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持統天皇に背いた数学者

  月刊「文藝春秋」は、毎月、買っているわけではなく、三月号だけは芥川賞受賞作全文と選者のコメントが載っているのでいつも必ず買っています。今年も買って、まず巻頭随筆のタイトルを見たら真っ先に眼に入ったのが東大卒業の数学者藤原正彦氏の「持統天皇に背いた私」。

 一体、藤原氏は何を持統天皇に背いたのか気になって、芥川賞受賞作品「背高泡立草」より先に藤原氏の随筆を読んだのです。そして、藤原氏が何を持統天皇に背いたのが判明。この随筆の骨子は、日本でも観光客の増加や税収増を狙った「IR推進法」が成立し、「カジノ解禁」になった話です。

  藤原氏は、当然、カジノすなはち賭博では胴元が儲かることになっているのを知っていながら、ある著名な数学者がカリフォルニア大学に客員教授として滞在中に賭博にはまり、毎週末、ラスベガスやリノへ行って賭博をしていた事や藤原氏自身もあるカジノで夢中になって賭博をした事を書いてます。

 それは、藤原氏が29歳になったばかりの頃で、藤原氏の文章をそのままコピーしましょう。《ミシガン大学で研究一筋の生活を送ろうと、日本を出た私はなぜか乗り継ぎのロサンジェルスでラスベガス行きの長距離バスに乗ってしまった。……私はとあるカジノに入った。……約三十時間、不眠不休でギャンブルし続けた。その結果、ミシガンへの航空運賃と、当地で当面必要であろう五十ドルを残し、すべての現金とトラベラーズチェックを使い果たした。数学の正しさを身をもって証明したとも言える。……》。藤原正彦氏は飛鳥時代の689年に賭博を禁止した持統天皇に背いたのです。

大好きな洋画家松井ヨシアキ

  今から10年ほど前、会社をリタイヤした頃、よく銀座のソニー・ビルに入り浸っていた関係で、その隣にある日動画廊に好きな絵を観に行きました。ある日、壁に掛けてある絵で色遣いが私の好みの絵が眼に入り、それからいつもその絵の前に長時間いることが多くなり、その洋画家の名前は松井ヨシアキ。

   ネットに松井ヨシアキ氏がご自分の絵を語っている一文があるので紹介しましょう。自分で描いた絵を自分で語るのは最も確実な評価です。「現在のパリとともに、いろいろな記憶、さまざまな時間の中にあるパリを描いています。実際にあるもののディテールを拾い上げ、それを舞台装置のようにして、僕の心の中を表しています。

  描くことは記憶の奥底にある音や光、闇や影を追い、眼前に広がる事象と溶けあわせ、イリュージョンの世界を作り出すことだという。アパートの一室から見渡した空の表情、何げない日常を切り取り、そこに生きる人の姿と心のありようを映し、見る者の心の震えと重なりあっていく。

  街角で演奏する音楽家の姿に心を引かれ、視線を浴びて踊るダンサーのパフォーマンスに胸が高まります。時には常軌を逸してしまったかのような精神の境地に達しているのを見つけ、その感動をそのまま描きたいと筆を執ります」(《美のクリエイター洋画家松井ヨシアキ》からの引用)。では、鮮やかな色彩に満ちた「松井ヨシアキ画集」をじっくりご覧になって下さい。きっと心が癒されます。

突如出現の「やきいも専門店」

 家の近所の江古田商店街をぶらぶら歩いていたら、おしゃれなノレンに「創業百九年 四代目 目利き やきいも」と書いてあるお店を発見。ウィンドウの中を見ると、美味しそうなやきいもが10本ほど並んでいて、入口にあるメニューには「全商品、一点でもお持ち帰り頂けます」とあります。

  どうやら、扱っている品物はやきいもばかりではなく、入口のメニューにはやきいも甘酒、やきいもラテなどが載っていて、やきいもが好物の私は、入口から奥を覗くと、「いらっしやいませ」と出てきたのは私の予想に反しおじさんではなくて若い女性。

  冬の風物詩やきいもを若い女性が売るなど、これを始めた経営者のセンスに感心しながら、やきいも2本を1160円で買い、全金種が分けて入る私の自慢のコゼニ入れを手にしました。そして、これより100円玉1枚、50円玉1枚、10円玉1枚をつまんで取り出し、それに千円札1枚を加えて渡したら、彼女は感心したような顔をして品物を渡してくれました。

   それでは、「やきいも」が入った俳句を幾つか並べましょう。まず吹田孤蓬の「焼芋を 二つに折れば 鼻熱し」、室生犀星の「焼芋の 固きをつつく 火箸かな」、そして、日野草城の「焼芋や 月の叡山 如意ヶ岳」。「やきいも」が冬の季語なのは言うまでもありませんが、それにしても、やきいも、美味しいです。

豪華客船の日程コース料金

 現在、横浜港から動けない豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」、家族と楽しみにしていたクルーズが台無しになって気の毒ですが、ネットにコースや料金などを詳しく書いたサイトがあるので、ご覧になったらいかがでしょう。それにしても、感染防止のため、乗客が下船出来るのは早くても2月19日以降とは何という不運。

  「ダイヤモンド・プリンセス」の日本発着クルーズは2021年1月まで通年で運行することが決まっていて、クルーズ料金や日程ともすでに発表済。しかし、今回の影響で変更になることもあるかも知れません。ともかく、豪華客船によるクルーズ、そう驚くような金額ではないようです。

  例えば、2020年2月から3月の間は、横浜発着9日間は70,000円、神戸発着9日間は70,000円、名古屋発横浜着8日間は70,000円、神戸発横浜着7日間は90,000円のクルーズが設定されていて、10万円以下でも豪華客船の旅を楽しめます。

 では、日程やコースなど詳しいことは「ダイヤモンド・プリンセスクルーズ料金まとめ」というサイトがあります。この中には実際に「ダイヤモンド・プリンセス」のクルーズを体験した方のブログなどありますから参考になるかも知れません。ともかく、会社をリタイアした直後に家内と体験すべきクルーズだと思いました。

人間不信で苦悩の沢尻エリカ

 昨年、合成麻薬等の所持容疑で逮捕された女優沢尻エリカの初公判が1月31日に行われました。「週刊文春」2月13日号にそのことに関し、新聞では読まなかったことが書いてあるので、この「週刊文春」を買わなかった人のために紹介します。中々興味あることが書いてあり、情報網の威力でしょう。

  沢尻は「現実から逃避した世界と薬物がつなげた偽りの友情から抜け出せなかった」と発言し、検察官との質疑応答で、「なぜ甘い考えを抱いたのか?」と検察官から核心的な質問が飛ぶと、沢尻は解答に窮して沈黙を続け「それは今でも自分の中で自問しています」と答えるのに精一杯。

 雑誌の記事に沢尻が入院している慶応大学病院内の病室の彼女の姿が書いてあるので書き出します。彼女は窓もカーテンも締め切り、反省した様子で、終日、ぽーっとしていて、逮捕されて以来、一度も日の光を浴びていません。病室のテレビもつけず、パソコンも携帯も弁護士に預けたまま。

  つまり、一切の情報から距離を置いて、逮捕と同時に、これまでの友人関係が偽りだったことを思い知り、ほとんど「人間不信」の状態。沢尻は女優復帰はあり得ないと言っていますが、女優をやめて、NHKだけで5億円、総額10億円を越えると言われている違約金や賠償金を支払えるのでしょうか。

エレベーターの中の沈黙理由

 エレベーターの中で、人の会話を聞いた経験は、恐らく大抵の方が無いでしょう。その理由はマナーの問題だけではないのです。ネットに「エレベーター内の会話はNG! 意外と知らないエレベーターのビジネスマナー」という記事がありました。しかし、エレベーターの中は知人、友人と一緒でも会話を交わさない方がいい理由があるのです。

  エレベーターの中で会話をすれば、一緒に乗っているすべての人の耳に入るのは当然と言っていいでしょう。従って、何を話題にするか考えなければなりません。まさか重大な秘密を話さないまでも、見ず知らずの人に聞かせたくないことだってあるのです。それを考えると、沈黙がベストなのです。

  第一、エレベーターの中の滞在はそう長い時間ではありません。どちらかが、何か適切な話題を見つけて話始めても、中途半端でエレベーターを出ることになり、やっぱり黙って数分間を過ごした方が賢明だったという後悔だけが残るのです。そこで、エレベーターの中のすべての人はただひたすら沈黙。

 すると、このエレベーターの中の静寂で笑いたくなる人がいるとみえて、ネットに「静かなエレベーターでついつい笑ってしまうのを防ぐ方法」というショート・エッセイを発見、読んでみると面白いので紹介します。別に私は笑いたくなることはなく、いつもじっと数分間の奇妙な静寂を楽しんでいます。

何度も観たくなる珠玉の映画

 古今東西、世界中に沢山の恋愛映画が存在しますが、映画ファンを自負する私が、過去に観た映画のベスト3に絶対に入れたい素敵な映画を紹介します。その映画の邦題は「恋人までの距離」(何という拙悪なセンスでしょう)、原題は「BEFORE SUNRISE」で1995年制作の米、オーストラリア、スイスの合作映画です。

 ちょっと、映画の簡単なシノプシスを書き出しましょう。列車の中でアメリカの青年が、ひょんなことからフランスの女性に出合い、話が非常に合って、目的地の途中のウイーンで下車して一緒に街を歩かないかと提案します。女性もそれに同意し、知的な会話を重ねつつウイーンの街を散策します。

  二人が出会う二人組の演劇青年、手相をお金を取って見てくれる中年の女性、何でもいいから何か言葉をくれたらそれをベースに即興の詩を作り、もしそれを気にいったら幾らかのお金が欲しいという青年など。そのやりとりの会話が実に知的で、観客は映画の中に引き込まれるのは間違いありません。

  そして、二人はウイーンの街の野原に寝っ転がって夜を明かし、やがて、列車に乗る時間がやってきます。しかし、二人はお互いに連絡先を伝えずに、もし、もう一度会いたくなったら、一年後の何時何分に駅のある場所に来る約束をして、彼女の乗った列車は動き出します。なんという切ない「別れ」でしょう。その結果は「BEFORE SUNSET」という9年後に作った続編にあります。ともかく、1995年ベルリン映画祭最優秀監督賞を受賞したこの映画予告編)、絶対にお奨めです。映画が好きなら間違いなく10点です。

「だじゃれ」で遊べる日本語

  何もいまさら説明することではありませんが、日本語は同じ言葉でも読み方が違い、そして、意味もまったく異なる非常に便利な特別な言語です。従って、この特殊性を利用して「だじゃれ」という言葉遊びが生まれました。ネットにこの「だじゃれ」を集めた「究極のだじゃれ集」がありますからご覧になって下さい。

  そう驚くような傑作はありませんが、中に気にいった作品が幾つかあるので書き出します。まず「夏の夜は パジャマじゃ暑い やっぱじゃま」「食いしん坊はまずくても苦い辛抱」「関西の人は建築にうるさいって?なんで屋根」。駄作ばかりでがっかりした方は自分で作るるよりありません。

  ところで、「だじゃれ」は日本語だけの遊びと思っていたら、何と英語でもあるのです。ネットに「英語でだってダジャレを言ってみたい!英語のダジャレまとめ」というサイトを発見しました。英語が得意な方はちょっとご覧になるといいかも知れません。最後に知る人ぞ知るの「だじゃれ」を紹介します。

 これは日本語と英語を交えた「だじゃれ」です。「犬小屋」のことを英語で何というかご存じでしょうか。その答は「KENNEL」、つまり、「ケンネル」で「犬寝る」と書けるのです。そして、もう一つ、日本語と英語をドッキングした「だじゃれ」です。辞書のことを「DICTIONARY」といいうのはどなたもご存じですが、その発音は「ディックショナリー」、この発音が少しナマれば「字ひく書なり」。そう聞こえたフリをして笑って頂けたら嬉しいです。

ヘミングウエイ原作の三映画

 外国映画、ことにアメリカ映画がお好きな方なら、アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウエイの小説が何本も映画化されているのはご存知でしょう。今日はこの中から、三本の映画「脱出」「殺人者」「キリマンジャロの雪」を紹介します。ご覧になっていなかったら、人生、損をしているのは間違いありません。 

  まず、1944年制作の「脱出」。監督はハワード・ホークスで、出演はハンフリー・ボガート、映画初出演のローレン・バコールが話題で、二人は恋に落ち結婚します。ラスト近く、ボガートが抽出の中の拳銃で相手を倒し、窮地を凌ぎ脱出する展開がいいのです。腰をふりながら歩くバコールにボガートがメロメロになったのが解ります。

 次は「殺人者」。原題は「THE KILLERS」ですからそのままずばりです。1946年の制作の白黒映画、ロバート・シオドマク監督の腕が冴えています。出演はバート・ランカスターで、自分を殺しにくる殺し屋が来るのを承知の上で待ってます。その雰囲気が何とも言えません。

  そして、もう一本は「キリマンジャロの雪」。主人公のグレゴリー・ペックが怪我で寝込んだ時の回想が映画のベースです。薄暗いバーで、初対面のエヴァ・ガードナーと生演奏のジャズを聴きながら、顔を寄せて一本のマッチで煙草に火をつける有名なシーンがあります。実はこの三本の映画のうち「殺人者」だけがDVDを持ってなくて、ヤマノ楽器で探そうと思っています。

 

脚色がある「関ヶ原の合戦」

 「教えちゃいけない日本史の裏」という本に、1600年(慶長5年)9月15日に起きた関ヶ原の合戦は、小説、映画、ドラマなどで数多く取り上げられていますが、日本一有名な合戦と言っていいでしょうとあります。合戦自体は僅か半日程度で勝敗は決し、そこにある数々のドラマが歴史好きを捉えています。

  中でも、徳川家康が上杉討伐のために東下していた諸将を下野国小山(現在の栃木県小山市)に招集して行われた「小山評定」や、西軍の有力武将だった小早川秀秋の裏切りなどはあまりにも有名ですが、近世史の専門家の一部からは、こうしたエピソードは創作ではないかという指摘があるそうです。

 関ヶ原の戦いで必ず描かれる「小山評定」は、実は行われていなかったというのです。関ヶ原の合戦が行われる前の1600年(慶長5年)7月25日、上杉討伐を中止し、挙兵した石田三成を討つために諸将が西上することを決定したものとして知られていますが、それに関する資料がまったく無いのです。

 また、小早川秀秋は、寝返りに躊躇しながらも家康の催促で、正午頃にようやく西軍を裏切ったとされていますが、家康方の武将が合戦の翌々日に書いた連署状には「開戦直後にすでに小早川秀秋は裏切っていた」とあるのだそうです。つまり、最初から小早川秀秋は西軍ではなくあっさり負けたのでは話が面白く無いので軍記物の作者が脚色した可能性があるのです。いやはや、関ヶ原の合戦には話を面白くするための脚色のアトがあるのです。

アニメの傑作「岸辺のふたり」

  何年か前、紹介したことがあるオランダのアニメ「岸辺のふたり」を、再度、紹介します。原題は「Father and Daughter(父と娘)」ですが、日本公開にあたってタイトルを「岸辺のふたり」に変えたようです。ともかく、8分間の中に人が人を想う切なさを実によく描いています。

  ところで、このアニメ、どこで知ったかというと、かなり前に新宿の「武蔵野館」で、モーニングロードショーという企画で上映していたのを観たのです。僅か8分間なのでほかの映画との抱き合わせだった気がしますがよく覚えていません。ともかく見終わってあまりの素晴らしさにびっくり。家に帰ってネットを探したらありました。

 アメリカのアカデミー賞の短編アニメーション賞受賞、イギリスの短編アニメーション賞受賞、広島国際アニメーション・フェスティヴァル・グランプリ受賞、オランダのアニメーション映画祭グランプリ受賞、ポルトガルのアニメーション・フェスティヴァル・グランプリなど数多くの賞を受賞しています。

 このアニメがこのまま埋もれしまうのは勿体ないので、同じテーマのブログを、再度、書くのは不本意ですが、沢山の方に観て頂くために今日再び書くことにしました。もしご覧になった方は、是非、友人や知人にお知らせ頂ければ嬉しいです。では、これぞアニメの傑作と称賛された作品「岸辺のふたり」、ハンカチを用意してじっくりご覧になって下さい。

 

「ローリングストーンズ」礼賛

 久しぶりにザ・ローリングストーンズのライヴ映像「シャイン・ア・ライト」のDVDが観たくなりました。音楽はクラシックとジャズで耳いっぱいで、ロックはほとんど聴かないのですが、このDVDだけは別で、年に一度は必ず観ています。何しろ、アカデミー賞監督マーテイン・スコセッシが作った傑作です。

  2006年11月、《ニューヨークのビーコン・シアターでの臨場感あふれるライヴを収録、あらゆる角度からパフォーマンスを捉えるため、18台のカメラに超一流のカメラマンが配置され、最高のアーティストたちが奇蹟のコラボレーションを生みました。》正に感動の極致と言っていいでしょう。

  ともかく、このDVDが凄いのは、コンサートが始まる前からの打ち合わせ場面から画面に入り、技術者たちがああでもないこうでもないと論戦を展開するのです。コンサートのライヴ映像は数多く存在しますが、打ち合わせ場面を克明に写しだしてる映像は滅多にあるもんではありません。

  そして、迫真の演奏場面、ミック・ジャガーがマイク片手にステージを歌いながら所狭しと駆けずりまわる姿にどなたもしびれるのは間違いないでしょう。中でも私がこのバンドの魅力に酔ったのは「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ(涙あふれて)」の演奏かも知れません。「シャイン・ア・ライト」(予告編)、きっとあなたをロックの虜にします。

謎が多い「冬眠」のメカニズム

 哺乳類において、もっとも不思議な現象は「冬眠」なんだそうです。リスなどは冬が訪れると冬眠に入っていきますが、これは食料が乏しく、寒い冬を回避するための知恵であるのは間違いありません。しかし、彼らはただ深い眠りについているだけではないのです。例えばリスの場合、体温が2度程度まで低下。

  心臓の鼓動は、普通、毎分350回程度のものが、冬眠中は何と毎分4回程度まで減少し、そうすることで、エネルギーの消費を極端に減らすことが出来るのです。人間だったら致命的な状況でも彼らの身体の機能は正常に維持されているのですから不思議です。でも、冬眠から目覚める際は、普通の寝起きのようにはいきません。

 麻酔から醒めるときのように数時間もかかるのです。このように冬眠は神秘的な現象でそのメカニズムは現在でも解明されていないのです。第一、彼らが何をきっかけに冬眠に入るのかさえ定かではないのです。普通、気候の変化と考えてしまいますが、どうも独自の体内時計で冬眠の時期を決めているようなのです。

  ところで、2006年、三菱化学生命科学研究所が冬眠をコントロールするホルモンを見つけたと発表しました。その正体は何だか難しい名前の「冬眠特異的蛋白質複合体」。これを一言で言えば脳で働く新しいタイプのホルモンで、三菱化学生命科学研究所によると、肝臓で作られるこのホルモンの量は一年周期のリズムで調整されているそうです。では「冬眠」する主な動物たちです。

井上陽水と玉置浩二52年前

 いささか古い話ですが、1968年に神宮球場で行われた井上陽水と安全地帯のジョイントコンサートのYouTubeをネットで発見しました。但し、ネットにあるのは演奏した全曲を通したものではなく、何曲かの細切れなのはこのコンサートのライヴがDVDで市販されているので止むを得ないでしょう。

  実は、私は前に西武線江古田駅近くのレンタルビデオ屋にあったビデオテープを借りてこれを、テレビの録画機のHDDメモリーにダビングしたライヴを持っていて、時々観ていますが、神宮球場の超満員の雰囲気に圧倒されます。ともかく、知る人ぞ知るですが、安全地帯は井上陽水のバックバンドでした。

 それが、このコンサートは井上陽水と玉置浩二が対等の立場でジョイントコンサートを行ったのですから話題になるのは当然です。中で歌っている「ワインレッドの心」は井上陽水が作詞し玉置浩二が作曲してる曲ですが、この曲を二人がそれぞれソロで歌っているのですから堪りません。

  では、最後に二人がデュエットしてる「夏の終わりのハーモニー」をリンクしましたのでお聴きになって、このコンサートのライヴが欲しくなった方は、是非、「ヤマノ楽器」に行ってお求めになって下さい。恐らく注文して少し待たないと手に入らないと思いますが、きっとどなたもその音楽にしびれ、何度も繰り返し観たくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ます。

ルールが簡単なパズル「数独」

 パズル雑誌「ニコリ」の社長鍛冶真起氏著「数独はなぜ世界でヒットしたか」によると、社長自身、2005年にブレークした当初は、数独ブームは直ぐに消えると思っていたそうです。ところが、ブームはずっと続き、今や「数独」は多くの週刊誌の目玉のパズルと言っていいでしょう。

  パズル・ファンのみならず、一般の人にも受け入れられた要因として一番に挙げられるのは「ルールがシンプルで解り易い」ことかも知れません。何しろ、数字を使っているのにかかわらず面倒な計算が一切なく老若男女誰でも鉛筆やボールペンがあれば簡単に遊ぶことができます。

 しかし、何といっても「数独」が世界的に広まった要因はニコリ社が特許を取らなかったことかも知れません。つまり、世界の出版社がオリジナルな数独問題集を作成して本屋に並べても特許権に触れることはないのです。つまり、そのお陰で「数独」は世界中の人が知っているパズルとなりました。

 それでは、週刊誌に載ってる「数独」や本屋で売ってるものならみんな簡単に出来てしまい、飽きてしまっている数独ファンに、普通の9×9ではない変った「数独」ばかりを集めた数独集「数独にはまろう!」というサイトをネットで見つけたので紹介しましょう。中にはかなり「数独」のベテランでも簡単には出来ない作品があるので挑戦してみて下さい。

世界の三大美女クレオパトラ

  かって哲学者パスカルが「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていただろう」と言ったとかのクレオパトラの鼻。何しろ、クレオパトラは世界三大美女の一人です。普通、ただクレオパトラと言ってますが、正しくはクレオパトラ七世と言うべきのようです。

  ところで、西洋史の大家早見正臣著「スキャンダル!世界史」という本によると、クレオパトラは《ローマの有力者シーザーとアントニュウスを思いのまま操った妖婦》とされています。彼女はエジプトで栄えたギリシャ系の王朝プトレマイオス十二世の娘であったのです。

  紀元前58年、プトレマイオス十二世がローマの首都アレクサンドリアから追われる事件が起きました。しかし、プトレマイオス十二世はローマ軍の助けを受けて3年後に王位に復活。紀元前51年、プトレマイオス十二世が世を去ると、その遺言によりクレオパトラと実の弟プトレマイオス十三世と結婚。

  というのは当時のエジプト王家では、近親婚が少なくなく、実はクレオパトラもプトレマイオス十二世と彼の姉クレオパトラ五世との間の子供だったのです。しかし、すでに18歳になっていたクレオパトラが10歳の子供に過ぎないプトレマイオス十三世に男の魅力を感じるはずが無かったのは当然です。何というエジプト王家の実態でしょう。


保釈金は没収で逃亡は無罪

  このところ、連日、新聞やテレビを賑わしている元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告の海外逃亡事件、今日1月7日付朝日新聞夕刊の見出「保釈中の逃走 処罰検討」。記事を読むと《森雅子法相は7日の記者会見で、保釈中の被告が逃走した場合に処罰 できるようようにする法改正を検討……》にびっくり。

   どうやら、現行の刑法では、刑務所や留置施設で拘束中の容疑者や被告が施設から逃げた場合に限り逃走罪が適用されるが、保釈中の被告の逃走には適用されないというのです。つまり、ゴーンは、保釈するにあたり積んだ保釈金15億円を没収されるだけで何と逃亡は罪にはならないのです。

  また、ゴーン被告がレバノンに逃亡したことを受け、羽田、成田、関西、中部の4空港で、「プライベートジェット」などの自家用機に大型荷物を持ち込む際の検査を義務化することにしたと新聞に書いてあることをみると、どうやら、今までは義務化されていなかったことで、これも驚きです。

  要するに現在の航空法では、自家用機の保全検査をするかどうかは機長の判断に任されているため、自家用機の専用ゲートがある4空港では、ゴーン被告が入った大きな荷物を機内に持ち込む時でも、まったくノーチェックでことが運んだことになるのです。つまり、決して難攻不落、金城鉄壁な相手では無かったことにどなたも驚くでしょう。

金星の自転だけが右回転

 ご存知の通り、地球などの惑星は、太陽の周囲を回る公転のほか、自分自身も回る自転も行っています。このうち、地球、水星、火星、木星など、多くの惑星の自転はみんな左回転ですが、地球に一番近い金星だけは右回転なのをご存知でしょうか。この現象の理由は今もなお謎とされています。

  その理由を強いて言うと、誕生した時から右回転になっていたに過ぎないという説もありますが、別の説によると、最初はほかの惑星と同様に左回転だったのがある事情によって、途中から右回転になったとも言われています。その説をとる場合、その原因として、二つの可能性があるのだそうです。

  まず一つ目は、太陽の引力が関係していて、宇宙空間に浮かぶ星たちはみんな太陽の引力の影響があり、ことに太陽に近い金星は、大気のほとんどが熱を逃がさない二酸化炭素のため、太陽の引力で大気が地面を引きずる形で、最初は左回転だったのが必然的に右回転になってしまっということです。

 また、もう一つの説は、金星内部のマントルと核の摩擦のせいで、自転軸が180度回転し、南北が逆になってしまったという説も有力です。回転している物体の上下が逆転すれば、外から見た時に回っている方向が反対になるということです。ともかく、金星が逆に回ってる本当の理由は今も解ってないのです。

2020年の新年のご挨拶

 新年明けましておめでとうございます。いよいよ令和二年の幕が開きました。昨年中は私の拙いブログを読んで頂き、誠に有り難うございました。プロバイダーのニフティさんのアクセス数の集計に一喜一憂しながら、日々、暮らしているといってもいいかも知れません。やっぱり読んで下さる方の数は気になります。

  さて、元旦の朝日新聞「天声人語」の話題は”空飛ぶクルマ”の話です。その記事によると、1982年公開のアメリカ映画「ブレードランナー」では車がいとも簡単に空を飛び、私は観ていないのですが、驚くことに、何とその時代設定が2019年になっているのだそうです。

  目下、アメリカで開発中の「空飛ぶ車」に出資し、三年後の販売開始を宣言しているスカイドライブ社の櫛引健雄さんは「鎌倉の自宅から六本木の職場まで30分で飛べるクルマを目指している」そうですから何だか凄いです。この記事の筆者はこの会社の代表取締役を尋ねてのインタビューでの談話。

  「40年後には空飛ぶクルマが間違いなく移動手段の主役になる。地上を走る車が珍しがられる時代が来ます」ときっぱり。この社長の予測によると「10年後には救命や災害に欠かせない存在になる。技術や安全、法整備などのハードルはまだ高いが、試作機にまたて思い浮かべたのは、すばやく快適な中空の通勤。休暇の遠出も渋滞知らず、想像するだけで心が躍る」と。「空飛ぶクルマ」が最初の話題の2020年、本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

2019年幕引きのご挨拶

  令和元年が今日で終わります。一年間、私の拙いブログを読んで下さり誠に有難うございました。いつも斬新な感動を味わって頂こうと努力していますが意の如くならず、申し訳ありません。一年の終わりに際し、ざっと作品に眼を通してみると、やはり、好きな音楽、映画の関係が多いのに驚きます。

  ところで、俳句をテーマにした記事が意外にいっぱい出てくるのは、この芸術に、結構、多くの感心を持っているからでしょう。俳句といえば、50年前に話題になったフランス文学者桑原武夫の「第二芸術論」がありますが、誰が何と言おうと、私にとって俳句の魅力は絶大です。

  そこで、昨年の締めもそうでしたが、やっぱり大晦日の俳句を幾つか並べて、今年のお別れの言葉に代えます。梅活けて 君待つ庵の 大三十日(正岡子規)、大年の 力づけつゝ 夫婦かな(滝井孝作),大年や 薬も売らぬ 隠君子(芥川龍之介)。

  境内の まつくらがりや 除夜の寺(高橋淡路女),大晦日 ねむたくなれば ねむりけり(日野草城)、除夜の星 幾光年を 輝りきそふ(西島麦南)、除夜の灯の どこも人住む 野山かな(渡辺水巴)、切らざりし 二十の爪と 除夜眠る(西東三鬼)ともかくも あなたまかせの 年の暮(小林一茶)。どうぞいい年をお迎え下さい。

二人の首相暗殺の「東京駅」

  東京に住んでる成人で、東京駅に一度も行ったことが無い人はまずいないでしょう。先日、家の近くのコンビニで、雑学ライターの石橋春海さんという方が書いた「昭和平成 オカルト・クロニカル」という本を見つけ買ってきました。中に「東京駅の不思議スポット」と題された東京駅の紹介記事があるので紹介します。

  まず、東京駅丸の内南口改札口を出て右に進と、突き当たりの壁に「原首相遭難現場」のプレートがあり、そこから3メートルほど離れた床に小さなマークが埋め込んであるそうです。この地点が初めて政党内閣を実現させた原敬首相が暗殺された現場なんだそうです。東京駅は何度も行ってますが、まだ一度も見たことがありません。

  大正10年(1921年)11月4日、原首相は初代東京駅長の高橋善一に先導され、文部大臣らと談笑しながら改札口に向かったいました。午後7時25分頃、突然、鳥打ち帽をかぶった青年が現れ、駅長を突き飛ばし、短刀を首相の胸に突き刺したのです。首相はその場に倒れ、犯人はすぐに逮捕。

  首相は駅長室に運ばれたがすぐに絶命してしまいました。東京駅には、もう一カ所、昭和5年(1930年)11月14日、濱口雄幸首相が岡山の陸軍特別大演習に参加するために特急「つばめ」の1等車に乗り込もうとしていて、ホームで兇弾に倒れて、その時は一命をとりとめましたが、翌年亡くなりました。何と東京駅は二人の首相が暗殺された現場があるのです。

印象が変わる「言葉」の使い方

 吉田祐子著「たった一言で印象が変わる大人の日本語100」という本、とてもためになります。まず、吉田さんは冒頭にこんなことを書いています。《言葉遣いを磨くことは、身だしなみを整えることに似ていて、心がけ一つで始められ、あなたの印象を変えるものです。……》。では、その幾つかを紹介しましょう。

 例えば、宴会や会合を先に帰る時、「先に帰ります」より「この辺でおいとまさせて下さい」。何か大役を頼まれた時、「私なんかがやらせて貰って……」より「僭越ながら私が務めます」の方が相手に安心感が伝わります。何かミスをした時の謝罪は「申し開き出来ないことをしてすみません」。

 「うっかり添付ファイルを開いてしまって……」より「迂闊にも添付ファイルを開いてしまいました」の方が言葉に重みがあります。また、自分が相手より劣ってると謙遜する時には「私など、とても足許に及びません」宴会で何か余興した際には「お粗末様でした」と言うのがいいでしょう。

  もし、約束などを忘れた時には「お恥ずかしいことに、すっかり失念しておりました」約束をする時、相手の希望の日が駄目なら「あいにく、その日は先約があってすみません」聞きにくいことを質問したら「不躾な質問をしました」また出身地を聞く時には、前に「つかぬことを伺いますが……」と言うのがエチケット。以上であなたの印象が変わったかも知れません。

「天声人語」で知った馬の能力

 12月20日付「朝日新聞」の天声人語の書き出しは《前世紀の初め、ハンスという馬が欧州の話題をさらった。計算や日数などを問われ、前脚を鳴らす回数で正解を連発。天才馬ともてはやされたが、後に、飼い主の表情の変化を察知した行動とわかる……》。つまり、調教師の国枝栄さんが、こう書いています。

  「ハンスのような芸当を仕込むのは難しくありません。馬は身近な人の目を読み取ります」、どうやら、この話は、今秋、国枝さんが出した「覚悟の調教師」の中に書いてあった話のようです。実は馬は鋭い視覚や聴覚を駆使し、次ぎに何が起こるかを予想することが出来るのです。

 例えば、競走馬が出走ゲートに入る練習をさほど嫌がらないのは、その後にレースがないのを知ってるからだとか。また、馬運車に乗り込むと、これから始まる遠距離移動にげんなりして食も細るのだそうです。走るのが宿命のサラブレッドでも、大人になると、走りたがらなくなり、その理由は「全力疾走は消耗が来る」のを知ってのこと。

  実は茨城にある国枝厩舎はいま注目を集めています。歴代最強の牝馬との呼び声が高い「アーモンドアイ」が「有馬記念」に出走するからです。この馬を間近に見せて貰うと、意外と柔和な顔つきで、出走中とはまったく別の表情。筆者は《オンとオフを上手に切替えられる者が輝くのは馬も人も同じである》で文章を結んでいます。それにしても、馬はこれから起きることが予測出来るのをこれを読んで知りました。

「フィボナッチ数列」の謎

 自然界には不思議な法則が隠れていて「フィボナッチ数列」と呼ばれる数列をご存知でしょうか。一体、どんな数列か書き並べると、1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144、……。一見、規則性がまったく無いように見えますが、ちゃんと規則があるのです。

  最初の二つだけは1、その後は、どの数も前にある数二つの合計になっている数列です。発見者とされる十三世紀のイタリアの数学者レオナルド・フィボナッチにちなんでこう名付けられたのです。この数列を説明するためのモデルとしてよく知られているのが、ウサギのつがいが増えていく様子です。

  まず生まれたてのウサギが一つがい(メス、オス一匹づつ)いると仮定し、ウサギは一ヶ月で大人になり、二ヶ月目から毎月。一つがいの子ウサギを産み続けるとするのです。すると、ウサギのつがいの数は1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144、 ……といった数列になるのです。

   まさしく、これは「フィボナッチ数列」そのままなのです。では。実際にどのような形で「フィボナッチ数列」が自然界に隠れているかというと、例えばパイナップルのダイヤモンドのような形の模様は、螺旋状に並んでいて、時計回りに8列、反時計回りに13列あるし、松ぼっくりの傘は5列と8列のらせんになっているのです。つまり、8と13、5と8、どちらも「フィボナッチ数列」の中の隣り合う数ななのです。では「フィボナッチ数列」を解りやすく解説という一文をお読みになって下さい。

世界で最も危険なゴルフ場

 好奇心から「一般人は入れない立入禁止地帯」(彩図社)という本を買いました。それによると、世界で最も危険なゴルフ場があり、その場所は朝鮮半島で、何と北朝鮮と韓国を隔てる38度線にコースがあるというのです。そもそも、38度線とは朝鮮半島を横切る北緯38度のことです。

  朝鮮半島のど真ん中に、どうしてこのような境界線が引かれたかというと、第2次世界大戦末期の1945年8月9日、日本に宣戦布告をしたソ連は、満州および朝鮮半島に軍を進めました。それを見たアメリカは、このままではソ連が朝鮮半島をすべて占領してしまうと危惧したのです。

  そこで、アメリカは、ソ連に対し半島の分割占領を提案し、その際、アメリカとソ連の分割占領ラインとして定められたのが38度線なのです。それ以来、ここは北朝鮮と韓国が接する緊迫した場所となり、南北朝鮮が常ににらみ合っています。そんな場所にゴルフ場を造った人がいるのです。

  ゴルフ場があるのは、正確にはそこから更に5キロ南にある休戦ライン、いわゆる板門店です。従って、ゴルフをプレイする観光客はソウル市内からバスで3時間ほどかけて板門店に行くことになるのです。そして、「もしここで少しでもおかしな動きをすれば北朝鮮から狙撃されて命を落とすこともある」と「宣誓書」にサインをさせられるのです。こんな思いをしてまでゴルフする人が果たしているのでしょうか。

今年の締めに観るべき映画

 ご存知ない方のためにクリスマスから年末にかけてぴったりの映画を一本紹介しましょう。邦題は「恋人たちの予感」、原題は「When Harry Met Sally」で、主演はビリー・クリスタルとメグ・ライアンの究極のラヴ・コメディです。シナリオ、演出、演技が三位一体となった私としては文句なしの10点満点の映画です。

  ハリーとサリーは大学の同窓生、卒業して同じ自動車に乗った時から、二人の知的な口喧嘩が始まります。映画を観てる人は、まさか、この二人がそれ以上は進展しないと思っていますが、やがて恋に落ちるのです。しかし、二人の意地の張り合いは延々と続き、やがて、大晦日のフェアウエル・パーティを迎えます。

  サリーがそのパーティに出ているのを知っていながら、ハリーは意地で家にいます。しかし、どうにもこうにも我慢出来なくなったハリーは会場までのタクシーを探しますが見つからず、ハリーは走って行かないと、サリーは途中で帰ってしまう可能性があるのです。大晦日の人気ない街を全速力で走るハリー。

  そして、会場でどうにか会ったハリーとサリー、やがて午前0時、会場には「蛍の光」が流れ、二人は長い年月を重ねた末に「大晦日なんて関係なくお前が好きだ!最後の日まで一緒に過ごすんなら少しでも早い方がいいだろう!」と 初めて愛の告白をします。「この映画を観ずして映画を語るなかれ」と言いたいとても素敵な「恋人たちの予感」、是非、今年の締めにご覧になって下さい。チェット・ベイカーをバックに流すロブ・ライナー監督のセンスがひかる極めて質が高い映画です。何とも会話が実に秀逸!

大好きなクリスマス・ソング

 今年も師走が訪れました。私にとって大好きな師走の音楽といえば、ヴェートーベンの「第九」と三曲のクリスマス・ソングでしょう。実は私はこの三曲にずっと前から魅せられていて、毎年、この曲のことをブログに書いてます。私がブログを始めたのが2006年7月ですから、今年は14回目の師走です。

 まず、一曲目は山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」。《雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう きっと君は来ない ひとりきりのクリスマス・イブ 心深く秘めた思い 叶えられそうもない 必ず今夜なら 言えそうな気がした まだ消え残る君への想い 夜へと降り続く 街角にはクリスマス・トゥリー 銀色のきらめき》。

 詩とといいメロディといいもう完璧です。何年経っても色あせません。二曲目はワム!の「ラスト・クリスマス」。心地よいテンポのクリスマス・ソングで思わず引き込まれます。何年か前「江古田駅」近くの喫茶店のジュークボックスで、この曲を見事にハモっていた女子大生三人の歌声が今も忘れられません。

 そして、三曲目は、昔、ヒットした「ホワイト・クリスマス」。あのビング・クロスビーがうっとりする美しい声で歌っています。「ホワイト・クリスマス」には同名の映画があって、何度、DVDを観てるか解りません。いくつになってもクリスマスが好きで、それを彩るクリスマス・ソング、この三曲特別にいいのです。

古くて新しいパズル「迷路」

  「数学遊戯」の大家、高木茂男著「奇蹟のパズル」(ダイヤモンド社)に《迷路――古くて新しいパズル》という一文があり、「迷路」のことを色々と書いてます。中に「迷路を確実に抜ける方法」として「トレモーの方法」を紹介してるので、書いてあることをコピーします。

   ①初めての分岐点にきた時は、好きな道へ行ってよい。②初めての分岐点を通ってみて、前に通ったことがある分岐点か袋小路になった時は今きた道を引き返す。③一度通った道をまた歩いていて、前に来たことがある分岐点に出た場合には、もし初めての道があればそこに行く。それが無ければ前に通った道を行く。

  ④二回通ったことがある道には決して行かない。この方法を用いれば出口がみつからないことは無いというのですが、何だか難解です。また、もう一つの解法は三方を壁で囲まれた袋小路をすべて塗りつぶし、それによって生じた袋小路を順に塗り潰していく。そして、入っても戻ってしまう迂回路も塗り潰す。

   そうすると、正しい進路だけが白く残るというのです。もう一つは入口を入ったら右手か左手を壁に触れたまま進めばゴールする方法ですが、これは同じ道を何度も通るので時間がいっぱい掛かります。ちょっと高木氏に質問があるのですが、高木氏はすでに故人で無理。では、ネットで見つけた《立体迷路も続々!関東近郊にある巨大迷路7選》というサイトを紹介しますから休日にどうぞお出かけ下さい。

 

真の映画ファンに捧げる一文

 昨日、ブログに「無声映画」のことを書いたら、何だか普通の映画のことが書きたくなりました。サスペンス映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコックがこの世を去って早くも40年、古い宝島社の雑誌「映画の見方が変わる本」を読み直すと、神岡雅史という方の「ヒッチコックは視点がアブナイ!」という随筆を発見しました。

 内容をよく読むと、ヒッチコック監督が1960年に制作した映画「サイコ」の中から有名な一つのシーンを論じています。そのシーンとは私立探偵アーボガストが、ベイツ・モーテルの裏の母屋に忍び込むところで、ノーマン・ベイツの”お母さん”に刺し殺され、階段を転落するシーンです。

  ヒッチコックはこのシーンを、最初はタイトル・デザイナーのソール・バスの絵コンテをもとに撮らせたのです。それは階段の手すりを這うアーボガストの手や手すりの柵ごしに階段を忍び足で昇ってゆく足下を捉えているのです。これを見たヒッチコックは「何だか邪悪な感じがする」と言ったそうです。

 つまり、罪のない潔白な人間が、真実を探ろうととして忍び込んだイメージが完全に損なわれてしまうと言う理由で、カメラはアーボガストの顔を正面から捉え、殺人の瞬間にはは階段の踊り場を天井から俯瞰する単純な形にしたのです。これを構造分解すると、ヒッチコックが意図するのは、犯罪者から見たか弱き無実の者という視点が必要だったのです。いやはや、ヒッチコックは凄いです。カメラの視点によって観客の解釈が変化することを読んでます。 映画「サイコ」のDVDをお持ちの高度な映画ファンは、今すぐこのシーンを観て改めてアルフレッド・ヒッチコック監督の凄さを体感なさって下さい。映画はこうして作るのです。

復活の兆しがある「無声映画」

  11月30日付の朝日新聞夕刊の一面トップの大きな見出しは「カツベン 映画 熱弁」。記事を読むと、11月19日に東京・渋谷の映画館で、何と「無声映画祭」が開催されたというのです。かって「バンツマ」の愛称で人気があった板東妻三郎が主演したチャンバラ映画「雄呂血(おろち)」などの上映です。

 この記事の冒頭をちょっとコピーしましょう。《サイレント(無声)映画が主流だった時代、登場人物になりきり、様々な声色で語る「活動弁士」が観客を映画の世界に引き込んでいた。最盛期には7500人を越える弁士がいたが、現在はわずか十数人しかいない(えっ、今でも弁士がいるとはびっくり!)。

   だが近年、弁士が主人公の映画が作られたり、海外から公演依頼が相次いだりするなど再び注目が集まりつつある》。何だか凄い情報です。無声映画に海外からも公演依頼がきてるとは驚くべきことと言っていいでしょう。ところで、12月13日には、約100年前を舞台に活弁弁士を主人公いした映画「カツベン!」が公開されるそうです。

  この映画の監督は「Shall we ダンス?」で有名な周防正行監督。本物の弁士が指導した俳優が弁士を演じているようですが、果たして映画ファンは飛びついて観にに行くのでしょうか。この映画への関心がどの位あるのか結果が待たれます。

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