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猛抗議が殺到した野球解説

   最新の「週刊文春」(11月19日号)にこんな記事がありましたので紹介します。日本シリーズ第2戦を生中継したフジテレビに6千件の電話回線がパンクするほど抗議の電話が入ったというのです。それは、この試合にスペシャル・ゲストとして招かれていた元日本ハムの新庄剛志氏と元巨人の清原和博氏の発言についてです。

   私もこの試合を観てましたが、オヤオヤこんなことを言っていいのかなと思ったほどで、やっぱり怒った人沢山いたのですね。この試合を観てない人に雑誌の記事を紹介すると、巨人の一番坂本選手のことをふられた新庄氏は「知らないッス」。また「防御率をどう計算するか解らない」など信じられない言葉の数々。

   そして、清原氏は巨人亀井選手のホームランに対し「ボールが飛ぶようになってきてるね。こんなんあり得ない」とか。また、現役時代の話で「武田投手のシュートが打てなかった。でも、札幌の寿司屋で会った時に、全部オゴってシュートを投げないでと言ったら投げなくなった。彼は本当にナイスガイなんですよ(笑)」にはびっくり。

   あるベテラン解説者が「野球界に未練のない新庄は使ったフジテレビが悪いけど、清原は監督をしたいと言ってる。こんな解説をしている清原に監督の要請なんてあるはずがない」と言ってるそうです。6千件の猛抗議を浴びたフジテレビは11月7日早朝5時からの検証番組でこっそり釈明するハメになったと記事を結んでました。

ブルックナーの絶大な魅力

   ブルックナーの交響曲、大好きです。熱烈なクラシック・ファンでもワーグナーブルックナーマーラーを敬遠する人、結構いるようですが、私はこの三人が殊更お気に入りでよく聴きます。この三人に共通している特徴はどの曲も非常に長いこと。そして、とても情緒的な曲想であること。今回はブルックナーについて書きます。

   シューベルトに「未完成交響曲」がありますが、ブルックナーの交響曲第9番も第4楽章が書かれてない未完成です。しかし、未完成なのによく演奏されていて、沢山のCDが出ています。シューベルトの8番が何故2楽章だけしか作曲しなかったのは永遠の謎ですが、ブルックナーには理由があります。

   ある音楽史の本によると、ブルックナーは交響曲第8番を完成し、順調に第9番の作曲を開始したのにかかわらず、8番に対し否定的な意見を言う人がいて、それにショックを受けたブルックナーは9番をいったん中断して8番の改訂に取り掛かったのです。それにかなりの時間を費やして、9番が未完成のままに世を去っています。

   ブルックナーの交響曲の中で最高傑作は第4番の「ロマンティック」と一般的に言われていますが、私は第7番第8番第9番の三曲が殊に好きです。どの曲も雄大なスケールで最弱音から最強音への落差の大きな移行の中に美しい旋律をちりばめているブルックナー。ブルックナーには絶大な魅力があります。

ユーモラスな推理小説

   阿刀田高著「ミステリーのおきて102条」(角川書店)滅法面白くて、その中から「密室のユーモア」という題のものを紹介します。前にブログで《推理小説の華「密室崩し」》を記しましたが、著者はこの密室殺人をテーマにしたウイリアム・ブルテンという作家の短編ミステリーのことを書いています。

   その小説のタイトルは「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」(論創社)。阿刀田氏は《ミステリーの書き手の立場から言うと、この作品はちょっと悩ましい。少なくても私はミステリーを書こうとしているとき、しばしばこの作品を思い浮かべてしまう》とか。つまり、この小説のような組立を果たして読者は受け入れてくれるのかにです。

   この作品のタイトルに含まれているジョン・ディクスン・カーは推理小説界の大御所的存在で密室ものを得意としている作家です。この小説の主人公はディクスン・カーを愛読していて密室殺人を企てます。ターゲットは財産家の叔父で、財産が自分にくる遺言を書き変えないうちに何とかしなければと考えたのです。

   叔父と一緒に住んでいる邸宅には図書館があり、その部屋は出入口のドアを除くと人が出入り出来る所は一つもありません。主人公は絶対に解けない精巧で完璧な密室トリックを考案し、ものの見事に成功して目的を達成。しかし、簡単に捕まってしまいます。その原因はドアの鍵を掛け忘れたからです。いやはや。

「七五三」の由来

   明後日11月15日は「七五三」のお祝いの日で、晴れ着をまとい、千歳飴を手にした子供たちが、親に手を引かれて神社にお参りする姿が全国で見られます。しかし、この子供の成長を祝う行事はそもそも正月の吉日か、誕生日に行われたものだったのが、いつしか関東地方を中心に11月15日になったのだとか。

   その根拠は9世紀~17世紀に用いられていた「宣命暦」で、この日が全ての祝い事に最良の日とされていたこと、さらに、徳川三代将軍家光の四男徳松(のちの五代将軍綱吉)の五歳のお祝いを、1650年(慶安3年)11月15日にとり行ったことが、後にこの日が「七五三」になった由来とインターネットに書いてあります。

   「七五三」は奇数を縁起のよい数と考える中国思想に基づくもので、五歳の男児、三歳と七歳の女児を祝い、現在のような形で全国的に一般化したのは、第二次大戦以後のことだそうです。そして、「七五三」に欠かせない「千歳飴」は、松竹梅や鶴亀が描かれた袋の中に紅白の棒飴が入ったもの。

   これは、江戸時代の初めに浅草で「千年飴」「寿命飴」として売られたのが始まりで「百歳千歳(ももせちとせ)」の健康と成長を願う縁起飴で、長い形状から命が延びるとして喜ばれます。そして、おめでたい日に欠かせないものに、もち米にアズキを入れて蒸したお赤飯。どちらもお参りのあとに親類縁者に配る風習があります。

「歩く」ことは健康法の王様

   京都大学名誉教授の大島清氏の書いた「歩くとなぜいいか?」(PHP文庫)という本を持っています。大島氏は最初に《「ダイエットありき」あるいは「生活習慣病ありき」ではなく、「歩く楽しみ」があり、その結果としてダイエットになり、長生きができ、脳年齢が若くなり、ボケ防止になり、生活習慣病の予防になる》と書いています。

   「歩く」という行為が健康にいいということはかねがね聞いていましたが「歩く」ということだけのテーマで、文庫本とは言え200ページを超す本を書いてしまうのですから大学教授は凄いですね。ともかく現代人は歩く歩数が減っていて、平均すると一日5,000歩、万歩計を活用して出来れば10,000歩くらいは歩いて欲しいとか。

   大島氏は歩くことによる効果を[身体もも若返る][血管年齢が若返る][心臓病から遠ざかる][生活習慣病の予防になる][ガンの予防が期待出来る][脂肪がよく燃えてやせられる][骨が丈夫になる][よく眠れる][ボケの防止になる][風邪を引かなくなる]などと挙げていて、正に健康法の王様であると力説しています。

   歩くと何故脳が若返るかという理論的根拠は、人間の足と脳は直結しているからだそうで、足には大腿筋という大きな筋肉があり、歩くことによってその筋肉が動くと、神経組織を通じて大きな刺激が脳に届きます。脳が刺激されれば活発に活動し「若々しく脳が動く」のだそうです。身体や脳の為に大いに歩きましょう!

恐怖映画の最高峰

   女性が男性を恐怖に追い込む映画に「危険な情事」や「恐怖のメロディ」がありますが、もう一本、凄まじい恐怖映画を紹介します。その映画の題名は「ミザリー」(観た人のコメント)で、その恐さたるや筆舌に尽くしがたいと言っても過言では有りません。もしかしたら、顔を覆った指の間から画面を観ることになるかも。

   ある吹雪の夜、一人の小説家の運転する車が雪道から転落するところから映画は始まります。その小説家は「ミザリー」という連続小説を書いてる人気作家で、結末の原稿をエージェントに届けるところです。小説家は骨折していて落ちた車の中で身動きが出来ない状態。そこに一人の女性が現れて、ドアをこじ開けて助けてくれます。

   彼女はこの小説家の大ファンで車の後をつけていて、偶然、その事故に遭遇。人が通らない所での救出ですから非常にラッキーで、大いに喜ばなければいけないところです。しかし、看護婦の彼女は小説家を自分の車に乗せて家に連れていき結末の原稿を読んで物語展開に激怒。そこから身の毛がよだつ恐怖がスタートします。

   この女性に扮したキャッシー・ベイツの演技たるや特筆に値し、その表情の恐いこと。スティーブン・キングの原作をロブ・ライナーが監督した作品ですが恐怖映画の最高峰と言えるかも知れません。ちなみに、ロブ・ライナー監督は「恋人たちの予感」という素敵な恋愛映画を作っていて、その大きなギャップにたじろぎます。

ピアニストの思考と身体感覚

   10月31日の土曜日まで丸ビル玄関のホールで日本藝術大学、いわゆる芸大がイベントを行ってました。係の人の話によると今年で三年目だそうですが、私にとっては初めての体験。学長とチェリストとのトークがあったり、学生によるピアノ演奏が行われたりしてホールいっぱいの人でした。

   ところで、ピアノ演奏が終わった後、演奏した男子の学生さんを見掛けたので、絶好の機会とばかりに、同じ曲を弾いてもピアニストによって音が違う要素を尋ねてみました。学生さんの答を要約すると「生まれ育った環境により培われた個性」とか。そこで、友人にこのことをメールしたら、何と一冊の本を見つけてくれたのです。

   それは、ピアニストの青柳いづみこさんが書いた「ピアニストは指先で考える」(中央公論社)という本で、言わば、ピアニストの演奏の極意。《…ピアニストの思考は、右手、左手、足、肘、鍵盤、ペダル、椅子、眼、耳、ステージ、衣装、メイク、調律、アンコール、プログラム.など…》。つまり、沢山の要素で演奏が変わるというのです。

   更に《…ピアニストにとっての「椅子」の問題はピアノより切実かも知れない。椅子の高さ低さ、調節のレバー、スツールの材質…何回本番をこなしても、ほとんど理想的だったためしがないのだ。…》と。そう言えば、演奏の始まる前にグレン・グールドは一時間近くも掛けて椅子の高さを調節していたという話を読んだことがあります。

楽しい現代語訳の百人一首

   今年も残り二ヶ月を切りやがてお正月がやってきます。お正月と言えば百人一首。話題としてちょっと早いのですが、私の持ってる本に藪小路雅彦著「超現代語訳 百人一首」(PHP文庫)があります。この本は百人一首の全てを現代風に訳していて、それが何と元の歌と同じ5、7、5、7,7の31文字。

   例えば《恋すてふ わが名はまだき たちにけり 人知れずこそ 思いそめしか》(壬生忠見)は《恋してる 私の名前が ひろまった そっと内緒で 始めたのにさ》解り易くて親しみは持てますが、何だか格調を失っていて、著者には悪いけれど、ちょっとヘンな感じです。しかし、楽しくて傑作なので、あと二首ほど。

   《忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで》(平兼盛)は《かくすけど 顔がゆるんで ばれてるか 恋してるだろうと 人に聞かれる》。また《瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ 》(崇徳院)は《じゃまものが 二人の間を へだてても 後で必ず 逢うつもりです》。

   さて、百人一首には恋の歌が沢山あります。インターネットにこの恋の歌43首を解説してるサイトがあって、中々読ませます。その内、片思いばかり14首を集めたものもあり、人間の恋情は何百年経ってもちっとも変わってないことが解ります。全100首を解説しているサイトがありますので、是非、鑑賞して下さい。

鮮やかな監督の采配

   読売ジャイアンツが7年振りに日本一になった日本シリーズ第6戦をテレビの前で最初から最後までじっくり観戦しました。今シーズンも(!)我が横浜ベイスターズの成績は惨憺たるもので、一年を通してほとんど観なかったプロ野球ですが、やっぱり最高のタイトルが掛かった試合をプロ野球ファンとして観ない訳にはいきません。

   冒頭に先発の東野投手がアクシデントに見舞われ、急遽、内海投手がマウンドに上がった時には正直いって第7戦までいくのではないかと思いました。ところが、内海投手は目が覚めるような好投で、ことに圧巻はランナーを二塁に置いた一打同点の場面で3番稲葉選手と4番高橋選手の連続三振。

   そして、その好投の内海投手を思い切って豊田投手に代えて、その後、山口投手 、越智投手 、クルーン投手とつないだ原監督の鮮やかな投手リレーが日本一を勝ち取った言ってもいいかも知れませんね。それにしても日本ハムのいつもドンドンつながる打線が、王手を掛けられたプレッシャーからかまったく沈黙してしまったのが敗因。

   絶好のチャンスに二度も3番、4番が三振したのでは到底勝ち目は有りませんでした。第5戦にサヨナラ・ホームランを打った阿部選手は昨日の試合でも、先制二塁打を打ったりして、また、投手のリードも冴えてMVPに納得。巨人ファンの皆さん、本当におめでとうございます。蛇足ですが、来年こそ横浜ベイスターズの奮起を願います。

夏目漱石と芥川龍之介

   二人の文豪、夏目漱石芥川龍之介が親密な関係にあったことをある本で知りました。そもそも二人の出合いは、漱石が亡くなる前年の1915年(大正4年)で芥川が発表した「鼻」を漱石が激賞したことがきっかけで、漱石に褒められたことによって若き芥川は作家の道を決意したのだそうです。

   その後、芥川は漱石に何度も手紙を出して色々と身の上相談をしたらしく、漱石は親身になって聞いてくれて、芥川は後々まで漱石の優しさを忘れることがなかったと人に話しています。やがて、漱石は持病の胃潰瘍が悪化し、1916年(大正5年)12月9日にこの世を去っています。

   漱石の葬儀には物理学者として名をなした寺田寅彦など多くの門下生が参列しましたが、受付をしたのは倫理学者の和辻哲郎、流行作家として成功した久米正雄、そして、弱冠24歳の芥川龍之介。この漱石の葬儀で受付をしたことを、芥川は翌年3月の「新思想」という雑誌に「葬儀記」として書いています。

   インターネットに芥川が漱石のことを書いてる文章があり「……僕が強情に言ひ張るもんだから、先生は厭な顏をして默つてしまつて、僕はへこたれたことがある。それ以來、どうも先生に反感を持たれてゐるやうな氣がした。……」とか。また、1916年(大正5年)8月28日に漱石に送った手紙もあります。

外国映画の字幕の裏話

   外国映画は、吹き替えが好きな人と字幕でなければ駄目な人と二通りいます。戸田奈津子著「字幕の中に人生を」(白水社)という映画ファンにとって堪らない本の中から字幕の裏話を紹介します。まずこの本で、世界の国々で外国映画を上映する時、ほとんどの国が吹き替えで字幕が主流なのは日本だけということを知りました。

   その大きな理由は日本人は一人残らず字が読めるということ。例えば、アメリカでよその国の映画を上映する場合、アメリカは人種のるつぼで絶えず外国からの移住者が流れ込んでいる関係で英語を聞くことは理解出来ても、必ずしも読めるとは限らないのだそうで、それが字幕が普及しない大きな理由になっているんだそうです。

   ということは、アメリカで日本の時代劇を上映する時に、おサムライさんが英語を話してることになり、何だかヘンな感じですね。日本以外の国では「外国映画は吹き替える」が常識なので、外国から来日する俳優さんは自分の声が吹き替えられてると思い込んでいて、日本では字幕だと教えると大変喜ぶんだとか。

   字幕翻訳者を悩ませる最大の難物はコメディだそうで、日本人はユーモアを解さない生真面目な人間性ということに加えて、アメリカと日本ではジョークのツボが違い、どう訳せば笑って貰えるか神経を使うと書いていますが、何だか解るような気がします。アメリカ映画が好きな方に一読をお薦めします。

紅茶でインフルエンザを撃退

   寒さと共に新型インフルエンザが全国的に流行の兆しで、政府はワクチンの対応に追われています。そんな中で個人の予防としてはマスクの着用、手洗い、そして、「うがい」が有効なのは言うまでもありません。その「うがい」について、昨日の「東京スポーツ」で《新型インフルエンザを撃退する紅茶うがい法》という記事を見つけました。

   何しろ紅茶での「うがい」の効果は一般の治療薬の100倍というのです。そこで、この記事を読んでない方の為に紹介します。《紅茶にはインフルエンザウイルスの感染を阻止する作用があります。紅茶の成分であるカテキンテアフラビンがウイルスのスパイク先制部をブロックする力を持っているのです》。

   こう指摘しているのは日本感染医学会評議員、日本カテキン学会代表で昭和大学名誉教授の島村忠勝氏。つまり、紅茶に含まれるカテキン類がウイルスの人体細胞面に吸着結合することを防いでくれるというのです。氏は更に続けて《A型インフルエンザの治療薬であるアマンタジンの100倍の効果があったと報告されています》と。

   その使い方で《注意するのはまず温度。熱いとやけどをしてしまうのでぬるま湯程度にすること。作り置きは衛生上好ましくないし成分が劣化するので不可。まず、口の中をすすいだ後に、真上を向いてガラガラと咽の奥まで「うがい」するのを外出から帰った後などに行うこと》。これで予防出来たら「東京スポーツ」に感謝です。

父と娘の不思議なデュエット

   久し振りに「モナ・リザ」「トゥー・ヤング」「プリテンド」「慕情」などのヒットで有名なナット・キング・コールの娘さん、ナタリー・コールのアルバム「アンフォゲタブル」(WMC5-400)を聴きました。このCDにはお父さんのヒット曲ばかりが収録されているのですが、この中の白眉はアルバム・タイトルと同じ「アンフォゲタブル」。

   もう何年も前にこの世を去ったキング・コールとナタリー・コールの父娘が何と共演してるのです。古いキング・コールの録音にナタリーの歌を重ね合わせて、まったく二人が一緒に歌ってるように作った録音技術の成果です。発売当時、アメリカでビッグ・セールスを記録してグラミー賞も獲得しています。

   コールは歌手と同時にジャズ・ピアニストとしても有名で、ピアノ・トリオ「Nat King Cole Trio」を持って活動してました。普通、ピアノ・トリオはベースとドラムを加えた編成が一般的ですが、コールはベースにギターを加えた独自のもので、この編成はオスカー・ピーターソン・トリオに引き継がれています。

   しかし、私はピアニストよりやっぱり歌手としてナット・キング・コールが好きで、何枚かアルバムを持っています。でも、娘さんのこのアルバムを聴くことが圧倒的に多く、中でも「どうしてもあなたが忘れられない(アンフォゲタブル)。いつでも、どこでも、想うはあなたのことばかり」と歌ってるこの素敵なデュエットを繰り返して。

「投了」がない将棋ソフト

   昔、熱中して休みにはよく街の将棋クラブや囲碁クラブに行ってたものですが、最近はまったくご無沙汰しています。クラブではどちらも初段で、勝ったり負けたりしてました。この類のものって途絶えるとまったく行かなくなるものなんですね。将棋の方は碁より決着のつく時間が短いので、パソコン相手に時々やってます。

   使っているソフトは「AI将棋」といって、結構、定評あるもので中々グッドです。パソコンの強さを私の使っているヴァージョンでは5段階に設定出来て、最強となると私の棋力では歯が立ちません。対局ソフトが出始めた頃はまったく弱すぎて面白くなかった記憶がありますが、凄いソフトがあるものです。

   最新のヴァージョンでは、最強は4段くらいの実力を持っているそうですから、かなり自信のある方でも大丈夫です。ところで、パソコン・ソフトで一つ困ることがあります。将棋を知ってる方はご存知のことですが、将棋には「必死」というのがあって、相手がいかに受けても詰みを逃れる事ができない状況、つまり、勝利の確定です。

   「必死」をかけられた場合、相手はこちらの玉を詰ます手段がないことを悟ると、普通は「負けました」といって投了します。ところがパソコンは投了せずに持ち駒を全部使い果たして王手を掛け続けた末にどうでもいい手を指して、こちらが相手の玉を完全に詰まして終わり。最新ヴァージョンには「投了」があるのでしょうか。

九人だけ選ぶのは至難の業

   プロ野球がセントラルとパシフィックの2リーグに分立して今年は60周年になるのだそうです。それで土曜日の朝日新聞がセントラル・リーグの「史上最強のベストナイン」を選んでました。選んだ人は野球解説者の江本孟紀氏、野球に詳しい慶大名誉教授の池井優氏、野球評論家の近藤唯之氏、そして、漫画家のやくみつる氏の4人。

   まず、投手は文句なしに金田正一投手。何しろ生涯成績400勝298負、防御率2.34でプロ野球史上ただ一人の400勝投手です。捕手は、沢山の候補者の中から選ばれたのは巨人が9連覇した時の正捕手、森祇晶選手。生涯成績は打率2割3分6厘でホームラン81本の記録ですが9連覇の貢献が評価されたのでしょうね。

   次の一塁手は迷うことなく王貞治選手。生涯打率3割1厘、本塁打868本で、打率がかろうじて3割を超えているのを改めて認識しました。ともかく球史に残る凄い選手です。二塁手の候補も沢山いますが選ばれたのは渋いところで高木守道選手。いいところでよく打ちましたが、華麗な守備が評価されたようです。

   三塁手は長嶋茂雄選手しか考えられず、生涯打率3割5厘、ホームラン444本で幾多の華やかな守備も印象に残ってます。あと、遊撃手は牛若丸と呼ばれた吉田義男選手、外野手はミスター赤ヘルの山本浩二選手、小さな大打者と言われた若松勉選手、そして、塀際の魔術師の高田繁選手が選ばれてました。沢山の名選手の中から九人だけ選ぶのは至難の業です。

うなぎの蒲焼の関東と関西

   ある本で関東と関西ではうなぎの蒲焼の調理法が違うことを知りました。それは、かって武士の街だった江戸と商人の街だった大阪との違いにあるようで江戸ではうなぎを腹から切るのは切腹を意味して縁起が悪いとされ、背中からさばくのが一般的で、大阪では商人同士が腹を割って話すという意味で腹開きが普通なのだそうです。

   また、串のさし方は関東は割いたうなぎの頭を落とし、半分に切って竹串を打ちますが、関西では頭をつけたまま丸ごと金串を打ちます。そして、焼き方は、関東では皮の方から素焼きした後せいろで蒸し、タレをつけて本焼き、関西では身の方から素焼きした後タレをつけて本焼き、焼き上がってから頭を落とします。

   タレのつけ方も、関東ではタレの中にうなぎをつけ込みますが、関西ではひしゃくでタレをかけるなど調理法の違いがネットにあります。関西のうなぎの蒲焼を食べた経験がないので何とも言えませんが、 タレは中につけ込んだ方が何だかタレが満遍なく全体にしみ込むような気がして、やっぱり、私は関東の蒲焼の方がいいです。

   先日、知人夫婦と私共夫婦四人で恒例の「うなぎの蒲焼を食べながら音楽を語る会」を開催しました。会場は大江戸線「中井」駅前の「うな広」。このうなぎ屋さんのご主人は元銀行員で脱サラで店を始めたようですが「出没!アドマチック天国」で紹介されて千客万来とか。知人と小学校同級生の「うな広」の蒲焼美味しかったです。

日本と世界の一番長い駅名

   今年8月に発刊された三宅俊彦著「時刻表の秘密」を読んだら、前にブログに書いた日本で一番長い駅名を補足しなければならないことが解りました。その時に私が紹介した日本で一番長い名前の駅は「南阿蘇鉄道高森線」の「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅(みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげん)22文字です。

   しかし、私鉄に同じ22文字の駅がもう一つあって、それは「鹿島臨海鉄道大洗鹿島線」の「長者ケ浜潮騒はまなす公園前」駅(ちょうじゃがはましおさいはまなすこうえんまえ)。範囲をJRだけにすると、一番長いのは「上越線」の「上越国際スキー場前」駅(じょうえつこくさいすきーじょうまえ)の17文字。

   ちなみに、世界最長の駅名はイギリスのウエールズにある「Llanfairpwllgwyngyllgogerychwurndrobwllllantysiliogogogoch」駅の58文字で、ここを尋ねる人は「長い名前の駅はどこですか?」と訊くしかありません。これを片仮名で書くと「ランヴァイル・プルグウィンギル・ゴゲリフウィルンドロブル・ランティシリオゴゴゴホ」。

   この意味は「赤い洞窟の聖ティシリオ教会のそばの激しい渦巻きの近くの白いハシバミの森の泉のほとりにある聖マリア教会」で、これを越えるのはとても難しそうです。もしかしたら、世界一になる目的で付けたのかも知れませんね。インターネットにこの駅名の写真があります。

オーケストラの指揮者の役割

   音楽家のみつとみ俊郎さんの書いた「オーケストラの秘密」(NHK出版)という本に、オーケストラの指揮者のことが詳しく書いてあるので、音楽を聴くのは好きだけど、演奏のことをまったく知らない私と同じレベルの方に紹介します。指揮者は、一体、どんな役割をしているのだろうかという疑問がちょっと解けます。

   著者は、まず指揮者とは「聴衆の代表者である」と言ってます。つまり、私たち聴衆に替わってオーケストラを動かしてくれるというのです。いい音楽を聴きたいという私たち聴衆の願望を、指揮者は、オーケストラの沢山の楽員を指揮棒でコントロールすることによって満たしてくれているのですね。

   その指揮者の仕事には大きく分けて二つあるそうです。まず、演奏をスタートさせる役割で、この仕事は簡単そうに見えて、そう簡単ではないのだとか。指揮者と楽員は言葉を交わせないので、指揮棒の動きで合図することになりますが、最低限の約束事は指揮棒が振り下ろされた瞬間に最初の音を出すのだそうです。

   そして、二つ目が演奏する音楽のイメージを楽員に正確に伝える仕事。つまり、バッハのこの音楽はこうなっていて、マーラーの音楽はこうなっていると頭の中にイメージを創り出し、それを楽員に伝達して、その通りに演奏して貰うことになるのですね。このイメージの違いが指揮者によって違う演奏を生み出している秘密のようです。

分かり易い「所信表明演説」

   録画しておいた鳩山由起夫首相の「所信表明演説(全文)」、じっくり観ました。文章が心地よいテンポで分かり易く、中々の名文です。昨日の「夕刊フジ」によると文末の党員の拍手もスタンディング・オベーションも党が指示したものではなく、感極まって自然発生したようで、近年の所信表明演説としては大変よかったと私は思いました。

   しかし、ネットにあった感想は「具体性に欠けている」とか「あまい」とか「情緒的である」とかけなしてばかり。別に鳩山首相の肩をもつわけではありませんが、所信表明演説は今後の方向性を表明している訳で具体的に細部にわたって論じることなど出来っこありません。それでも字数12,965文字という異例の長さです。

   党内でまとめた基本方針をベースに鳩山首相が執筆したようですが、凄い文章力ですね。演説が終わった後の自民党谷垣禎一総裁の感想に注目していたら、何と「ヒットラーの演説にヒットラー・ユーゲント(ナチスの青少年組織)が賛成してるような印象を受けた」と言っていたのにはびっくりしました。

   物事はただけなすばかりでは効果的ではありません。褒めながらチクリとけなす技術をもっと勉強しないと。そして、昨日の国会でのやり取りをテレビのニュースで見ましたが鳩山首相の「そんなことを自民党の人に言われたくありません」は鳩山首相独特のユーモアのセンスで思わず笑ってしまいました。

「が」と「は」の微妙な相違

   金田一春彦著「日本語を反省してみませんか」(角川書店)という本の中に日本語の助詞の「が」と「は」について詳しく書いてありますので紹介します。外国人がよくこの区別は難しいと言ってるそうですが、日本人だって大変なのですから、よその国の人が苦労するのは当たり前ですよね。

   金田一氏によると「が」も「は」も主語を表す助詞というのは不正確で、確実に主語を表すのは「が」の方なのだそうです。例えば「鳥が空を飛んでいる」は現実に飛んでる鳥の状態を表し「鳥は空を飛んでいる」は「鳥というものは」という意味で、鳥の一般的概念を表現しています。

   また、話をしてる時、お互いにその状況がよく解っている場合は「ここは静岡県です」と「は」の方で、相手がここはどこだろうかと疑問を持ってる時には「ここが静岡県です」と「が」になります。つまり、「が」と「は」の使い分けによって、意味をコントロール出来る日本語って凄いですね。

   日本語の助詞の中で一番自慢出来るのは「が」で、こんな便利な助詞を持っているのは世界中で日本語だけなんだそうです。しかし、平安朝時代はまだ「が」という助詞がなくて「鳥空を飛んでいる」と言っていたとか。それにしても、「が」と「は」の微妙な違いがある日本語って、何を今更ですがとても奥の深い言語です。

数学記号の由来

   数学記号、つまり=+-×÷の由来を調べました。ブログを始めて以来、何でも物事を掘り下げて調べる傾向が助長したようで、本来、森羅万象ことごとくに関心のある私にとって大変プラスになってます。しかし、ここで得々と紹介しても、中にはすでにご存知のこともあるかも知れませんがその時はご容赦を。

   それで、まず=(イコール)。言うまでもなく両側に書かれたものが等しいということを表す記号で、考案者はイギリスのロバート・レコードという学者。1557年に出版された著書「知恵の砥石」の中で、この記号について《二本の平行線ほど、世の中に等しいものはない》と書いているとか。

   つまり、二本の平行線はどこまでいっても距離が同じなので、等しいという記号にぴったりです。次に-(マイナス)。その昔、船乗りが樽の水を使う時に「ここまでになった」ということを知らせるために樽に小さく横の棒線-を書いたんだそうです。それで、減っていくという意味で使いだしたのがこの記号。

   また、樽に水を追加した時には-を消したということで-に縦の棒を書き込んだので+(プラス)。また×はイギリスの数学者ウイリアム・オートレッドが1631年に初めて使ったそうですが理由は不明。そして、÷は分子と分母の関係であることは一目で解りますが、誰が考えたのかは書いてありません。もっと詳しい文献を探さないと。

必見のサスペンス映画の傑作

   アルフレッド・ヒッチコック監督の「裏窓」(映画を観てからクリックした方がいいかも知れません)という映画があります。有名な作品なのでご覧になってる方は沢山おられると思いますが、もし、観てなかったら絶対にお薦めのサスペンス映画です。主演はジェームズ・スチュアートと後にモナコ王妃になった全盛期のグレース・ケリー

   映画の舞台はニューヨークのアパートで、仕事で足を骨折したカメラマンが退屈しのぎに向かいのアパートの部屋を望遠レンズで覗いています。厳密にいうと犯罪になるのかも知れませんが、この際、そんなことはさておいといて、カメラマンは夫婦らしい男女が住んでいるある部屋の状況が気になって重点的にその部屋を見ています。

   どうやら、二人の関係はあまり穏やかなものではなさそうです。そしてある日、カメラマンはいつの間にか女性が居なくなっていることに気がつきました。そのことを部屋にやってきた恋人、グレース・ケリーに話しますが、彼女はカメラマンの危惧を笑い飛ばして信じてくれません。しかし、それがやがて恐ろしい現実に。

   推理作家コーネル・ウールリッチの原作をミステリー・サスペンス映画の大家アルフレッド・ヒッチコックが誠に見事なハラハラドキドキの映画に仕上げた実に面白い作品です。もし、観てない方はレンタル屋にあるこの名作を借りてきて、是非、秋の夜に楽しんで下さい。時間の浪費などと絶対に後悔しないことを保証します。

FM放送の留守録音

   銀座を歩いていたら携帯にメールが入りました。発信者はオーディオとクラシックの友人で内容は新刊本の紹介。《2009年9月30日発刊の恩蔵茂著「FM雑誌と僕らの80年代」(河出書房新社)、私ついつい買ってしまいました。これ、懐かしい!!……》とビックリ・マークが二つも付いています。

   早速、本屋に行って ペラペラと立ち読みしてみたら、私もついつい買うことに。友人の言うように懐かしい事ばかりが書いてあって、FM放送に現を抜かしていた頃が鮮明に脳裏に蘇りました。この本を書いた方はFM雑誌「FMステーション」の元編集長。従ってFM放送のありとあらゆることに精通しています。

   FM放送の人気が高かった頃、私は「FMファン」の熱心な愛読者で、毎週、発売になるやいなや直ぐに買ってきて番組表を仔細に眺めました。そして「NHK-FM」のクラシック番組、ことにLPやCDに無い海外の放送局の貴重なライブ録音のテープの放送を赤鉛筆でチェックします。

   やがてその日が来ると、愛用のソニーのオープンリールデッキの名器「TC-6360A」にタイマーで留守録音するのです。次にそれをカセットにダビングして「FMファン」から切り抜いた曲目をカセットに貼り付けて完成。そのカセット・テープが946本もあり、これを機会にこの中から選択して、順次、聴き直そうと思っています。

ハエの脳に「人工記憶」

   昨日10月23日の「朝日新聞」夕刊にちょっと恐ろしい記事がありましたので、読んでない人のために紹介します。そのタイトルは《ハエに「人工記憶」》。英米の研究チームが、ショウジョウバエの脳に経験してない人工の「記憶」を書き込んだところ、ハエはその「記憶」をもとに行動するようになったというのです。

   つまり、研究チームはハエの「記憶」を司る脳の組織が12個の神経細胞(ニューロン)で出来ていることを突きとめ、光を当てる特別な方法で、ハエの神経細胞を活性化させて「人工記憶」を書き込んだのです。すると、ハエは危険を体験していないのに、それを避けるようになったのだとか。

   それにしても、現代の科学って凄いですね。小さなハエの頭の中の脳の仕組みを解明して、それに人工の「記憶」を書き込むとは、それこそ人間の脳の偉大さに驚いてしまいます。この記事を読んでいて、もし、こんなことが人間にも出来るようになったら大変と思った人が沢山いたに違いありません。

   その記事の締めは「人間に応用出来るかとなると、ヒトの脳は複雑なので、ハエ限定の話」になっていましたが、これからもっと研究が進めば、現代の技術力なら人間にも可能な気がして何だかとても恐ろしくなりました。もし、経験していない出来事を記憶の中に入れられたら、その人の人生は、一体、どうなってしまうのでしょうか。

電卓と電話のテンキーの配列

   電卓やパソコンと電話はテンキーの配列が逆なのは誰でも知ってることですが、その経緯をご存知でしょうか。ある本で、電卓の老舗、カシオ計算機がそのことについて説明してるのを読みましたが「電卓のボタン配列は、最も多く使う0が手前にあった方が使い易い」という単純な理由でそうなっているんだそうです。

   電卓の初期には、0から9までを横に並べたものも有ったそうですが、現在の並び方が最も使い易いとユーザーに支持されて他の形は自然淘汰で無くなり、このスタイルが定着したのだとか。この配列はJISで定められていたのが1999年に廃止されて現在はどんな配列でも自由だそうですが変わる可能性は恐らくゼロ。

   一方、電話の配列はITU-T(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)で定められていて、上から1、2、3……と並んでいる方が自然だからというこちらも簡単な理由だそうです。そもそも、電卓が登場した頃の電話機はまだダイヤル式で、同じ並べ方にするような配慮は出来なかったことになりますね。

   つまり、電卓と電話の並び方の違いは、それぞれの開発段階で使い勝手が最もいい形を考えた結果であって、お互いの関連性はまったく無いようです。しかし、いつもパソコンのテンキーをブラインド・タッチ(見ないで操作)で扱って人にとっては、ちょっと不便な現象と言えるかも知れません。

プロの写真家の貴重な話

   この間の土曜日、使っているプリンターのことで訊きたいことがあったので銀座三丁目にある「キャノン・デジタル・ハウス」に行きました。話が済んだ後、隣接している「キャノン・ギャラリー」に入ってみたら、「詫間喬夫(たくまたかお)写真展」が開催されていて「奥会津残照」と題された沢山のモノクロ写真が展示されています。

   元々写真が好きで、カメラ・バッグに交換レンズを詰め込み、三脚を担いで写真撮影の旅行に時々行ってた私としては、プロの撮影した風景写真を鑑賞するのは大好きで、丹念に一枚一枚観て回りました。そうしたら、帰り際に会場の入口付近に居た年配の方と眼が合い、恐らくその方が詫間さんではないかと拝察。

   プロの方と話をするのが好きな私は話し掛けてみました。別に尋ねた訳ではないのですが、詫間さんは85歳というご自分の年齢を言ったりして、初対面の私に色々と撮影の裏話をしてくれました。例えば、デジカメ時代になってどんどんシャッターを切ってしまうので、考えた末に撮ったという写真の重みが無くなってしまったこととか。

   昔のカメラはフィルムを換える時の「間」が有って、その時に撮影の作戦を考えたりしてたのに、それが無くなってしまったこととか。詫間さんはこの後、名古屋と仙台で写真展を開催するそうですが、これからも益々のご活躍を祈願してお別れしました。メッタに聞けないプロの写真家の話、中々面白かったです。

非常に叙情的なアニメ映画

   昨日、ローリング・ストーンズの映画のことを書きましたが、それと一緒に上映していた約8分間の非常に叙情的で珠玉のようなアニメ映画「岸辺のふたり」(原題「Father and Daughter」)を紹介します。オランダのアニメ作家マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督のこの素晴らしい作品が何とインターネットにあるのです。

   映画は父親と小さな娘が自転車に乗って岸辺にやってくるところから始まります。どういう事情があるのか父親は娘を置いて一人ボートでいずこかに行こうとしています。ボートに乗り掛けて振り返り、歩み寄って娘を抱きしめます。何と悲しい雰囲気に満ちたキメの細かい描写でしょうか。

   父親はボートを漕いで次第に岸辺から遠ざかっていきます。岸辺に一人残された悲しげな娘。やがて、娘は自転車に乗って岸辺を去っていきます。切なくて胸が締め付けられるようです。それから、春夏秋冬、雨の日も風の日も娘は父親が帰ってくるのを夢見ながら岸辺を訪れます。しかし、父親は帰って来ません。

   月日は流れ娘は成長して大人になってしまいましたが、それでも相変わらず自転車に乗って岸辺にやってきます。そしてある日、娘が岸辺に置いてある雨ざらしのボートの中で眠っていると奇跡が起きて……。美しい音楽をバックに淡々と描かれた「岸辺のふたり」、是非ご鑑賞下さい。恐らく繰り返し観たくなります。

圧倒的迫力のライヴの映画化

   何にでも興味を持つ体質ですが、中でも好きな三本柱は「音楽」と「映画」と「読書」。従って、私のブログにはこの関連が頻繁に登場します。毎日更新していて、ちょっと遠ざかると何だか落ち着かなくなり、これらのテーマで書くことに。時には同じ人物や事柄が登場することがありますが、好きなものはつい再度書いてしまいます。

   さて、その「音楽」の話です。聴く音楽の主流はクラシックとジャズですが、それにとらわれず演歌以外だったら大抵の音楽OK。例えば、ローリング・ストーンズ好きで、先日、銀座のソニー・ビルに行ったら何と映画「Shine a Light」の約10分間の紹介映像を上映しているではありませんか。

   昨年、上映された時の邦題は「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」。2006年11月にニューヨークのビーコン・シアターで行われたライヴの映画化で、これを演出したのはローリング・ストーンズの熱狂的ファンであるマーティン・スコセッシ監督。平均年齢64歳の最強ロックバンドの圧倒的迫力の臨場感を満喫出来ます。

   大抵のロック・ファンならこの映画の存在は知ってるはずですが、普段、ハード・ロックの激しいサウンドを敬遠してる人でも、この映画を観れば、もしかしたらその虜になってしまうかも知れません(TSUTAYAにDVD有)。その紹介映像を観ていて、エキサイティングな画面から終始眼が離せなかった二時間を思い出しました。

言葉の語源

   言葉の語源です。まず、「さよなら」の語源は武士言葉の「左様ならば、これにておいとま申す」の下半分が省略されて「左様ならば」になり、ついで、現在の「さよなら」だけになったものです。また、英語の「Good by.」は「God be with you.」(神があなたと共にあるように)を短縮したもの。つまり、お別れに際しての祈りです。

   次は「とどのつまり」。魚のボラは出世魚といって、成長と共に名前が変わります。幼魚の時は[ハク]、すこし大きくなって[オボコ]、それより成長して[スバシリ]、更に大きくなって[イナ]、次に[ボラ]、そして、最後に特大になって[トド]、つまり、色々と変わっても、おしまいは[トド]ということで「とどのつまり」。

   あやしいこととか、あまり信じられないことを「まゆつば」と言いますが、「マユにツバをつける」が縮まったものであることは誰でも知っています。これは、昔から行われていた「おまじない」で、古くから人間の身体から出るツバは悪霊を追い払う力があると信じられていたのだそうです。

   それで、旅に出る門出などでは、指の先でツバを三回マユにつけると災難から逃れられると言われていたのが次第に「あまり当てにならない」ということになってしまったのだとか。きっと、こうやって旅に出たのに何かとんでもないことが起きてしまった人がいたんですね。こんなことを集めた本を持っているので、ほかはまた次の機会に。

スポーツのルールのうんちく

   副題に「スポーツ観戦がやみつきになる」とある「基本ルールとうんちく」(㈱アントレックス)という本を読みました。スポーツの中継をテレビでよく観ますが、詳しいルールは知らなくても大抵のゲームを楽しむのにあまり支障はきたしません。しかし、知ってる方がより面白いに決まっていて、読むと結構ためになります。

   そこで、この本の中から私が「へー、そうなんだぁ」と思った幾つかを紹介します。まず「水泳競技」。国内競技でのコースの決め方ですが、あれは抽選で決めているのではなくて、記録のいい選手に波の影響の少ない中央のコースが割当てられ、、4,5、3,6,2、7,1,8と順番に端の方にいくのだとか。

   次に「テニス」のネットの高さの話。バレーボール、卓球、バドミントンはほぼ一直線なのに「テニス」のネットは中央がたるんでいます。その理由はテニスを始めた最初の頃ピンと張る技術が無かった名残(!)とかで、ルールでは両サイドが高さ1.07メートル、センターが0.914メートルに決められています。

   「陸上競技」でのフライングのルールはピストルが鳴ったあと、0.1秒など1秒以内に動いてしまうと駄目。これは、人間は音を聞いてから1秒以内には反応出来ないという科学的見地が根拠になっているとかですが、いくらセンサーがついてると言ってもそんな判定よく出来ますね。この本にはこんな話がいっぱい載っています。

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