無料ブログはココログ

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

黒澤明監督の「天国と地獄」

   黒澤明監督が他界されて20年になりますが、黒澤監督の沢山の映画の中で、私が最も好きなのは1963年の「天国と地獄」(「映画大辞典」は絶賛のコメントばかり)。外国映画に比べて日本映画をあまり観てない私が、この映画で日本映画の凄さを初めて知ったと言っても過言ではありません。ともかく面白いのです。

   もし、この映画をまだ観てなかったら自信を持って薦めたい映画です。ことに推理小説が好きな方は見終わった後、思わず拍手喝采したくなります。この映画の面白さは、前半の室内を舞台にした重厚なドラマが、後半になると、特急列車での身代金の引渡しを境に、突如として手に汗握るサスペンス映画に変ります。

   そして、身代金を渡したカバンに仕掛けられた燃すとピンクの煙が出るのが秀逸で、白黒映画なのに、黒澤監督はこのピンクの煙だけはカラーにしました。煙の出所から犯人が病院にいることが解り、警察と犯人の両方の立場から描いているのも、この映画を面白くした要因でしょう。

   ともかく、黒澤監督はいかにして、観てる人をハラハラドキドキさせるかにあらゆるテクニックを駆使しています。こんな映画を54年前に制作した黒澤監督はやはり「世界のクロサワ」です。私はこの映画を初めて観たのは映画館ですが、「終」が画面に出た途端、観客は総立ちになって拍手していたのをよく覚えています。

感覚の世界「オノマトペ」

   丸谷才一さんのエッセイに「八月はオノパトペの月」というタイトルの一文があります。なんのことはなく、かなり前に雑誌「言語」の八月号が「楽しいオノパトペの世界」という特集をやった話を丸谷さんが取り上げたのです。ところで「オノパトペ」を日本語で言うと「擬音語」「擬声語」「擬態語」のことで感覚の世界です。

   ウイキペディアに載ってるこれらを幾つか並べると、まず擬音語は羊の鳴き声は「メーメー」、豚は「ブーブー」、心臓の鼓動は「ドキドキ」、ガラスが割れる音は「ガチャン」、電子レンジは「チン」、爆発音は「ドカン」、雨は「シトシト」、雷は「ゴロゴロ」、拍手は「パチパチ」、紙が破れる音は「ビリビリ」など。

   また擬態語は物が散らばってる様子は「ばらばら」、惚れこんでいるのは「めろめろ」、人を注視するのは「じろじろ」、散歩は「ぶらぶら」、酔って歩く様子は「ふらふら」、感情の高まりは「むらむら」、穏やかな風は「そよそよ」、煙は「もくもく」、廊下が光っているのは「ぴかぴか」、鈍い動きは「ぐずぐず」や「のろのろ」。

   では、最後に丸谷さんが上げている「オノマトペ」入りの俳句を紹介します。子規の「秋の蚊は よろよろと来て 人を刺す」、素十の「づかづかと 来て踊り子に ささやける」、三鬼の「水枕 ガバリと寒い 海がある」、紅葉の「ごぼごぼと 薬飲みけり けさの秋」。感覚の世界の「オノマトペ」、何だかいいです。

瀬戸内寂聴さんの「源氏物語」

   3年前の2014年に他界された渡辺淳一さんの対談集「男の手のうち 女の胸のうち」(光文社)に瀬戸内寂聴さんとの対談があり、「源氏物語」についてかなり詳細に語っています。何しろ寂聴さんは「源氏物語」の現代語訳を出家されてから完成した作家です。95歳になられた現在もステーキが大好きなんだそうです。

   渡辺さんが《(源氏のことを)結構いろいろな女性に尽して、最後にはボロボロになってしまう、僕はそんなに悪い人ではないと思うんですけど》と言えば、寂聴さんは《基本的には(作者の)紫式部は嘘つきですね。すごく意地悪な見方をして冷酷なんです。「紫式部日記」も、都合の悪いところは何も書いていない》と。

   更に寂聴さんは《当時の女性は十代でほとんど結婚しているのに、紫式部が二十代後半まで結婚できなかったのは男に敬遠されたからですよ。ようやくお父さんぐらいの年の藤原宣孝と結婚して女として徹底的に仕込まれたのに、わずか二年半で死別。それから、栄華を極めていた藤原道長にスカウトされたんですね。

   「雨夜の品定め」で、男たちはこんな女がいいとか、自分はこんな経験ををしたと自慢しあうけど、あそこに書いてあるような恋愛論や女性論は、小説(つまり「源氏物語」)をおもしろくさせるために、道長が自分の体験を教えたと思う。…》とか。瀬戸内寂聴さんの「源氏物語」、ちょっと読みたくなりました。

「前代未聞」のトリックは魅力

   このところ、すっかり推理小説にご無沙汰しています。というのは、あまり評判になるような作品と出合ってないからです。ところが、「週刊新潮」の最新11月2日号に貴志祐介著「ミステリークロック」という新刊を紹介してるのが眼に留まりました。その記事に貴志祐介のプロフィールが書いてあります。

   1959年、大阪生まれ。京都大学卒業。1996年、「十三番目の人格-ISOLA-」でデビュー。翌年「黒い家」で日本ホラー小説大賞を受賞。他、著書多数。と書いてあります。日本ホラー小説大賞を受賞しているからにはホラー作家で、ホラーが苦手の私が知らないで当然と思いました。

   しかし、この本の紹介文は《現在のミステリーでは、トリックよりもロジックが重視される傾向がある。…貴志祐介は、そうした風潮の中で一人異彩を放つ存在である。謎解きのための優れたロジックを提示するのは当然として、トリックも、過去に前例がないものを考案することに固執する、…》。

   この文章を読んだ限り、ホラー作家どころではなく「過去に前例がないトリック」を考える本格派の推理作家です。更に文章は《ミステリー界における唯一無二の存在にしているのである》と続きます。そして、前代未聞のトリックとかの小説「ミステリークロック」、今日は何としても買って読もうと思っています。

「怖い絵」ばかりの展覧会

   現在、「上野の森美術館」で「怖い絵」ばかりの展覧会が開催されているのをご存知でしょうか。それらの絵は、見た目の怖さだけではなく、その絵が生まれるに至った怖さも説明してあるそうです。ネットで《「怖い絵」展で恐怖のあまり絶句した。最大限に”怖さを楽しむ”方法はこれ》というサイトを発見しました。

   何しろ、入場料が大人1600円の展覧会が超人気で、連日、大盛況だそうです。きっと「怖い物見たさ」の心理で、人々の足をこの美術館に向けさせているとしか考えられません。心が癒やされる絵、例えばユトリロのような絵が好きな私としては、いささか敬遠したい展覧会です。

   とは言うものの、私も「怖い物見たさ」でこのサイトを見てみました。どなたが書いたかか解りませんが、この展覧会のリポートです。《身も心も凍りつくような恐ろしい絵がわんさか……》を見ただけでも私には無理そうです。中で一番の目玉はポール・ドラローシュという画家の「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。

   16歳の女王が今まさに斬首で処刑されようとしてる直前を描いている絵です。傍らには失神しそうな侍女と斧らしき物を持った処刑人が立っています。それにこの絵の大きさはなんと縦2.5メートル、幅3メートルのビックサイズなんだそうです。いくら芸術の秋でもとてもこの会場に入るのは私には難しいと思いました。

家庭内のごみの分別システム

   現役時代、家内に任せきりだった家庭内のごみの処理を、リタイアして時間が出来た関係で手伝うようになりました。すると、かってコンピューターのシステム設計をしたことがある私は、直ぐにいいシステムを考えました。つまり、家庭内のゴミの分別システムの設計です。

  もしかしたら、参考になるかも知れませんので「そんなこととっくにやってる」と言われるのを覚悟で披露します。まず地方自治体が出している「資源・ごみの分け方と出し方」という小冊子によると、ごみは「可燃ごみ」「不燃ごみ」「プラスチックごみ(資源ごみ)」「古紙」「ペットボトル・びん・缶」「粗大ごみ」の6に分かれます。

   このうち、その都度、分別した方が効果的なのは「可燃ごみ」「不燃ごみ」「プラスチックごみ」の3つ。そこで、この3つの場所を作り、日々、それに該当するごみをどんどん入れていきます。そして、決められた収集日の前日になったら買ってある「45Lのごみ袋」に移し変えるのです。

   これによって、入れる場所はそのまま残っているので、ごみの捨て所に迷うことがありません。家中のごみ箱には必ず「可燃ごみ」しか入れないことを守れば、分別が非常に容易です。ところで、先日、ある番組を観て、決められたごみ収集日の前日にごみを出すのは犯罪で罰金を取られるのを知りました。

まさかの日本シリーズ進出

   広島ファンには申し訳ありませんが、今日は横浜DeNAベイスターズのことを書かないわけにはいきません。何しろ大洋ホエールズ時代からの横浜ベイスターズ・ファンとして、19年振りの日本シリーズへの出場は、とても嬉しいです。ラミレス監督が万年最下位だったチームを、大きな舞台に乗せてくれたのです。

   戦いが始まる前、まさか、一勝のハンデが付いている強い広島を正直いって破るとは思っていませんでした。それがラミレス監督の絶妙の投手起用が横浜に勝利をもたらしてくれたのです。このシリーズの第3戦、実に鮮やかな投手リレーで1点を守り抜いたラミレス監督に拍手を贈りたいです。

   そして、第4戦も無死満塁を無失点で切り抜けたのもラミレス監督の投手起用の賜と私は見ています。それに天候も横浜に加担し、雨で流れたので先発投手を中継ぎに使えたのも大きかったです。また、広島はシーズン4番を打ってた鈴木選手が抜けていたのも痛手で、シーズン中のような実力が出せませんでした。

   今日の「日刊スポーツ」に元広島投手の黒田弘樹氏が観戦記の中でこんな事を書いています。《…セ・リーグでは初の3位からの勝ち上がりとなったわけだがセ・リーグの代表として日本シリーズ頑張って欲しい。試合後は広島ファンも拍手を送っていたし、ボクも同じ気持ちだ》と。19年前に西武球場に行った事を思い出します。

江戸時代に詳しくなるサイト

   江戸時代に興味がある方が絶対に嬉しくなる「江戸時代Campus」というサイトを紹介します。江戸時代に関する本は市場にいっぱい出版されていますが、このインターネットのサイトは実に詳しく江戸時代の色々なことを書いていて、これを読めば恐らく江戸時代の通にるのは間違いありません、

   このサイトを立ち上げると、まず真っ先に出てくるのが「関所」のことで、ことに江戸の玄関口であった箱根の関所のことが詳しく書いてあり、「入鉄砲と出女」のことがよく解ります。ともかく、幕府は江戸に鉄砲が入ってくることと、江戸から女性が出て行くことに極度に神経を使い取り締まっていたようです。

   江戸に鉄砲が入ってくることは、治安維持のために防ぎたいのは解りますが、なんで女性が江戸から出て行くことを管理したかったのかと言うと、地方の大名が謀反を起こさないように数多くの大名の正室を人質として、江戸に強制的に住まわせていたのです。その人質が江戸を出て行っては大変な事態。

   そのほか「関所」以外のメニユーを書くと《江戸時代の服装はどんな特徴があっのか》《拷問で自白させるのが普通だった》《江戸時代にはどんな食事をしていたのか》《誰でもなれて資格試験も無かったお医者さんの話》とか読んでみると非常に面白いので、是非、一読をお薦めします。

政界の「悪魔の辞典」

   昨日の午後8時ちょうど、総選挙が締め切られた時に「池上彰の総選挙ライブ」が始まり、同時にテレビ画面に出た開票予測は自民党280、希望の党51、立憲民主党56。それが開票が終わった時点の数字は自民党281、希望の党49、立憲民主党51、改めて出口調査の統計手法の威力を感じます。

   ともかく、結果はほとんど解散前と変わらず、野党結束の乱れを目の当たりにしました。恐らく阿倍首相は、内心、してやったりと思っていることで、小池百合子都知事は、自分の対応のまずさを後悔しているに違いありません。何しろ小池知事の側近だった若狭氏までが落選の悲嘆を味わっています。

   ところで、「池上彰の総選挙ライブ」のテレビ画面の中にちらちら出ていた池上彰氏監修の政界の「悪魔の辞典」が好評です。言うまでもなくアンブローズ・ピアスの「悪魔の辞典」のパロディですが、私もテレビを観ていて、もしこれを出版したらかなり売れるのではないかと思いました。

   例えば、【解散】は全員を一瞬で無職にさせる総理の宝刀、乱用にご注意、また、【前職】は衆院解散で失業したただの人のこと【返り咲き】は落選中を思い出して、万歳してはうれし泣きする人々の風景。もっとこの辞典を知りたい方はこのサイトをご覧になって下さい。池上彰氏のセンスに感心します。

ミートソースとナポリタン

   「週刊文春」10月19日号に《パスタなんて言葉がなかった頃、巷にはスパゲッティしかなくて、ミートソースかナポリタンかの二者択一だった》の書き出しで、この二つのパスタを論じています。実は私もナポリタンが大好きで、家の近くのカフェのランチのナポリタンが滅法美味しいのです。

    この店に行くと家内は「このナポリタン、ほかの店とは全然違うわね」といって、いつも必ずこのナポリタンを食べるのですが、私はこの店の「生姜焼き」の味に魅せられている関係で、このところすっかりこの店のナポリタンにご無沙汰しています。何しろナポリタンにはミートソースにない魅力があります。

   しかし、この文春の記事には《子供の頃、ミートソースはナポリタンより上等だった。大体、ケチャップ・スパゲッティは洋食の添え物イメージが強く、ハンバーグや海老フライの脇にキャベツと橙色の冷たいスパゲッティが添えらていた》などと書いてあり、ナポリタンはミートソースより落ちる感じです。

   でもこの記事はナポリタンの名誉のために最高に美味しいナポリタンが食べられる店を紹介しています。銀座の歌舞伎座のすぐ隣にある喫茶「YOU」、ここのナポリタン(ランチセット1100円)はやや細めのスパゲッティで全くもって歯ごたえの良い本格派で次元が違うとか。銀座に出たら是非食べてみたいです。

ベルレーヌの三つの「秋の歌」

   一ヶ月ほど前に「突然訪れた寂しい秋」をアップして日本の詩を鑑賞しました。今日は堀口大学の訳を集めた「ヴェルレーヌ詩集」(新潮社)の中から、一層、深まった秋にぴったりな詩を取り上げます。と言われれば、直ぐにかの有名な「秋の歌」が頭に浮かぶでしょう。これを三人の詩人が訳しています。

   まず最初は堀口大学の訳で《秋風のヴィオロンの 節ながき啜り泣き もの憂きかなしみに わがこころ 傷つくる 時の鐘 鳴りも出づれば せつなくも胸せまり 思いぞ出づる 来し方に 涙は湧く 落葉ならね 身をはやる われも かなたこなた 吹きまくれ 逆風(さやかぜ)よ》。ヴィオロンはバイオリンのことです。

   次はウィキペディアより上田敏の訳で《秋の日のヴィオロンのためいきの 身にしみて ひたぶるにうら悲し 鐘のおとに胸ふたぎ 色かへて涙ぐむ 過ぎし日のおもひでや げにわれはうらぶれて ここかしこ さだめなくとび散らふ落葉かな》。もしかしたらこの訳の方が聞きなれているかも知れません。

   そして、三つ目は金子光晴の訳で《秋のヴィオロンが いつまでもすすりあげてる身のおきどころのないさびしい僕には ひしひしこたえるよ 鐘が鳴っている息も止まる程はっとして 顔蒼ざめて 僕はおもいだすむかしの日のこと すると止途(とめど)もない涙だ つらい風が僕をさらって 落葉を追っかけるようにあっちへこっちへ 翻弄するがままなのだ》。訳によって感じが大幅に違います。

「毒舌」は漫談家の知的戦略

   今日は梶原しげる著「毒舌の会話術」(幻冬舎)の話です。この本の裏表紙に《カリスマや仕事のデキる人は、実は「毒舌家」であることが多い。毒舌とは、悪口や皮肉のように、人を攻撃するためのものではない。相手との距離を一気に縮める、高度な会話テクニックなのである》と書いてあります。

   でも、今回は毒舌を商売にしている漫談家綾小路きみまろさんの話をします。きみまろさんは自分のしゃべるスタイルをこう言っています、《わたしの漫談には、ちょっとした毒が入っております。失礼を承知で、少しまぶしているわけです。例えば「体重計、ソーと乗ってもデブはデブ」は真実ですが毒舌です》。

   きみまろさんの漫談は言うまでもなく「毒舌」という道具を使った知的戦略の上に成り立っています。持ち上げて、持ち上げて、持ち上げて、最後の一言でドスンと落とすのです。持ち上げる頻度と、上げ下げの高低差が大きいほど笑いのインパクトが大きく跳ね返ってきてお客さんに受けるのです。

   梶原さんの分析によると、お客さんへの呼びかけは「奥様」「お客様」「皆様」と、敬意あふれる尊称を用いるのが特徴。話のほとんどは、です、ます、ございますの丁寧語を主とし《私のライブに来られるのは、きれいな方ばかりです。奥様もきれいですね。首から下が》。綾小路きみまろさんの毒舌漫談、大好きです。

映像の美に魅せられる映画

   深まりいく秋の中で、ちょっと不思議で魅力的な映画を一本紹介しましょう。スペインとフランスの合作で、私はWOWOWを録画したDVDを持っているのですが、市販されているDVDもあり、勿論、TSUTAYAに行けば借りられます。その映画のタイトルは「シルビアのいる街で」(予告編)

   ただ、断っておきたいのは、この映画を観る方は映画が相当に好きでないと無理かも知れません。脚本と監督はホセ・ルイス・グリンというスペインのバルセロナ生まれの57歳の映画作家です。そして、主演はグザヴィエ・ラフィットという男優ともう一人の女優だけの映画で、あとの出演者多数はみんなエキストラです。

   ストーリーは6年前にある街で会ったシルビアという女性をその街で探す映画と言っていいでしょう。男性はそれらしき女性を見つけ後をつけます。つけられている女性の急ぎ足の靴音がひたすら街に響きます。もし、ドラマを期待してこの映画を観たら、きっと裏切られるのは間違いありません。

   しかし、映像の美がお好きな方は恐らく最後まで引きつけられるでしょう。映画大辞典のコメント《やりすぎとも言える演出が暴き立てる彼女の虚構性。映画そのものもストーリーらしいものは無かったが、後に残る心地良い余韻は何なのだろうか》は私とまったく同意見。では元東大総長の映画評論家蓮實重彦氏の感想です。

阿川佐和子さんの対談の極意

   「週刊文春」の「この人に会いたい」と土曜日の朝7時半からのTBSの「サワコの朝」で、毎週、インタビューを行ってる阿川佐和子さんの「聞く力」(文藝春秋社)、実に面白いです。この本には副題として《心をひらく35のヒント》がついてますが、正にインタビューの極意を披露したと言っていいでしょう。

   この35の項目の中から私が興味を持った「知ったかぶりをしない」をこの本を読んでいない方のために紹介します。そもそも阿川さんはプロ野球についてまったく知らないんだそうで、それが、当時、ヤクルトの監督だった野村克也氏夫妻との対談が決まった時の話を書いてます。

   何しろ、ヤクルトがセ・リーグかパ・リーグかも知らない阿川さんが野村氏夫妻にインタビューするのです。対談の始まる前に、編集部の野球に精通している記者からレクチャーを受けたのだそうですが、所詮、付け刃です。阿川さんは覚悟を決めて、質問の内容を野球の専門的なことを避けることにしたようです。

   つまり、阿川さんは「そんなにお二人は性格が違っていらっしゃるんですか?」みたいな質問で約2時間の対談を終わらせたそうです。要するに対談の極意は、知ったかぶりをしないで自分の苦手な分野を避けて、得意な世界に相手を引き込むことにあるようです。でも、この本を書くのは大分迷ったみたいです。

他界後80年になる中原中也

   今朝の「朝日新聞」文化・文芸欄は《没後80年 色あせぬ中也》の見出しで、中原中也の話です。中也が他界してまもなく80年になるそうですが、最近、詩を歌うライヴや評論の出版などが盛んで、その作品は新たな創作を生み出しているようです。実は私も中原中也の詩は大好きで、昔、よく暗記しました。

   《汚れっちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れっちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる 汚れっちまった悲しみは たとえば狐の革裘(かわごろも) 汚れっちまった悲しみは 小雪のかかってちぢこまる…》。中原中也と言えば、なんとなくこの詩が頭をよぎります。

   それが、9月2日に東京芸大の卒業生でつくる「VOICE SPASE」が中也の詩にメロディをつけて渋谷で演奏会を開催したと新聞にありました。中也の詩にメロディを付けてクラシックの歌手が歌うとどんな風になるのか聴いてみたい気がします。また、中也をテーマにした漫画「最果てにサーカス」も出ています。

   これは、評論家の小林秀雄中原中也の恋人だった女優の長谷川康子を奪うまでを描いているそうですが、罪悪感に悩む小林秀雄に漫画の中の中也は「僕たちは生きている限り、お互いをどこまでも傷つけ合って、とことん地獄まで堕ちて掴むんだ…」と言ってるとか。この漫画、見てみたいと思っています。

「アリス」の古いLPを入手

   散歩がてら、家の近くのセコハン店に立ち寄って、ポピュラーのコーナーを見ていたら「アリス・メモリアル 1972~1975」という2枚組のLPを発見、500円で買ってきました。「アリス」が結成当時の曲がメインのLPで、ジャケットに谷村新司、堀内孝雄、矢沢透の若い顔が並んでいます。

   収録されている全24曲の一部をちょっと書き出すと、最初の3曲が「走っておいで恋人よ」「さよなら昨日までの悲しい思い出」「アリスの飛行船」、そして、最後の3曲が「ポイント・アフターの夜」「やさしさに包まれて」「今はもうだれも」。最後の「今はもうだれも」以外はみんな埋もれている感じです。

   聴いてみると、音質は全体的に良好で、針音がほとんど無く、新品同様と言っていいでしょう。ウイキペディアで「アリス」を調べると、1970年に大阪のフォークグループ「ロック・キャンディーズ」のリーダーだった谷村新司とドラマーの矢沢透が知り合い、それにアマチュア・バンドにいた堀内孝雄を勧誘します。

   そして、1971年12月25日に谷村新司と堀内孝雄が大阪のホテルで話し合い、矢沢透が加入することを条件にフォーク・グループ「アリス」を結成します。デビュー曲は翌1972年にシングルで発売した「走っておいで恋人よ」(YouTube)。この曲が入ってるLPを500円で手に入れるとはラッキーです。

クラシックの「悪魔の辞典」

   アメリカの短編小説家、アンブローズ・ピアスの「悪魔の辞典」をご存知の方は恐らく沢山おられるでしょう。また読んでないにせよ耳にしたことがある方もいっぱいおられに違いありません。ともかく、ネットに50音順に沢山並べたサイトがありますので、お読みになって下さい。「冷笑家用語集」と言われる所以が解ります。

   ところで、音楽評論家鈴木淳史氏が2001年12月に出版した「クラシック悪魔の辞典」(洋泉社)という本をご存知でしょうか。この本の表紙裏に《いま、この本を手にとられたあなた、クラシックの良心とありがたい権威と引き換えに、その「禁断の快楽」をあなたにお譲りしましょう》と書いてあります。

   例えばベートーヴェンの項目は「音楽に自らの人生観を注入するという、とんでもない行為をしでかしたバクチ打ち。こういう作曲家を今さらコンサートで取り上げようなどと思っている演奏家も恐れを知らないバクチ打ちに違いないが、主催者の懐に入る収入にのみ、安定をもたしてる」と書いてあります。

   また、モーツアルトは「あまりにもその音楽の流れが心地よいので、すべての音楽の中でもっとも知的で情感豊かで緊張感を伴った過激な音楽を書き続けたことさえ、気に留められなくなっている」。クラシック音楽をあまりにも沢山聴き過ぎて、食傷気味の音楽ファンにお奨めの一冊です。是非、お読みになって下さい。

村上春樹氏とイシグロ氏

 数多くのハルキストの願いは虚しく、今年も村上春樹氏はノーベル文学賞を逃がし、私には馴染みが薄い日系英国人の作家、カズオ・イシグロ氏がその栄に浴しました。とても残念です。ところで、「週刊文春」10月19日号に「日の名残り」を書いた世界的ベストセラー作家のイシグロ氏の素顔が詳しく書いてあります。

   この記事によると、イシグロ氏は5歳まで長崎市で過ごし、日本との繋がりが深く、海外のミステリーを多く出版している早川書房社長の早川浩氏とは長年交流していて、息子の早川淳氏(副社長)が2015年6月に行った結婚式の仲人をイシグロ夫妻にお願いしたほどの仲だそうです。

   そして、帝国ホテルで行われた披露宴ではイシグロ氏は貴重なスピーチを贈ってくれて、当人の淳氏はこう語っています。《5分ほどの長さで、まるで短編小説のようでした。原稿には、スラッシュを振って息継ぎのタイミングまで記してあった。…》と。ノーベル賞作家が仲人とは凄いです。

   イシグロ氏は村上春樹氏とも交流があるようで、イシグロ氏が来日した時の歓迎会に村上氏は出席しています。また、村上春樹氏は「雑文集」に《カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと》という一文を書いていて、イシグロ氏の作品はいつも発売と同時に買ってると書いています。きっと心から祝福」したことでしょう。

「大政奉還」の発表があった日

   ネットに《明治維新より輝かしい「大政奉還」という偉業150年前の「慶応維新」は世界史上の奇跡だ 》という記事を見つけました。何しろ、今日は日本にとって大変なことがあった日なのです。今からちょうど150年前の今日、つまり慶応3年(1867年)10月13日、徳川慶喜が「大政奉還」を発表したのです。

   これを聞いた坂本龍馬は《体をよじりながら、「これで戦争は起こらぬ。将軍のお心はいかばかりかと察するに余りある。よく決断なされた。私は誓って、この将軍のために一命を捧げん」と感涙した》とこの記事にあります。つまり、龍馬は薩長と幕府の日本を二分する流血の戦いが勃発することを恐れていたのです。

    翌日の10月14日、徳川慶喜は「大政奉還」の上表文を朝廷に提出し、そこには《政権を朝廷に奉帰(ほうき)して、広く天下の公議を尽して御聖断(ごせいだん)を仰ぎ、万民一致して皇国を興隆し、外国と並び立つこと」という内容が記されていた》そうです。朝廷は直ちにこれを受理しました。

   この記事には更にこう書いてあります。《これは平和的な絶対権力の移行である。慶応3年(1867年)10月14日は、日本の歴史で記憶すべき日である。まさに幕府自らにより「慶応維新」というべき変革を成しとげたのである》と。もっと詳しいことを知りたい方は、是非、全文をお読みになって下さい。

山田洋次氏と「ローマの休日」

   著名な方の随筆を沢山集めた「チェロと旅」(文藝春秋社)の中に、寅さんシリーズで有名な山田洋次監督が《思い出の「ローマの休日」》という随筆を書いています。山田監督が東大を卒業し、松竹の大船撮影所の助監督になった1954年にその前年1953年制作の「ローマの休日」をご覧になっています。

   当時、山田監督が在籍していた東大の映画研究会で話題になっていたのは主にフランス映画で、研究対象の監督はクレマン、カルネ、カイヤット、ルノワール、デュビビエなど。そこにウイリアム・ワイラー監督の「ローマの休日」が大ヒットしました。勿論、私も数え切れないくらい観てる映画です。

   そして、この随筆を読んで改めて認識した見所を山田監督が紹介してるので、今日はその事を書きたくなりました。この映画の圧巻は何と言ってもラスト・シーン。これは全体が68カットで構成されていて、主にヘップバーンとペックのクローズアップのカットバックで、ほとんどセリフがありません。

   各国の新聞記者が集まっている大広間に王女のヘップバーンが現れ、前夜、涙ながらに別れたペックを発見し愕然とします。セリフの無いカットバックは「あなたはどうしてここに?」「私は新聞記者だったのです」「じゃ、それを私に隠していたのね」「悪かったと思っています」。また「ローマの休日」、観たくなりました。

最古の駄ジャレは「古事記」

   東京芸術劇場の名誉館長で東京大学名誉教授の小田島雄志さんの「駄ジャレの流儀」(講談社)、面白いです。氏が駄ジャレ好きなのは聞いたことがありますが、この本の中にこんなことを書いてます。《駄ジャレ殺すにゃ刃物はいらぬ、冷たい目で無視すればよい》。本当に駄ジャレを無視されるとつらいです。

   小田島さんがある座談会でつまらない駄ジャレを二つ、三つ続けたら、堺正章さんが「小田島さん、あんまりそんなことを言ってると、しまいにはぼく、笑っちゃいますよ」 と言われ、この一言で息の根を止められたとか。下らない駄ジャレは「笑わないと悪い」と思い無理に笑うから苦痛です。

   ところで、そもそも駄ジャレの事始めは「古事記」だと小田島さんは書いてます。つまり「古事記」に天照大神が岩戸にかくれてしまったので、もう一度出て頂くために岩戸の前でストリップまがいの踊りをして、八百万(やおよろず)の神が大笑いします。それを聞いた神様は何事かと内から覗くところを引っぱり出すのです。

   これを「古事記」では《神がかりして》と書いてあるので、小田島さんは《神様の神がかり》は日本最古の駄ジャレではないかというのです。いやはや、学者は凄いところに眼をつけるものです。ともかく、外で大騒ぎして、何だろうと覗いた途端に引き出す策略は、日本人のユーモア感覚が極上の証拠だとあります。

実に魅力的な「イエスタディ」

   ビートルズの沢山の曲の中で、何が最も好きかと訊ねられたら、私は即座に「イエスタディ」と答えます。和田誠さんが書いた音楽エッセイ「いつか聴いた歌」(文藝春秋社)の中にこの曲を詳しく論じている一文があります。それによると、この曲はジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作だそうです。

   特にどちらが作詞でどちらが作曲したのかは明記されてないので解りません。ともかく、この曲はビートルズ以外の沢山の歌手やグループが歌っています。実は、私はこの曲をビートルズ以外14人の歌手やグループに本家を加えて、かなり昔、FM放送をダビングした一本のカセット・テープを持ってます。

   その14人はアニタカーシンガーズ、キム・サンヒー、カテリーナ・バレンテ、ナンシー・ウイルソン、エド・エイムス、アル・マルティーノ、レイ・チャールズ、ジャック・ジョーンズ、アンディ・ウイリアムス、ジョニー・マチス、フランク・シナトラ、シンガーズ・アンリミテッド、シングル・ツー、ブラザーズ・フォー。

  何しろ15人の歌手が立て続けに歌う「イエスタディ」は聴き応えあります。そして、いくら続けて聴いても飽きないのです。恐らく二度と再現出来ないようなこのカセット・テープ、正に私の宝物と言っていいでしょう。それにしても「イエスタディ」のメロディは筆舌に尽くしがたい魅力を持ってます。

「クロスワード・パズル」礼賛

   かって現役時代、会社の機関誌に自作の10×10の作品を連載してたほど「クロスワード・パズル」が好きです。「クロスワード・パズル」を解くのは非常に楽しいですが、もしかしたら、自分で作るのはもっと楽しいかも知れません。ともかく気が利いた「カギ」を考えついた時はこれ以上の喜びは無いと言っていいでしょう。

   ところで、チャールズ・パナティ著「物事のはじまりハ」(フォー・ユー)という本によると「クロスワード・パズル」の始まりは1913年にアメリカだそうで、アメリカの辞書にこの言葉が載ったのは1930年。この遊びの考案者はアメリカのジャーナリストのアーサー・ウィンという人物です。

   この方は「ニューヨーク・ワールド」という新聞の日曜版の付録を担当していました。そして、1913年12月のある日、新聞に出す新しいゲーム制作の締め切りに追われてる時に、祖父から教わったヴィクトリア時代の言葉遊び「マジック・スクエア」を思い出し、これを変形することを考えついたのです。

   人々が「クロスワード・パズル」と初めて対決したのは1913年12月21日付の「ニューヨーク・ワールド」紙。その後、このパズルは瞬く間にヒットし、全世界にかなりの愛好者がいます。では。ネットに易しい無料の「クロスワード・パズル」問題集がありますので、紙に印刷したりしてお楽しみ下さい。

衆議院の解散権

   最新の「週刊文春」10月12日号に、池上彰さんが《何が「国難」なのか》というタイトルで衆議院の解散についてコラムを書いています。確かに安倍首相は「国難突破解散」と言いました。そもそも、衆議院の解散は首相の一存で出来るように思ってる方がおられるかも知れませんがそうでは無いのです。

   実は解散権があるのは内閣であって首相ではありません。内閣が閣議決定をして、内閣を構成する全ての大臣が賛成しないと解散出来ないのです。つまり、一人でも反対する大臣がいたら解散は不可です。しかし、首相には大臣の任命権があるので、その大臣をクビにして自分が兼務することが可能です。

   ということは、極端なことを言うと全ての大臣が反対しても、全員をクビにして自分が兼務して閣議決定することが出来るのです。実際に2005年に小泉首相が郵政民営化法案に反対した大臣をクビにして自分が兼務の上閣議決定したのだそうです。ともかく、当時、小泉首相は郵政民営化に夢中でした。

   ところで、衆議院の解散は何が根拠かと言うと、憲法第7条と第69条だそうで「日本国憲法」の全文をリンクしましたのでお読みになって下さい。それにしても、池上彰さんのテレビでの解説、実に分かり易く、書いていることを読んでも、その知識の巾の広さにはただひたすら圧倒されるばかりです。

枠に行かないシュート18本

   サッカーの昨晩のニュージーランド戦は、日本はW杯出場を決めてから、初めての国内の試合です。今朝の「日刊スポーツ」の一面の大きな見出しは《ハリル17人出しても出しても赤点だらけ》。日本はFIFAランク113位のニュージーランドに引き分け寸前に点を入れて2-1で辛うじて勝ちました。

   ともかくチャンスは山ほどあったのにシュートが入らないのです。「日刊スポーツ」に載っていたハリルホジッチ監督の試合後の談話《今夜のゲームではたくさんのシュートを打ったが枠に行かなかった。ユウト(長友)のシュートもどこかに飛んでいってしまった。きっと今もボールを探しているんじゃないか》。

   本当にいくら打ってもボールが枠に行かない試合くらいイライラすることはありません。香川選手のシュートも確実に入ったと思ったのにボールはゴールの上を通過して出るのは溜息ばかり。監督が思わず手を広げた気持がよく解ります。何しろ、フランス・リーグで二度得点王になった監督です。

   《シュートのところで焦るシーンがあった。最後の呼吸が大事。フッと息を吐き、止めて蹴れば落ち着いて蹴ることが出来る》。恐らく選手だってみんな知ってることなのにそれがうまくいかないのです。新聞に《外しまくりシュート18 枠内たった4》とありました。では何はともあれ勝った試合のハイライトです。

ショパンと女流作家サンド

   家の近くにあった古本屋で買った「ジョルジュ・サンドからの手紙」(藤原書店)という本を持ってます。裏表紙に書いてある解説によると、この手紙の受取人はショパンだけではありません。サンドが付き合っていた芸術家、思想家、学者、ジャーナリスト、政治家など何と約2300人から選んでいます。

   しかし、サンドと我々が知らない人との手紙を話題にしても面白くないので、この本に書いてあるサンドとショパンの出会いについて紹介します。サンドはショパンと知り合うかなり以前、18歳の時に地方貴族の男爵と結婚し、上が男で下が女の二人の子供がいましたが、ショパンと出会った時には離婚しています。

   この女流作家とショパンを引き合わせたのは、サンドの愛人としてパリの社交界では有名だった何と作曲家のリストです、でも、最初、ショパンはサンドのことを「何と嫌な女性だろう。あれでも本当に女性なのだろうか?(サンドは男装の麗人と言われていた)僕は疑いたくなるよ」と言ってたそうです。

   それがいつしか一緒に住むようになり、その関係が8年間も続いたのです。そして、破局の原因が、サンドの娘とショパンが親しくしていたために、サンドがヤキモチを焼いて別れることになったと、別の本で読んだことがあります。でも、ショパンの名曲の多くはサンドとの同棲時に生まれています。

煙草を吸う映画の名場面

   本箱を整理していたら「煙草を吸う映画の名場面の写真集」が眼に留まりました、久しぶりに手に取り中をペラペラ見ると、煙草の場面で印象に残っている映画が何本も載っています。ちょっとその映画を並べると「キリマンジャロの雪」「第三の男」「カサブランカ」「ダイ・ハード」「さらば友よ」など。

   そう言えば、そんな場面があったなぁと暫くその本を眺めていました。しかし、煙草の名場面と言ったら「キリマンジャロの雪」を語らないわけにはいきません。、主人公のグレゴリー・ペックがパリのジャズ・バーで、サックスを聴きながら一人グラスを傾けています。ペックは煙草をくわえマッチに火をつけます。

   すると、隣にペックと同じに煙草をくわえた美女が座り「いいかしら?」と言って顔を近づけます。ペックが初めてエバ・ガードナーに会う有名な場面です。二人はバーを出て、夜の路上で会話を交わしながらガードナーはペックに煙草を求めます。そして、もう一度、一本のマッチで同時に煙草に火をつける場面が出てきます。

   私は、早速、DVDを取り出して、この場面見たさに映画を見始めました。ところが、この場面を見終わっても、もう中断出来なくなり、結局、最後まで観てしまいました、アーネスト・ヘミングウエイ原作のこの映画、本当にいいです。では、同時に煙草に火をつける後世に残る名場面、何度も繰り返しご覧になって下さい。

俳句はたった17文字の文学

   俳句は日本語ならではの17文字の文学で大好きです。名句200以上を集めた雁羽狩行著「俳句のたのしさ」(講談社)の中からコトワザを含んでいる句を幾つか書き出します。まず、松尾芭蕉の「物いえば 唇寒し 秋の風」、あまりにも有名な句で、「物いえば 唇寒し」はこの句が起源に違いありません。

   もう一つ、芭蕉の秋の句を一句「秋深き 隣は何を する人ぞ」、近代化や都会化を嘆く時に使われるのが「隣は何を する人ぞ」です。次は細谷源二の「地の涯に 幸せありと 来しが雪」、この句にはカール・ブッセの《山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいう…》が巧みに入っています。

   次に山口誓子の「われありと 思ふ鵙啼き 過ぐるたび」は、解説によると、この句の「われありと思ふ」はデカルトの有名な言葉《我思う故に我あり》のことだそうです。また、津田清子の「薔薇の園 引き返さねば 出口なし」の「出口なし」は実存主義者サルトルの作品だそうですが、浅学の私は知りません。

   そして、最後は貞弘衛の「元日や 下れば上る 一路あり」。これは《上り坂あれば下り坂あり》のコトワザが根底にあり、「人生は悪いことばかりではなく必ず良いことがある」から希望を持って頑張るようにと年の始めに励ましているのです。たった17文字に森羅万象を盛り込む俳句、日本人の凄さを感じます。

驚く週刊誌のアンケート結果

   やっぱり週刊誌を読むもんだと思った記事が「週刊文春」10月5日号にありました。その記事は《落選させたい議員は誰ですか?》というアンケートで、勿論、10月に行われる衆議院議員の選挙の話です。政治部デスクがアンケートを行った結果、1216票の解答がきてるようです。

   何はともあれ、まずその10名の顔ぶれをご覧になって下さい。①は何と阿倍晋三がダントツの399票、②は豊田真由子で217票、③は山尾志桜里の119票、④は辻元清美の82票、⑤は上西小百合の66票、⑥は管直人の27票、⑦は稲田明美の26票、⑧小沢一郎24票、⑨麻生太郎も24票。⑩は二階敏博21票。

   ともかく、阿倍首相は「もし、自分や家内が関わっていたら首相も代議士も降りる》と見栄をを切り、その説明責任を果たさないまま衆議院を解散したことに怒っている人が沢山いるようです。もしかしたら前代未聞の事態が起きる可能性はゼロではないかも知れません。阿倍首相の心の中は如何にです。

   また、2位の豊田真由子は《人間として言ったりやったりしてはいけないことを平気でやるような人は議員になる資格は無い》と手厳しいです。そして、3位の山尾志桜里も《私生活もちゃんと出来ない人物に国の行く末を任せることは出来ません》と。果たして結果はどうなるのでしょうか。

簡単そうで簡単でない確率

   植島啓司著「偶然のチカラ」(集英社)という本にこんなクイズの問題が出ています。《コインを二度投げて、一度でも表が出る確率は何%か?》という問題です。この中に「一度でも」が入っているからややっこしくなるので《コインを二度投げて表が出る確率は何%か?》ならいとも簡単に解けます。

   一度投げて表が出る確率は0.5、二度目に投げて表が出る確率も0.5。従って、二度とも表が出る確率は0.5×0.5=0.25で、そう難しい問題ではありません。ところが、問題の中に「一度でも」が入っていると、一見、簡単そうで簡単では無くなってしまい、数学好きには堪らないのです。

   では、この問題のアプローチは、二度コインを投げて、二度とも表が出ない確率を出し、それを1から引けば「一度でも」表が出る確率になるのです。この理屈は、1回目に投げて表がでない確率は0.5、2度目も表が出ない確率は0.5、よって、2度とも表が出ない確率は0.5×0.5=0.25。

   ということは、2度とも表が出る確率と2度とも表が出ない確率は、当然、どちらも同じ25%。それで、これをすべて起こる事象100%から引いた100%-25%=75%が「一度でも」表が出る確率になるのです。ところで、この問題が「確率論」の端緒で1654年のことです。

再び9番目の惑星の話題

   昨晩の朝日新聞夕刊に《ワクワク謎の第9惑星》という見出しの記事を発見しました。文末に書いた人の名前があり、ミュージシャン・俳優の天久聖一氏。ウィキペディアで調べたらどうやら本職は漫画家、月1回、新聞にコラムを書いてるようで、きっと私と同じに宇宙に興味がある方なのでしょう。

   早速、読むと面白いのです。前に太陽系には9つの惑星があって、太陽から近い順に「水金地火木土天海冥」と覚えて親しんできました。ところが、2006年に9番目の惑星、冥王星は準惑星に格下げになり、惑星は8つになってしまったのです。それがここにきて、再び9番目の惑星の存在が議論されているのです。

   その惑星は、太陽から最も遠い海王星の約20倍の距離にあり、直径は地球の約3倍、重量は地球の約10倍。これは、あくまでも計算上の話で、誰もまだ確認していません。しかし、太陽系の天体の動きを観察すると、この惑星が存在しないと、つじつまが合わなくなってしまうというのです。

   天久聖一氏がこれだけ詳しいことを書いているからには、ネットにこれに関する記事があるに違いないと探したら《太陽系の外縁に「見えない第9惑星」を発見か。大きさは地球の約10倍、公転周期1~2万年》というサイトがありました。天文学に興味がある方は、是非、お読みになって下さい。

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »