾患などで見られる。爪に普段と違う色が出た場合は、深刻な場合がある。

   例えば、黒は腫瘍、黄色や赤は心臓や肺、白は肝臓の疾患に可能性があり、いずれも医師の診断が必要だ》そうです。足の爪の特徴としては、伸びる速さは1日に0.05ミリほどで手の爪の半分、また親指や小指は靴の圧迫で変形しやすい。どうやら、足の爪には注意しないといけないようです。

10年ぶりに「広辞苑」が改訂

    国民的辞典と言われている岩波書店の「広辞苑」が10年ぶりに改訂になり、1月12日に「広辞苑」第7版が刊行されました。今日の「朝日新聞」にその裏話が書いてあるので掻い摘んで紹介します。そもそも「広辞苑」の初版が出たのは1955年、63年も歴史を積み重ねてきた辞典で、私も愛用者の一人です。

   インターネットの広がりや科学技術の進歩などで、約1万項目が新たに加わり、約25万に及ぶ言葉を連ねています。何しろ、「広辞苑」は一般名詞と固有名詞の両方が載っているため、非常に便利で、私のように、毎日、ブログを書いている者には信憑性のチェックや確認に欠かせない存在です。

   この辞書を編纂している辞典編集部のメンバーは十数人、社外の専門家約220人とやりとりをしながら進めてきました。どの言葉を選ぶかは「定着した語」か「定着すると考えられる語」。「定着」の基準はなく、新聞記事への登場頻度も調べるが「あくまでも感覚的なもので、それが辞書の個性」と編集部は言っています。

   今回の第7版は「原発」分野を特に充実したようですが、私のように第6版の電子辞書を使っている者が、果たして第7版の電子辞書に買い換える必要があるか否かは、もう少し考えようと思っています。いずれにしても「広辞苑」はブログの内容をチェックする時に非常に役に立っているのは間違いありません。

「参勤交代」の苦労話や裏話

 東京大学教授の山本博文氏が記した《「参勤交代」の不思議と謎》(実業之日本社)実に面白いです。何しろ、「参勤交代」に関わる苦労話や裏話がいっぱい書いてあって、その中から二つばかり紹介しましょう。「参勤交代」の行列は、他藩の手前、あまりみすぼらしくはしたくないけど、豪華にすると費用が掛かります。

   そこで、各藩が頼ったのは臨時のアルバイトだそうです。記録によると、1827年(文政10年)の加賀藩の「参勤交代」の総勢は1969人だったのが、そのうち、加賀藩の家臣は1割以下の185人しかいないで、家臣の奉公人が830人、残りの954人はアルバイトの人足だったそうです。

   また、「参勤交代」の時の藩主の移動手段は、駕籠に乗るか馬に乗るかの二つあって、警備上は、駕籠に乗ってもらった方が守り易いので、周囲の者はそれを望んだが、駕籠での移動は藩主にとっては苦痛だったようです。坐っているだけで、一見、楽そうでも、駕籠は狭くて窮屈な上に、下は薄い布団が一枚だけ。

   そのため、最初は駕籠に乗っていても、山道など急勾配の場所は駕籠は危険なので、途中から馬に乗り換えることがよくあったそうです。ただ、駕籠のメリットとしては、夜など先導の者に提灯を持たせて夜通し走り続けることが出来ましたが馬ではそうはいきません。いずれにしても「参勤交代」はとても大変だったようです。

興味津々の村上春樹氏の翻訳

   村上春樹氏の文体が好きで、5年ほど前に発刊した「雑文集」を思い出しては時々読んでいます。最近、目次に眼を通していたら、ふと眼に飛び込んだのが《準古典小説としての「ロング・グッドバイ」》。言わずと知れたレイモンド・チャンドラーの有名なハードボイルド小説のことです。

    どうやら、村上さんは高校生の時から「ロング・グッドバイ」を清水俊二氏が訳したものや英語の原文を何度も繰り返し読んでるようで、ちょっと、村上さんの書いているのをそのまま紹介します。《最初にこの小説を読んだとき、その文体の「普通でなさ」に僕はまさに仰天してしまった。

    こんなものがありなのか、とチャンドラーの文章はあらゆる意味合いにおいてきわめて個人的なものであり、オリジナルなものであり、ほかの誰にも真似することができない種類のものだった。…》。いやはや、村上さんは高校生の時に、英語の原文でこの小説を読み、こんな感想を書いているのです。  

   それが《早川書房編集部から「ロング・グッドバイ」を翻訳してみる気持ちはないかという打診があり、僕としては前々からやりたいと思っていたことなので、二つ返事でお引き受けした》と村上さんは書いているではないですか。村上春樹さんが訳した「ロング・グッドバイ」、興味津々どうしても読まざるを得なくなっています。

超絶ドボルザークの「新世界」

   ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」好きです。何が好きかって、CDを19枚も持っています。何しろ、指揮者によって演奏が微妙に違うものだから、ついつい買ったものや「音楽とオーディオを語る会」の友人がダビングしてくれたものもあって、いつしかこんな数になってしまったのです。

   1892年、ドボルザークは妻と二人の子供を伴って、チェコのボヘミヤの田舎町からニューヨークにやってきました。この年、アメリカはコロンブスの新大陸発見後、400年記念を迎えていて、ニューヨークの富豪夫人がこの機会に自分の運営している音楽学校の校長にドボルザークをを迎えるためです。

   夫人は破格の条件を出し、ドボルザークはこれを受け入れました。この頃、ドボルザークの作品はすでにアメリカでよく演奏されていて、また、チェコからの移民も多く、アメリカには彼を迎える下地が出来ていたのです。最初、契約は二年だったのが延長されて三年に及ぶことになりました。

   この時期、彼の作品は、ヘ長調の弦楽四重奏曲「アメリカ」、ロ短調のチェロ協奏曲など傑作が多く、中でも、この「新世界」交響曲は《アメリカから故郷の人達に送る印象記》と作曲者自身が言ってるように、アメリカの印象が強烈に表現されている名曲で、何度繰り返し聴いても飽きません。ことにワルターの指揮最高です。

スーパーマーケットと和菓子

   近くのスーパーマーケット「ライフ」の和菓子が充実していて下戸には頼もしい限りです。まず眼に留まったのはカステラとカステラの間に羊羹をサンドイッチした「シベリア」、何だか懐かしくてブログに書きたくなりました。ともかく、子供の頃からあった古い和菓子で、私の好物の一つです。

   次に「おはぎ」、あんこが粒あんとこしあんの二種類あって、この店はこしあんです。また「きんつば」はネットの《和菓子データベース》によると、この前身は京都の「銀つば」で亭保年間(1716年~1736年)に生まれた和菓子のようで、このスーパーで見かけて何だか嬉しくなりました。

   そして「桜餅」と「道明寺」がセットで売られていて、塩漬けした桜の葉を巻いた和菓子で、桃の節句によく見かけます。「大福」は「あん」を薄い餅の皮で包んだもので、江戸中期には、夜、焼鍋と「大福」を並べて焼きながら売り歩くことが流行り、江戸の人々に好まれた和菓子だそうです。

   「甘納豆」も昔からあるお菓子で、この店では色々な種類を小さな袋に入れて詰め合わせで売っていて、私は時々買ってます。「かりんとう」も定番のお菓子で、黒砂糖が何とも美味しくてこれも私の好物です。あと「羊羹」「くず餅」「最中」「石衣」「くずきり」など、しかし「五家宝」はいくら探してもこの店にはありませんでした。

ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」

 何だか「モナリザ」が代表作品のように言われているレオナルド・ダ・ヴィンチですが、ダ・ヴィンチを語る上で、重要な絵にサンタ・マリア・デッレ・グラツェ修道院の食堂を飾る壁画「最後の晩餐」があります。イエスが十字架にかけられる前夜に、12人の使徒を集めて開いた晩餐の様子を描いた大作です。

   PHP研究所が刊行した「世界の名画隠されたミステリー」によると、実はこの絵にはダ・ヴィンチが仕掛けた様々なトリックが秘められているのだそうです。近年、全面剥落の危機に瀕した名画を救うために行われた修復作業によって、そのトリックが明らかになったのです。

   ダ・ヴィンチが絵の題材として用いたのは、イエスが十二使徒の中に裏切り者がいるとみんなに告げる場面です。ちょっと絵をご覧になって下さい。イエスの両側に三人一組の使徒を二組づつ配し、衝撃が左右に波及していく様を見事に表現しています。つまり、動揺する使徒を冷静なイエスと対比させているのです。

   そして、食卓の料理がこれまでは子羊の肉だとされていたのが、修復作業の結果、魚の切り身であることが判ったのです。当時の食習慣では晩餐に供されるのは子羊が一般的なのに、ダ・ヴィンチが魚にしたのはギリシャ語の「イエス」「キリスト」「神の」「子」「救世主」の頭文字をつなぐと「魚」になるからだそうです。

国によって違う家庭用電圧

   電氣の流れには交流と直流の二種類あるのは、誰でも常識としてご存知でしょう。電力会社から家庭に送られているコンセントの電氣は交流で、乾電池の電氣は直流です。今まで何となく知っていた方は、この際、ネットにある図を眺めて、明確にその違いを把握しておいた方がいいかも知れません。

   まず、交流電源の最大の特徴はプラスとマイナスが常に変化していることで、瞬間的にゼロになるため、白熱電球など、眼では解りませんが、常に点灯と消灯を繰り返しているのです。でも交流電源の利点は、変圧が簡単に出来ることで、発電所の数十万ボルトが家庭に入る時には100ボルトになっています。

   ともかく、交流と直流の利点と欠点が詳しく書いてあるサイトがネットにありますから、時間がある時によく読んでおくといいでしょう。ところで、家庭用の電圧が100ボルトになっているのは、世界広しと言えども日本と北朝鮮だけなのをご存知でしょうか。ちなみにアメリカは120ボルト。

   イギリスは240ボルト、ドイツは220ボルト、フランスは230ボルト、韓国は1999年まで100ボルトでしたが現在は220ボルトになったようです。もう一つ知識ですが日本で家庭向け交流送電が始まったのは1889年で、当時、アメリカは110ボルトだったのに、日本は52ボルトでスタートしました。

名作映画とヴェルレーヌの詩

   ジュリアン・デュヴィヴィエ監督が1937年に制作した「舞踏会の手帖」の中にルイ・ジューヴェマリー・ベルがベルレーヌの詩を二人で朗読する有名なシーンがあります。この詩のタイトルと全文をかねてから知りたいと思ってる方がおられるかも知れませんので、堀口大学訳「ヴェルレーヌ詩集」(新潮社)より紹介します。

   そのタイトルは「わびしい対話」で全文は《うら枯れて 人気なき廃園のうち かげ二つ現れて また消え去りぬ かげの人眼(まなこ)死に 唇ゆがみ ささやくも とぎれとぎれや うら枯れて 人気なき廃園のうち まがつ影ふたりして昔をしのぶ 過ぎ日の恋心地 君はなお思いたもうや? よし思い出づるとも

   今はせんなきことにあらずや? わが名きくのみにて 君が心は今もなおときめくや? 今もなお夢に わが魂見るや? 否よ 果てしなき幸にいて われらかたみに口吸いし かっての日美しかりき! さもありつるか その日頃 空いかに碧かりし 行く末の望みゆゆしく!  望みとや? 

   今はむなしく暗き空へと消えてなし!かくて影 烏麦しげるが 中を分けて消え その言葉ききたるは ただに夜のみ》。この詩の全文を知りたいとずっと思っていた方は、すっきりしたに違いありません。これをいつかブログに書こうと思っていたので、私もすっきりしました。この名作、未見の方は是非ご覧になって下さい。

ラグビーの醍醐味を満喫

   実に面白いラグビーの試合をテレビで観ました。昨日2018年1月7日、秩父宮ラグビー場で行われた全国大学選手権の決勝戦、帝京大学対明治大学の一戦です。19大会ぶりに決勝戦に出場した明大は8連覇の帝京大を苦しめ、前半、17対10とリードしました。しかし、帝京大は後半15分に秋山選手のトライで反撃。

   更に20分には岡田選手がトライを決め、竹山選手のゴールキックで逆転したのです。一時は13点の差をつけていながら明大は帝京大の何としても九連覇を達成するのだという気迫に押されてどうしても1点差を追いつくことが出来ませんでした。それにしても、1点差のラグビーの試合の面白さはもう最高。

   ここで蛇足ですがラグビーの得点について紹介しましょう。得点は4種類あって、①相手陣地にボールをつけるトライは5点②トライした後、その地点から真っ直ぐ後に下がった任意の場所からゴールが狙えて、これをコンバージョンゴールと言って2点。そして③ペナルテイゴールも④ドロップゴールも3点。

   今朝の「日刊スポーツ」に早大で活躍した今泉清氏がこんな事を書いているので紹介すると《前半7分明大梶村がインターセプトから先制トライを決めた。…もっと中央にトライすべきで、出来る場面だった。(独走トライ)》。つまり、場所が悪くコンバージョンゴールの2点を逃したことを言ってるのです。ではハイライトです。

根室のジャズ喫茶から年賀状

   昨年の秋、9月14日の「朝日新聞」夕刊に《ジャズの鼓動 聴く人 語る人 包み込む喫茶》という大きな見出しとジャズ喫茶「サテンドール」の写真入りの探訪記事が眼に留まり、そこに住所が載ってました。場所は北海道のこれ以上は東に行けないJR根室本線終着駅の根室駅の直ぐ近くです。

   その新聞記事を読むと、ジャズ喫茶「サテンドール」のオーナーは、元サラリーマンで脱サラしてこの店を始めたようで、月2回の例会が1134回にもなっていると書いてあるではないですか。何だか、北海道のジャズ喫茶に親近感を覚え、ジャズが好きな人間として激励の葉書を出したくなりました。

   そこで《……この喫茶店でマイルス・デヴィスの名盤「スケッチ・オブ・スペイン」を聴いたらどんなに心に沁みることだろうと思っています。いつまでも例会が続くよう遠い東京で心から念じています》という葉書を送り、そんな出来事があったのをすっかり忘れていました。そして、2018年が訪れたのです。

   配達された年賀状の中に何とジャズ喫茶「サテンドール」の年賀状があり、そこに《秋にはお便りありがとうございました。「地図の上で最果であっても、文化の最果にあらず」そんなキザな言葉を心にして活動してきました。ありがとうございます》というコメントが書いてあります。勿論、私の年賀状を急いでポストに入れました。

30年以上前の素敵な出来事

   30年以上前の心温まる素敵な出来事を書きます。1985年にアフリカの飢餓と貧困を救うため、著名なミュージシャンが集結して作った「ウイ・アー・ザ・ワールド」。とても魅力的なメロディに魅せられて私もDVDとCDを買いました。といっても、新品を買った訳ではないので、この活動に貢献したとは言えません。

   作詞、作曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーの共作、プロデュースはクインシー・ジョーンズが担当しています。まず、ケニー・ロジャースが所有するスタジオにクインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、スティーヴィー・ワンダーが集まって先行レコーディングを行いました。

   そして、完成したデモ・テープが参加者全員に送られ、1985年1月28日、アメリカのみならず、当時の世界のポップス界を代表する45人が報酬無しでハリウッドのA&Mスタジオに集まってレコーディングしたのです。この日、マイケル・ジャクソンは欠席しましたが、すでにガイド・ボーカルは録音済みでした。

   全世界に販売したレコードとビデオは合計で6300万ドルの収入となり、すべての印税はチャリティとして寄付され、ビルボード誌では、1985年には4週連続で1位を獲得。その後,CDもDVDも発売されています。では「ウイ・アー・ザ・ワールド」のYouTubeをじっくりご覧になって下さい。みんなの温かい心が伝わってきます。

6×6の驚異的「魔法陣」

   正方形のマス目の中の縦、横、斜の合計が同じなのを魔法陣と言います。勿論、そこにある数字はみんな違う数字でなければなりません。その最も小さな正方形は3×3の9マスで、ちょっと《魔法陣を紹介します!》というサイトをご覧なれば直ぐ見ることが出来ます。

   《この形は魔方陣の起源といってもよく、非常に歴史は古くて、中国最古の王朝である夏の始祖、禹(う)が洛水の治水工事をした時に川の中から出てきた大きな甕に刻まれていた文様であると伝えられ、これが後に「(河図)洛書」と呼ばれ、長年、九星占術(風水や気学など)で用いられてきました。

   他の対称形に、西洋数秘術の「サトゥルヌス魔方陣(土星方陣)」などがあります。因みに、「サトゥルヌス(Sāturnus)」は、ローマ神話に登場する農耕神のことです。英語では「サターン」といわれます。ギリシア神話の「クロノス」と同一視され、土星の守護神でもあります》。ともかく、魔法陣はかなり昔から存在したのです。

   また、4×4の16マスも歴史は古く、ドイツの画家アルプレヒト・デューラーが1514年に制作した銅版画「メランコリア」の中に描いていて、最下段の中央の2つの数字が制作年。そして、1956年に中国の遺跡で発見されたアラビア数字で記述された6×6の魔法陣(これは誠に驚異的!)もあります。

「もりそば」と「ざるそば」

   正直言って「もりそば」と「ざるそば」の違いは、「ざるそば」には海苔がかけてあって、「もりそば」には海苔が無い違いだけと思っていました。ところが、ネットの《もりそばとざるそばの違い!ざるの方が高い理由を解説!》によると、それだけでは無い理由があるようなので紹介します。

   それには両方の由来を知る必要があって、まず「もりそば」は、江戸時代中期に細長く切った麺を茹でて、漬け汁に漬けて食べる食べ方が主流になり、これをそば切りといい、やがて、汁を最初からかけた状態で提供する、今のかけそばと同じスタイルのぶっかけそばという形式が流行り始めたのです。

   この時にぶっかけそばと区別するために、そば切りのことを、麺をそのまませいろなどに盛って出すことから「もりそば」と呼びました。そして「もりそば」が定着すると、やがて蕎麦の実の中心部分のみの粉で作った白っぽい麺をざるに持って出すスタイルが流行り始め、「もりそば」と区別するために「ざるそば」と呼んだのです。

   つまり、「もりそば」と「ざるそば」の違いを整理すると①器がせいろかざるかの違い②漬け汁にみりんが入っているかどうか③揉み海苔がのっているかどうかの三つです。また、このほかに、「もりそば」には二番だしが使われていたのに対し、「ざるそば」は一番だしを使っていたという説もあります。ちなみに、私の親戚に日本そば屋がありますが、これを質問した事はありません。

昔から元旦に必ず聴く二曲

   毎年、必ず元旦に行っている私だけの行事があります。今年初めて、ステレオ装置の電源を入れて、最初に聴く曲が二曲あって。何年も続いています。その一曲目はブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィルのマーラーの「大地の歌」。李白などの漢詩のドイツ語訳にマーラーはメロディを付けています。

   なぜこの曲を選んでいるかと言うと、昔、新宿の映画館「帝都座」の裏に名曲喫茶「ランブル」があって、この店でよく聴いたのがこの曲で、いつしか虜になってしまい、私をマーラー好きにした思い出深い一曲なのです。思えばこの店は、レコードをかける前、若い女性が詳細な解説をしてました。

   そして、二番目に聴くCDは、サッチモことルイ・アームストロングのトランペットとヴォーカルの吹き語り「Hello,Dolly!」。何しろ、このCD実にいいのです。最初の一曲がアルバム・タイトルになってる「ハロー・ドーリー!」。続いて「IT’S BEEN A LONG LONG TIME」(久しぶりね)。

   《今年も新しい年が始まったよ》とサッチモが景気をつけてくれます。そして、8曲目に私が大好きな「MOON RIVER」。言わずと知れた映画「ティファニーで朝食を」の主題歌で、サッチモ独特のトランペットの後に、ヴォーカルが入ってくる境目が何とも言えません。今年一年が平穏であることを祈ります。

演奏会を拒否したピアニスト

   お正月なので、私が大好きなピアニストのことを音楽評論家中川右介著「クラシック音楽の歴史」(七つ森書館)から書かせて下さい。そのピアニストの名前は、ことにバッハの演奏で有名なグレン・グールド。ともかく、夏でも手袋をしていた逸話はクラシック・ファンは誰も知っています。

   しかし、変わっているのは、そんな小さなことではなく、音楽家なら誰でも好む演奏会の拍手喝采を何と拒否したのです。彼は演奏の最中に客席からの衣擦れや咳といったノイズを我慢することに堪えられず、1964年にコンサートから引退して、以後はスタジオにこもり、ひたすらレコードを作ることに専念しました。

   そんなピアニストはグレン・グールド以外に存在しません。と言っても、最初はコンサートでも演奏していて、公の場での最初の演奏は、1945年、13歳の時にオルガン奏者としてデビュー。そして、翌年にはプロのピアニストとしてトロント交響楽団のコンサートに出場しています。

   何と言っても、グレン・グールドを世界的に有名にした出来事は1956年にコロンビア・レコードから発売されたバッハの「ゴルトベルク変奏曲」のレコードで、かってない斬新なバッハ演奏として話題になりました。私もCDとDVDを持っていますが、クラシック・ファン必携と言っていいでしょう。とても魅力的ないい演奏です。

2018年の新年のご挨拶

   明けましておめでとうございます。2017年が足早に立ち去って、2018年が静かに訪れました。昨年中は私の拙いブログを読んで頂き誠に有り難うございました。テーマには気を使った積もりですが、好きな話題になると、文章を変えて書きたくなり、時にリメイクすることもあり申し訳ありません。

   ちょっと、テーマを決める裏話をさせて頂くと、基本的には私の好きな分野の話題を取り上げるのは仕方ないでしょう。しかし、本、インターネネット、新聞、雑誌などから入った情報の中には「へー、そうなんだぁ」という未知の世界に出合うことが多々あり、積極的にテーマにするように心掛けています。

   ともかく、出来るだけ斬新な話題を取り上げ、世間一般に周知なことは避けるようにしている積もりですが、時に「そんなことはとっくに知っている」になってしまうことだってあるでしょう。その場合は森羅万象は極めて奥が深いことを推察して頂き「知っていながら知らない素振り」でお助け下さい。

   ところで昨日の大晦日に同じ時間帯の「紅白歌合戦」をパスして観たクリストフ・エッシェンバッハ指揮のN響の「第九」、実によかったです。久しぶりに「第九」をテレビで観ましたが、歌詞が字幕で出るのと合唱やソロの口の動きが明確に解るのがよかったです。それでは、本年もどうぞよろしくお願い致します。

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