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喫煙シーンがウリの外国映画

 しばらくブログを書いていませんが、別にやめたわけではありません。それで、久し振りの復活のテーマはやはり好きな古い外国映画に関することがいいと思い。取り出したのは米谷紳之介著「CINEMA IN SMOKING」。日本語で「映画!勇気がわきでるタバコ名場面」の副題があります。

 つまり、古い有名な外国映画の煙草の名場面を集めた本で、その中から二本だけ、どなたもご存知の映画を紹介しましょう。まず一番目は1952年のアメリカ映画「キリマンジャロの雪」。とあるフランス、パリのジャズ・バーの片すみでグレゴリー・ペックがジャズ演奏を聴きながら、ポケットから煙草を取り出し火をつけようとしています。

 そこに美女エヴァ・ガードナーが自分の煙草を差し出し、ペックは驚きつつ一本のマッチで二本の煙草に同時に火をつける有名なシーンです。このシーンを観たいばかりにこの映画を観る方も沢山られるます。そして、もう一本は、ハンフリー・ボガードとローレン・バコール共演の「脱出」。

 バコールは映画初出演なのにボガードと恋に落ち結婚している有名な映画で、二人の喫煙シーンが何度も出てきます。このブログでの紹介はこの二本だけになってしまいましたが、偶然、二本とも原作はアーネスト・ヘミングウエイです、この本に出てる煙草で有名な映画の題名だけを書きます。「ティファニーで朝食を」「カサブランカ」「ハスラー」「マディソン郡の橋」「ローマの休日」「ダイ・ハード」「白いドレスの女」「イヴの総て」「第三の男」「氷の微笑」「モロッコ」「大脱走」など50本。では、名作映画の喫煙シーンを集めました。

 

夭折の俳優を語る三島由紀夫

 河出書房新社が昭和五十四年(1979年)七月二十日に発刊した著名人22人が映画についての随筆を書いている「映画」と題された小冊子を持っています。その中に三島由紀夫が「夭折の資格に生きた男」というタイトルで、ジェームズ・ディーンのことを語っていて珍しいのでご紹介しましょう。                     

 何しろ三島由紀夫が映画関係のことを書くどころか、夭折(年若く亡くなる)したジェームズ・ディーンのことを書いた随筆など、恐らく読んだことがある方はほとんどおられないのではないかと思い私のブログ「ドアのない談話室」に載せたくなりました。その一部を読んで何だか不思議な気分になったのは恐らく私だけではないと思います。

 「人生は、美しい人は若くて死ぬべしだし、そうでない人はできるだけ永生きすべきであろう。ところが九十五パーセントまでの人間はその役割をまちがえる。美人が八十何歳まで生きてしまったり、醜男が二十二歳で死んだりする、まことに人生はままならないもので、生きている人間は多かれ少なかれ喜劇的である。

  ギリシャ神話のアキレウスは、名誉なき長寿か、名誉にかがやく夭折か、どちらかの運命を選ばされて、躊躇なく後者を選んだ。アキレウスならずとも、人生のはじめにこの二つを選らばされれば、よほど散文的な男でない限り後者を選ぶにちがいない」。ちなみに三島由紀夫が例の事件を起したのは昭和四十五年(1970年)の事で享年45歳の若さですから自分自身が夭折です。

円周率を算出する桁数の競争

 円周率、つまりパイは、学校で習ったのはただの3.14です。パイは循環しない数列でまだコンピューターが無い時代から、この桁数競争は世界的に有名です。何しろ同じ繰り返しには絶対にならないのですから、この羅列は無限に続き、宇宙の果てまで永遠と言っていいでしょう。でも航空機の設計でも円周率は3.14で大丈夫と何かで読んだ覚えがあります。

 ともかく、私が所持してる数学者野崎昭弘著「パイの話」(岩波書店)によると、ニュートンが1665年に16桁、マチン1706年100桁、クラウゼン1847年248桁、これからは、コンピューターによる計算で、ENIAC(アメリカ)1949年2037桁70時間、そして、CDC(フランス)が50万桁 を28時間10分で出してます。

 いやはや、コンピューターを使っても50万桁を出すのに何と28時間も掛かるのですから驚きます。実は、この円周率には私も興味があり、東大教授の牧野貴樹氏が「円周率1,000,000桁表」(これで1万ですからこれが100ページ)という本を出版(定価314円)しているのを知っていて池袋東武デパート7階の「旭屋書店」で取り寄せ買って持ってます。何しろ、数字が100万ひたすら並んでいるのは正に壮観。よくぞ作ったと驚嘆します。

 ではこの本の裏表紙に著者とのこんな質疑応答が書いてあるので紹介しておきましょう。Qなにを血迷ってこんな本を作ったんですか?Aそんなふうに思う人はこの本を買わないと思います。Qこんな本を売るなんて、手抜きなんじゃないですか?A私はこの本のために、円周率の計算のプログラムを作りました。普通の本以上に手間がかかっていると思います。Q著作権はどうなっていますか?A円周率は創作物ではなく、この本はただの事実の羅列なので、この本の主要部分に著作権はありません。他の部分についても著作権を放棄します。引用、掲載、転載、複製など自由にやって頂いて結構です。Q円周率はこれで全部ですか?Aまさか、無限に続きます。この本100万冊でも足りません。ところで、円周率は、現在、世界でコンピューターが何桁まで出しているかご存知でしょうか。何と62兆8318億5307万179桁。これを出すのに要した時間は108日と9時間、紙に書くのは絶対に不可能と思います。

 

 

 

 

たかが100円されど100円

 100円ショップに並んでいる沢山の品物をあなどってはいけません。家から歩いて数分のところにある100円ショップに時に顔を出し、便利な品物を発見して悦に入ってます。例えば、つい最近発見したのが、使用勝手がいい便利な小銭入れです。こんなのがあったら便利だなぁと思っていたのを100円ショップで見つけたのです。

  2007年に消費税率のアップした機会に東京のタクシー料金が大手の日本交通の主導の下に値上げしたのを覚えておられるでしょう。確かに値上げは値上ですが、このシステムは近場に乗った時には安い料金で行けるので、老人、つまり年金で生活してる方にとってはタクシーの利用価値が大きくなったといってもいいでしょう。

 その見つけた小銭入れは三分類に分けられ、ちゃんとチャックが付いていて、中々見栄えがいいのです。では、小銭をどのように分けるかというと、まず一番下のAには500円玉と50円玉の二種類、これを分けるのは大きさが違うのでいとも簡単。その上のBにはすべて10円玉、そして、Cには全部100円玉を入れるのです。

  そうすると、料金を支払うときによく出る660円は、まず小銭入れAから500円玉と 50円玉の2枚、そして、Bから10円玉を1枚、Cから100円玉を1枚取り出して運転手さんに「はい660円」と言って渡せばおわり。そんなのくだらないなんていうなかれでこれだけの工夫でも世の中少し楽しくなりました。

メトロポリタン美術館の年収

 最新の「週刊新潮」 3月3日号を買ったら「ヨーロッパ絵画の最高傑作はアメリカの美術館にあった!」という見出しでアメリカ、ニューヨーク、メトロポリタン美術館のことが出てました。その説明を読むと「ニューヨークの小室眞子さんが勤めるのではないか、そんな噂もある世界最大級のメトロポリタン美術館、通称「メット」。

 などの書き出しでこの美術館所蔵の絵画が何点か載ってました。私が注目したのは、新聞テレビで報道されていた小室眞子さんの勤務先がこの美術館に決まったような報道で、まさか「噂」だとは思いませんでした。そこで、早速、ネットを見ると「眞子さんが年収1500万円でメトロポリタン美術館に勤務されたような書き方です。

 つまりその文章は「コネがあったとは言え、これまで様々な財団法人や機関でのキャリア、英語力、学歴、また日本の皇族出身ということなど加味すれば、採用側が欲しいと思える人材の一人だと思います。」とあり、どうやらこの話は決定では無かったようですが話題性は充分ありました。いずれにせよこの美術館員になるのはかなり難しそうです。

 それにしても年収1500万円とは驚きです。眞子さんの話はどうやら「噂」のようなのでさておいといて、折角なので「週刊新潮」に紹介されていた絵画のうちの一点ジュルジュ・ド・ラ・トゥールの「女占い師」をここにコピーしておきましょう。本当に占い師の目の描き方にものすごく特徴があります。

 


 

 


 

マスクを外した途端「負け将棋」

   日本将棋連盟は2月11日より「対局規定」が変更になったことが「週刊文春」2月24日号に出てました。それによると第一条は「対局者は、対局中は、一時的な場合を除きマスク(原則として不織布)を着用しなければならない」。そして続く第三条は「対局者が第一条の規定に反したときは進行中の対局は反則負けとする」。

つまり、対局者は食事のときや飲み物を飲むとき以外にマスクを外すと対局中の将棋は直ちに反則負けになるという厳しさです。しかしコロナ禍も早二年になったのに連盟はなぜ今頃になってこんな規定を定めたかというと、沢山の棋士の中には反マスク派もいてマスクを絶対に着用しないのです。

   これだと、連盟がちゃんと規定を定めてくれないと不公平になると連盟にクレームをつけた結果です。絶対にマスクを外さない中堅棋士の話「対局中は脳をフル回転させるので誰だって息苦しい思いはしたくないのに我慢していたのでこれでやっと公平になったと大喜びしてるのだそうです。

   ところで、マスクを出来るだけ避けてき日浦市郎八段の話が週刊文春に載っていたので紹介しましょう。「そもそもマスクを着ける着けないは国民にとって任意のはずで強制されるのはとても心外。規定が出来てからマスクをして二局対局して二度とも負けました。「言い訳をするつもりはありませんが、マスクの影響はゼロではありません」と。

江戸城を語る俳優高橋英樹氏

 

 月刊「文藝春秋」三月号は、毎年、芥川賞の全文が掲載されているので必ずと言ってもいいほど買うことにしています。今年はほかに「徳川家康は生きる場所をどうつくりあげたか」というテーマの特別企画の誌上座談会があり、俳優の高橋英樹さんが三人の専門家を相手にご自分の培った知識を披露しているので紹介しましょう。

 何しろ高橋さんは芸能界屈指の城好きで歴史マニアとして知られているのですから、もしかしたら自らこの対談を望んでいたかも知れません。まず、どなたかが「江戸城は戦に対する備えが凄いからてっきり戦国時代に作られたお城と思っていました」と言ったのを受けて高橋さんの発言「防御態勢を固めていると知らしめる事で攻撃を躊躇させようとしたんじゃないでしょうか」。

 そうして「戦いに明け暮れた時代が終わり、平和を欲したからこそ、強大な城を作ったんだと思います。」更に「諸国の大名を動員したことで、幕府に反抗するための軍資金を使わせてしまったのが家康の凄さです。つまり各大名が、ここからここまでがおまえの藩と分担で造らされたことが石垣を見れば解ります。」

 例えば神田川の仙台堀は、一番お金がかかる場所を伊達政宗の仙台藩に開削させた跡があります。つまりそうやって、北から攻められる脅威を無くしたわけです。要するに赤坂見附とか四谷見附などの見附という地名のところまでお城の中だったのです。」いやはや高橋さんは俳優業の傍ら本当によく調べているのには感心しました。

 

ジャズのショパン夜想曲全曲

 「週刊文春」2月17月号の「阿川佐和子のこの人に会いたい」のゲストは、昨年、開催された「ショパン国際ピアノコンクール」で二位に入賞した反田恭平さん。反田さんは対談の中でこう言ってます。「ショパンとは性格が反対で友達になれそうにないけど、彼の音楽だけが本当の意味で内側を満たしてくれる」と。

   反田さんは1994年生まれの28歳、2014年にモスクワ音楽院に入学し、2017年からポーランドのショパン国立音楽大学で学んでいます。私もショパンは好きな音楽家の一人でよく聴きますが、反田さんがこのコンクールに合格するコツを読んでちょっと驚きました。

   ともかく、このコンクールの審査の特徴は、聴いている人々に訴えかけるものがあるかどうかを見ていて、このピアニストの演奏ならもう一度聴きたいかどうかで、このイエスとノーの基準が一番大きいそうです。世界にはいくつもコンクールがありますが。この基準が唯一と言っても過言ではないそうです。

   ところで、私はジャズも好きで、フランスのピアニスト、ジャック・ルーシェがジャズにアレンジした夜想曲全曲のCDを持っていてよく聴きますが、これをもし反田さんが聴いたら何と言うかコメントを聞きたくなりました。それにしても、ジャズのショパンの夜想曲を聴くのも中々いいですから、是非、お聴きになって下さい。

 

星野富弘詩画集「鈴の鳴る道」

   【誰にでも やさしい言葉が かけられそうな気がする 沈丁花の香り ただよってくる朝】 【絵を描くのは 旅をするのと同じ 私は今 花びらの谷間から 雄しべと雌しべが丘に続く 春の小道を 旅している】 【一匹の虫 泥の上を這う 取り柄のない虫 虫の目になって花を見たい そびえ立つ草の上に 花が空を覆って いるんだろうなあ】

 【蟻よ その草が 木に見えるか その石ころが 岩に見えるか 蟻よ 私は何に見える】 【山に行こう そして あなたの造られた風景を 見てこよう 花のまわりに 囲いがあるだろうか 崖の上に 柵があるだろうか 小さな心にさえ 囲いを作っている私】 【今日も一つ 悲しいことがあった 今日もまた一つ うれしいことがあった 笑ったり泣いたり 望んだり あきらめたり にくんだり 愛したり ・・・・・・・・そしてこれらの一つ一つを 柔らかく包んでくれた 数え切れないほど沢山の平凡なことがあった】

  【風は見えない だけど木に吹けば 緑の風になり 花に吹けば 花の風になる 今私を過ぎていった 風はどんな風に なったのだろう】 【風にとんでゆく 紙くずさえ 美しくしてしまう 秋 そんな秋の中に 野菊が咲いている】 【空を飛ぶ鳥も白い花も いつか土に帰る 火も灰も水もごみも 総て受け止め 沁み込ませる土 土の上に私は立っている うじ虫と花の種を宿す 土の上に生きている】

 【これといって 趣味のない母でしたが 紙を切って桜の花を作るのが じょうずでした 私が暴れん坊でしたから 母はせっせと 桜を作りました ガラスのひび割れに張る紙の桜】 【病院の庭にさつきが咲いた 母が銀行強盗でもするように おどおどして ひと枝折ってきてくれた 絵に描いて となりのベッドの人に見せると 「きれいなゆりだなあ」といった】。 不慮の事故で手足の自由を失い、僅かに動く口に筆をくわえて詩画を描き続ける星野富弘さん。手が使えない星野さんは口で詩や絵を描きます。氏は群馬大学を卒業し中学の教師になりますがクラブ活動で事故が起きました。(東京都新宿区市谷砂土原町3-5 「偕成社」03.3260.-3229花の詩画集「鈴の鳴る道」より)言葉の感性が堪らなくいいです。 

 

難読飲食店がある「西武」八階

 どうしてもお昼は好きな肉を食べることが多く、たまには何か海のものが食べたいと思い、東京池袋の「西武」デパート八階のレストラン街を歩いていて見つけたのが大きなノレンに「虎杖」と書いた飲食店。まさか「とらつえ」とは読まないのだろうと思いながらウインドウで見つけたのがまことに美味しそうな「海鮮ひつま飯」です。

  ともかくお店に入って注文し、品物に付いてきたのが「築地海鮮ひつま飯の美味しい食べ方」という一枚の説明書です。早速、読むと①一膳目はそのまま海鮮丼②二膳目は具材を混ぜ込みバラちらし③三膳目はお出汁をかけてお茶漬け。商売はうまいことを考えるものだと感心しながらこの通りにして美味しく頂きました。

 食べ終わってところでこのお店何と読むんだろうかと説明書をよく眺めると下のあたりに顕微鏡が無いと読めないくらいの小さなローマ字で「ITADORI」とあるではないでか。そうかこのお店「いたどり」と読むんだぁと解り、一体、どんな意味か家に帰って「広辞苑」をみたらありました。

 いたどり【虎杖】タデ科の多年草。いたる所に生え、根茎は長く這う。若芽はウドに似て、紅色・微紅の斑点がある。茎は中空で節があり、高さ1メートル余。葉は煙草の代用とした。雌雄異株、夏、淡紅色または白色の花穂をつける。若芽を食用とし、また、根は「虎杖根」として利尿・通経・健胃剤とする。古名は「たぢひ」「さいたづま」とも。いやはや難読の店名ですが「海鮮ひつま飯」美味しいから是非一度。

驚く羽生善治九段のA級陥落

   昨日の朝日新聞朝刊の一面を見てびっくりしました。何と連続29期A級を保っていた羽生善治九段がA級からB級1組に陥落したというのです。私みたいに若い時から将棋が好きで、小学校に密かに将棋を持ち込んでいた者にとっては腰を抜かさんばかりの驚くべき出来事と言ってもいいでしょう。

   まず前にもこのブログに書いたことがあるプロの将棋の世界を出来るだけ精しく説明すると、棋士になるには、奨励会という棋士養成機関に入らなければなりません。奨励会は一定以下の年齢で、棋士の推薦を受けた人のみが受験出来ます。奨励会は6級から三段まであり、成績によって、6級→5級・・・1級→初段→二段→三段と上っていきます。

   三段になると、年に二回の三段リーグ戦に参加、原則としてそこでの上位2名が四段となり、四段からが正式なブロ棋士で、順位戦を戦う資格が生まれるのです。では順位戦を下から上にみていくと、i一番下がC級2組→C級1組→B級2組→B級1組→A級。つまり、順位戦はそれぞれのクラスが13人の総当りで戦います。

 そして、上位2名が上のクラスに昇格、下位2名が下のクラスに降格、ただしA級だけは9人の総当りで、下位の1名がB級1組に降格し。1位の人が名人戦の挑戦者になるのです。従って。2022年は1位になった斉藤慎太郎八段が現在名人の渡辺八段に七番勝負の名人に挑戦し、一番下位の羽生九段がB級1組に陥落することになったのです、これを読んで名人になるのがいかに大変かがお解かりになったことでしょう。いやー名人は凄い!

あまり聞かない「ことわざ」集

 朝日新聞出版の「日本語きほん帳」という本から、普段、あまり聞かない「ことわざ」をいくつか集めて紹介しましょう。まず「田舎の学問より京の昼寝」田舎で一人で学ぶより都会に出た方が人は鍛えられるという意味。次は「上戸は毒を知らず下戸は薬を知らず」酒は過ぎると身体に悪いが、百薬の長といつても飲めない人もいるのです。

 また「聖徳は愚なる如し」品性崇高な人物は目立たたないで逆に愚かに見えるものだという意味。次は「千里の馬はた有れども伯楽は常には有らず」日に千里を走る名馬はよく居るけれどそれを見つけて育てる伯楽はめったに居ないのです。「悲しき時は身一つ」逆境にある時に頼れるのは自分だけということ。

 「朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり」朝、人として大切なことを聞いたら夕方死んでもいいというのです。「仇(あだ)も情けも我が身より出る」相手が自分を嫌ってると思うのはすべて自分の相手に対する気持が反映してる意味。「一物有れば一累を添う」何か一つ物があればそれに関わる煩わしいことが必ずついてくるのです。

 「起きて半畳寝て一畳」起きて読書に使う畳は半畳あればよいが寝る時にはどうしても一畳使うということ。「学問に王道なし」学問には安易な方法は無く誰でもやらなければならないことをしなければならないのです。「相惚れ自惚れ片惚れ岡惚れ」誰かを好きになるのはそれぞれかってで様々であるという意味。つまり「たで食う虫も好き好き」なのです。以上珍しい「ことわざ」を披露しました。何かに役に立てば幸甚です。

藤原定家と百人一首の豆知識

 寒い季節は、どちらも池袋西武デパート地下にある「とらや」の羊羹や「小倉山荘」のお煎餅を熱いお茶で頂くのが最高だと思っています。今日は百人一首がお好きな方に会社名が何と「㈱小倉山荘」というお煎餅屋さんと、百人一首の豆知識を合わせて紹介しましょう。このお煎餅屋の目玉商品の名前は「をぐら山春秋」。

 小さなお煎餅が八枚、薄いビニールのお皿に入れてあって、お皿に一枚一枚「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ」などと印刷してあり、お煎餅と百人一首が同時に楽しめる仕組みです。そして、もう一つ、一枚だけザラメ煎餅が入っていて全体の味を引き立てています。ところで、百人一首を語るには、1221年に起きた「承久の乱」まで遡らなければなりません。

 当時、鎌倉幕府の執権だった北条義時に対し後鳥羽天皇が兵を挙げて戦い(承久の乱)、敗れて島流しにされるのです。後鳥羽天皇は和歌の達人で、和歌が好きな藤原定家と親交がありました。ともかく、和歌を教えたのは後鳥羽天皇で百人一首は後鳥羽天皇の鎮魂のために作ったという研究者がいるくらいです。

 定家は99番に後鳥羽天皇の「人もをし 人も恨めし あち”きなく 世を思ふゆえに もの思ふ身は」、そして最期の100番に息子の順徳天皇の「百敷や 古き軒端のしのぶにも なほあまりある 昔なりけり」を入れ、藤原定家自身は97番に「こぬ人を まつほの浦の夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ」を入れました。多分、「こぬ人は」後鳥羽天皇です。本当に小倉百人一首大好きですべて紹介しましょう。

歴史学者の悦は古文書の発見

 歴史学者磯田道史著「日本史の内幕」(中央公論新社)の中に、徳川家康が1572年に武田信玄に大敗した三方ヶ原の戦いの真相という一文があるので紹介しましょう。何しろ家康はうまく浜松城に逃げ込み、負けはしたものの命は落とさなずに生き延びたのです。もし、この時、家康が命を落としていたら日本の歴史は大きく変わっていたはずです。

   通説では、この戦いの武田信玄軍は二万人~三万人、徳川家康軍は八千人と言われていて、徳川軍には織田信長の援軍が三千人いたそうですが、人数では最初から家康軍には勝ちみが無かったようです。しかし、歴史学者の磯田氏は、この人数が記録された古文書を沢山読んでいて、どうやら、文書による違いがあるようです。

   中には、家康は劣勢を覚悟の上で出陣したとされているようですが、実際は無謀ではなく、織田信長の援軍は三千人どころではなかったと書いた古文書もあり、磯田氏は情報は権力の都合で操作されるので、後日の情報公開とセットにして判断しないと検証は不可能と書いています。

   それにしても、磯田氏は「四戦紀聞」「改正三河後風土記」「甲陽軍鑑」「三河物語」「前橋酒井家旧蔵聞書」などの古文書をいっぱい読んでいて、どこかで人数の違う本を見つけて「おやおやこんなに違うことを書いてる」と仰天するのも歴史学者の醍醐味かも知れません。でも、本のお金もいっぱい掛かる仕事のような気がします。

天才の判断ミス「最後の晩餐」

  「あなたの知らない世界遺産のミステリー」(河出書房新社)という本から世界遺産の「最期の晩餐」について書きます。レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、誰でも真っ先に思い浮かべるのは「モナリザ」でしょう、しかし、もう一点、「モナリザ」と並んで有名な「最期の晩餐」を忘れてはいけません。

   この絵は イタリアのミラノにある「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院」の食堂に描かれた壁画で、ダ・ヴィンチが1495年から制作に取りかかり、1498年に完成しています。ところが、ダ・ヴィンチは、普通、壁画を描く時に使うフレスコ技法を使用しない致命的なミスを犯してしまったのです。

  そのため、劣化が激しく、すでに生存中からその劣化が始まっているのにダ・ヴィンチのコメントは一つも残っていません。きっと口にするのさえ恥ずかしかったのでしょう。ともかく天才が比類ない傑作を描こうと用いた手法が裏目に出て、絵の寿命を早めることになってしまったのです。天才でもこういうことがあるのを知りびっくりしました。

 それにしてもこの絵を朽ち果てさせてはならないと1970年代末に大規模な修復作業が行われ、最新の科学技術を駆使して、カビを取り除くなど必死の努力を続けた結果、1999年5月にダ・ヴィンチのオリジナルの姿に戻したそうです。では「最期の晩餐」をじっくりご覧になって下さい。ちなみにキリストの処刑前夜を描いた画家はダ・ヴィンチ以外にもかなり沢山いるようです。

 

ああ映画「バグダッド・カフェ」

 相当な映画好きで、古今東西、恐らく数百本の映画を観てるであろう私が「これぞ映画好き必見」と思った一本の西ドイツ映画を紹介しましょう。2021年9月現在「映画大辞典」に193人の投稿があり、そのうち7点~10点の方が127人(約66%)もいる映画で、その題名は「バグダッド・カフェ」、1987年制作の映画です。

 この映画を評価するには10点を付けてるひとりの人のコメントをそのまま書くのが適切かも知れません。《イケメンも美女もいない。派手な演出があるわけでもなし、とくにこれといって物語に起伏があるわけでもない。なのに良い映画だと思いました。雰囲気?不思議な映画です。うまく言葉で説明できない。荒んだ心が洗われる。つまらない人にはとことんつまらない映画でしょう》。それでいて、音楽がいつまでも耳に残り見終わった後の余韻が中々消えないのです。まさにこんな映画観たことない。

 それに、この映画には、悪役びったりのハリウッドの俳優がひとり出演しています。その俳優の名前はジャック・バランス、映画「シェーン」のラストで、アラン・ラッドと拳銃の撃ち合いをして、やられるガンマンです。映画が始まって直ぐにこの俳優に気がついた方はかなりの映画好きに間違い無し。この映画の監督パーシー・アドロンがあえて出演を頼んだとしか思えません。役はこの店に居候の三文画家です。

    映画はDVDを観て頂くとして、コーヒーカップ片手にうすら笑いのジャック・バランスの映像を紹介したくなりました。このデブのおばさん主演の不思議な映画(0点と10点が混在)「バグダッド・カフェ」是非、ご覧になって下さい。ところでこの監督、何と2010年にマーラーの伝記「君に捧げるアダージョ」(音楽映画ですよ)という映画を作っています。いやはやこのDVD、マーラーのファンとしては銀座の「山野楽器」か「ヤマハ」で探さなくっちゃ。それにしても画家がデブのおばさんに結婚を申し込み彼女はブレンダ(次第に仲よくなった女店主)に相談すると言って映画は終ります。この監督きっととても優しい方だと思いました。何だかほのぼのとするいい映画です。

「起承転結」を論じる岩波新書

 「広辞苑」で名をあげた岩波書店に「四字熟語ひとくち話」というタイトルの新書があり、私の愛読書の一冊と言っていいでしょう。私が15年前の2006年にブログを始めるに際しそのタイトルを「ドアのない談話室」に決めて、以来、これを変えることなくずっと続けているのは、恐らくかなり気に入ったに違いありません。

 そして、毎日、文章を書くには、全体の長さに基準を設けないと困るのではないかと思い、最初は無我夢中でうまい方法を考える余裕などあるはずがなく、「適当に始めて適当に終わらす」しかなかったのです。やがて「起承転結」を思いつき、全体を四ブロックに分けるのが最善に気がついたのです。

 ところで、この「起承転結」はこの新書の2番目にあり、書き出しは《大坂本町糸屋の娘、姉は十六妹は十四、諸国大名弓矢で殺し、糸屋の娘は目で殺す。この俗謡風の文句、「大坂本町」が「京都三条」であったり、「糸屋」が「紅屋」であったりすして、細かな語句の異同は限りなくあるから、それはさておいてほしいとか》。

 第一、この文句の作者、頼山陽は諸伝まちまちで、まあ、それだけよく知られよく伝えられてきたということ。ともかく「起承転結」の例として、実にうまくできています。漢詩の絶句は四行の句から成り、その四句が起・承・転・結の構成をとっているのです。まず発端、それを受けた展開、まったく別の話題に転じたかと思うと、最期はうまくまとまりが付く。頼山陽はその説明に、冒頭の俗謡を示したというのです。なるほど、味わうほどに、下手な漢詩なんぞよりずっと面白いと。文句は調子がよいに限ります。

 

読む価値ある「裏ネタ日本史」

   あと三ヶ月ほどで赤穂浪士「四十七士」が吉良邸に討ち入りした12月14日がやってきます。後に「忠臣蔵」として歌舞伎や多くの映画、小説、テレビドラマとして取り扱われてる実話です。命を投げ打って忠義の精神を実践した「四十七士」は日本人のメンタリティと抜群の相性でこよなく愛され続けています。

   ともかく、主君の恨みを晴らした後、その責任を取って全員切腹したはずの47人の中にたった1人だけ41年間生き続け、何も語らないまま83歳でその一生を閉じた武士がいるという話が「裏ネタ日本史」(宝島社)に書いてあります。この本にその氏名まで明確にあり、その男、寺坂吉右衛門がどうして切腹を免れたかの幾つかの説が書いてあるので紹介しましょう。

   まず、何人かの仲間の話によると、寺坂は12月14日まで吉良邸には来なかったというのです。つまり、討ち入りには参加してなくて討ち入りは46人で行われたというのです。また寺坂は討ち入りには加わったけれど、泉岳寺には向かわずに途中でいなくなった説があります。

 そして、もう一説は寺坂は浅野内匠頭の臣下ではないので切腹するのは気の毒でさせなかった説、そして、討ち入り後、大石内蔵助あたりから、なんらかの密命を受け、打ち入りのi生き証人として、後々まで生きて欲しいことになったというのです。果たして真実はどれだっかのかは寺坂が何も言わなかったので解らないそうですが、こんな話初耳の方沢山おられるに違いありません。一読をお勧めします。

中原中也にからまれた太宰治

 出版社は凄い本を出すものです。1919年6月21日に出版された「文豪たちの悪口本」というタイトルの暴露本。滅法面白く、この中から詩人の中原中也にからまれた太宰治を紹介しましょう。恐らく、あの有名な「汚れちまった悲しみ」がお好きな方はびっくりされるに違いありません。

 はるか昔の青春時代のことで、忘れている方に少しだけこの詩を書き出します。「汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる 汚れつちまつた悲しみは たとへば狐の革裘 汚れつちまつた悲しみは 小雪のかかつてちぢこまる

 この繊細な詩を書いた中原中也をお好きな方はいっぱいおられるでしょう。ところが中也は詩とはウラハラのようで、中也を尊敬していた太宰治は、初対面の中也に「何だ、おめえは。蒼鯖(あおさば)が空に浮かんだような顔をしやがって。と言われてろくに話しも出来なかったというから驚きです。

 また、太宰治が中也に好きな花を聞かれた時の会話「全体、おめえは何の花が好きなんだい?に太宰はドモって「モ、モ、ノ、ハ、ナ」」と答えると、中也はチェッ、だからおめえは。と言われたそうですから後何も言えません。更に「君は俺に対して、馬鹿丁寧言葉を使うなぁ、俺はその丁寧な言葉という奴が大嫌いなんだ」と言われて太宰治はどうしたかは書いてありません。では中原中也太宰治の映像です。

 

ノーベル賞の愉快なパロディ

 世界には「イグノーベル賞」というのがあって、日本はこの賞の受賞の常連であるのをご存知でしょうか。もし知らない方はまず「イグノーベル賞」のウィキペディアをお読みになって下さい。人々を笑わせ、そして、考えさせる研究に与えられる1991年に創設された賞で、「ノーベル賞のパロディ」とも言われて」います。

 ところで、作年2020年12月21日に五十嵐杏南著「ヘンな科学」(総合法令出版㈱)という本が出版されていて、受賞したこの「イグノーベル賞」を40も集めているのです。中に「イグノーベル賞誕生秘話」というコラムがあるので掻い摘んで紹介しましょう。

 《そもそも事の始まりは、イグノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムさんが始めた副業にあるんだそうです。マークさんは、ハーバード大学の応用数学科(ビル・ゲイツはここの一年先輩)を卒業してプログラマーとして働いた働いた後、ソフトウェア会社を立ち上げました。そして、マークさんの趣味は科学ネタについての文章を書くことだったのです。しかし、文章を書いても出版してくれる会社が思いつかず、あるコラムニストの紹介で始めた雑誌が扱ってくれたのです》

   ともかく、「イグノーベル賞」はいつしか有名になり、毎年、9月もしくは10月に受賞式がありこれが中々ユニークでニュースになるのです。ネットにある幾つかのYouTube(    )をリンクしますのでご覧になって下さい。こういった知的な遊び大好きです。

 

悲しい悲しい和田誠氏の訃報

 映画が好きで好きで堪らない私が、宝物のように大切にしている本に、映画評論家山田宏一とイラストレーターで、二年前、他界された和田誠との映画の対談[たかが映画じゃないか]という文藝春秋社出版の単行本を持ってます。奥付を見ると、ⅰ978年12月10日出版ですからもう40年も前の本です。

 映画評論家の山田宏一の対談の相手は、いつも「週刊文春」の表紙を描いていた和田誠。何で画家が映画を語って分厚い単行本を出版しているかと言う疑問を持たれた方は、和田誠という人物をご存じないのに間違いありません。何しろ、映画に関する知識たるや専門の映画評論家が脱帽すると言っても過言ではないのです。

 それが証拠に、この本の初めに山田宏一さんは「和田誠と映画を語るとき」という一文を書いていて、「ぼくは、和田誠を知ったとき、彼があのハッピーな感覚にあふれた絵がぼくに生きる気力吹きこんだのである。つまり、和田誠という、無類の映画好きの、だからこそ映画について果てしなく語り合える友人を得たことを意味しています。

 そうなんです。和田誠さんは本当に映画が好きで、この本以外にもいっぱい映画の本を書いています。もし、私が和田誠さんと語れる機会があったら(あり得ない!)、絶対に私と映画を語って頂けませんかと頼んでいたことでしょう。すると、和田さんは、恐らく気軽に応じてくれた気がしています。二年前、和田誠さんの訃報を知った時、私はもう新しい本が読めなくなったなったのが悲しくて涙がいつまでも止まりませんでした。それほど和田誠さんのファンなのです。では、夫の和田誠氏を語る平野レミさんです。

言語学者が推薦の美しき三首

 言語学者金田一春彦著「心にしまっておきたい日本語」という本に「男と女のものがたり短歌」なる章があり、何度繰り返し読んでいるか解りません。今日はこの中から私が飛びきり好きな短歌を三首紹介しますから、日本語の魅力にどっぷりつかってコロナ禍で憂鬱な日々をしばし忘れて下さい。俳句も和歌も実にいいです。

   まず最初は北原白秋の「雨のあとさき」で、《湯上がりの 好いた娘が ふくよかに 足の爪切る 石竹の花》。どうです。白秋の詩はいっぱい知ってても、短歌などあまり眼にしたことが無い方が多いかもしれません。金田一先生の解説によると、この歌のポイントは何といっても「湯上がり」だとか。確かに日本語ならではのボキャブラリーです。

 次は石川啄木の「一握の砂」で《よごれたる 煉瓦の壁に 降りて融け 降りては融くる 春の雪かな》。この本の著者の父京助氏は啄木と同郷ということで親交があり、よくお父さんのところにお金を借りに来ていたそうで、京助氏もそうお金を持っていたわけではないのに貸していたそうです。

   それではもう一首は与謝野晶子の「みだれ髪」。《清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよい会ふ人 みなうつくしき》。「桜月夜」は昌子の造語だそうですが、「清水へ祇園をよぎる」という表現が眼に触れたら、昔、家内とよく京都に行って清水寺の舞台の混雑ぶりを思い出し、何だか京都が無性に懐かしくなりました。京都駅前の地下街はまるで池袋駅のような親近感があり大好きです。それに京都駅構内の「ホテルグランビア京都」を定宿にしていてよかったです。

 

 

 

 

 

 

五輪開会式のネット上の評価

 オリンピックの開幕直前に演出責任者の解任でどうなることかと思っていた開会式が無事に済んで胸を撫で下ろしている日本人は沢山いることでしょう。果たして開幕のセレモニーが世界にハジをかかないで終わるであろうかという心配です。ところが、世界の人が絶賛したのは、スポーツの映像をパントマイムの「ピストグラム」を考えて世界中の人を楽しませてくれた方がいたのです。

  何しろ「ニューヨークタイムズ」が絶賛したほどで、私もその魅力の虜になりました。また、1824台のドローンを使い、最初にオリンピックのシンボルマークを描き、やがてそれが地球に変化していくコリようで、観ていてとても楽しく、世界中の人が高評価だったようです。

   それにしても、聖火リレーの最終ランナーに知名度が高いテニスの大坂なおみを起用したのもいいアイデアだと思いました。ともかく、開幕直前にアクシデントが起きながら、何ごとも無かったような顔をして、世界中の人が観ている開会式を行わなければならないのです。

 急遽、斬新なアイディアを盛り込んで観てる人を飽きさせない工夫をしたのは、日本人として拍手を送りたい気分でした。恐らくオリンピックの関係者がみんなで知恵を絞った成果だと思いますが、やっぱり日本人は凄いです。では、「開会式の世界の反響 」と世界が絶賛したパントマイムのピストグラム」(テニスのラケットを落としたのは勿論作者のユーモアでしょう)是非、繰り返し観て楽しんで下さい。

何と「哀愁」をリメイクした監督

 江古田駅近くの「ブックオフ》で児玉数夫著「リメイク映画への招待」という本を見つけ、買って家に帰りよく見たら、なんとあの沢山の人の涙を絞りに絞った「哀愁」をリメイクした監督がいるのでびっくりしました。何しろ、映画大辞典にも載ってないのですから興行成績はおして知るべしでしょう。恐らく惨憺たるものだったに違いありません。

 その映画は、1956年にMGMが制作した「哀愁物語」、レスリー・キャロンとジョン・カー主演で映画好きの私でさえ、映画名を聞いたことがありません。そこで、ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リー共演の1940年制作の「哀愁」のことを書きたくなりました。映画大辞典に50人のコメントがあり、うち8点~10点の方が26人(52%)もいます。

 第一、この映画の原題の「Waterloo Bridge(ウォタルー・ブリッジ)」(悲しいことがあった橋の名前)を「哀愁」に変えたことも、輸入した会社の功績と言えるかも知れません。もし、原題のままで興行したらと思うと、きっと輸入会社もほっとしたことでしょう。恐らくこの映画をご存じない方はいないと思いますが、恋愛映画の中でもかなり人気が高いのは間違いなく、ご覧になってない方は、絶対にDVDを買って観る価値が充分にあります。

 ともかく、キャンドルライトの中で「蛍の光」を踊るシーンは何度観ても大抵の方が涙が出ます。それにしても、この完璧に出来上がっている恋愛映画をリメイクした映画監督には驚きを禁じ得ません。予告編を見つけたので、何度も繰り返しご覧になって映画大辞典のコメントと共に、マービン・ルロイ監督の腕の冴えを楽しんで下さい。ともかく、歴史に残る素晴らしい恋愛映画です。

武藏と小次郎の超絶決闘描写

 宮本武藏の話をするのだったら誰だって真っ先に「巌流島」の決闘場面のことを書きたくなるでしょう。日本経済新聞社の元社員小島英ひろ著「宮本武藏の真実」(筑摩書房)という本に、この決闘を詳しく記した箇所があるのですべて書きたくなりました。この決闘場面は、何と言っても吉川英治の「宮本武藏」につきます。

 《小次郎、浅瀬に踏み込んで物干竿の太刀をふりかぶる。武藏は潮をけあげて岸へ。足が磯の砂地を踏んだ。ほぼ同時にこの太刀が、飛鳥のような全姿が「かっ」と、すべてを打ち込んだ。武藏は、櫂削りの木剣を背に隠すように構えた。

 巌流の刀は、頭上に鍔鳴りをさせたのみ。武藏の前へ九尺(約二・七三メートル)ほども寄ったところで、横へ身をそらす。武藏が巌のようにみえたからだ。こうして二人の生命は、完全な戦いの中に呼吸し合った。武藏も無念、小次郎も無想。真空。やがて、という程の間もないうち、大きな肉声がひとときを破った。

 巌流、武藏、ほとんど同音。巌を打った怒濤のように、二つの息声が、精神の飛沫をあげ合った。とたん、中天の太陽をも斬って落とすような高さから、物干竿の切っ先が細い虹をひいて武藏の真っ向へ。武藏の木剣が風をおこして動いた。巌流の長剣が眉間を割ってきた。もつれた一瞬、ふたりの間隔は遠のいた。武藏は正眼、巌流、上段。武藏がずかずか寄ってきた。巌流がはっと詰め足を止めた時、武藏の姿を見失いかける。櫂の木剣がぶんと上がった。六尺(約一・八二メートル)近い武藏の体が四尺ぐらいに縮まって見え、その姿は宙のもの。「――あッつ」巌流、頭上の長剣で、大きく宙を斬った。その切っ先から武藏の額の柿色の手拭いが、二つに切れて飛んだ。巌流の眼には武藏の首かと見えた。ニコ、と巌流の眼が楽しんだかも知れないその瞬間、巌流の頭蓋は櫂の木剣の下に小砂利ののように砕けていた》。以上、中断出来ずにほんとんど全文書いてしまいました。剣の心得がある方にはきっと楽しいに違いありません。(そうやたらにはいない!)

古本屋で見つけた抒情詩集

   家の近くを散歩していて、つい最近出来たかの古本屋を発見、小一時間、店内を散策した末にサトウハチローの抒情詩集「美しきためいき」を見つけ買ってきました。店主ははげたおじさんではなくて中年の女性です。奥付を見ると、初版が昭和四十二年四月二十五日発行ですからかなり古く貴重な本と言っていいでしょう。何だか古のロマンの香が充満してました。

  「本のはじめに……」に《やさしいコトバで詩をつづる、ボクのねらいはこれなのです。……》とあります。サトウハチローときいて直ぐに誰だか解った方は恐らくかなりお歳を召されているに違いありません。なにしろ小説家佐藤紅緑の息子です。その詩集に載っている情緒たっぷりの詩を二つばかり紹介したくなりました。

   まず「指のウタ」、《ねむれない日は おや指を いつでも かみます かんでます ひとさし指で あのひとの 名前を なんども かきました 手紙をかいて なか指に インキのしみまで つけました 目がしらつよく くすり指 おさえて 涙を とめました ためいきついて 夏の夜 やせてく 小指を ながめます ひィ ふゥ みィ よォ いつつの指を あわせて ただただ いのります》。

 そして「ピアノ」、《毎朝毎朝 通る道 今朝も きこえる きこえるピアノ どのよな人が ひくのやら とぎれてつづくは エリーゼのために 毎朝毎朝 通る道 つたの からんだ からんだ小窓 どのよな人が 住むのやら めぐらす想いに エリーゼのために エリーゼのために》。短い詩に何とも言えない情感が漂い、きっとサトウハチローのためいきが聞こえたことでしょう。では、サトウハチロー作詞中田喜直作曲の「小さい秋みつけた」を美女の二重唱で聴いて下さい。作詞も作曲も実にいいです。それに歌がうまいのですからもう最高!

スパイ小説を馬鹿にする本物

   かなり前に買った「スパイの世界」という本を持っています。その第一章は「スパイ小史」で、書き出しは《スパイとは、いったい如何なる者を呼ぶのか、例えばウェブスター新世界辞典によれば、スパイとは次のような者のことを言う。隠れて、相手方を見張りする人。もしくは、政府に雇われ、他政府の秘密情報を入手する者》。

 しかし、「スパイ」と言えば、ただちに想起されるのは「彼を知りて己を知れば、百戦して危うからず」という孫子の兵法が出て来ます。でも、私にとってスパイの話とくれば何と言っても第6章の「小説家たちの挑戦」でしょう。そして、中でも強烈な印象が残っているのはジョン・ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」

 ともかく、この小説は夢中になり、一気呵成に読んだ覚えがあります。その後映画化され、スジを知っていながら、映画館に飛んでいって、とても面白かった覚えがあります。何しろこの小説の舞台はベルリンの壁、もし、ドイツが東西に分かれていなかったらこの小説が生まれなかったのは間違いなし。

 ところで、プロのスパイはスパイ小説など読むはずないと思っていたらさにあらず、元CIA長官のアレン・ダレス氏は、コンラッド著「スパイ」についてこんなことを書いてるようです。《ほとんどのスパイ小説は、情報の仕事について、気晴らしになればよいうような読者のために書かれている。……架空の世界はあくまでもおもしろおかしければよいとというように作られており、実際の技術的な活動そのものとは無縁のようだ》と書き《スパイ小説を小馬鹿にする》と厳しいようです。

 

日本語を絶賛するアメリカ人

 ハーバード大学で学び、その後、日本で半世紀も過ごしたアメリカ人、ロジャー・パルバース著「驚くべき日本語」という本を紹介しましょう。何しろ、この本で、何と外国人が「日本語―驚くべき柔軟性を持った世界にもまれな言語」という章を設け、日本語を絶賛してるのですから嬉しくなって当然でしょう。

 今日はそのことをちょっと書きたくなりました。著者は《日本語は、言語学の専門用語で、「膠着性(こうちゃくせい)」をもった言語と言われ、具体的には、ある言葉の前、真ん中、後ろに新たな別の「かな」を「くっつける」ことで、、その言葉の意味を実に簡単に変えるることができて、ここに日本語の驚くべき柔軟性の本質がある》というのです。

 たとえば、ある「かな」を前に加えてできる言葉の例は、「真っ先」や「くっつく」、「かな」を単語の真ん中に入れる例は、「見る」や「とめる、とまる」に加えてできる「見れる」「とめられる」、そして後ろに加える例は、「起こる」にくっつけて「起こりうる」、「白い」が「白っぽい」になるのです。

 また、「おる(いる)」という言葉(動詞)があり、丁寧な表現としては「おります」を使います。これは、「降ります」という別の意味にもとれて満員電車に乗っていて、目的の駅で降りる時、前に立ってる人に「すみません。おります」と声をかけます。それをだれも「私はここに存在します」という意味にとる人はいません。つまり、日本語は状況によって、相手がちゃんと意味を解釈してくれるのです。日本語は曖昧に見えて明確である世界で類がない凄い言語と外国人が言ってますので、日本人はもっと日本語に敬意を表さなければいけません。何しろ、アメリカの人がよその国の日本語を絶賛しているのですから。ところで、つい最近、集英社は文庫本を出版したようで買いやすくなりました。一読して日本語の凄さを再認識して下さい。

超役に立つ「万有引力の法則」

   小谷太郎著「身のまわりの科学の法則」という本から、日常、これほど役に立つ法則はないと言われる「万有引力の法則」のことを詳しく書きましょう、1687年、ニュートンは歴史に残る「プリンキピア」を出版し、運動の三法則と万有引力、つまり重力の法則について発表しました。 このラテン語で書かれた膨大な著作には、運動の法則の詳細な証明が延々と連ねられていて、難解な議論に最後までついてこられた人のみが理解できる仕組みです。

 ともかく、この本を解説なしで読み通すことは相当困難で、ニュートンの名前で購入した方は、途中で挫折した方が沢山いたそうです。そこで、「万有引力の法則」を誰でもが理解できるように書き直したのが小谷太郎氏で、ちょっとその一部を原文で紹介しましょう。「世の中には地球、月、リンゴ、私たちの身体など、多くの質量が存在します。そして、それらの無数の質量の間には引力が働いていて例外はありません。

 そして、その引力は、両方の質量を掛け合わせたものに比例します。ただし、その引力は二つの距離に反比例するので、距離が離れると小さくなるのです。 これは、私が考えた例えですが、ここに机があり、その上に本が一冊置いてあるとします。当然、地球は物凄いスピードで動いているのにこの本はびくともしないで机の上に乗っています。

 それにしても、難解な理論でも「引力は質量(重さ)の大きさに比例し、距離の長さに反比例する」の短いセンテンスでことは足りるのです。ともかく、リンゴも地球も月もなにもかもすべて同じ原理であることをニュートンは見抜いていたのですから驚くべき洞察力と言っていいでしょう.,「万有引力の法則」、少しお解りになったでしょうか。

 

映画好きの宝物「映画大辞典」

 ネットに映画好きにはとても価値がある「映画大辞典」というサイトがあるのをご存じでしょうか。結構、有名なので、ご覧になった方はいっぱいおられるかも知れませんが、ご存じ無い方もおられるので、無駄な説明になるかもしれませんが、ちょっと紹介しましょう。何しろ、今日現在、登録されている映画は、外国映画も日本映画もまったく区別がなくて何と26675本。

 恐らく、国内で上映された映画、上映中の映画のすべてが登録されてると言っても過言では無いでしょう。何しろ、世界で初めて音が入った1930年制作の「モロッコ」が登録されているのですから推して知るべしです。それにこの辞典の凄いのは監督、脚本家は勿論のこと、出演している俳優がすべてリンクされているのですから恐れ入ります。

   従って、その映画の監督や脚本家がほかにどんな作品に関係してるかも、また出演している俳優がほかの映画の出演している作品がたちどころに解ります。そして、その映画を観た方のレビューと10点満点の得点が出ています。更にその映画の点数の集計があるので、平均点とその映画を観た方の感想と0点~10点の得点が解るので、これからその映画を観ようとしている方の参考になります。

   また、レビューを読んで、アラスジを知りたくない人のために「ネタバレ注意」を選択すると配慮してくれているのも嬉しいシステムと言っていいでしょう。これぞ類を見ない本格的な映画のデータベース。使い方として観た映画のレビューを読んで人と比べて見るのもいいかも知れません。映画好きには貴重な「映画大辞典」を紹介しましたので、是非、ご活用下さい。それにしても、この投稿者のレベル結構高いです。また同じ映画に0点と10点の方がいるのには驚きます。

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