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ラストが印象的な映画10本

 古い外国映画が好きな私は、それに関する本をいっぱい持っています。その中から、特別に好きな一冊を敢えて選ぶとすると、高沢瑛一著「ラストシーンをもう一度」。このタイトルの後に「名画のエンディングBest80」と小さな字で書いてあり、高沢さんはラストが印象的な80本の映画を選んでいます。

  確かに高沢さんが選ぶのがよく解る80本ですが、このブログにアップするにあたり、この中から私の独断と偏見で、10本だけ順位に関係なく選びました。①「モロッコ」②「望郷」③「哀愁」④「カサブランカ」⑤「邪魔者は殺せ」⑥「第三の男」⑦「恐怖の報酬」⑧「ローマの休日」⑨「シェーン」⑩「太陽がいっぱい」。

 それでは、番号順にそのラストをほんの少しだけ書き出します。①デイトリッヒが砂漠の中を外人部隊のクーパーを靴を脱いで追います②ギャバンが「ギャビー」と叫ぶ声が船の汽笛に消されて届きません③将校はウォルターブリッジの橋の上で回想にふけります④涙のバーグマンを乗せて飛行機が空港を飛び立ちます⑤抱き合ったまま倒れる二人です⑥コットンはアリダ・バリが前を通った後マッチで煙草に火をつけます

 ⑦命がけの仕事をしてお金を手にしながら崖を落ちるイブ・モンタン⑧ペックは沢山撮ったトクダネ写真を王女にすべて渡します⑨黒づくめの殺し屋ジャック・バランスをいっぱつで倒したシエーンが子供の呼びかけに応じず黙って去っていきます⑩成功したはずのアラン・ドロンの犯罪が浮かび上がります。以上、それぞれのラスト・シーンが脳裏をよぎって頂けたら嬉しいです。

人類が宇宙に出したゴミの山

  人類が初めて宇宙にロケットを飛ばしたのが1957年10月4日、旧ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げたのです。それ以来。60年ほどの間に、7000以上もの人工衛星や探査機を次々に打ち上げてきて、打ち上げた数が多くなるほど、宇宙に出したゴミの量が山のようになったのです。

  地球上では、富士山やエベレストなど、どこにでもゴミ問題が発生しています。毎週、私たちの家庭に発生するゴミを取りにくるゴミ収集車を見ても、その量の凄まじさには驚くばかりです。実は、宇宙でも、深刻なゴミ問題が発生していて、打ち上げに使用したロケットの一部や運用が終わった人工衛星がそのまま宇宙に残されいます。

  これらは「スペースデブリ」と呼ばれる宇宙のゴミで、地球の周りを回っているのです。現在、地球の周りをどのくらいの「スペースデブリ」が存在するのか、その正確な数を誰も把握してないのが実情と言ってもいいかも知れません。この先、誰も何も打ち上げないとしても、「スペースデブリ」は減ることは無いのです。

  ところで、ネットに《人間が出した「宇宙のゴミ」8選:小さくても破壊力絶大なゴミが大量に》と題されたサイトを見つけましたので、お読みになって下さい。「その多くは大気中を落下するうち燃え尽きて消滅するが、大きめのデブリは、宇宙飛行士と宇宙船に衝突のリスクをもたらす可能性があるのです」。宇宙のゴミ問題、何だか心配です。

内臓脂肪落とすチョコレート

  家の近くのコンビニで、医学博士で前慶大医学部教授栗原毅著「内蔵脂肪はチョコレートで落ちる」(㈱アントレックス)という本を発見。チョコレートが好きな私は直ちに買って読んでいます。世の中にチョコレートが好きな方は沢山いると思いますが、この美味しいチョコレートがそんなに身体にいいとはまったく知りませんでした。

  副題に「Dr.栗原のチョコ健康法」と題されたこの本、何しろ、チョコレートに含まれているカカオが内臓脂肪を減らし、血糖値を下げ、血圧を安定させ、腸内環境を改善するなど、様々な健康効果があるというのです、ともかく、チョコを食べる目安は1日25グラム。栗原先生はご丁寧にもこんな時間割を書いています。

  午前7時、朝食前に一かけら、口の中を転がすように溶かしながら食べる、午前10時、仕事や家事を始める前にも一かけら食べて、午後に向けて集中力を高める、正午、昼食前にも忘れずに食べよう。また、ランチは出来るだけ糖質の少ないメニューを選ぼう、午後3時、小腹が空いたらおやつの時間に一かけら、疲れた脳に栄養を補強してくれる、午後6時、帰宅後夕食前、または外食の時につまむこと。

  ところで、山で遭難した時、チョコレートを一枚持ってたお陰で命が助かったという話を前に読んだことがあります。きっとチョコレートを常に持ってるほど好きだったのでしょう。では最後にチョコレートに関係する随筆を集めた「うっとり、チョコレート」という一冊の本を紹介して、このブログを締めようと思います。それにしても、こんな美味しいチョコレートについての本を一冊書いた栗原毅医学博士に拍手です。

映画をプロと語る元東大総長

  二人の映画評論家淀川長治と山田宏一、そして、元東大総長蓮実重彦(実に映画に詳しいです)の三人の対談「映画千夜一夜」`(左上のキーで検索したらこの41年前の貴重な映像が出てきてびっくり仰天)という映画好きにとって宝物の様な796ページの分厚い本を持っています。奥付を見ると。昭和63年に初版発行ですから、32年も前の本で、手に取ると映画の香りでむせるようです。

  目次に①映画はすべて「恋愛映画」であるから⑫の貴族の肖像―――ルキノ・ヴィスコンティの映画の美術まで、12のテーマについて三人が大いに語っています。今回はこの最初のテーマ「恋愛映画」について何を語っているかほんの少しだけ紹介しましょう。まず登場する女優さんの顔ぶれです。

  まず山田が、映画「旅愁」のジョン・フォンティン、「めぐり逢い」のデボラ・カー、「終着駅」のジェニファー・ジョーンズをあげれば、淀川が「ジェニファー・ジョーンズ、哀しみの人妻やね」ときて、蓮実「だいたい男と女の国籍が違ったりすると、悲劇が生まれますね」淀川「そう、そう。昔からそうね。『散りゆく花』がそうだもんね」。

 山田「リリアン・ギッシュですね。」蓮実「そこから始まっているんだあ」淀川「だから泣き濡れた女優というのは、リリアン・ギッシュからずうっと来てるのね。悲劇のヒロイン。愛の映画のヒロインよ。そういうわけでね。やっぱりぼくなんかはリリアン・ギッシュ。……」元東大総長の蓮実重彦氏、二人の映画評論家にはさまれても、まったく遜色なく話に入ってました。映画の話って本当に夢中になります。

1分で西暦年から年齢を算出

  何年か前に拙ブログにアップした「西暦から年齢を出来るだけ早く計算する方法」が今年は2020年ということで、とても都合がいいので、改訂することにしました。これは、知る人ぞ知るの「インド式計算法」の応用であるのは言うまでもありません。恐らく1分も掛からないで年齢が出ます。

  まず、西暦年が解らない方は、簡単に西暦を出す方法があります。1900年に大正の方は+11(大正2年は西暦1913年)、昭和の方は+25(昭和2年は西暦1927年)、平成の方は+88(平成2年は西暦1990年)。この大正は11、昭和は25、平成は88の3つの数字は記憶しておくしかないでしょう。

 では、西暦1927年の方が何歳かを出す方法は、頭の中で2000-1927=73+20=93歳。どうです。この計算は1分と言うよりきっと瞬間です。つまり、この計算のからくりは、今年は2020年なので2020-1927の形を変えると、(2000+20)-1927と同じになってるのにお気づきになったでしょうか。要するに引かれる2020を2000と20に分けて暗算し易いようにした工夫で、最後に20を足しているのです。

  つまり、2020から1927を引く計算は暗算でするには大変ですが、2000から1927を引くのは、誰でもひと目で73と解ります。そこで、後から、2020年の20を足すと結果が同じ93になるのです。何と賢明な方法と驚いて頂けたら嬉しいです。ともかく、来年は2021年になるので、21を足さなければならないのは言うまでもありません。

美しい日本語の「オノマトペ」

  アメリカの作家ロジャー・パルパースさんが書いた「驚くべき日本語」(集英社)という本大好きで何度も読み返しています。この本の中に《おそろしく広大で美しい日本語のオノマトペの世界》というタイトルの一文があるので、今日は日本語ならではの「オノパトペ」を紹介します。

  まず、「オノマトペ」とは何かを説明しなければなりません。これは実はフランス語で訳すと「擬音語」や「擬態語」のことで、例えば犬は「ワンワン」烏は「カアカア」風は「ヒューヒュー」胸は「ドキドキ」猫は「ニャーニャー」鼠は「チューチュー」豚は「ブーブー」雨が「ザアザア」雪が「コンコン」雷が「ゴロゴロ」。これらをみんな「オノマトペ」というのです。

  パルバースさんは、石川啄木の言葉の中から「はたらけど はたらけど なおわがくらし楽にならざり ぢっと手を見る」を挙げ、この「ぢっと」は、普通、動詞を修飾する副詞に分類されますが、同時に「擬態語」の一種でもあると言ってます。つまり、感覚的に近い音に代えて「真似る」表現なのです。

  「ぢっと」は「ぢっと見つめる」「ぢっと動かない」「ぢっと耐える」のように、神経を集中させて、そのまま同じ動作を継続する状態、あるいは静止した状態を表しているのです。外国人のパルパースさんが、この言葉は「日本語の表現の世界を豊かにしてるだけではなく、日本語それ自体が持つもともとの柔軟性を更に高めている」と絶賛。日本人はもっと日本語の優秀性を認識すべきだと思いました。では「オノマトペ」の一覧です。

頼朝と義経の兄弟の確執

 頼朝と異母兄弟の義経が仲が悪かった事は有名な話で、どなたも御存知でしょう。昨日、ネットサーフィンをしていたら、「なぜ源頼朝・源義経兄弟の間に確執がうまれたのか?」というサイトを発見。このことについては前から関心があるので取り上げることにしました。それにしても、二人の不仲はとても哀し過ぎます。

  ところで、1160年、平治の乱により、平氏が後白河法皇と結び、源氏勢力を排除した時から始まっています。平氏は平清盛が朝廷における最上位である太政大臣に任命され、朝廷の重役を一族で占めるほどの栄華を極めました。こうした中,1180年に高倉天皇と清盛の娘徳子との間に生まれた安徳天皇が即位。

  皇位継承が絶望的となった以仁王が源頼政と共に挙兵し平氏を追討、安徳天皇を廃位し新政権の樹立を目指した令旨を発布して源平の争乱が始まったのです。源頼朝も以仁王の令旨に応じ挙兵、そこにやってきたのが奥州藤原氏に身を寄せていた源義経。その後の義経の戦功が華々しかったことはどなたも御存知でしょう。

  ことに1184年に摂津・福原で起こった一の谷の戦いでは攻め入ることは難しいと言われた断崖絶壁をかけ下り、意表をつかれた平氏を混乱のうちに敗走させたのは有名な話です。この勝利により、義経は意気揚々と京都に凱旋しますが、頼朝は何の恩賞を与えないばかりか、その武功を讃えることも無かったのです。では、二人の確執の最大の理由は、一ノ谷の戦い後、後白河法皇が平氏追討の褒美として義経を検非違使に任命したことだとか。果たして本当でしょうか。私には単純にどうしても異母兄弟故の確執に思えてなりません。

地球で最強の生物クマムシ

 もし、あなたに地球で最強の生物は何かと訊いたら、あなたは何と答えるでしょうか。ゾウ、ライオン、はたまた、カバなどと言ってはいけません。地球で最も強い(正確にはタフ)生き物は何と体長が1ミリ以下(0.2ミリ)のクマムシなのです。何しろ8本の足を使ってゆっくり歩くので緩歩動物と呼ばれています。

  クマムシの仲間は世界で350種、日本だけでも30種はいます。クマムシはかわいいマスクをしてるので、地球最強と言われても誰もピンとこないでしょう。しかし、気温150度からマイナス200度というほかの動物だったら死んでしまうほどの過酷な環境に身をおいても生きていく事が出来るのです。

  ことに低温に非常に強く、これ以上温度が下がらないという絶対零度に近い温度になっても生きていた記録があるくらいです。また、水が無い乾燥状態でも数十年持ちこたえることが確認され、その上、空気の無い宇宙空間でも10日間生存していたことがあるくらい驚異的な生物なのです。

  では、なぜクマムシがここまで過酷な環境になっても堪えられるかと言うと、乾燥したり、温度が低くなったり、酸素が少なくなったりして生命の危機にさらされるとクマムシは「樽」のような形になって、これを「クリプトビオシス」という仮死状態になって凌いでしまうのです。それではクマムシの映像です。

燃えているのではない太陽

  大空に燦然と輝く太陽。私たち人間の生命の「みなもと」と言える太陽の話をします。表面温度約6000度、中心になると1600万度にも達している太陽、鉄を作る高炉内の温度が約2000度であることを考えると、その凄さが解ると思います。ところで、私たちはその姿から、つい「太陽が燃えている」と言ってしまいます。

  ところで「燃える」という現象をもう少し正確に言うと「燃焼」で、ある物質が酸素と結合し、化学変化を起こすことです。ところが、実は太陽の中心部分で熱や光を発生させているのは、燃えているからではなくて「核融合反応」なのです。つまり、4つの水素原子が1つのヘリユウム原子を作っているのです。

  その時、質量が減ってしまい、その減った分が熱や光のエネルギーに変化すると言っていいでしょう。太陽の減った質量は何と1秒間に約400万トン、それが熱や光のエネルギーを生み出しているのです。そのことを言い換えると、地球上の生物は太陽が身を削って私たちを養ってくれているにほかなりません。

  それではネットにある「太陽 って どんな星?」というタイトルのサイトをご覧になって、太陽のことをよく知って下さい。まず大きさは直径約139万キロメートール、これは地球が横に109個並ぶ大きさです。そして、重さは地球の約33万倍。そのほか、太陽のことが非常によく解り、これを読めば「太陽のツー」になるのは間違いありません。それにしても、何でそんな巨大なモノが出来たのか宇宙は謎に満ちています。

 

飽きない「けん玉」の凄いワザ

 今や、けん玉は世界選手権が行われるほど、世界的に流行っているのだそうです。何しろ、日本伝統の遊びが世界中の人に愛好されているとは嬉しい限りですが、世界けん玉選手権で決勝トーナメントに進出した日本の小学五年生のスーパーテクニックのYouTubeがありますので、ちょっとご覧になって下さい。

  いやはや、驚異的なワザに圧倒された方がいっぱいおられるはずです。恐らく彼はかななり小さい頃から遊んでいたに違いありません。ところで、けん玉にはワザに対し名前が付いていて、その難易度によって、段位が与えられるようになっています。ネットにワザの名前と動作があるのでご覧になるといいでしょう。

 私も小さい頃、けん玉はかなり遊んだ経験がありますが、段位を取るどころか、いつしか飽きてしまい、止めてしまったことをかすかに覚えています。ところで、日本には日本けん玉協会主催のけん玉道日本選手権があり、第41回のお知らせがあるので、自信のある方は参加するといいでしょう。

  それでは、ちょっと古い2015年のけん玉世界大会のフリースタイルの映像があり、外人が実に凄いワザを連発しているのでご覧になって下さい。こうなると、けん玉と言うより正に曲芸、いくら見ていても飽きません。ところで、タレントでけん玉が得意の人は安田美沙子、山本耕史、ペナルティ ワッキー、箕輪はるかだそうです。

英語以外の初のアカデミー賞

  本当は映画を観てからアップしたかったのですが、実は韓国映画がちょっと苦手なので、映画大辞典の「パラサイト」のレビューを読んだだけで書くことにしました。ともかく、英語以外の映画が、アカデミー賞を受賞するなんて、映画界における大事件と言っても過言ではないかも知れません。

 それを理解するには、ネットに《「パラサイト」がアカデミー賞を受賞できた理由》という記事がるので、ちょっとそれをお読みになるといいでしょう。それによると、海外のアカデミー賞に投票する人の変化が大きいようです。そこに書いてある一部をそのままコピーするのがいいかも知れません。

  《海外の映画人(アカデミー賞に投票する人)の多くは、「パラサイト」を北米公開よりずっと前の5月にカンヌ映画祭で見ており、また、ポン・ジュノの過去作も見ている。そんな彼らは、「アカデミー作品賞に韓国映画はふさわしくない」などという考え方をしない。そもそも、アカデミー作品賞は英語でなければいけないというのは、アメリカ人の単なる思い込みである》。

  つまり、どうやら、アカデミー賞に投票する人の母体がもたらした結果のようです。何しろ、日本映画の中にも、過去、アカデミー賞に値する映画が沢山あったのに、ほとんど100年間、英語の映画以外を選んでないのですから、映画ファンとしてとても残念です。では、アカデミー賞を選ぶ方法です。

感染は世界100ヶ国10万人

  3月8日、日曜日の朝日新聞朝刊を見たら、3月7日現在、新型コロナウイルスの感染者数が何と世界100ヶ国に及び、10万人を越えたそうです。昨年の12月に中国で初の発症者が出てから約3ヶ月、世界保健機構(WHO)やアメリカ疾病対策センターの情報をまとめると、感染者が最も多いのは中国。

 次いで韓国、イラン、イタリアで、死者は計3519人になり、これは2002年から2003年にかけて流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の死者774人の4倍以上の凄まじさです。何しろ、南米のペルー、コロンビア、南アフリカのトーゴでも感染者が確認されています。

  ところで、この日の朝日新聞の「日曜に想う」に、アルベール・カミュの名作「ペスト」のことが書いてあったので紹介します。小説の舞台は深刻な伝染病が発生したアルジェリアの地方都市オラン。街は中国の武漢と同じに封鎖されます。そして、登場人物の一人の嘆きの言葉は「このいまいましい病気め。かかってない人まで心は感染してる」と。確かに日本においても、紙を買いあさる人が沢山いて、スーパーにもコンビニにもトイレットペーパーが有りません。

  カミュの小説はペスト菌が終わることを待つばかりに見えるオランの街を「待合室」にたとえています。  オランの人々はただ待っているばかりではありません。主人公の医師は増え続ける犠牲者に打ちのめされながら睡眠時間を4時間に削り闘い続け、《ペストに対するただ一つの闘い方は「誠実さ」です」と言ってます。世界中の新型コロナウイルス関係者は、カミュにならい「誠実さ」でこの困難に打ち勝って欲しいです。

「副都心線」急行のかぶりつき

  2008年6月14日、東京メトロ「副都心線」が開通しました。区間は埼玉県の和光市駅から東京の小竹向原駅、池袋駅を経由して東京渋谷駅までの20.2キロです。しかも、メトロとしては初めての急行があり、東新宿駅で追い越します。鉄道マニアのハシクレとしては、当然、追い越す瞬間を「かぶりつき」で見たいものです。

 ところで、ネットに急行の運転席から見た映像(新宿三丁目→池袋のYouTube)がありました。つまり、「かぶりつき」の視点で「副都心線」に乗れるのです。鉄道が好きな方ならどなたも経験してるはずですが、「かぶりつき」は誰でも簡単に確保出来るわけではありません。そうです、先客があるのです。

 よしんばうまくいっても、カーテンが降りていて外を見ることが出来ないことだってあるのです。思わず、運転手の意地悪と思ってしまいますが、光の関係で、運転手が運転しづらく、カーテンを降ろすことがあるのを、マニアなら知っていなくてはなりません。そんな次第でこの映像、とても貴重です。

 で「副都心線」は、その後、2012年7月24日、東急東横線と相互乗り入れ(渋谷から横浜の路線図)して、埼玉県の和光市駅から何と神奈川県の横浜駅まで乗り換えないで行けるようになったのです。勿論、この日私は、用事もないのに池袋駅から横浜駅までひたすら電車に揺られ、普段、観ない景色を満喫しながら世の中の驚くべき進歩を味あってきました。どうか、時間の無駄などと言わないで下さい。

村上春樹の虜になった小説

 村上春樹の小説は、デビュー作の「風の歌を聴け」を始め、大ヒットした「ノルウェイの森」や「アフターダーク」「ダンス・ダンス・ダンス」などを読んで、どの作品も感心していましたが、私を完璧に村上春樹の虜にしたのは色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(2013年発刊)でしょう。私はこの長い小説を完全に二度読んでいます。

  何しろ、書き出しが《大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。…》と衝撃的で、絶対、中断出来ない仕組みです。そして、主人公の20歳の大学生多崎つくるの4人の同級生の姓が、赤松、青海、白根、黒埜で白根と黒埜を女性にして印象づけています。

  この設定のお陰で、小説を読んでいる時、誰が誰とどうなったか、ページを遡って見る必要が無く、明確に人物像が頭に出てきます。これぞ、村上春樹の真骨頂と言ってもいいかも知れません。それに、更にもう一つが、題名に入ってる「巡礼の年」はリストのピアノ曲で、あまり有名では無く、私も聴いたことがないのでCDを買ってしまいました。(村上さんのお陰でCDいっぱい売れたようです)

  音楽について言えば、村上春樹が早大在学中にジャズ喫茶を経営していたくらいジャズに詳しいのは有名ですが、クラシックも世界的指揮者小澤征爾との対談「小澤征爾さんと、音楽について話をする」という対談集を出版しているほど自信があり、あまり有名でない曲をあえて探したに違いないと思いました。それにしても、この小説のストーリー、抜群の面白さで、三回目を読みたい欲望に負けそうです。ともかく、ハルキストが否かに関係なく、絶対にお薦めの小説と声を大にして言います。

 

「スタバ」で注文する時の文言

 家から直ぐ近くのコンビニ「ファミリーマート」に寄ったら本の売場に「STARBUCKS OFFICIAL BOOK」を発見。「スタバ」が好きな私は、こんな本、一冊持っていてもいいと、早速、買って家に帰ってペラペラ見ていると《日本のスターバックスはここから始まった》が眼にとまり「銀座松屋通り店」の写真が載ってます。

  勿論、何度も行ってる店ですが、前に女性の店員に「この店が日本の第一号店なのを知ってます?」と聞いてみたら、女性は笑顔と共に「知ってますよ。それでこの店に入ったんです」と言われたのを思い出しました。ところで、この記事は「スタバ」の初代代表取締役最高経営責任者角田雄二氏へのインタビューです。

  ちょっと、角田さんが「スタバ」に入社した経緯を書きましょう。角田さんが「スタバ」の存在を知ったのは1992年の春。ロサンゼルスで自身が経営するレストランを成功させていた頃、ロサンゼルスにある「スタバ」に、偶然、入った店の店員のビックスマイルに魅せられ、社長に手紙を書いたのが入社したきっかけです。

 話は変わって、JR池袋駅周辺には幾つも「スタバ」があり、私が何度も行ってる店を紹介すると東武デパート七階の「旭屋書店」(ここは商品の本を店に持ち込んでタダで読めます)の中、同じビルの二階、西武デパートの直ぐ近くの店で時々ライブを行う所、サンシャインビルの中の店など。そして、私がレジで店員に言うセリフは必ずいつも決まっていて「ほうじ茶ティーラテのショートをマグカップで(こう言えば決して紙コップを使いません)」。これにハチミツを少したらす(ある店のバリスタが教えてくれたこと)と美味しいのです。今度行ったら、是非、お試しを。

歴史上の5つのミステリー

 今朝、ネットで歴史好きにとって堪らない記事を発見しましたので紹介しましょう。そのタイトルは「聖徳太子、小野小町は本当に存在したのか?」。書いてる方は花園 祐という上海在住のジャーナリスト、どうやら歴史上の10のミステリーを紹介する試みで、今回はそのうちの5つです。

  その5つのテーマとは、①銅鐸は本当に楽器なのか?②聖徳太子は本当に存在したのか?③平安朝の美人はいったい誰なのか?④時の最高権力者、源頼朝の死因は何か?⑤結局、明智光秀はなぜ裏切ったのか?興味がある方は、本文を直接読んで頂くとして、今回はそのうち⑤の本能寺の変のことをざっと書きます。

  この事件については、今年のNHKの大河ドラマ「麒麟が来る」に取り上げられていますが、沢山の人が色々な説を書いています。ここでも著者は《これまでに挙げられている説を大きく整理すると、謀反は光秀の単独犯によるものか、黒幕が他にいるかの2つにまず大別されます。

 単独犯説では、頭髪が薄いことをからかわれたことへの怒りなど信長個人に対する遺恨、織田家の戦略への反発、待遇への不満、将来への不安などサラリーマンのような理由のほか、自身が天下を取ることへの野心などが説として挙げられています》と。それにしても、頭髪が薄いことをからかわれたことへの怒りとは初耳ですが、そんな理由で果たして人を殺めるでしょうか。「本能寺の変」は正に本当にミステリーです。

良い「接続詞」が文章の極意

 約10年前にブログを始め、毎日のように文章を書くことになり、文章の重要な担い手とも言える「接続詞」に大きな関心を持つようになりました。そこで買ったのが石黒圭著「文章は接続詞で決まる」(光文社)。一橋大学を卒業していながら早稲田大学でも教鞭をとる石黒圭氏は接続詞を四種十類に分けています。

  1.論理の接続詞は、①「順接の接続詞」の「だから」「それなら」、②「逆説の接続詞」の「しかし」「ところが」。2.整理の接続詞は③「並列の接続詞」の「そして」「それに」「かつ」、④「対比の接続詞」の「一方」「または」、⑤「列挙の接続詞」の「第一に」「最初に」「まず」。3.理解の接続詞は、⑥「換言の接続詞」の「つまり」「むしろ」。

 ⑦「例示の接続詞」の「たとえば」「とくに」、⑧「補足の接続詞」の「なぜなら」「ただし」。4.展開の接続詞は、⑨「転換の接続詞」の「さて」「では」、⑩「結論の接続詞」の「このように」「とにかく」。このように、すべての接続詞の系列を分類してみると、文章の流れを読んでいる人に接続詞が重要な役目を担っていることがよく解ります。

 それでは、ちょっと一番重要と言える論理の接続詞について説明しましょう。この本の解説によると、前後の文脈が条件関係によって関連づけられることを示す接続詞で、既存の条件関係を下敷きにして理解させます。そして、読み手の推論を限定し、文章の論理性や説得力を高めるのに役立ちます。これからも適切な接続詞を選び、拙ブログ「ドアのない談話室」を盛りあげようと思っていますので、「接続詞」の使い方に、是非、注目して下さい。

日銀の「マイナス金利政策」

 昨日2月24日(月)の朝日新聞朝刊を見て、ついに来るべき時が来たと思いました。現役時代、会社で常務取締役経理部長の職にあり、銀行の定期預金の年利が6%~8%(100万円の利息が何と8万円)だった経験がある者としては腰を抜かさんばかりで、銀行が預金に利息を支払うどころか、預かり手数料を徴収するというのです。

  その原因は日本銀行の「マイナス金利政策」で、この政策を始めてから今月で4年ですが、ちょっと間単にこの政策を説明します。本来、民間銀行が日銀にお金を預けると金利を貰えます。ところが、日銀は金利を支払うのではなくて、逆に銀行からお金を貰うのが「マイナス金利政策」です。

 銀行は損するため、日銀に預けずに企業への貸し出しにお金をまわすよう促すねらいですが、金利が下がり、投資を活発にして経済成長につながる一方、銀行は利益が得難くなり、銀行の収益はじわじわ悪化してきたのです。そこで、考えたのが、使われてない普通預金口座に維持管理手数料を課そうというのです。

  すでに、地方銀行、信用金庫などが次々に導入し、この動きは、今後加速し、使われていない普通預金口座だけではなく、メガバンクでも、三菱UFJ銀行が今秋以降開設の新規口座でも考えているそうですから、すべての銀行が普通預金の維持管理手数料を徴収する日が訪れるかも知れません。いやはや。

鎌倉の街と美しい唱歌「鎌倉」

 昨日は2020年(令和2年)2月22日の土曜日、午前9時30分より日本テレビの私が好きなテレビ番組の一つ「ぶらり途中下車の旅」を観ました、旅人は笑点のメンバーで武蔵野美術大学卒業の林家たい平、旅する電車は江ノ電。当然、江ノ電の走っているところは鎌倉で、旅人はその中を歩きます。

  まずスタートは鶴岡八幡宮、咲き始めた境内の梅がきれいです。旅人の落語家は「白米とかけて極上のトロのにぎりととく、こころはウメーなどと言ってました。次に訪れたのは、日本初の「自家製生あま酒専門店」、ホットとアイスがあって、アイスの方を注文したら、まるでパフェのようなあまざけが出てきてびっくりです。

  ところで、鎌倉と言えば私の大好きな歌をどうしても紹介したくなりました。かって、小学校唱歌だったこよなく美しい「鎌倉。「七里ヶ浜の磯づたい 稲村ヶ崎名将の 剣投ぜし古戦場 極楽寺坂越え行けば 長谷観音の堂近く 露坐の大仏おわします 由比の浜辺を右に見て 雪の下村過ぎ行けば 八幡宮の御社。

 上るや石のきざはしの 左に高き大銀杏  問わばや遠き世々の跡 若宮堂の舞の袖  しずのおだまきくりかえし 返せし人をしのびつつ 鎌倉宮にもうでては 尽きせぬ親王のみうらみに 悲憤の涙わきぬべし 歴史は長き七百年 興亡すべて夢に似て 英雄墓は苔むしぬ 建長円覚古寺の 山門高き松風に 昔の音やこもるらん」。鎌倉、街も歌も良くて大好きです。

持統天皇に背いた数学者

  月刊「文藝春秋」は、毎月、買っているわけではなく、三月号だけは芥川賞受賞作全文と選者のコメントが載っているのでいつも必ず買っています。今年も買って、まず巻頭随筆のタイトルを見たら真っ先に眼に入ったのが東大卒業の数学者藤原正彦氏の「持統天皇に背いた私」。

 一体、藤原氏は何を持統天皇に背いたのか気になって、芥川賞受賞作品「背高泡立草」より先に藤原氏の随筆を読んだのです。そして、藤原氏が何を持統天皇に背いたのが判明。この随筆の骨子は、日本でも観光客の増加や税収増を狙った「IR推進法」が成立し、「カジノ解禁」になった話です。

  藤原氏は、当然、カジノすなはち賭博では胴元が儲かることになっているのを知っていながら、ある著名な数学者がカリフォルニア大学に客員教授として滞在中に賭博にはまり、毎週末、ラスベガスやリノへ行って賭博をしていた事や藤原氏自身もあるカジノで夢中になって賭博をした事を書いてます。

 それは、藤原氏が29歳になったばかりの頃で、藤原氏の文章をそのままコピーしましょう。《ミシガン大学で研究一筋の生活を送ろうと、日本を出た私はなぜか乗り継ぎのロサンジェルスでラスベガス行きの長距離バスに乗ってしまった。……私はとあるカジノに入った。……約三十時間、不眠不休でギャンブルし続けた。その結果、ミシガンへの航空運賃と、当地で当面必要であろう五十ドルを残し、すべての現金とトラベラーズチェックを使い果たした。数学の正しさを身をもって証明したとも言える。……》。藤原正彦氏は飛鳥時代の689年に賭博を禁止した持統天皇(日本三人目の女性の天皇)に背いたのです。

大好きな洋画家松井ヨシアキ

  今から10年ほど前、会社をリタイヤした頃、よく銀座のソニー・ビルに入り浸っていた関係で、その隣にある日動画廊に好きな絵を観に行きました。ある日、壁に掛けてある絵で色遣いが私の好みの絵が眼に入り、それからいつもその絵の前に長時間いることが多くなり、その洋画家の名前は松井ヨシアキ。

   ネットに松井ヨシアキ氏がご自分の絵を語っている一文があるので紹介しましょう。自分で描いた絵を自分で語るのは最も確実な評価です。「現在のパリとともに、いろいろな記憶、さまざまな時間の中にあるパリを描いています。実際にあるもののディテールを拾い上げ、それを舞台装置のようにして、僕の心の中を表しています。

  描くことは記憶の奥底にある音や光、闇や影を追い、眼前に広がる事象と溶けあわせ、イリュージョンの世界を作り出すことだという。アパートの一室から見渡した空の表情、何げない日常を切り取り、そこに生きる人の姿と心のありようを映し、見る者の心の震えと重なりあっていく。

  街角で演奏する音楽家の姿に心を引かれ、視線を浴びて踊るダンサーのパフォーマンスに胸が高まります。時には常軌を逸してしまったかのような精神の境地に達しているのを見つけ、その感動をそのまま描きたいと筆を執ります」(《美のクリエイター洋画家松井ヨシアキ》からの引用)。では、鮮やかな色彩に満ちた「松井ヨシアキ画集」をじっくりご覧になって下さい。絵にカーソルを持っていき、クリックすると拡大出来ます。きっと心が癒されます。

突如出現の「やきいも専門店」

 家の近所の江古田商店街をぶらぶら歩いていたら、おしゃれなノレンに「創業百九年 四代目 目利き やきいも」と書いてあるお店を発見。ウィンドウの中を見ると、美味しそうなやきいもが10本ほど並んでいて、入口にあるメニューには「全商品、一点でもお持ち帰り頂けます」とあります。

  どうやら、扱っている品物はやきいもばかりではなく、入口のメニューにはやきいも甘酒、やきいもラテなどが載っていて、やきいもが好物の私は、入口から奥を覗くと、「いらっしやいませ」と出てきたのは私の予想に反しおじさんではなくて、もしかしたら店主かも知れない頭がキレそうできれいな若い女性。

  冬の風物詩やきいもを若い女性が売るなど、これを始めた方のセンスに感心しながら、やきいも2本を1160円で買い、全金種が分けて入る私の自慢のコゼニ入れを手にしました。そして、これより100円玉1枚、50円玉1枚、10円玉1枚をつまんで取り出し、それに千円札1枚を加えて渡したら、彼女は感心したような顔をして品物を渡してくれました。

   それでは、「やきいも」が入った俳句を幾つか並べましょう。まず吹田孤蓬の「焼芋を 二つに折れば 鼻熱し」、室生犀星の「焼芋の 固きをつつく 火箸かな」、そして、日野草城の「焼芋や 月の叡山 如意ヶ岳」。「やきいも」が冬の季語なのは言うまでもありませんが、それにしても、やきいも、美味しいです。では、江戸時代のやきいもの話です。

豪華客船の日程コース料金

 現在、横浜港から動けない豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」、家族と楽しみにしていたクルーズが台無しになって気の毒ですが、ネットにコースや料金などを詳しく書いたサイトがあるので、ご覧になったらいかがでしょう。それにしても、感染防止のため、乗客が下船出来るのは早くても2月19日以降とは何という不運。

  「ダイヤモンド・プリンセス」の日本発着クルーズは2021年1月まで通年で運行することが決まっていて、クルーズ料金や日程ともすでに発表済。しかし、今回の影響で変更になることもあるかも知れません。ともかく、豪華客船によるクルーズ、そう驚くような金額ではないようです。

  例えば、2020年2月から3月の間は、横浜発着9日間は70,000円、神戸発着9日間は70,000円、名古屋発横浜着8日間は70,000円、神戸発横浜着7日間は90,000円のクルーズが設定されていて、10万円以下でも豪華客船の旅を楽しめます。

 では、日程やコースなど詳しいことは「ダイヤモンド・プリンセスクルーズ料金まとめ」というサイトがあります。この中には実際に「ダイヤモンド・プリンセス」のクルーズを体験した方のブログなどありますから参考になるかも知れません。ともかく、会社をリタイアした直後に家内と体験すべきクルーズだと思いました。

人間不信で苦悩の沢尻エリカ

 昨年、合成麻薬等の所持容疑で逮捕された女優沢尻エリカの初公判が1月31日に行われました。「週刊文春」2月13日号にそのことに関し、新聞では読まなかったことが書いてあるので、この「週刊文春」を買わなかった人のために紹介します。中々興味あることが書いてあり、情報網の威力でしょう。

  沢尻は「現実から逃避した世界と薬物がつなげた偽りの友情から抜け出せなかった」と発言し、検察官との質疑応答で、「なぜ甘い考えを抱いたのか?」と検察官から核心的な質問が飛ぶと、沢尻は解答に窮して沈黙を続け「それは今でも自分の中で自問しています」と答えるのに精一杯。

 雑誌の記事に沢尻が入院している慶応大学病院内の病室の彼女の姿が書いてあるので書き出します。彼女は窓もカーテンも締め切り、反省した様子で、終日、ぽーっとしていて、逮捕されて以来、一度も日の光を浴びていません。病室のテレビもつけず、パソコンも携帯も弁護士に預けたまま。

  つまり、一切の情報から距離を置いて、逮捕と同時に、これまでの友人関係が偽りだったことを思い知り、ほとんど「人間不信」の状態。沢尻は女優復帰はあり得ないと言っていますが、女優をやめて、NHKだけで5億円、総額10億円を越えると言われている違約金や賠償金を支払えるのでしょうか。

エレベーターの中の沈黙理由

 エレベーターの中で、人の会話を聞いた経験は、恐らく大抵の方が無いでしょう。その理由はマナーの問題だけではないのです。ネットに「エレベーター内の会話はNG! 意外と知らないエレベーターのビジネスマナー」という記事がありました。しかし、エレベーターの中は知人、友人と一緒でも会話を交わさない方がいい理由があるのです。

  エレベーターの中で会話をすれば、一緒に乗っているすべての人の耳に入るのは当然と言っていいでしょう。従って、何を話題にするか考えなければなりません。まさか重大な秘密を話さないまでも、見ず知らずの人に聞かせたくないことだってあるのです。それを考えると、沈黙がベストなのです。

  第一、エレベーターの中の滞在はそう長い時間ではありません。どちらかが、何か適切な話題を見つけて話始めても、中途半端でエレベーターを出ることになり、やっぱり黙って数分間を過ごした方が賢明だったという後悔だけが残るのです。そこで、エレベーターの中のすべての人はただひたすら沈黙。

 すると、このエレベーターの中の静寂で笑いたくなる人がいるとみえて、ネットに「静かなエレベーターでついつい笑ってしまうのを防ぐ方法」というショート・エッセイを発見、読んでみると面白いので紹介します。別に私は笑いたくなることはなく、いつもじっと数分間の奇妙な静寂を楽しんでいます。

何度も観たくなる珠玉の映画

 古今東西、世界中に沢山の恋愛映画が存在しますが、映画ファンを自負する私が、過去に観た映画のベスト3に絶対に入れたい素敵な映画を紹介します。その映画の邦題は「恋人までの距離」(何という拙悪なセンスでしょう)、原題は「BEFORE SUNRISE」で1995年制作の米、オーストラリア、スイスの合作映画です。

 ちょっと、映画の簡単なシノプシスを書き出しましょう。列車の中でアメリカの青年が、ひょんなことからフランスの女性に出合い、話が非常に合って、目的地の途中のウイーンで下車して一緒に街を歩かないかと提案します。女性もそれに同意し、知的な会話を重ねつつウイーンの街を散策します。

  二人が出会う二人組の演劇青年、手相をお金を取って見てくれる中年の女性、何でもいいから何か言葉をくれたらそれをベースに即興の詩を作り、もしそれを気にいったら幾らかのお金が欲しいという青年など。そのやりとりの会話が実に知的で、観客は映画の中に引き込まれるのは間違いありません。

  そして、二人はウイーンの街の野原に寝っ転がって夜を明かし、やがて、列車に乗る時間がやってきます。しかし、二人はお互いに連絡先を伝えずに、もし、もう一度会いたくなったら、一年後の何時何分に駅のある場所に来る約束をして、彼女の乗った列車は動き出します。なんという切ない「別れ」でしょう。その結果は「BEFORE SUNSET」という9年後に作った続編にあります。ともかく、1995年ベルリン映画祭最優秀監督賞を受賞したこの映画予告編)、絶対にお奨めです。映画が好きなら間違いなく10点です。

「だじゃれ」で遊べる日本語

  何もいまさら説明することではありませんが、日本語は同じ言葉でも読み方が違い、そして、意味もまったく異なる非常に便利な特別な言語です。従って、この特殊性を利用して「だじゃれ」という言葉遊びが生まれました。ネットにこの「だじゃれ」を集めた「究極のだじゃれ集」がありますからご覧になって下さい。

  そう驚くような傑作はありませんが、中に気にいった作品が幾つかあるので書き出します。まず「夏の夜は パジャマじゃ暑い やっぱじゃま」「食いしん坊はまずくても苦い辛抱」「関西の人は建築にうるさいって?なんで屋根」。駄作ばかりでがっかりした方は自分で作るるよりありません。

  ところで、「だじゃれ」は日本語だけの遊びと思っていたら、何と英語でもあるのです。ネットに「英語でだってダジャレを言ってみたい!英語のダジャレまとめ」というサイトを発見しました。英語が得意な方はちょっとご覧になるといいかも知れません。最後に知る人ぞ知るの「だじゃれ」を紹介します。

 これは日本語と英語を交えた「だじゃれ」です。「犬小屋」のことを英語で何というかご存じでしょうか。その答は「KENNEL」、つまり、「ケンネル」で「犬寝る」と書けるのです。そして、もう一つ、日本語と英語をドッキングした「だじゃれ」です。辞書のことを「DICTIONARY」といいうのはどなたもご存じですが、その発音は「ディックショナリー」、この発音が少しナマれば「字ひく書なり」。そう聞こえたフリをして笑って頂けたら嬉しいです。

ヘミングウエイ原作の三映画

 外国映画、ことにアメリカ映画がお好きな方なら、アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウエイの小説が何本も映画化されているのはご存知でしょう。今日はこの中から、三本の映画「脱出」「殺人者」「キリマンジャロの雪」を紹介します。ご覧になっていなかったら、人生、損をしているのは間違いありません。 

  まず、1944年制作の「脱出」。監督はハワード・ホークスで、出演はハンフリー・ボガート、映画初出演のローレン・バコールが話題で、二人は恋に落ち結婚します。ラスト近く、ボガートが抽出の中の拳銃で相手を倒し、窮地を凌ぎ脱出する展開がいいのです。腰をふりながら歩くバコールにボガートがメロメロになったのが解ります。

 次は「殺人者」。原題は「THE KILLERS」ですからそのままずばりです。1946年の制作の白黒映画、ロバート・シオドマク監督の腕が冴えています。出演はバート・ランカスターで、自分を殺しにくる殺し屋が来るのを承知の上で待ってます。その雰囲気が何とも言えません。

  そして、もう一本は「キリマンジャロの雪」。主人公のグレゴリー・ペックが怪我で寝込んだ時の回想が映画のベースです。薄暗いバーで、初対面のエヴァ・ガードナーと生演奏のジャズを聴きながら、顔を寄せて一本のマッチで煙草に火をつける有名なシーンがあります。実はこの三本の映画のうち「殺人者」だけがDVDを持ってなくて、ヤマノ楽器で探そうと思っています。

 

脚色がある「関ヶ原の合戦」

 「教えちゃいけない日本史の裏」という本に、1600年(慶長5年)9月15日に起きた関ヶ原の合戦は、小説、映画、ドラマなどで数多く取り上げられていますが、日本一有名な合戦と言っていいでしょうとあります。合戦自体は僅か半日程度で勝敗は決し、そこにある数々のドラマが歴史好きを捉えています。

  中でも、徳川家康が上杉討伐のために東下していた諸将を下野国小山(現在の栃木県小山市)に招集して行われた「小山評定」や、西軍の有力武将だった小早川秀秋の裏切りなどはあまりにも有名ですが、近世史の専門家の一部からは、こうしたエピソードは創作ではないかという指摘があるそうです。

 関ヶ原の戦いで必ず描かれる「小山評定」は、実は行われていなかったというのです。関ヶ原の合戦が行われる前の1600年(慶長5年)7月25日、上杉討伐を中止し、挙兵した石田三成を討つために諸将が西上することを決定したものとして知られていますが、それに関する資料がまったく無いのです。

 また、小早川秀秋は、寝返りに躊躇しながらも家康の催促で、正午頃にようやく西軍を裏切ったとされていますが、家康方の武将が合戦の翌々日に書いた連署状には「開戦直後にすでに小早川秀秋は裏切っていた」とあるのだそうです。つまり、最初から小早川秀秋は西軍ではなくあっさり負けたのでは話が面白く無いので軍記物の作者が脚色した可能性があるのです。いやはや、関ヶ原の合戦には話を面白くするための脚色のアトがあるのです。

アニメの傑作「岸辺のふたり」

  何年か前、紹介したことがあるオランダのアニメ「岸辺のふたり」を、再度、紹介します。原題は「Father and Daughter(父と娘)」ですが、日本公開にあたってタイトルを「岸辺のふたり」に変えたようです。ともかく、8分間の中に人が人を想う切なさを実によく描いています。

  ところで、このアニメ、どこで知ったかというと、かなり前に新宿の「武蔵野館」で、モーニングロードショーという企画で上映していたのを観たのです。僅か8分間なのでほかの映画との抱き合わせだった気がしますがよく覚えていません。ともかく見終わってあまりの素晴らしさにびっくり。家に帰ってネットを探したらありました。

 アメリカのアカデミー賞の短編アニメーション賞受賞、イギリスの短編アニメーション賞受賞、広島国際アニメーション・フェスティヴァル・グランプリ受賞、オランダのアニメーション映画祭グランプリ受賞、ポルトガルのアニメーション・フェスティヴァル・グランプリなど数多くの賞を受賞しています。

 このアニメがこのまま埋もれしまうのは勿体ないので、同じテーマのブログを、再度、書くのは不本意ですが、沢山の方に観て頂くために今日再び書くことにしました。もしご覧になった方は、是非、友人や知人にお知らせ頂ければ嬉しいです。では、これぞアニメの傑作と称賛された作品「岸辺のふたり」、ハンカチを用意してじっくりご覧になって下さい。

 

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