無料ブログはココログ

ネットで「忠臣蔵」の裏話発見

   昨日、12月14日は討ち入りの日でした。一般的に語り継がれている話は元禄15年(1702年)12月14日に大石内蔵助が率いる赤穂浪士47人が吉良上野介邸に押し入り、主君浅野内匠頭の仇を討ったのです。ところが、ネットで《「忠臣蔵」の美談は、ほとんど大ウソだった!》という記事を発見。

   それによると、この討ち入りの表向きの理由は「主君の無念を晴らすため」ですが、本当の理由は、この仇討ちを成功させて世間の大きな話題になり、何とか再び仕官する道を見つけ、浪人生活から脱却することが目的だったというのです。つまり、命をかけた就職活動だったのです。

   吉良邸への討ち入り後、浪士達は吉良家と深い関係にある上杉家からの報復の恐れがある中、本所から浅野内匠頭の墓のある泉岳寺までの約9キロの道のりを堂々とパレードしています。それを、世間に向けての「仇討ち」を印象づけるための「意図的演出」だったとみれば納得がいくと書いてます。

   ところが、事件後、幕府では彼らの処分が検討され、当初は、幕府上層部においても彼らを好意的に見る人も少なからずいましたが、結局、「徒党」を組んで押し入ったという「罪」で、切腹となったのです。四十七人は仕官するどころか、命を失う結果になってしまいました。もっと詳しく知りたい方は本文を読んで下さい。

将棋も囲碁も七冠の偉業

   将棋も囲碁も、7冠を達成した圧倒的に強い二人に国民栄誉賞が取り沙汰されています。今朝の「日刊スポーツ」(将棋も囲碁も頭のスポーツ)にその7冠の内訳が出ているので、この際、知識として知っていても無駄では無いでしょう。私も初めて全14のタイトルを詳しく知り驚いています。

   まず将棋の羽生善治九段の7冠は「竜王」が通算7期、「名人」が通算5期、「王将」が通算10期、「王位」が通算10期、「王座」が通算10期、「棋聖」が通算5期、「棋王」が通算5期。よくぞ勝ったものだと感嘆するばかりです。47歳の羽生九段はこれからも同じペースで勝ち続けることでしょう。

   次に囲碁の井山裕太九段は28歳にして「棋聖」「名人」「本因坊」「王座」「天元」「碁聖」「十段」。新聞で知ったのですが、井山九段は本来は右利きなのに、囲碁の時だけ左手で碁石を打つんだそうです。野球が大好きで憧れているイチロー選手の右投げ左打ちとまったく同じです。

   羽生九段は日本記者クラブで会見しましたが、後進の育成について尋ねられると「強い若手がいっぱいいるので、育成しなくてもいい」と笑いを誘ったとか。また、井山九段は国民栄誉賞について「ただただ驚いています。信じられないという気持ちです」と語っています。それにしても二人とも目茶苦茶に強いです。

ジャズの「アランフェス協奏曲」

   スペインの作曲家ロドリーゴが作ったギターの曲に「アランフェス協奏曲」があり、よく第二楽章がジャズで演奏されてCDも出ています。その名盤を二つ紹介しますので、是非、コレクションに加えて下さい。音楽をこよなく愛する方ならあまりの素晴らしさに感動し、私に感謝するのは間違いありません。

   まず一枚目はタイトルがそのものずばり「アランフェス協奏曲」(Pt1 Pt2)/ジム・ホール(240E 6812)」。演奏メンバーの一部を書くと、ギターをジム・ホールがひき、何とトランペットにチェット・ベイカー、アルト・サックスにポール・デスモンドが加わるという豪華な顔ぶれで、19分23秒を陶酔させてくれます。

   このアルバムには他に3曲が収録されていますが、勿論、この曲が目玉で、クラシックをジャズに変貌させたドン・セバスキーの見事な編曲に感嘆します。そして、二枚目はマイルス・デヴィスの有名なアルバム「スケッチ・オブ・スペイン」(SICP 817)で、このアルバムの1曲目が「アランフェス協奏曲」です。

   このアルバムの中にあるライナー・ノートによると、マイルスが1959年初頭に西海岸にいた頃、友人から「アランフェス協奏曲」の原曲を聴かされ、二、三週間聴いてるうちに頭から離れなくなってしまったのがこのアルバムを作るきっかけだとか。マイルスの演奏も実にいいです。

魅力的な「フェルメール」の絵

   「週刊文春」に生物学者の福岡伸一博士が「パンタレイ パングロス」というコラムを書いています。最新の12月14日号は《今世紀最大のフェルメール展が来る》でフェルメールに関する一文を書いていて、どうやら福岡博士はオランダを代表する画家フェルメール・オタクのようでかなり詳しいです。

   今年は世界的な一大フェルメール・フィーバーだったとかで、たった37点しか現存しないフェルメールの絵のうち、主要作品がなんと12点パリのルーブル美術館に集結したそうです。もともとルーブル美術館には「レースを編む女」「天文学者」の傑作2点が所蔵されていて、外から借りてきたのが10点。

   このルーブル美術館のフェルメールの特別展覧会は、この後、アイルランドのダブリンに行き、そして、アメリカのワシントンのナショナル・ギャラリーで開催され、なんと来年の秋には東京と大阪にやって来ることが決まっているのだとか。何しろ、日本は世界最大のフェルメール・マーケットなのです。

   実は私もフェルメールのファンで、中でも一番好きなのは「真珠の耳飾りの少女」(「青いターバンの少女」とも言われています)。PHP研究所刊行の「世界の名画 隠されたミステリー」という本によると、この絵の所蔵は地元ハーグのマウリッツハイス美術館だそうですが、ルーブルが借りた中にあるか否かは解りません。

暮の和菓子の老舗「うさぎ屋」

   このところ、リタイアして五年後の2010年にアップした「取引銀行への年末年始の挨拶」がアクセスが多いようで、人気記事ランキングにずっと顔を出しています。久しぶりに読んでいると、社長と銀行への挨拶回りをした当時を思い出し、現役時代の色々なことが走馬灯のように脳裏をよぎります。

   銀行への挨拶は車で回るのですが、私は免許証が無いので運転は社長がして、私は助手席に座り暮れていく街を眺めているだけで、いつも申し訳なく思っていました。毎年、納会の後、銀行に行く道順が決まっていて、最後の挨拶はJR御徒町駅の直ぐ近くにある取引銀行で、その隣に和菓子の老舗「うさぎ屋」があります。

   銀行への挨拶が恙無く終わり、御徒町駅から電車に乗って家に帰る私は社長に年末の挨拶《本年は大変お世話になり有り難うございました。来年も相変わらずどうぞよろしくお願い致します。いい年をお迎え下さい》と言って社長と別れます。そして私が向かう先は、毎年、必ずと言っていいほど「うさぎ屋」です。

   ここで、家へのお土産にどら焼きを買いますが、そう大きくない店の前には、いつも暮は多くの人が並んでいます。買った後、私は電車に乗り、すっかり暗くなった街を眺めながら「今年も色々と忙しかったなぁ」と回顧しつつ家路を急ぎます。リタイアしてから約12年、当時がとても懐かしいです。

ローリング・ストーンズ絶賛

   時々観たくなるローリング・ストーンズのライヴのDVDがあります。アカデミー賞をとったことがあるマーティン・スコセッシ監督が2006年にニューヨークのビーコン・シアターで行われたローリング・ストーンズのコンサートを18台のカメラを駆使して撮った映画で、私は新宿の映画館で観ました。

   何しろ、見終わった後、暫く席から離れたくなかった凄い映像で、私はこの映画「ザ・ローリング・ストーンズ/シャイン・ア・ライト」ばかりは持っていたくて、後日、購入しました。ともかく、「映画大辞典」に寄せられている22人中8点~10点が10人もいるコメントをちょっとご覧になって下さい。

   中に《しまった。絶対に劇場の大きなスクリーンで観るべきだったと後悔している。これは凄い》というコメントがありますが、正にその通り。クラシックとジャズに耳いっぱいで、ロックはあまり聴かない私が、ローリング・ストーンズの圧倒的迫力に度肝をぬぎ、沢山のファンが世界中にいることに改めて納得しました。

   それにしても、ミック・ジャガーがマイク片手に歌いながらステージを駆けずり回る映像はとても還暦を過ぎてる人とは思えません。恐らくロックをあまり聴かない人でも、ローリング・ストーンズのロックなら、思わず引き込まれるのは間違いないでしょう。「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」実にいいです。

サッカーの女子が初戦に勝利

   サッカー東アジアE-1選手権、FIFAランク8位の「なでしこジャパン」は15位の韓国に3-2で勝ち、初戦を飾りました。この試合、日本は鮮やかなヘッディング・シュートが決まって先制するも、直ぐにPKで同点にされて、また、勝ち越せば追いつかれる予断を許さない展開で前半が終了しました。

   そして後半、残り7分のところで、中島選手の放ったシュートがクロスバーにあたり跳ね返ってきたボールを岩渕選手はフェイントで切り返してデフェンスをかわし、右足で冷静に流し込んで決勝点をあげたのです。高倉監督は「彼女はパフォーマンスが落ちずに、最後まで戦う姿勢を出してくれました」と日刊スポーツに絶賛の談話。

   「なでしこジャパン」のこの後の予定は12月11日(月)午後7時から中国戦、15日(金)も午後7時から北朝鮮。いづれもフジテレビ(8ch)が生放送をする予定になっています。そして今夜は男子が北朝鮮と戦うことになっていますが、北朝鮮は男子も女子も昨日の初戦に勝って中々手強い相手です。

   ところで日刊スポーツが北朝鮮のキム・グァンミン監督に「北朝鮮には大会の賞金が支払われないことになっていますが…」と問いかけると、監督は「我々は決して賞金目当てではないが、このような制裁は良くないことだ」と淡々と話していたそうです。どうやらスポーツにもミサイル発射の影響があるようです。(ハイライト

ヘンデルの「メサイア」の起立

   ヘンデルの宗教曲にオラトリオ「メサイア」があります。この曲はあらゆる宗教作品の中でも飛び抜けた傑作と言われ、クリスチャンではないのにレクイエムなど宗教曲がやたらに好きな私はカール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団とロバート・ショー・オーケストラのどちらも二枚組を二つ持ってます。

   でも、この曲を全曲聴くには約二時間半掛かるので、本当にたまにしか聴きません。それが、数年前の師走、二人とも青山学院大学OBの知人夫婦が、東京芸術劇場での青山学院管弦楽団の「メサイア」のチケットが4枚手に入ったので、私共夫婦と4人で行きませんかと誘いがあり、勿論、喜んで受けました。

   何しろ「メサイア」を生で聴くのは初めてのことで例の「起立」が体験出来ると、ワクワクして当日を待ちました。クラシック・ファンは大抵ご存知ですが、この曲には「ハレルヤ・コーラス」があり、この部分がくると聴衆はみんな「起立」して聴くことになっていて、これを知らないと恥ずかしい思いをします。

   この慣習が出来た理由は1750年にロンドンで「メサイア」を初演した時に臨席した国王ジョージ二世が感動して「起立」したので、一般の人も座っているわけにはいかずにこの慣習が生まれました。当日、ほとんどの聴衆が「起立」し、これを知ってたお陰で私共夫婦も取り残されないでよかったです。

ゴッホと「ひまわり」

   「世界の名画 隠されたミステリー」という画集から、ゴッホはなぜ「ひまわり」を何枚も描き続けたのかを紹介します。ゴッホがゴーギャンとアルルの黄色い家で共同生活をしていたのは有名な話です。当時、色々な悩みでアルコールに溺れていたゴッホに弟のテオがゴーギャンとの共同生活を提案したのです。

   それを快く承諾してくれたゴーギャンを迎えるために、ゴッホはゴーギャンの部屋に飾ろうとして何枚も「ひまわり」の絵を描いたのです。ゴッホが「ひまわり」にこだわったのは牧師の家に生まれたせいだと言われています。ひまわりはキリスト教と関係が深く、忠誠心や愛の象徴と考えられるからです。

   ゴッホが描いた「ひまわり」は12本か14本なのは12本がキリストの十二使徒を象徴し、14本はよくゴッホの面倒をみてくれる弟のテオとゴーギャンの2本を加えたものではないかと言われています。しかし、ゴッホが待ちに待ったゴーギャンとの共同生活は期待に反し悲劇的な結末に終わります。

   最初は順調にいってたのですが、あまりにも個性的な二人は次第に衝突するようになり、ある日、言い争いの末にゴッホは精神錯乱の発作を起こし、自分の左耳を切って入院、ゴーギャンはアルルを去ってしまいます。精神を病みながら、幸せを夢みたゴッホの思いが凝縮されたのが、沢山の「ひまわり」の絵だったのです。

村上春樹氏とジャズ喫茶

   村上春樹氏が2015年に発刊した「職業としての小説家」(㈱スイッチ・パブリッシング)に氏が早稲田大学在学中に、朝から晩まで好きな音楽を聴いていられればいいという発想で、国分寺駅南口近くにジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開いたことが書いてあります。まだ小説家になっていない1974年のことです。

   この頃、私もジャズに夢中になっていたはずですが、なぜかこの店には一度も行っていません。その後、村上氏は「風の歌を聴け」で作家デビューしましたが、恐らくこの小説はこの店でジャズを聴きながら書いたのでしょう。ところで、ネットで「村上春樹のピーターキャット時代」という記事を見つけました。

   書いたのがどんな立場の方か解りませんが、どうやらこの店に通ったジャズ・ファンに違いなく、ジャズ雑誌「ジャズランド」1975年8月号に載ってた「ピーター・キャット」の広告や店内の写真、マッチ、そして、使っていたオーディオ装置が書いてある小さな文字など、眼を皿のようにして見ました。

   村上春樹氏がジャズ喫茶を経営してたことは、ジャズ好きとして親近感が大きく、いつしか村上ファンになったようです。ことに2013年の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでから、一層、氏の小説に魅力を感じ「アフターダーク」「スプートニクの恋人」など古い小説を沢山読みすっかり「ハルキスト」です。

ヤンキース拒否の大谷選手

   今朝、ネットでメジャー移籍を目指す日本ハムの大谷翔平投手が、12月3日(日本時間4日)、ヤンキースに対し、契約の意思が無いので面談を行わないことを通知した記事を読んでびっくりしました。何しろ、人気球団のヤンキースには入らないことを最初から明言している日本選手は、過去、いないでしょう。

   ロサンゼルスに滞在している大谷選手は、4日にも球団との面談をスタートさせる予定ですが、ヤンキースは交渉の席につけずに、キャッシュマンGMは「事前に大谷に提出した我々の資料はとても評価されたが、大谷はもっと市場規模が小さい球団を好んでいる、との理由で断られた」と言っています。

   その記事によると《ヤンキースは大谷選手の二刀流を容認する姿勢を早くから表明し、レンジャーズに次ぐ350万ドル(3億9500万円)の契約金を用意。面談となればOBの松井秀喜氏を動員する可能性も伝えられ、最も大谷獲得に熱心で米国では本命視されていた》のです。

   それが《ヤンキースが東海岸で大きい市場規模のチームであるという事実は変えられない。カネはいらないがメジャーでプレーしたいと言った選手は初めてだ。こんな選手が出てくるとは思いもしなかった」とヤンキースのキャッシュマンGMは肩を落としている》そうです。大谷選手の真意は何なのでしょうか。

一枚のLPとの衝撃的な出合

   かなり前のクリスマス・イヴ、私は友人に誘われて、銀座の裏通りにあったジャズ喫茶「スィング」に行き、店内に流れていた「チェット・ベイカー・シングス」のLPと初めて出合い虜になりました。まだ、再生装置を持っていなかった私はこのLPを聴くために、足繁くこの店に通うよになり、常連の一人になったのです。

   ところが、何かの都合でこの店と足が遠のき、ある日、久しぶりに行くとこの店は閉店になっていて、ジャズ雑誌「スイング・ジャーナル」に電話で問い合わせて唖然。この店のマスターはすべてのLPを売却して故郷に帰ってしまい、「チェット・ベイカー・シングス」は廃盤になって、手に入れるには中古しかないことを知りました。

   私は東京中の中古店を探しましたが見つからず、もはや諦めるしかないと探すのを止めて何年も経ちました。そして、新宿にあった中古店「トガワ」でほかのLPを探している時に、偶然、目の前に現れた「チェット・ベイカー・シングス」。その時の私の心境は天にも昇る心地で、正に衝撃的な出合です。

   即座に買った私は、飛ぶように家に帰り、何度も何度も繰り返し聴いたことをよく憶えています。しかし、こんな思いで手に入れたLPはCD化され、勿論、買いました。また、LPも、後日、高田馬場の中古店で新品同様のものを見つけて購入。「チェット・ベイカー・シングス」は三枚もあります。ところで「バット・ノット・フォー・ミー」にあるチェット・ベイカーのYouTube、どれも圧倒的に凄いです。

珠玉のクリスマス・ソング

   もう直ぐ大好きなクリスマスです。毎年、12月が来るとどうしても古い3曲のクリスマス・ソングのことが書きたくなります。その3曲とは、山下達郎の「クリスマス・イブ」、ワム!の「ラスト・クリスマス」、そしてビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」です。みんな永遠の名曲で、何年経っても色あせません。

   まず山下達郎が1983年に発表した「クリスマス・イブ」。《雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう きっと君は来ない ひとりきりのクリスマス・イブ 心深く秘めた想い 叶えられそうもない 必ず今夜なら 言えそうな気がした まだ消え残る君への想い 夜へと降り続く 街角にはクリスマス・ツリー 銀色のきらめき》。

   何というロマンチックな歌詞とメロディでしょう。もう34年経ってるのにまったく古さを感じないで心に沁みます。次はワム!の「ラスト・クリスマス」、この曲も1984年にリリースされていますからほとんど同じ頃の名曲で、何度繰り返し聴いても、飽きることなく、ぐいぐい引き込まれます。

   そして、3曲目はアーヴィング・バーリンが1940年に作詞作曲した「ホワイト・クリスマス」。沢山の歌手が歌っていますが、何といっても、ビング・クロスビーが歌ったものがビルボードのポップ・チャートの首位を11週続けて大ヒットしました。この3曲、何年経っても珠玉のクリスマス・ソングとして歌い継がれています。

阿川佐和子さんと父親の対談

   「会話」の達人、阿川佐和子さんは「週刊文春」に《阿川佐和子のこの人に会いたい》をずっと連載しています。ところで先日、本箱の阿川さんの対談集「男を語る」をふと見たら、何とお父さんの作家の阿川弘之氏との対談があるのを発見、何を語っているのか気になり、読んでみたら面白いのでブログに書きたくなりました。

   そもそも、阿川さんは最初からこの対談は乗り気でなかったのに、どうやら編集部が勝手に予定に入れたようで、誰だってこの対談には興味があります。話の内容を少し披露すると、佐和子さん《たまプラーザの駅前にパチンコ屋ができて、そこを一番利用しているのがお父さんじゃないかと思うくらいに通って…》。

   阿川氏《そんなことないよ》佐和子さん《真っ昼間からあんまり行くものだから、店の人が……》阿川氏《お前、よせよ。俺の威厳を損じる。でもまあ、いいや》佐和子さん《お店の人が「おじさん、出てる?」「まあまあね」なんていって…》阿川氏《そりゃ、不正確だよ》佐和子さん《じぁ、説明して》。

   阿川氏《店長の奥さんと顔馴染みになったんだけど、俺が何してる人間だかわからないもんだか「おじさん、きょうも休み?」「うん、まあな」とか》佐和子さん《違うでしょ、「仕事あるの?」って、そんなこといわれたんじゃなかった?》。阿川弘之氏がまさかパチンコに夢中だったとはこの対談で初めて知りました。いやはや。

恒例の「第九」に行けない師走

   今年も師走が訪れました。本来ならかなり長い間続いている我が家恒例の東京芸術劇場での小林研一郎指揮日本フィルの「第九」演奏会の予定が入っているはずなのに今年はチケットを買っていません。その理由は、毎年、必ず組まれている昼間の演奏会(マチネー)の予定が無いからです。

    ともかく、チケット発売日近くに東京芸術劇場の予定表を見て愕然。12月27日と28日の二つとも開演が午後7時、これだと演奏が終わって、帰宅するのが午後10時過ぎになり、夕食抜きで「第九」を聴くのは抵抗があってほかの会場を調べてみると、サントリー・ホールも横浜みなとみらいホールも夜ばかり。

   これでは、今年は小林研一郎指揮日本フィルの「第九」を断念せざるを得ません。だからと言って、第1楽章から迫力があるコバケンさんの「第九」に魅力を感じている私共夫婦はほかの「第九」の昼間の公演を探して行く気にはならないので、今年は「第九」を生で聴くのは諦めて、家でCDを聴くことにしました。

   ところで、毎年、日本フィルの事務所に直接電話してチケットを送って貰っているのに今年は申し込みがない関係か「第九」のパンフレットが二度も自宅に送られてきました。そこで、日フィルに電話を入れて説明したら電話口の女性が「そうですよねぇ」と納得していました。来年はどうなるのでしょうか。鬼が笑いますが。

ヤミツキになるテレビ番組

   「テレビ朝日」の「世界の村で発見!こんなところに日本人」が好きでよく観ます。テレビ局がどんな方法で探すのか知りませんが、世界のとんでもない場所に住んでる日本人を芸能人が探し歩く番組で、一度観たらその展開の面白さに引き込まれヤミツキになるのは間違いありません。

   11月28日に放映された3時間スペシャルを録画して観ました。最初に登場する芸能人は元宝塚のスター紫吹淳さんで、東南アジアのミャンマー連邦共和国のピンウールインという所に住んでいる日本人を探し歩くのですが、華やかな世界を歩いてきた元タカラジェンヌがこの仕事を承諾したことにびっくりです。

   何しろ、車内に虫が飛んでいたりネズミも出る列車に午前4時に乗り、何時間も掛けてピンウールインという所に住んでいることが解っているだけで、住所も不明の人を地元の人に聞きながらただひたすら探すのです。当然、撮影するカメラマンが同行しているのですが、画面には姿を現しません。

   ともかく、紫吹さんは地元の人に「いま忙しいから後にしてくれ」などと怒られても聞くしかないのです。苦労の末に77歳の男性の日本人に会うことが出来て、何でその僻地に住むことになったか話を聞くのですが、それもまた驚きの人生です。未見の方は、是非、一度ご覧になってみて下さい。実に面白いです。

自ら引退を決意した日馬富士

   今朝(11月29日付)の「日刊スポーツ」の一面のこれ以上無い位の大きな字の見出しは《今日にも会見 日馬引退 全容解明前に決断》。このところ、新聞やテレビでずっと報道されてきた日馬富士の暴行事件は、日馬富士が自ら引退を決意して決着が着きそうです。新聞の見出しに?が無いので真実のことでしょう。

   この事件は、目下、鳥取県警が捜査中で、横綱審議会の委員の発言にも「厳罰しかない」という意見も多いようですから、この自ら引退を決意することが最も妥当かも知れません。ともかく、公開された貴ノ岩の頭の傷の写真を見たら、日馬富士自身にしても、土俵に戻るのは難しいと思ったに違いありません。

   「日刊スポーツ」の記事は《(日馬富士に)近い関係者によれば、日馬富士は日に日に憔悴(しょうすい)し、土俵に戻りたいという気力も減退した。県警による結論、危機管理委による報告や協会の処罰を待ってからの決断を促す支援者も多かったが、最終的には師匠と本人が気持ちを固めた。

   早ければ、今日29日にも会見し、決断を発表する。…日馬富士は幕内では軽量となる130キロ台の体重ながら、突き刺すような立ち合いとスピードを生かして、9回の優勝を果たした》とあります。私はあまり熱心な相撲ファンではありませんが、日馬富士の独特の低い仕切の姿が脳裏をよぎります。

ヒッチコック映画の裏話

   アルフレッド・ヒッチコック監督がアカデミー賞をとっていないなんて最高に不思議な現象です。ともかく、ヒッチコック映画が大好きで、初期の作品を除いて公開されたものはすべて映画館で観てるのが私の自慢と言っていいでしょう。ヒッチコックの特徴は平和な日常生活が、突如、恐怖に変わる語り口のうまさ。

   今日は洋泉社刊行の「ヒッチコック殺人ファイル」から交換殺人を描いた「見知らぬ乗客」の裏話を紹介します。推理作家パトリシア・ハイスミスが初めて書いた長編小説の「見知らぬ乗客」。ヒッチコックはこの小説が気に入り、脚色をハードボイルド作家のレイモンド・チャンドラーに依頼しました。

   ところが、ヒッチコックはそれが気にいらずに自分で書き直したのです。有名なレイモンド・チャンドラーの顔をつぶすことになったのに大丈夫だったのでしょうか。しかし、それもまた、つまらないシナリオが出来上がりましたが、ヒッチコックはそのシナリオで撮影してしまったのです。すると、出来上がった映画は見事な傑作。

   監督で評論家でもあるトリュフォーは《この同じシナリオでほかの監督が撮ったら、きっと酷い映画になったと思う》と言っていますが、このことは、ヒッチコック映画の魅力を知る上で重要です、つまり、彼の作る映画は文字では書けないすべて映像だけの勝負ということを証明してると言うのです。この映画、大好きです。

初めてオーディオに接した夜

   近年、すっかりオーディオの話題が影をひそめていて淋しいです。かって、休日にはオーディオ機器を眺めるために、秋葉原界隈をよく散策していました。その頃、オーディオ雑誌でスピーカーのことをやたらに書いていた音楽評論家に長岡鉄男さんという方がいて、そのウンチクを読むのがとても楽しみでした。

   氏はすでに2000年に他界されていますが、生前に書かれた上下二冊の「長岡鉄男の日本オーデイオ史」(音楽の友社)を時々読み直しています。何しろ、古いオーディオ機器の解説や写真が沢山載っていて、貴重なオーディオの本と言っていいでしょう。この中には私が使っていた機器もあり、見てると胸がつまります。

   ふと、初めてオーディオ装置を買った時のことが頭をよぎり、懐かしさで胸がいっぱいになってしまいます。それはプリメイン・アンプのトリオのW-41で、勿論、真空管アンプ、今でもネットで写真を眺めることが出来て、秋葉原の電気店から自宅に送られてきた夜のことが鮮明に脳裏に甦ります。

   包装を解き電源を入れると、独特の匂いが部屋いっぱいに充満し、まだ、一枚もレコードを持ってないのに、一晩中、点けたまま眺めていたことをよく憶えています。その後、スピーカーやレコード・プレイヤーなどを揃えて、初めて音楽を聴いた時のことを思い出すと、何だか胸が張り裂けそうになります。

鉄道の不正乗車と法律

   所持している「鉄道員ホントの話!?」によると、鉄道の不正乗車にはいろいろな種類があって、最もはっきりしてるのが「無札」、つまりキップを持たないで電車に乗った場合で正に不正乗車の代表です。次に「不連続乗車」これはキセルのことで、もう一つの「無断区間外乗車」はキップに書いてない区間に乗った場合です。

   もし、この不正乗車が見つかった時にはどんな罰が待っているかご存知でしょうか。一般的によく3倍の運賃を支払わされると言いますが、この言い方は正しくありません、正確には、正当な運賃+2倍の増運賃を支払うことになります。勿論、不正に使用した乗車券は無効になるのは言うまでもありません。

   この運賃や増運賃の根拠は、旅客営業規則の契約違反による違約金という性格のものなので、当然、民事上だけの問題ですから罰金ではありません。しかし「不連続乗車」(キセル)は、詐欺罪の成立要件である欺瞞行為、錯誤、処分行為、利益を満たしているので完全に法律に触れています。

   従って、場合によっては刑罰の対象となることもあります。また、居眠りをしていて、乗り越してしまい、戻ってきて自動改札機にキップを入れて改札を出た場合の「無断区間外乗車」も法律に触れていても、これは「可罰的違法性が無い」と言って罰せられることは無いようです。乗り越して詐欺罪では堪りません。

「怒り」を制御する方法

   今日の「朝日新聞」朝刊の「be」に怒りを制御する方法が書いてありました。例えば些細なことで怒り、相手を攻めたくなった時に、それを制御する「アンガーマネジメント」という心理トレーニングがあるんだそうです。人間が怒った時に守らなければならないルールが3つあり、それによって冷静になれるとか。

   それは①他人を傷つけない②自分を傷つけない③モノを壊さない。つまり、怒りを覚えたた時にこのシンプルなスローガンを思い出すと、冷静になる手がかりになるかも知れないのです。また、「6秒セラピー」という手法があって、怒りのピークは6秒とされているので、その間を様々な方法でやり過ごしてしまうのです。

   その方法の一つは、手のひらで「グーパー、グーパー」を繰り返すのです。つまり、誰にも解らないように手を握ったり開いたりを何度も行うのです。そして首や肩を回すなどのストレッチや、その場でジャンプするのも効果的です。ともかく、怒りは瞬間的なものだということを心得ておくことが肝要です。

   そのほか「大丈夫」「たいしたことはない」「そんな小さなことで怒るなんて恥ずかしい」「ここは我慢してしまおう」「怒っても何のトクにもならない」など自分を鎮める魔法の言葉を用意しておくのも良いとされています。ともかく、6秒間をやり過ごしさえすれば怒りが表面に出なくてすむのです。では怒りの本質です。

子宝に恵まれていた夏目漱石

   つい最近発刊された《「猫」の名作短編集》(彩図社)の中に夏目漱石の「猫の墓」という一文があり、その書き出しは《早稲田へ移ってから、猫が段々に痩せて来た。…》。やがてある日、その飼っていた猫は亡くなりお墓を作りました。読んでいると、この中に頻繁に自分の子供さんが登場するのです。

   そこで、漱石は、一体、子供が何人いたんだろうかとウィキペディア(実に詳しい!)で調べてみて驚きました。1899年(明治32年)に長女筆子誕生、1901年に次女恒子、1903年に三女栄子、1905年に四女愛子、1907年に長男純一、1908年に次男伸六が生まれて女4人男2人の6人になりました。

   そして、更に2年後の1910年に五女の雛子が生まれて、漱石は女5人男2人で7人の子宝に恵まれていたのです。ところが、1911年11月29日に五女の雛子が原因不明の病気で亡くなり、この間、漱石は持病の胃潰瘍に苦しみ、入院と退院を繰り返しながら教鞭をとり、小説も書いていたのです。

  それにしても、漱石にはこれほど沢山の子供さんがいるのに、私はその情報をあまり知らないのです。ところで、冒頭の一文の最後は《猫の命日には、妻が一切れの鮭と、鰹節をかけた一杯の飯を墓の前に供えるのを忘れた事がない》と漱石は書いています。きっと、長く飼っていた猫に違いありません。

ロックと「鯛焼き」のエピソード

   冬は「鯛焼き」の季節です。副都心線の「雑司ヶ谷駅」から歩いて数分の所に「鬼子母神」があり、その近くに鯛焼き屋の「ひなの郷」が存在します。そして、この店から数メートルの所に家内と私がお世話になってる歯医者がある関係で時々行くので、ここで美味しい「鯛焼き」を買ってきて、つい最近も食べました。

   この店は落語家の三遊亭好楽師匠の娘さんが店主という事もあり、日本テレビの「ぶらり途中下車の旅」でも紹介されたことがあります。雑司ヶ谷は約30年前に住んでいた所なのでとても懐かしく、ここに行くと、つい周辺を歩いてしまいます。ともかく、雑司ヶ谷に地下鉄の駅が出来たなんて何だか不思議な気がします。

   「鯛焼き」の話が私の昔の住まいの話になってしまいましたが、ロックグループ「エアロスミス」のメンバー全員が「鯛焼き」が大好物で、こんなエピソードがあるのをご存知でしょうか。「エアロスミス」が日本公演があった時に誰かが麻布十番の「鯛焼き」が食べたいと言いだし、機内で食べようと買ったんだそうです。

   ところが、飛行機の中で誰かがみんな食べてしまい、スティーヴン・タイラーが激怒して、あわや解散かと思われる大喧嘩が発生したのだそうで、新聞にも載った事件です。しかし、この話は少し報道とは違っているようでネットに真実が詳しく書いてあるので興味のある方はお読みになって下さい。

古本屋で探す価値がある小説

   かなり前の発刊で、現在、絶版になっているのですが、古本屋で探してでも読む価値がある小説を紹介します。著者はテレビ・ドラマ「金曜日の妻たちへ」や「男女7人夏物語」で有名な鎌田敏夫の「殺人者K」(新潮文庫)。何しろ、鎌田敏夫らしからぬ拳銃を使う女刑事が主人公のハードボイルド小説です。

   ちょっとこの小説の出だしを書き出すと《三十八階にエレベーターが着いた。扉が開く。ダークグレイのレインコートを着た女が、ただひとり乗っていた。痩せた、背の高い女だった。レインコートのボタンを一番上まで留めている。女は、エレベーターを出ると、左右に素早く目を走らせた。…》。

   女はホテルの一室のボタンを押し、入口でボディ・チェックをされて部屋に入ります。そして、この部屋で事件が起き、やがて、警視庁の矢島涼子警部が捜査にこの部屋にやってきます。この警部と最初にエレベーターに乗っていた背の高いレインコートの女との戦いがこの小説の骨子です。

   ともかく、警察内の先輩の男性刑事との葛藤も手に汗握り、日本の警察も内部ではこんな風になっているんだという驚きの中で、最後に美貌の女警部と犯人の美女が拳銃で決闘をします。面白くて面白くて何度も繰り返し読んだこの小説、どうしても紹介したくて書いてしまいました。(読者の感想

恐竜等古代生物の絶滅要因

   昨日の「朝日新聞」夕刊に宇宙好きには堪らない記事が載ってましたので、お読みになっていない方のために紹介します。それは《もし小惑星が地球の南側に数百キロずれて衝突していたら、恐竜は今も生き残っていたかも知れない》という研究成果が発表されたというのです。

   発表したのは東北大学と気象庁気象研究所のチームで、イギリスの科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」にです。恐竜、翼竜、首長竜、そしてアンモナイトなど古代の生物は約6600万年前の白亜紀末、直径約10キロの小惑星が現在のメキシコのユカタン沖に落ちた後に絶滅したと言われています。

   このチームの研究によると、衝突の熱で有機物が燃えて生じた「すす」が太陽光を遮って地球の気温を下げ、生物の絶滅を引き起こしたというのです。それがもし小惑星が有機物の少ない場所に落ちてれば「すす」はあまり発生しないで地球の温度は下がらずに恐竜などの生物は生き残った可能性があるのです。

   ところが、小惑星が落ちたのが有機物の多い堆積岩がある場所だったために「すす」が大量に発生し、地球の温度が全体で8~11度、また陸地では13~17度、更にそれ以上下がった可能性もあるのです。それが恐竜など古代生物が絶滅した要因とは宇宙学者の研究には夢がありとても楽しそうです。

映画館で退屈な映画の苦痛

   「週刊新潮」11月23日号に作家の北方謙三氏が「十字路が見える」というコラムで退屈な映画のことを書いてます。氏が映画館で観てるうちに退屈のあまり眠くなったのは1970年代後半のイタリア映画「木靴の樹」。それでも、北方氏は三時間を超える映画をいい所を探して最後まで観たそうです。

   実は私にも映画館で退屈な映画を観ていて、そのうち面白くなるのを期待してそのまま観てるか、思い切って映画館を出るか迷った末に映画館を飛び出した「チャイコフスキー」という映画の記憶があります。ともかく、退屈な映画を映画館で観てる時に目のやり場に困る苦痛がどれほど大きいか知った映画です。

   それは1970年制作のロシア映画で、チャイコフスキーの伝記映画。50年近い前の映画なので封切りした時に観た映画ではないことは歴然としているのですが、北方氏の「退屈な映画」のことを書いているのを読んでいたら、どうしてもこの映画のことが書きたくなったのです。

   何しろ、チャイコフスキーの生涯を描いている映画なので、交響曲がやたらに出てくるのは当然ですが、その使い方が酷いのです。4番、5番、6番のそれぞれの楽章をまるでポピュラー音楽のように細切れにランダムに挿入して映画を作っているのです。どうしても我慢出来ずに映画館を途中で飛び出した映画はこれだけです。

パソコンの「キーボード」情報

   今朝、ネットサーフィンをしていたら「メカニカルキーボードの気持ちよさは異常!」という記事が眼に入りました。パソコンを愛用している方が、今まで使っていた普通のキーボ-ドを「メカニカル・キーボード」に替えて「控えめに言って最高、その素晴らしさを再認識しました」と絶賛しているのです。

   とは言っても、いま使ってるキーボードに何の問題もないし、折角、馴れているキーボードを替えるのには抵抗があるので、ちょっと迷っているのですが、ともかく、《こんな世界を知らないのはもったいなさ過ぎる。メカニカルキーボード使うと世界が変わります》を読むと何だか食指が動きます。

   その記事の内容を掻い摘んで紹介すると、「メカニカルキーボード」のいいところは①普通のキーボードは、構造上、押し切らないと文字が入力されないのに半分ほど押すと文字が入るのでタイプミスが減る。また、②キーが金属なので寿命が長い。そして③は独特の打鍵感が気持ちいいというのです。

   それで価格については「メカニカルキーボードのおすすめ人気ランキング10選」というサイトをご覧になって下さい。ここに載っている1位から10位のうち一番高いのが税込17,123円で一番安いのはテンキーが付いていない3,999円。ちなみに1位は8,426円でこれもテンキーがありません。

最新のJR「一筆書き」の旅

   ネットで女性が書いた《初乗り140円でどこまで行ける? JR首都圏一筆書きの旅》というサイトを見つけました。JRには《東京、大阪、福岡、新潟の4都市圏では、決められた区間内を普通乗車券で1日のうちに利用する場合、最も安い経路の運賃を適用する》というルールがあり、これを使って遊ぶのが「一筆書き」です。

   つまり、初乗り運賃140円でどのくらい長距離を乗れるかで、このサイトは原宿駅の改札口を朝の6:30に140円のキップで入り、496.5キロを移動して、隣の新宿駅に夜の20:55に到着するルートです。わかり易いように書き出しますので、休日にでも、実際に実行してみたらいかがでしょう。

   原宿6:30→(山手線)→品川6:47/6:59→(東海道線)→茅ヶ崎7:44/7:52→(相模線)→橋本9:01/9:10→(横浜線)→八王子9:22/9:38→(八高線)→川越10:43/10:50→(川越線)→大宮11:13/11:47→(高崎線)→高崎13:00/13:46→(両毛線)→小山15:29。

   小山15:36→(水戸線)→友部16:43/17:21→(常磐線)→上野19:20/20:35→(山手線)→神田20:40/20:42→(山手線)→新宿20:55。大宮と高崎の間でお昼になりますので車内でお弁当を食べればいいかも知れません。ともかく、自分でルートを考えるのが最も楽しいと思います。

「じゃんけん」の科学的戦略

   ネットで《ついに科学は「じゃんけんで連勝できる方法」を解明した》という記事を見つけました。その記事は中国にある浙江大学の研究グループが「じゃんけん」を続けて行う時に、どのような戦略をすれば勝率が高くなるかの科学的な研究の論文を発表したというのです。

   その記事によると、研究グループは360人の学生を60人づつ6つのグループに分けて、ランダムな組み合わせで300回の「じゃんけん」を行ったのです。そして、それを誰かが観察して記録するわけで、「じゃんけん」にはあいこもあることだし、大変な労力と時間を要したに違いありません。

   何しろ、記録する人はグー、チョキ、パーの何を出して勝ったか負けたかを記録し、しかも勝負の順番まで書いておかなくてはならないのです。その結果は「あるプレーヤーが1回目の「じゃんけん」で相手に勝った場合、2回目の「じゃんけん」で同じ手を繰り返す可能性は、手を替える可能性よりもはるかに高い」とか。

   従って《ベストな戦略は1回目の「じゃんけん」で負けた場合には、相手が直前に出した手に勝てる手に切り替える。逆に、勝った場合は、同じ手を繰り返すのではなく、自分が先ほど出した手に負けた手に替える。つまり、あなたに負けた相手が直前に出した手を出せばいい》。果たしてこの戦略、うまくいくのでしょうか。

「ティファニー」の中にカフェ

   ストーリーがいいか悪いかはどうでもよくて、オードリー・ヘップバーンの魅力とヘンリー・マンシーニの音楽とお洒落な雰囲気に酔う映画に「ティファニーで朝食を」(10点の人が何人も!)があります。ヘップバーンがニューヨーク五番街の「ティファニー」の前でパンを食べながら歩く場面から映画は始まります。

   ところで、つい最近「ティファニー」の中にカフェが出来て食事が可能になったのをご存知でしょうか。ヘップバーンが朝っぱらからパンをかじりながら歩いていた宝石店の中にです。きっと「ティファニー」の関係者でこの映画が好きで堪らない人が、どうしても食事が出来る所を作ろうと企画したに違いありません。

   ともかく、この映画はヘップバーンの回りに何だかよく解らない男性が沢山出てきますが、観客は同じアパートに住む売れない作家ジョージ・ペパードとのやり取りに注目していればいいでしょう。そして、ヘンリー・マンシーニの傑作「ムーンリバー」のあまりにも美しい旋律を聴くだけでもこの映画を観る価値があります。

   それにしてもヘップバーンがギターをひきながら「ムーンリバー」を歌うシーンを見ていると、サッチモことルイ・アームストロングがトランペットの吹き語りで歌う「ムーンリバー」が聴きたくなります。そして、この映画のラスト、雨の降る中でヘップバーンが猫を抱いてるシーンが脳裏にいつまでも残ります。

«アガサ・クリスティの名探偵