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「巌流島の決闘」の後日談

   宮本武蔵と佐々木小次郎の「巌流島の決闘」の様子は吉川英治の小説「宮本武蔵」に詳しく書いてありますが、かなり昔に読んだ小説なので、ほとんど忘れました。ところが、岩波新書の魚住孝至著「宮本武蔵」 の中にこの決戦の模様が、英治が参考にしたという武蔵の伝記「二天記」から書いてあります。

   この詳しい描写は、映画やドラマで観てる方が沢山いるので省略することとして、それより、決戦の後のことがこの本に書いてあるので紹介しましょう。小次郎は武蔵に木刀で打ち倒された後、まだ息が絶えては無かったのです。武蔵が小舟で去ってから、隠れて観ていた武蔵の弟子数人がそれを発見しました。

   それで弟子達は寄ってたかって小次郎のとどめを刺したというのです。ところが、この決戦には双方とも弟子は連れてこないという約束があったのに武蔵はそれに反したわけで、この話が伝わると小次郎の弟子達が憤激。そのまま引き下がるわけにはいかず、一味して武蔵を討とうということになったのです。

   ごれを知った武蔵は門司城代の沼田延元に助けを求めたことなどが、1672年の「沼田家記」に書いてあるそうです。しかし、吉岡一門と戦った強い武蔵が助けを求めるなどあり得ないので沼田延元が絶対絶命の武蔵を助けた自己称賛ではないかとこの本に書いてあります。ところで決闘の時、小次郎は18歳でした。

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