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眼を見張る数十枚の写真

   世の中には珍しい光景があるものです。ネットで《衝撃!ありえないほど人や荷物を積めこんだ「過積載の乗り物」写真集》(この後にも数十枚の写真有)というサイトを見つけましたので、トクとご覧下さい。ともかく、先進国だったら法律の関係で絶対に見ることが出来ない光景で、珍しい写真と言っていいでしょう。

   まず、1枚目はバングラデシュのダッカで撮影された映像。定員オーバーどころか列車が動くのが不思議です。ともかく、右下の拡大ボタンをクリックすると迫力が何倍もアップします。2枚目は小麦を目一杯詰んだ映像とか。トラックの派手なデザインが似合ってます。こんな具合にページを追って楽しんで下さい。

    コメントを読むと、どうやらインドや中国では、日常、よく見かける光景のようで、そう驚くべきことではなさそうです。また14枚目のケニアの列車にしたって、屋根の上の人も側面にぶら下がっている人も大変な事態になってる緊迫感を感じさせません。そして、18枚の写真を見終わると次にまだ珍しい写真が待っています。

   その中には世界の絶景スポットや怪奇的な写真、世界遺産を集めた写真集などが出てくるのですが、何故かいつも同じではなく、その都度違うのです。そこでいま見てる写真集を見終わって、また違う写真集5つの中から選択し、次から次に見ていると、中に思わず息を飲む写真がありますので絶対に楽しめます。

「魔の海域」の謎が解明

   昨晩、ネットで「バミューダ・トライアングル」、いわゆる「魔の海域」の謎が解明されたという記事を発見しました。これは有名な謎なので、多くの方がご存知のはずですが、知らない方もおられると思いますので、まず、その記事を読む前に、このサイトで予備知識を持っている方がいいかも知れません。

   ともかく、世界中の学者が真相の究明に取り組んで来ましたが、解明が出来ないまま今日に至っています。それが突如、《バミューダ・トライアングルの謎、ついに解明へ! 真実は“六角形の穴”に隠されていた》というのです。それなのに、新聞やテレビで大きく報道されないのは何故なのでしょう。

   今回、「バミューダ・トライアングル」の真実を突き止めたと語るのは、アメリカのコロラド州立大学の気象学者、スティーヴ・ミラー博士の研究グループ。高解像度の衛星写真を用いて「バミューダ・トライアングル」を徹底的に分析した結果、同海域で奇妙な形の雲が多数出現していることに気づいたというのです。

   そして《六角形状の雲の切れ間では、前代未聞の猛烈な暴風が吹き荒れていたのだ。研究チームが「空気爆弾」にも喩えるこの暴風だが、風速は時速約270キロ、つまり秒速75メートルにもなる》とか。それが原因で沢山の恐ろしい事件が起きていたのです。もっと詳しく知りたい方はこの記事をお読みになって下さい。

タクシーのメーターの裏話

   今朝の「朝日新聞」にタクシーのメーターのことが詳しく書いてありました。それによると、料金の算出方法は昔は車輪の回転をメーターに導き、複雑に組み合わせた歯車を回して距離を計算して料金を出していました。ところが、時は移り現代は何でも電子的に制御する時代に入ってます。

   タクシーのメーターも今は車輪の回転をセンサーで読み取ってパルス信号に置き換え、それをメーターに伝えて電子的に料金を計算してるそうです。ただし、車速が時速10キロメートルを下回ると、距離での計算が自動的に時間当たりの課金に切り替わり渋滞や信号待ちに対応しています。

   このメーターを作っている会社は「ニシベ計器製造所」がほとんど独占しているのかと思っていたら、タクシー会社自身もメーターの開発に乗り出し、法人タクシー大手の「日本交通」は子会社に開発させたメーターを9月から導入、都内を走る約3500台のメーターを全て年内に更新するとか。

   そして、同社は「タクシー会社が、タクシー会社のために開発した製品として、来年にも同業他社に売り込んでいきたい」と言ってるので、恐らく優秀なものを開発したに違いなく、メーター専門のメーカーはウカウカしていられなくなりました。ところで、料金が上がる前に降りる方法などメーターの裏話をどうぞ。

高倉健さんの10編の随筆

   2014年11月10日に他界された高倉健さんが2003年に出版した随筆集「南極のペンギン」(集英社文庫500円)という本があるのをご存知でしょうか。この中に収録されている10編の随筆、どれも高倉さんらしい優しさが込められていて実にいいです。「第13回日本文芸大賞エッセイ賞」を受賞しているのが納得です。

   この中から一編、本のタイトルと同じ「南極のペンギン」を少しだけ紹介します。勿論、健さんが映画「南極物語」の撮影で南極に行った時の話です。この随筆の書き出しは《ぴしっ、ぴしっ、ぴりっ、ぴりっ、ぴりぴりぴーっ。氷のわれる音があたりに鳴りひびく。びきみな音がたえまなく聞こえる。……》。

   何という繊細な音の描写でしょう。健さんは《ぴしっ、ぴしっ》と《ぴりっ、ぴりっ》と《ぴりぴりぴーっ》と文章に神経を使っていて、もうこれだけで南極の世界に引き込まれます。このあと、撮影隊がテントの中でブリザードに遭遇し、生死の間を彷徨う状況を健さんは誠に鮮やかな筆致で書いています。

   《同じテントに寝ている椎塚カメラマンの名前を大声でよんだ。すぐ横から返事がかえってきた。「眠っちゃダメだよッ。寝ると死ぬぞッ」……”ああ、人間って簡単に死ぬんだなー”そんなことを考えていた。……》。高倉健さんがお好きな方は、是非、この10編の随筆をお読みになることをお奨めします。本当に名文です。

シューベルトの「未完成」の謎

   深まりつつある秋の一夜、昨晩、久し振りにシューベルトの交響曲第8番「未完成」をフルトヴェングラー指揮のウイーン・フィルで聴きました。交響曲の楽章は4番まであるのが普通ですが、この曲は2番までしか完成してなくて、そのため「未完成」と言う標題が付けられているのはどなたもご存知の話です。

   ところで、中川右介著「クラシック音楽の歴史」(七つ森書館)の中に《「未完成」の謎》というタイトルでこの曲のことを書いているので、この本から掻い摘んで紹介します。そもそも、この曲の作曲はシューベルトが世を去る6年前の1822年と推定されていますが、生前、演奏されていません。

   何しろこの曲の楽譜が発見されたのはシューベルトが他界して何と37年後の1865年で、親交のあったヒュッテンブレンナーという音楽家がずっと持っていたものだそうです。作曲の動機はこの本には不明と書いてありますが、CDに入ってるノートにはその経緯が次のように書いてあります。

   1822年にグラーツのシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員に推挙されたシューベルトは、それに対する敬意を表すために交響曲に着手、そして、その第一楽章と第二楽章の楽譜が協会に送られてきました。ところが、その後は何故か「未完成」のまま他界してしまい、その理由は現在も謎のようです。

文学賞にコメントしない歌手

   今年のノーベル文学賞が歌手のボブ・ディランに決まったのに、本人のコメントが一つもなく、選考主体のスウェーデン・アカデミーがいくら連絡を取ろうとしても出来ないので、感情的になった選考委員のメンバーの一人が「ボブ・ディランは無礼かつ傲慢だ」と批判し問題になっていました。

   それに対し、アカデミーは「この発言は個人的な見解で、アカデミーの公式の立場ではない」という声明を発表したことを、昨日の「夕刊フジ」で読みました。ともかく、この受賞は色々な意見があり、ある作家は 《軽食チェーンがミシュランの3つ星を貰ったようなもの》と批判してるそうです。

   また、別の作家は《古来、歌と詩は深くリンクしてきた。ディラン氏は米国文化の卓越したした継承者、この選択は素晴らしい》と称賛したりして賛否両論です。中には《もしかしたらボブ・ディランは反抗的なイメージのままでいたいのかも知れない》と言ってるメディアもあるようです。

   いずれにしても、連絡が取れないのでボブ・ディランが授賞式に出席するか否かにアカデミーは困っていたようですが連絡を諦め「これは受賞者自身が決めることで、スウェーデン・アカデミーはその決定については見解を持たない」と声明を出しました。恐らくボブ・ディランが授賞式に現れることは無いような気がします。

「恋愛感情」を制御する研究

   「週刊朝日」に連載し、10月28日号で240回目になった東京大学薬学部教授で脳研究者の池谷祐二氏の今回のコラムのテーマは《恋は「盲目」じゃない!?》です。まず、冒頭に出てくるのは、二週間ほど前に私もブログに書いた平兼盛の「しのぶれど 色に出にけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」。

   この意味は、恋をしていて、人に悟られないように隠していたのに、人から「恋をしているのですか?」と聞かれてしまったという意味であるのは言うまでもありません。ともかく、誰かに恋愛感情を抱いていると、もう制御出来なくなって表に出てしまい、自分の意志ではどうにもならないと言われていました。

   ところが、今年の8月に発表になったアメリカ、ミズーリ大学のランジェスラグ博士らの論文によると「恋愛感情は制御出来る」と主張し、これを実証したというのです。その方法はいたって簡単で、相手の嫌なところなど欠点を具体的にいっぱい考えると、それだけで恋愛感情が弱まってきたというのです。

   そう言えば、昔、ある本に、恋に落ちて日々悶々として、夜も眠れなくなった時には、相手の女性の年老いて色香の失せたお母さんに会えば、今は若く美しくてもいずれこのようになると思い恋愛感情が収まると書いてありました。とは言っても、こんな単純でないのが「恋の病」かも知れません。

アクション映画の大傑作

   ネットで《気分爽快!最高に面白いおすすめのアクション映画ランキングベスト50》というサイトを発見したので、アクション映画がお好きな方に紹介します。ともかく、公開当時、評判だったアクション映画が目白押し、この中から私だったら絶対に1位をつけたアクション映画の大傑作を一本取り上げます。

   第14位にあるブルース・ウイルス主演の「ダイ・ハード」、有名な映画なので、ご覧になってない方は少ないかも知れませんが、もし観てなかったら絶対に損しています。何しろ、平和だったのが次第に騒然となっていくシナリオが出色で、これ以上のアクション映画はこれから恐らく生まれないでしょう。

   何といっても導入部がいいのです。警察官の主人公がクリスマスの休暇で、奥さんが偉い人になってる会社を訪れるのです。そして、ビルの一室でリラックスしてる時に、突然、聞こえる銃声で悪いヤツラが会社に入り込んだのを知ります。つまり、主人公は大変な事態に巻き込まれ、最後までハラハラドキドキの連続。

   この映画、どのくらいの方が例の「映画大辞典」にコメントを入れてるか見てみると、今日10月24日現在、何と512人。そのうち8点~10点が404人(79%)もいるのですからいかに面白いかがこれだけでも解るでしょう。このサイトを発見した機会に、この大傑作を、再度、観ることにしました。

三匹の野良猫

   家の回りに三匹の野良猫が居ついてしまいました。二匹がミケで一匹がクロ、一度、三匹とも姿を消したのに、またいつの間にか戻り、ずっと食事をくれていた近所の家の玄関前で三匹揃ってよく見かけます。まるで三匹が猫語(?)で「食事を出してくれるのはやっぱりこの家しかないもんね」と相談してきたように。

   ところが、クロはモタモタしてるせいか、先輩に遠慮しているのか解りませんが、紙のお皿の食事を二匹のミケに食べられてしまい、空腹を抱えショボンとしているのよく見かけました。その気の毒な状況に家内も私も胸を痛めていましたが、もう一人、隣のアパートにクロの気の毒な生活を見るに忍びない女性がいました。

   時々、アパートの階段の下でそのクロに食事をあげているのを見かけて「よかったなぁ」と胸を撫で下ろしていました。ところが、ここにきて、そのクロにとって大変な出来事が起きたのです。隣のアパートが老朽化して建て直すことになり、当然、その女性はアパートを出てどこかに越してしまったのです。

   事情が解らないクロは、相変わらず階段の下で食事が出るのを待っていて、私と眼が合うと何だか訴えるような顔をします。やがてアパートの取り壊しが終わったら、何故か三匹とも姿を見ません。ところで世の中には野良猫にエサをやるのを好ましくない人もいるようで、ヤフー知恵袋でこんな質問を見ました。

漢字の廃止をとなえた日本人

   加賀野井秀一著「日本語の復権」(講談社)という本で、「漢字を廃止せよ!」と叫んだ人々がいたことを知りました。その本によると、《あの動乱の明治期から、いや正確に言えば江戸の末期から、しばしば、わが国の言語に対する否定的意見がむし返えされている》のだそうです。

   この発想の原点は、郵便制度の創始者、前島密氏が漢字廃止論をとなえた慶応2年(1866年)に遡るとか。氏は、当時、幕府の開成所で翻訳係をつとめていて、繁雑な漢字を覚えることばかりに気をとられていては、西洋の新しい学問の内容にまで目を向けられなくなるので日本語は仮名だけにするべきだと主張。

   続いて、明治2年(1869年)には政府学問所の学生だった南部義籌(なんぶよしかず)が「修国語論」という一文を書き、文部省に《文字を改換する議》を提出して日本語を何とローマ字でつづるように進言したのです。そして、明治5年(1872年)になると、更にもっと驚くべきことが起きました。

   後に文部大臣になった森有礼(もりありのり)が日本語をやめて英語を国語にすべきだと考え、エール大学の言語学教授W・D・ホイットニーの意見を打診しました。幸いなことにホイットニーは国語を他国語に取り替えるのは得策ではないと回答。ホイットニーさんのお陰で日本語が今も存在していてよかったです。

驚くべき天文学の進歩

   先日、かって火星に生物がいたかも知れないという話をブログにアップしましたが、「文藝春秋」11月号に、サイエンス・ライター佐藤健太郎氏が「プロキシマ・ケンタウリ」という恒星に新たに発見された惑星に生命が存在するかも知れないと書いてます。といっても、この「プロキシマ・ケンタウリ」は太陽系外の恒星です。

   太陽以外の恒星にも、地球や木星のような惑星がその回りを巡っていると想像されていたのに証拠がありませんでした。ところが、1990年代以降、観測手段の格段の進歩によって、どの星にどのくらいのサイズの惑星がいくつ回っているかが解るようになり、すでに3千個以上の太陽系外惑星が観測されているとか。

   中でもこの 「プロキシマ・ケンタウリ」の惑星のサイズと気温は比較的地球に近く、大量の水が存在し、生命が誕生する可能性が高いというのです。当然、天文学者たちは色めき立ち、「プロキシマ・ケンタウリ」へ探査機を飛ばそうという話も出ているそうです。ともかく、天文学の驚くべき進歩です。

   しかし、問題は地球との約4.25光年という距離で、秒速17キロメートルで飛んでいる宇宙探査機ボイジャー1号を「プロキシマ・ケンタウリ」に向かわせたとしても、到達は約7万年以上先では話になりません。それにしても、とてつもない距離の太陽系外の惑星に水が存在するのが解る天文学に脱帽です。

話術で病気の治療「ムンテラ」

   テレビでよくお見かけする内科医のおおたわ史絵さんが書いた「女医のお仕事」(朝日新聞出版)という本に病気の治療法に「ムンテラ」というのがあると書いてます。「ムンテラ」とは、ドイツ語の「ムント・テラピー(口での治療)」を略したもので、患者さんを巧みな話術で治療するのだそうです。

   つまり、患者との対話によって、病状を快方に近づける技法で、お医者さんの言葉づかいで病人の状態がよくもなるし、悪くもなるものだから、こんな治療方法が存在し、今なお受け継がれているのだそうです。例えばひどい風邪を引いて熱や咳が出て苦しんでると、心細くなるのは間違いありません。

   そんな時、掛かり付けのお医者さんに「だいじょうぶ、よくある風邪ですからね。あなたは自然の治癒力を充分に持っていますから、ほっといても自然によくなってきますよ」と言われると何だか安心して、よくなった感じになるのです。つまり、お医者さんの言葉は薬と同じ効果があるのです。

   ネットで調べたら、日本では「ムンテラ」=患者への病状説明に使われることが多いのだそうですが、おおたわ史絵さんは《まだ手術はおろか薬さえもろくにない時代にさかのぼり、その頃から大いに用いられていた治療法》と書いています。でも、医学を知らない素人が考えても口だけでは何だか限界がありそうです。

聴いたアメリカ国歌三千回

   「夕刊フジ」にアメリカの作家ロバート・ホワイティングさんのコラム「サクラと星条旗」があり、私はこの愛読者です。昨晩のタイトルは《そろそろうんざり試合前の米国歌斉唱》で、大リーグの試合が始まる前、ポップ歌手やオペラ歌手がスタジアムに招かれ、必ずアメリカ国歌を斉唱することを書いてます。

   最初の頃は、国歌が歌われている時は、観客は全員が起立して聴いていたのが、1950年代の半ばになったら、人々は次第に謹んで聴かなくなり、敬意を表さなくなったというのです。今やこれは小さないらだちで、バンドの演奏が始まると、多くの人が携帯電話に集中したりビールを飲むのが常だとか。

   ともかく「プレーボール」の声がかかるまでじっと秒が進むのをひたすら待ってる人がほとんどだとアメリカ人のホワイティングさんが書いています。ところで、日本人のイチロー選手、ホワイティングさんの計算によると、すでに3000回以上アメリカ国歌を聴いているはずだというのです。

   かってイチロー選手にインタビューした時、イチロー選手は「毎試合、演奏に耳を傾ける米国人の愛国心に感動します」と言ってくれたが、私としてはイチロー選手にミンクの毛皮の耳栓を送りたいと文章の最後を締めてました。では「イチロー選手の全て」の約1時間の動画、時間がある時にご覧になって下さい。

音もなく忍び足で訪れた秋

   秋は何だかもの悲しいです。今日は自然と人間への愛をうたい続けた詩人、尾崎喜八の「秋」というタイトルの詩を紹介します。ここに登場する父は実在の父親ではなく、この世の父性的なものを意味していて、詩人尾崎喜八の感性が、木々が単純に落葉しているといった表現で寂しい秋の到来をうたっています。

   《父よ、秋です、朝です、あたらしい日光です。山々がなんとまじめに、物思わしげに横たはり、木々が単純に落葉してゐる事でせう。旅びとの川が遠くから今朝着きました。椋鳥(むくどり)の一群が今日はじめて野に散りました。まるい、明るい粟の穂が老いたる者のたなごころの上で鳴ります。

   雁来紅(はげいとう)の赤い、村落の見える風景から、あなたの青空の雲をおひやらないで下さい。すべての到着したものは此処に滞在し、古くから在るものはいよいよ処を得るでせう。豊かな形象にそれぞれ秩序の陰影をあたへ、もっと貧しい者をも「在ること」の偉大で鼓舞して下さい。

   わたしも今日は遠く行かず、家をいで、立ちどまり、やがて帰り、つねに周囲の空間を身に感じ、深く目ざめて世界と共にあるでせう》。どうです。次第に深まりいく秋を感したでしょうか。秋は忍び足で音もなく静かに訪れ、やがて、灰色の衣をまとった冬と入れ替えにいずこかに去っていきます。ではほかの秋の詩です。

ベートーヴェンと曲の献呈

   楽聖ベートーヴェンの父親はアルコール依存症で、ほとんど仕事がなく、息子の才能に目をつけて稼がせようとしたと、中川右介著「クラシック音楽の歴史」(七つ森書館)という本に書いてあります。そして、もう一つ、ベートーヴェンのあまり知られていない献呈癖のことが書いてあるので紹介します。

   そもそも昔の音楽家の収入源はコンサートの入場料や出版社からの楽譜の原稿料で、ベートーヴェンも例外ではありませんでした。しかし、それだけでは食べていけず、作った曲を貴族などに献呈し、その代償としてお金を貰うことが必要だったのです。つまり、一種のビジネスと言ってもいいかも知れません。

   ところが、このビジネスには時に失敗があり、ロシア皇帝のアレクサントル一世に相手の了解を得ずに勝手に献呈したためお金が貰えません。その13年後に皇帝がウイーンに来た時に、ベートーヴェンは同行した皇后に一曲献呈し、その楽譜に「いつぞや皇帝に送ったソナタの謝礼をまだ頂いていません」と督促です。

   この献呈で有名なのが、ナポレオンに献呈するつもりで書いた交響曲第3番「英雄」が何かの事情で献呈出来なかったこと。よくナポレオンが皇帝になったために怒って一度楽譜に書いた「ナポレオン様へ」を消したという話が巷間伝わっていますが、真偽のほどは解りません。

大名を苦しめた「参勤交代」

   「江戸こぼれ話」(文藝春秋社)という本の中に、作家の今野信雄氏が書いた《やがて貧しき大名行列 参勤交代の実態》というタイトルの一文があります。かなり詳しく書いているので、きっと古い文献を調べたのでしょう。昔昔の大昔に大名たちを苦しめた「参勤交代」の実態を知るのもいいかも知れません。

   そもそも「参勤交代」が始まったのは1635年(寛永12年)で徳川家光の時代です。この目的は、大名にお金をいっぱい使わせて懐具合をしめつけ、謀反のための軍備拡張を防ぐ目的とこの本に書いてありますが、将軍にひたすら忠誠を示すためという説もあるので真偽のほどは定かではありません。

   では「参勤交代」でどのくらいの費用が掛かったかと言うと、例えば八万二千石で名門の高崎藩では片道で九百両(一里あたり三十五両)が必要だったそうで、現代のお金に換算すると約六千万円、従って、往復だと一億二千万円。どれほど収益があったか書いてないのですがかなりの大金です。

   また、三十五万七千石の佐賀の鍋島藩にいたっては、江戸と佐賀の距離は三百里近くもあり、その費用は片道二千六百両で、今のお金に直すと一億七千万円、往復では何と三億四千万円も掛かりました。大名は少しでもお金を節約しようと、みんなを極力走らせたそうですから「参勤交代」って大変な制度だったのです。

将棋界に前代未聞の事件

   将棋界に前代未聞の驚くべき事件が起きました。プロの対局をご存知ない方のためにちょっとその仕組みを説明します。プロの対局は棋士に考慮時間(持時間)が与えられていて、考える時間がそれから引かれていきます。有名な棋戦となると、この時間は結構多く、ちなみに名人戦は9時間、竜王戦は8時間です。

   相手が指した後、この持ち時間の範囲ならば、別に盤の前にずっと坐っている必要はなく席を離れるのは自由です。今回の事件は三浦弘行九段が対局中に席を立ち、どこかでスマホの将棋ソフトで、指し手を決めていたのではないかという疑惑です。昨日の朝日新聞にそのことが詳しく載ってました。

   それによると、三浦九段は対局中の離席が非常に目立ち、中には一手ごとに席を立ったことがあるというのです。でも、A級を15年も続け、名人戦を戦ったこともある一流棋士がそんなバカなことをするだろうかが私の個人的な意見です。ただ朝日新聞の取材に対する三浦九段の対応がちょっと引っかかります。

   三浦九段は「不正はしていません。ぬれぎぬです」と言ったらしいのですが、この取材に対し「冗談言わないで下さい。九段の棋士がスマホのソフトを頼りに将棋を指すなんてあり得ないでしょう!」と烈火の如く怒らなかったのが気になります。今年いっぱい出場停止になった三浦九段、その先どうなるのでしょうか。

お預けのノーベル文学賞

   毎年、噂されている村上春樹氏のノーベル文学賞は今年も儚い夢と消えました。受賞したのは何と「風に吹かれて」で有名な歌手のボブ・ディラン。恒例で杉並区のカフェ「六次元」に集まったハルキストの面々はさぞがっかりしていると思っていたら、そうでないことをネットで知りました。

   というのは、村上氏はボブ・ディランのファンで、自分の作品に再三登場するから、きっと「一番喜んでいる」に違いないというのです。つまり、村上氏はまだ若いことだし、いずれ受賞するであろうと、落胆の涙をおさえ逆に待つ楽しみに変えて、用意したシャンペンで祝杯を挙げたようです。

   ところで、従来、私は特別に村上氏のファンではなく、「ノルウェイの森」と指揮者小澤征爾氏との対談「小澤征爾さんと、音楽について話をする」を読んだだけで「ジャズが好きな小説家」程度の存在でした。それが2013年に発刊した「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んで一変です。

   この小説の面白さたるや特筆に値し、一気呵成に読んだ覚えがあります。ストーリー展開の魅力に加えて登場人物のネイミングの優れた手法に感嘆。多崎つくると男性二人が赤松と青海、女性二人が白根と黒埜、この分かり易さのお陰で、ひたすら物語に没頭出来ました。村上氏の来年の受賞を祈ります。

かって火星に生物が居た説

   宇宙に興味がある方がワクワクするような話をネットの《NASA火星探査機が万里の長城ソックリの「城壁」を激写!火星文明が存在した決定的証拠か?》から書きます。ちょっとこの写真をじっくりご覧になって下さい。確かに自然に出来たものではなくて、人工的な建造物の様相を呈しています。

   この記事の一部を紹介すると《何億年も前、火星では現在の地球と同じように文明が栄え、そこでは、人類が長い歴史の中で成し遂げたような巨大なモニュメント、建物、寺院、都市があったとしたら…?》。ともかく、人間は昔から、火星に生物がいることを想像し続けてきました。勿論、探査機が飛ばない時にです。

   更に記事は《突拍子もない考えのように聞こえるかもしれないが、火星では前方後円墳や今回見つかった壁の他にも王冠、指輪、スプーン、レーザー銃、ボールなど、文明が栄えていたことをうかがわせる遺物や、へび、鳥、火星人、小人など、生物が存在していた痕跡がいくつも見つかっている》とあります。

   現在、火星に生物が存在するという説は絶望的ですが、地球とずれて何億年前に人類と同じような生物がいて、それが何らかの理由で滅亡したという仮説はそう滅茶滅茶なものでは無いかも知れません。アメリカの物理学者のジョン・ブランデンバーグ博士は、かつて火星には動物や植物が生息していたと言ってます。

サントリーホールとカラヤン

   経験を積んだ要職にある方や著名人の随筆は、対談記事と同じに今まで知らなかったことを知るので大好きです。「文藝春秋」11月号の巻頭随筆に、「サントリーホール」館長の堤剛氏が《「音の宝石箱」の三十年》というタイトルで、今日10月12日に開館30周年を迎えた「サントリーホール」のことを書いてます。

   日本の経済状態が上向いてきた1980年代、ヨーロッパの一流ホールにコンサートを聴きに行く人が増え、「日本にもコンサート専用のホールが欲しい」という声が上がりはじめました。それまでにも日比谷公会堂や東京文化会館などのコンサートホールはありましたが、音響の点ではちょっと物足りない感じです。

   そんな時、クラシック音楽に造詣の深いサントリーの二代目の社長、佐伯敬三氏は作曲家の芥川也寸志氏などからいいコンサート・ホールが欲しい話を聞き、建設を決意したのだそうです。そこで、社長はアメリカやヨーロッパの名ホールを見て回り、また指揮者カラヤンからアドバイスを貰いました。

   カラヤンは「せっかくホールを作るなら、ステージを中心に客席を配置した「ワインヤード型」が一番いいと助言し、椅子に貼る布の材質まで考えてくれたそうです。それにしても、ステージを取り囲んで客席のある「サントリーホール」の形態はカラヤン練習風景)の意見によるものであることを初めて知りました。

ドラマが詰まった「百人一首」

   《忍ぶれど 色に出にけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで》、まだちょっと時期が早いのですが「百人一首」の話です。この歌は平兼盛の作品で、表紙の肩に《あの歌に「驚きのドラマあり」と書いてある板野博行著「眠れないほどおもしろい 百人一首」を通して1000年前に思いをはせます。

   そもそも、平兼盛は平安時代中期の歌人で、三十六歌仙に選ばれていて、この歌にはあるエピソードが秘められています。960年(天徳4年)に行われた村上天皇の内裏歌合で同じ三十六歌仙の壬生忠見の《恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 思いそめしか》と優勝を争ったのです。

   最後に残ったこの二首に判定が下るという時、判者の藤原実頼は甲乙付けがたく困ってしまい、村上天皇に「どうしたらいいでしょう?」と判断を委ねたのです。すると、天皇が小さな声で「忍ぶれど…」と口ずさんだので兼盛が勝者となりました。藤原定家はこの二首とも「百人一首」に選んでいます。

   ともかく、平兼盛に敗れた壬生忠見はあまりのショックで食事も喉を通らなくなり、ついに衰弱して亡くなったという話が伝えられていますが、この本には真偽のほどは解らないと書いてあります。ともかく、こんな話がいっぱい詰まったこの本、私のような「百人一首」好きはいくら読み返しても飽きません。

トランプ氏の致命的な動画

   一週間ほど前に「佳境のアメリカ大統領選挙戦」をブログにアップして、アメリカ唯一の全国紙「USAトゥデイ」がトランプ氏には投票しないで欲しいと呼びかけてることを書きました。でその後、トランプ氏にとって致命的な10年前にゴシップ番組「アクセス・ハリウッド」が撮影した動画がテレビに流れ大騒ぎになってます。

   その内容は、何と《自分がいかに女性を性的に思い通りにできるかを淫らで攻撃的な言葉で自慢している》のです。《この動画に関するニュースは瞬く間に全米に広がり、アメリカ南東部に凄まじい被害を与えているハリケーン「マシュー」に関するニュースよりもより大々的に報道されている》のだそうです。

   これにより共和党は大混乱。《全国の共和党役員らは、絶望している。トランプ氏が共和党大統領候補であることは変えられないため、共和党は負けるだろう》とまで言っています。トランプ氏は「私の発言で怒らせてしまったかもしれない人達に謝罪した」という短い声明を発表しました。

   しかし、その明らかに心のこもっていない謝罪は、火に油を注ぐ結果となり、多くの国民が彼を大統領候補から取り下げようと思っているとか。もっと詳しく知りたい方は《10年前の失言がトランプ氏の息の根を止めた 「トランプ女性蔑視発言」に共和党内が大混乱》をお読みになって下さい。

2万4百10桁の「虫食い算」

   パズルの一種に「虫食い算」があります。算数の計算の過程に□があって、その中に数字を入れるパズルです。ネットに割合易しい問題集、また第12回算数オリンピック問題がありますのでご覧になって下さい。□がちょうど虫に食われたようになっているのでこの呼称になっているのは言うまでもありません。

   ところで、驚くなかれ2万4百10桁の「虫食い算」の問題を作った方がいます。この方は「世界最大の虫食い算」(文藝春秋社)という新書本を出版している安福良直氏、この問題を作った1987年当時は、京都大学理学部の19歳の学生でした。何しろ2万桁を超える5ミリ角の□が並んでいる紙は想像を絶します。

   広げるとヨコ約100メートル、タテ約180メートルにもなり、安福氏はこれを折り畳んで段ボールに詰め、この答が1通りであることの証明やこの作品が出来るまでの課程を書いた大学ノートを添えて、パズルで有名なニコリ社に送ったのです。恐らくニコリ社は驚愕したに違いありません。

    当時の「パズル通信ニコリ」に《宅配便の中身は灼熱の太陽そのままで、しかも風が通っていた。「外観は全く病気」だが、大学ノートを読み進むにつれ、病気でも何でもなく、正しい方向にまじめに素朴にこだわっているその結晶だということがわかった》と書いてあったそうです。安福良直氏は、現在、ニコリ社の編集長です。

日本と西洋の幽霊の映画

   黒澤明監督と黒沢清監督はいささかも血縁関係はありません。その黒沢清監督の10月15日公開の映画「ダゲレオタイプの女」のことが昨日の朝日新聞夕刊に載ってました。それによると、この映画はフランス人のキャストを起用しフランス語で撮影した日本人制作のフランス映画と言っていいでしょう。

   フランスを舞台に日本の幽霊と西洋の幽霊が競演する不思議なホラー映画だそうで、監督の話が新聞に載っていたので書き出すと《西洋の古い屋敷があって怪しげな機械があって、日本では絶対に出来ないような古典的なホラーをやりたかった》と。そして、映画の内容をこう説明しています。

   《四谷怪談などオーソドックスな日本の怪談は最初は普通の人間が途中で死んで幽霊になる。それに比べて西洋の幽霊は、ほぼ間違いなく最初から幽霊は幽霊なんです。それが一つの作品の中に両方がいるというのはこれまであまりないはずです》と、両方の幽霊が登場する映画に監督は自信満々です。

   ところで、タイトルにあるダゲレオタイプとは、世界最古の映画技法だそうで《撮影は、パリから小一時間ほどの郊外に点在する屋敷や温室、アトリエを探し出し、約2ヶ月かけて行った》とか。ホラー映画が好きな方は、この映画の上映を今か今かと待ち望んでいることでしょう。しかし、ホラーが苦手な私は遠慮します。

試合終了1分前の劇的ゴール

   サッカーW杯最終予選のイラク戦、日本は1-1の同点で、後半、ロスタイム(何と6分)に入り、誰もが引き分けと思って観ていたに違いありません。ところが奇跡が起きました。試合終了1分前に日本は相手ゴール前でFKを得て、清武選手のセンタリングのはじかれたボールがゴール前に流れた瞬間です。

   途中交代した山口蛍選手の狙いすました右足のシュートは、ものの見事にゴールに飛び込み、劇的な勝利を生みました。ともかく、テレビに映ったハリルホジッチ監督の喜びの表情が極めて印象的で、日本選手全員の欣喜雀躍ぶりが、ぎりぎりのところで勝利した歓喜を表していました。

   今朝の「日刊スポーツ」に山口選手の談話があるので紹介しましょう。《こぼれてくると思って準備していた。これが最後だ、浮かさないように、力強く丁寧に思い切り振り抜こうと思っていた》と。ゴール前に敵味方の選手が沢山入り乱れている間を抜いてのシュートの録画を何度も何度も観てしまいました。

   この勝利によって日本は勝点3が加わりましたが、勝点と得失点の関係で日本は4位、10月11日に適地で行われるオーストラリア戦に絶対に勝つ必要がありそうです。それにしても、昨日が誕生日だったとかの山口蛍選手にとって、一生忘れられないゴールになったのは間違いありません。(全ゴール・シーン

ジャズと村上春樹氏の美文

   村上春樹氏が好きでジャズをこよなく愛し、和田誠氏の絵が好みなら、絶対に座右に置いといて欲しい文庫本があります。そのタイトルは「ポートレイト・イン・ジャズ」(新潮社)。和田氏が55人のジャズ・プレイヤーのポートレイトを画き、村上氏がその脇に寸評を書いている贅沢な本で、何度繰り返し読んでいるか解りません。

   それに私をジャズから離れられなくしたチェット・ベイカーどなたかの賛美文)が、何故か一番最初にあるのです。村上氏は彼をこう書いています。《チェット・ベイカーの音楽には、紛れもない青春の匂いがする。…「青春」というものの息吹をこれほどまで鮮やかに感じさせる人が、ほかにいるだろうか?》と。

   なんとも素敵な文章でしょう。また、人気抜群のピアニストについても《ビル・エヴァンスの演奏は、文句なく素晴らしい。人間の自我が、才能という濾過装置を通過することによって、類まれな美しい宝石となってぽろぽろと地面にこぼれおちていく様を、僕らはありありと目撃することができる》とは村上氏ならではです。

   何しろ、村上氏は早大在学中にジャズ喫茶を経営していて、この本に登場するプレイヤーのLPを毎日毎日聴いていたのですから、彼らについていくらでも書けます。ともかく、書くのは専門家、村上氏の文章が好きで、ジャズを愛する人は、この本を手放せなくなるかも知れません。是非、手許に置いて何度でも読んで下さい。

福原愛選手の結婚後の対談

   「週刊文春」10月6日号の第1133回《阿川佐和子のこの人に会いたい》のゲストは、結婚したばかりの卓球の福原愛さんです。テレビにしても、雑誌にしてもトークは本音を話してくれるので、知らなかった情報が入り大好きです。まず、阿川さんの福原さんへの質問は五輪でメダルを獲った感想です。

   福原さんはこう答えています。日本に帰ってきて《メダルがないと「お疲れ様」がメダルを持って帰ると「ありがとう」になります。そして、メダルをお見せした時の反応が一番嬉しいんです。……》と。ともかく、メダルが取れなかったロンドンとリオとの技術面での差は0.01秒速くなったことだそうです。

   それに五輪が始まる前の一ヶ月間の練習量は1日12時間以上だったとは驚きです。また、オリンピック初出場の伊藤美誠選手のことは阿川さんの質問にもあり、色々なアドバイスなどをしてみんなで戦ったと言ってました。彼女と組んだダブルスの試合、予め彼女に「ぶつかっていいよ」と言ってあったとか。

   ところで、結婚の話が少しも出てこないので不思議に思っていたら、なんのことはなく、対談前に福原さんの事務所から《対談は競技のことだけにして下さい》と厳しく言われたので触れられなかったと最後に書いてありました。本当は台湾の人と結婚した後の試合がどうなるのかが知りたかったですが残念です。

カセット・デッキの修理会社

   友人との「音楽とオーディオを語る会」の9月の例会は、渋谷の東急ハンズ前にある「ルノアール」で開催し、静かな環境の中で大いに語りました。その話の中にオーディオ・マニアにとってとても興味ある話があります。音楽を聴く媒体の主流はいつしかLPがCDになって長い月日が流れています。

    しかし、音楽ファンの中には、友人や私のようにNHKのFM放送をカセット・テープに録音して、音楽を楽しんでいる方も沢山いるはずです。でもテープを再生する高級なカセット・デッキは、今やメーカーが生産してないので、どうしても欲しいマニアは秋葉原の清進商会などで中古品を購入するしかありません。

   でも、愛用のカセットデッキの名機(ナカミチ ソニー1 ソニー2)は故障しても修理して使いたいマニアの方もいるでしょう。ところがパーツの法令保持期間が切れてる場合はメーカーに持ち込んでも修理は無理です。それを修理してくれるカセット・デッキ修理専門の会社を友人がネットで見つけました。

   その会社は「CALIBRATION」と言いオーディオ・マニアの音楽好きが立ち上げた会社のようでちょっとホームページをご覧になって下さい。《私個人もオーディオが好きで好きで仕方がない人間ですので必ずお力になれると思います》というコメントがあるので困っている方は電話やメールで相談をお奨めします。

10年前のスタートの記事

   「ビートルズってなんだ?」(講談社)という本を持っていて53人の著名人がザ・ビートルズを熱く語っています。その中に写真家の浅井慎平氏がいて、私のブログ「ドアのない談話室」と少しだけ関係があります。というのは、10年前の2006年7月に始めたブログは今日の記事で3,731件目です。

   この膨大な量の記念すべきスタートに書いた記事のタイトルが「ビートルズの写真展」。1966年にザ・ビートルズが武道館でコンサートを行った時に浅井氏は公式な写真家に任命され、実に沢山の写真を撮っています。その写真展が2006年に銀座のソニービルで開催されて二度も観に行ってます。

   ところで、この本で浅井氏が遠い昔を懐かしむように書いている文章の書き出しは《ビートルズをとじこめたカメラ、ニコンFブラックボディ、ナンバー16479915。あのとき、ぼくはそれにコダックのハイスピードをつめ、ビートルズとビートルズのふれたもの、見たものにシャッターを押し続けたのだった。

   それは、やがて夏が来ようとする六月。嵐の去った夜明けの羽田空港からはじまった。スローモーションの記憶。ビートルズはほんとうに来たのか。だが、やっぱりビートルズは来た。幻のように来て幻のように行ってしまったビートルズ。…》。10年前の写真展、そして、私のたった数行の稚拙な記事がとても懐かしいです。

佳境のアメリカ大統領選挙戦

   アメリカの大統領選挙戦はいよいよ佳境に入ったと言っていいでしょう。日本としても、誰が大統領になるかは重大な問題で、多くの人が感心を持っているのは間違いありません。先日行われた第1回のテレビ討論の映像など、沢山の日本人が観たはずで、この討論の日本語訳全文がネットにありました。

   何しろ、1時間半の全文を掲載してるのですから全部読むのはかなり大変な作業といってよく、相当な覚悟を必要とします。しかし、二人の候補者の考えを知るにはまたとないチャンスで、時間のある方は、全文お読みになることをお奨めします。きっとアメリカが抱えている主要な問題がよく解ります。

   ところで、この討論の後に飛んでもないニュースが発信されました。最大の発行部数を誇るアメリカ唯一の全国紙「USAトゥデイ」が、トランプ氏は「嘘を連発し、偏見をまん延させている」と批判し、「大統領に適さない」ので、トランプ氏には投票しないようにと呼びかけたというのです。

   ただ、一方のクリントン氏についても、「正直さに欠けている」などとして、支持するまでには至らないとか。二人の候補者のどちらも支持しない大統領選挙、国民はどのように考えて投票するのでしょうか。しかし、アメリカの新聞では「ニューヨークタイムズ」がクリントン氏の支持を表明しているそうです。

300年前と同じ日本経済

   ネットで《日本経済「余命三年」》という竹中平蔵氏など専門家4名の徹底討論の縦書きの長大な記事を発見しました。ふと日本の300年前の経済は、一体、どうなっていたのだろうかというのが頭をよぎり、日本史の本を取り出しました。1716年、徳川家継が早世し紀伊藩主の吉宗が八代将軍に就任した年です。

   当時、財政は大変厳しかったようで、吉宗は老中や若年寄を重視した改革へ乗り出しました。つまり「享保の改革」です。まず、出来るだけ支出を抑える「倹約令」を実施して、吉宗自身も食事は玄米の一汁一菜です。そして、財源を安定させるために大名に米を上納させる「年貢増徴策」を発令しました。

   これにより、年貢収入は順調に増加しましたが、米の相場は下落し一般の物価が上昇するという事態になりました。これに対し吉宗は「物価引き下げ命令」を出したり、米相場を公認したりしましたが効果はあまり表れません。また、街角に目安箱を設置して民意の聴取に出来るだけ務めました。

   しかし、「年貢増徴策」は農民を圧迫し、田畑を手放して小作人となる農民が増加したり、巷では金銭トラブルが続出し、それを裁くために司法制度の整備を行いました。吉宗は何とか経済を安定させようと、あらゆることを試みましたが、中々思うようにいきません。どうやら300年前も今も同じのようです。

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