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読み直したら更に面白い小説

   5年ほど前の2013年4月に発売になった村上春樹氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。ともかく、村上春樹氏の文体の分かり易さと、物語展開の面白さに引き込まれ、一気呵成に読んだ覚えがあります。それから約5年、もう一度読みたくなり、単行本を持っているのに文庫本を買って読みました。

   小説の骨子は、主人公の多崎つくるに、高校時代、4人の親友がいて、その4人から田崎つくるに、ある日、理由がよく解らない絶交状が送られてくるのです。多崎つくるは付き合っている2歳年上の女性にこのことを相談すると、一人づつ会ってその理由をよく聞くべきだと提案します。

   ところで、この5人の氏名は、男性が主人公の多崎つくる、赤松慶。青海悦夫、女性が、白根柚木、黒埜恵理。多崎つくる以外は、すべて頭に色がついていて非常に解り安く、この点にも村上春樹さんならではの工夫があり、読者への配慮を感じます。

   このうち、白根柚木は他界してすでにこの世にいません。多崎つくるが最後に会ったのはフィンランドのヘルシンキに住んでいる黒埜恵理。すでに結婚している彼女に会ったことで、謎が解けたという、まるでミステリーのような組立で、実に面白い長編小説でした。村上春樹さんの類希な実力を感じます。

チャイコフスキーと謎の女性

   チャイコフスキーの6つの交響曲とピアノ協奏曲第1番、大好きです。ことに第6番の「悲愴」は特別に好きで、トスカニーニ指揮のNBC交響楽団、マルケヴィッチ指揮のロンドン・フィル、マゼール指揮のウィーン・フィル、フリッチャイのベルリン・フィル、小澤征爾のサイトウ・キネン・オーケストラ。

  そして、 カラヤン指揮のベルリン・フィル、メンゲルベルグ指揮のアムステルダム・コンセルトヘボー、スクロヴァチェフスキー指揮の読売日響、フルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルなど9枚のCDを持っていてどれもよく聴いてチャイコフスキー特有の美しいメロディーを楽しんでいます。

   ところで、チャイコフスキーは、本来、音楽家を目指していたのではなくて、1852年にペテルブルグの法律学校に入学し、卒業後は法務省に職を得ていたのです。しかし、彼は法律学校時代に声楽やピアノなどの音楽理論などを本格的に習得していて、音楽家になっても不思議ではなかったのです。

   チャイコフスキーは、作曲家の道に転向して、1878年以降、裕福な未亡人フォン・メック夫人から経済的な援助を受けていいたのです。彼女は鉄道経営者の妻で、夫が他界した後、鉄道会社の経営の後を継ぎ、お金を沢山持ってました。彼女とチャイコフスキーとの交際はそれから、14年間も続きましたが、何と二人は一度も会うことがなく、ただひたすらお金を援助するだけの関係でした。チャイコスキーは凄い女性と知り合ったものです。

脳にいい「CS19ペプチド」

   人間の脳の改善に「CS19ペプチド」が有効なのをご存知でしょうか。昔から「初恋の味」といわれるカルピスは、この甘酸っぱさが美味しくて大好きです。このカルピスの素となる「カルピス酸乳」の長年の研究の中で発見された「CS19ペプチド」。「ペプチド」とはアミノ酸が2個以上つながった構造の化合物を言います。

   そして、「CS19ペプチド」とは「カルピス酸乳(CALPIS Sour Milk)」由来の19個のアミノ酸がつながったペプチドという意味を持っています。つまり、《人間の脳は「生命活動」「知的活動」「情緒的な活動」など、日常生活におけるあらゆる活動をつかさどっているのです。

   中でも物事を記憶、判断して、考えたり理解する「認知機能」は社会生活を営む上で最低限必要な機能だといえます。この、物事を考えたり判断したりする時に、脳の中では神経細胞が神経伝達物質を使ってさまざまな情報を伝えるという重要な役割を果たしています。ところが、加齢とともにこの神経細胞が減少。

   認知機能が低下することで「もの忘れ」などの症状が出ることが多くなるのです。「CS19ペプチド」は、脳内の神経伝達物質の1つであるアセチルコリンや、脳の栄養分のような働きをする「脳由来神経栄養因子」の量を増やすことで、認知機能を改善しているのです》。どうやら、カルピスは脳によさそうです

類似性がある芥川賞候補作

   東日本大震災で被災した女子高校生を主人公にした北条裕子さんの小説「美しい顔」は、第61回群像新人文学賞受賞作で、講談社の文芸誌「群像」6月号(5月7日発売)に掲載されました。それだけなら、何も問題が無かったのですが、この作品が芥川賞の候補になって少し問題になってます。

   まずちょっと、ネットの記事《芥川賞候補「美しい顔」類似表現騒動、出版業界の甘さ露呈 被災地に一度も入らず執筆の新人のマナーは…》という記事をお読みになって下さい。6月18日発表の芥川賞候補作「美しい顔」の一部記述に、ほかのノンフィクション作品にある表現との類似性が指摘される事態となったのです。

   つまり、《同作を掲載した文芸誌「群像」を発行する講談社は「参考文献の記載漏れ」とし、6日発売の同誌最新号に参考文献一覧を掲載したが、作家本人に加え、新人作家を発掘し、育てる出版社側の対応の甘さを問う声があがっている》のです。何しろ、作家の北条裕子さんは被災地に一度も行かずに執筆しています。

   《「私は被災地に行ったことは一度もありません」と作者の北条裕子さん(32)は、「美しい顔」が掲載された「群像」6月号で明かしていて、このため、被災地の様子は参考文献などに依拠したとみられ、焦点となるのは参考元にあった表現との類似性です》。果たして「美しい顔」は芥川賞の候補になるのでしょうか。

随筆「枕草子」の美文に驚歎

   文学のジャンルに随筆があります。日本で初めての随筆と言えるのが清少納言が書いた「枕草子」。その全文がネットにあるのでちょっと出だしをコピーします。《春は曙(あけぼの)。やうやう白くなりゆく山際(やまぎわ)、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。 

  夏は夜。月の頃はさらなり、闇もなほ、螢(ほたる)飛びちがひたる。雨など降るも、をかし。秋は夕暮(ゆうぐれ)。夕日のさして山端(やまぎわ)いと近くなりたるに、烏(からす)の寝所(ねどころ)へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び行くさへあはれなり。まして雁(かり)などのつらねたるが、いと小さく見ゆる、いとをかし。

   日入(ひい)りはてて、風の音(おと)、蟲の音(ね)など。(いとあはれなり。冬はつとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜などのいと白きも、またさらでも いと寒きに、火など急ぎおこして、炭(すみ)持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、炭櫃(すびつ)

   火桶(ひおけ)の火も、白き灰がちになりぬるは わろし》。どうです。誠に鮮やかな美文でしょう。清少納言は平安時代中期の女流作家で、歌人でもあっただけあって、文章が実に美しいです。思わず声を出して読みたくなる魅力をもっていて、1000年も前から、こんな美文を書く人がいた事に改めて驚歎します。ともかく、二段以下、全文をお読みになって、清少納言の文章に酔いしれて下さい。

ショパンが作った19の歌曲

   ショパンは「ピアノの詩人」と言われ、ピアノ曲以外、作曲してないように思われますが、19曲の歌曲があるのをご存知でしょうか。東京芸大を出ている小坂祐子さんが著した「ショパン知られざる歌曲」(集英社)という本に詳しく出ています。歌詞はポーランド語で、親交のあったポーランドの詩人が作っています。

   この19曲のうち作品番号のついた作品は17曲で、CDが市販されているのをこの本で知り、ソフィア・キラノヴィチというソプラノ歌手が歌っている「17のポーランドの歌」というアルバムを持っています。この歌曲集に収められている17曲は、作曲年代が19歳から37歳で、生涯のすべての年代にわたっています。

   ともかく、ショパンは「葬送行進曲」「子守歌」「舟歌」など数曲を例外として、作品に題名をつけていません。ショパンは人にオペラ作曲家への道を強く薦められても、かたくなにそれを拒み、言葉と関係のないところに自分の音楽を位置づけていたのです。やはり、ショパンの本質はピアノ曲なのです。

   ところで小坂さんは最後に歌曲とは関係のないショパンの葬儀のことを書いていますので、ショパン愛好家のために紹介しましょう。《ショパンが自分の葬儀に望んだのはモーツアルトの「レクイエム」で、さらにサンドとの生活で作曲された「葬送行進曲」が演奏された》と書いてあります。ではショパンの「葬送行進曲」を。

バナナの叩き売りの口上

   バナナは今やコンビニやスーパーで安く売られていますが、高級品で簡単に食べられない時代がありました。ところで、バナナが日本に輸入されたのは明治36年頃で、台湾北部の基隆(キールン)の商人が神戸に持ち込んだのが始まりとされていて、まだ台湾が日本の植民地の頃です。

   そして、台湾と最も地理的に近い北九州市の門司港は、バナナの荷揚げによって市場が栄えたのです。青い時に輸入したバナナは地下の室で熟成してから市場に出していました。しかし、輸送中に熟してしまったバナナは出来るだけ早く換金する必要があり、そこで考えられたのが「バナナの叩き売り」です。

   つまり、露天商などが街頭で軽妙な軽口でお客さんを集め、独特の口上てバナナを叩き売りしたのです。現在のように安くバナナが買える時代ではとても考えられないような話です。ともかく、口上は、多種にわたり、地域、売る人によりオリジナリティがあって、大いに人気だったようです。

   ネットに「門司港名物バナナの叩き売り」の動画がありますからご覧になって下さい。これが全国的に有名になったのは映画「男はつらいよ」の寅さんの影響(バナナの映像が無くてすみません)と言ってもいいかも知れません。しかし、「バナナのたたき売り」は次第に廃れ、地元では保存会を設けて保存に必死のようです。

クラシックが次々と100曲

   クラシックもポップスも好きな音楽ファンで、まだもしお持ちになってなかったら、絶対にコレクションに入れて欲しいCDに「Hooked on CLASSICS(フックド・オン・クラシックス)」があります。LPの時代からあったCDで、今も廃盤にはなっていません。ともかく、一度聴いたら病みつきになるCDです。

   CDの中に入ってるノートに書いてある文言をちょっと書き出しましょう。《いちばん楽しいクラシックの世界へようこそ!106曲をいっきに聴かせる クラシック名曲メドレー第1弾!さあ、あなたは何曲知っていますか?理屈ぬきでおもいっきり楽しんで下さい!》どうです。これを読んだだけで 聴いてみたくなるでしょう。

   まず、冒頭に出てくるのは「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番」、続いてリムスキー・コルサコフの「くまばちは飛ぶ」、そして、モーツアルトの「交響曲第40番」のあの美しいメロディです。さらに耳に飛び込むのはガーシュインの名曲「ラプソディ・イン・ブルー」、シベリュウスの「カレリア組曲」、ベートーヴェンの「運命」。

   一定のリズムに乗って、聴いたことがあるクラシックのメロディが矢継ぎ早です。思わずそのリズムに合わせて手で膝をたたきたくなるのは間違いなし。何しろ、106曲のクラシックのメロディが見事に並んでいるのです。すでに発売になっている12枚のCD、すべて持っていてしょっちゅう聴いてます。では、サワリをどうぞ。

「みつまめ」と「あんみつ」

   甘党にとっては「みつまめ」と「あんみつ」はどちらもお好きなはずです。ところで、ある本に先に出来たのは「みつまめ」と書いてありましたが、勿論、それはそうでしょう。「みつまめ」は江戸時代後期から売られていましたが、今のように洗練されたものではなく、駄菓子屋で売られている駄菓子の一種でした。

   当時の「みつまめ」は、サイの目状の寒天と塩ゆでした赤エンドウが十数粒、それに彩りとして求肥や干し杏などを器に入れたものに黒砂糖をかけて食べさせるという、至極単純なものでした。お客さんの中には「天ぬき」といって寒天を抜いて欲しいと言う注文もあったとその本に書いてあります。

   そして、「あんみつ」が初めてこの世に登場したのは昭和5年のこと。銀座に店を出していた「お汁粉屋」の「若松」の二代目が、ご贔屓にしていた宝塚歌劇団の一員に、何か新しいメニューを頼まれて、当時、少し飽きられて下火になっていた「みつまめ」にあんこを入れることを思いついたのです。

   この新商品はたちまちお店で人気になり、大いに売れたのが「あんみつ」が出てきたきたきっかけです。銀座の甘味処「若松」は現在も存在し、何回か行ってますが、この店がまさか「あんみつ」発祥の場所とは知りませんでした。今度行ったらこの事を話して知ってるのを自慢しようと思っています。

かって五輪にあった芸術競技

   何年も先だと思っていた東京オリンピックがいつしか二年後になりました。ところで、1912年の第5回ストックホルム大会からオリンピックに芸術競技があったのをご存知でしょうか。種目は、建築、彫刻、絵画、音楽、文学の5種目で、参加者はスポーツに関連を持つか、スポーツから着想を得た作品に限られてました。

   そもそもオリンピックに芸術競技を取りいれた生みの親は、近代オリンピックの創始者のクーベルタン男爵。古代オリンピックは、神を讃えるという信仰的要素が強く、スポーツは強く美しい肉体で神を表現することから生まれたものであり、芸術表現も同じく神を表現する一手段だと言うのが、その根本理念です。

   日本人の芸術競技のメダリストとしては、1936年のベルリン・オリンピックの絵画部門で、銅メダルを受賞した 藤田隆治、その作品名は「アイスホッケー」で、ナチス(恐らく絵が好きだったヒットラー)に買い上げられたそうですが、その後の行方については明らかになってないようです。

   また、「赤とんぼ」の作曲で有名な山田耕筰氏も、ベルリン・オリンピックに音楽部門で参加してるようですが、その結果がどうなったかは解りません。ともかく、芸術作品の評価は難しく、次第に問題が出て、1948年の第14回ロンドン大会を最後に芸術競技はオリンピックより消えました。

「ギネスブック」の歴史と申請

   「ギネスブック」とは何か知らない方は、今やほとんどいないでしょう。ネットのウイキペディアから、この歴史や申請方法を紹介します。普通、「ギネスブック」で通じますが、正式には「ギネス世界記録」、簡単に言うと、世界一と認定された記録を集めた本で、日本には「ギネスワールドレコーズジャパン」という支社があります。

   そもそも、「ギネスブック」が出来た発端は、アイルランドのビール会社ギネス醸造所の代表者だったサー・ヒュー・ビーバーが、仲間と狩りに行った時、狩りの獲物のうち、世界一速く飛べる鳥は「ヨーロッパムナグロ」か「ライチョウ」かの議論になり、これになかなか結論が出ませんでした。

   すると、ビーバーがもしこういう事柄を集めて載せた本があったら評判になるのではないかと発言したのです。そこで、ロンドンで調査業務を行っていた知人にこの話を持ちかけ、1955年に「ギネスブック・オブ・レコーズ」の初版が発売されたのです。そして、2000年に「ギネス・ワールド・レコーズ」に改称。

   これに日本から登録する方法は、「ギネスワールドレコーズジャパン」のサイトから、自分の住所、氏名、電話番号と具体的な内容や理由などを書いて申請します。申請には無料と有料があって、無料の場合は返答が来るまで約三ヶ月掛かるそうです。ともかく、申請の詳しいことをよく調べて、申請はここです。

島崎藤村の美しい「初恋」

   本当に久しぶりに「藤村詩抄」を手にしました。この島崎藤村の詩集を解説している吉田精一氏によると、藤村の詩集を一冊にまとめたものとしては、明治三十七年九月刊行の「藤村詩集」が最初で、私が手にしている「藤村詩抄」は、既刊の四詩集から、散文をはぶいて、発行順にまとめたのだそうです。

   それでは、この中からどなたもよくご存知の有名な詩「初恋」を書き出しますので、たまにはじっくり鑑賞してみたらいかがでしょう。《まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅(うすくれない)の秋の実に

   人こひ初めしはじめなり わがこころなきためいきの その髪の毛にかかるとき たのしき恋の盃(さかずき)を 君が情(なさけ)に酌みしかな 林檎畑の樹(こ)の下に おのづからなる細道は 誰(た)が踏みそめしかたみぞと 問ひたまふこそこひしけれ》。何ともロマンに満ちた詩で、お好きな方はいっぱいおられるでしょう。

   ところで、島崎藤村は20歳の時に明治女学校高等科英語科の教師となり、何と教え子とただならぬ関係になって、教師としての自責のために洗礼していたキリスト教から離脱し、学校を辞職したのをご存知でしょうか。では、メロディを附けた「初恋」を舟木一夫が歌っているのをお聴きになって下さい・

必携の「大人の語彙力ノート」

   明治大学の斉藤孝教授が、昨年、発刊し、かなり売れている「大人の語彙力ノート」、絶対にお奨めです。斉藤さんがこの本の冒頭に書いていますが、同じことを言っても「言葉遣い」によって、相手に与える印象が大きく違い凄い偉力を発揮します。それを集めた本で、その中から幾つか紹介しましょう。

   例えば、知らないことを問われた時に、ただ「わかりません」と言うより「勉強不足で申し訳ございません」の方がどれほどいいか解りません。また、目上の人に同意する時、「それでいいです」というと何だか素っ気ない感じですが「それで異存はございません」だとへりくだった気持ちが相手に伝わります。

   また、上司から商談について来るように言われた時、「では一緒に行きます」と言うより「ではお供させていただきます」と言った方が、どれほど相手に与える感じが違ってくるか解りません。また、「知っておいて下さい」と言うより「お含みください」と言うと偉そうな感じが見事に消えます。

   誰かに何かを頼まれた際に、ただ「頑張ります」と言うより「最善を尽くします」「鋭意努力します」「尽力します」などほかにも色々な言い方があるのを頭の中の抽出から持ってくることが必要です。本屋の店頭で手に取ってみると、きっと持っていたくなるに違いありません。「語彙」が豊富だと非常に役に立ちます。

四ヶ月に一度の日銀の「短観」

   今朝の7月3日付の朝日新聞に《日本銀行が発表する「短観」って何か》という記事が載っていました。普通、「タンカン」と言ってますが、正式な名称は「全国企業短期経済観測調査」といい、日本銀行が全国の大企業から中小企業まで約1万社に対し、最近の景気について調査することです。

   何しろ、回答率99%以上で、毎年、3月、6月、9月、12月の年4回、日銀が選んだ企業に対し、売上高や利益など事業の現状や先行きを、「良い」「さほど良くない」「悪い」など送られてきた調査表に書いて送ると、日銀はそれを集計して発表するのです。例えば。7月2日に発表されたのは6月の調査の結果です。

   調査の中には、お金が借り易いか借り難いか、金利が上昇してるか下降してるか、また、材料の値段が安定してるか変動してるか、人手の調達が難しいか容易かなど、経済全般にわたってかなり広範囲だったことを覚えています。いずれにしても、日銀の金融政策や政府の景気対策の判断に影響を与えます。

   実は私は、経理部長の役職にあった関係で、この調査表を作成する役目で、この調査が国の経済を判断するために重要なことを自覚していた私は、出来るだけ正確を心掛け期限に遅れたことは一度もありません。すると、日銀からお礼のお菓子を送ってきて、社員みんなで食べたことを懐かしく思い出します。

追憶のシベリュウス第二番

   有楽町線要町駅近くにある名曲喫茶「ショパン」のオーナーで、音楽評論家の宮本英世さんの書いた「クラシック一日一名曲366日」の今日7月2日はシベリュウスの交響詩「フィンランディア」。1900年の今日、パリの大博覧会コンサートで初演さている美しい曲で大好きです。

   ところで、シベリュウスと言えば、これよりもっと好きな曲があって交響曲第2番が、突然、頭に浮かびました。というのは、何年か前のある日、「音楽とオーディオを語る会」の友人が、自分の母校の青山学院管弦楽団の定期演奏会のシベリュウスの2番のチケット持ってるとかでその誘いです。

   場所は初台の東京オペラシティ・コンサートホール、勿論、私は飛びついて、そのコンサートに行くことにしました。青学の交響楽団は前にヘンデルの「メサイア」を聴いたことがあり、いい演奏で感動した覚えがあります。当日、私は友人と初台駅で待ち合わせ、ワクワクしてホールの席に着きました。

   そして、その演奏の素晴らしかったこと。何しろ学生で生活の匂いがない若い演奏は、かって聴いたことがないような響きで、演奏が終わった後、しばし呆然として、席を離れることが出来ませんでした。プロの演奏と異質の青春を謳歌するシベリュウスの交響曲第2番をはからずも宮本英世さんが思い出させてくれました。

電圧100Vは日本と北朝鮮

   誰でも知ってる通り、日本の家庭用電圧は100ボルトで、この電圧を使っている国は、日本のほかに何と北朝鮮だけなのをご存知でしょうか。ちなみに、アメリカは120ボルト、イギリスは240ボルト、ドイツとフランスは230ボルト。韓国は1999年まで100ボルトだったのが現在は220ボルト。

   日本で始めて家庭向け交流送電が始まったのは1889年のことですが、その時の電圧はたったの52ボルトでした。当時のアメリカは110ボルトだったので、これと同じにしようとする動きはありましたが、国内の電球が100ボルト対応でかなり作られていたので、結局。100ボルトに決定し、現在に至っています。

   ところで、現実問題として困るのが、現在、使っている100ボルト用の電化製品を持って海外に行く場合です。海外と電圧が違うだけでなく、差し込みプラグも違います。従って、外国の電圧はほとんどが100ボルト以上なので、まず、電圧を100ボルトに下げる変圧器を用意し、差込みプラグの変換も必要です。

   それにしても、日本のネットは非常に親切で、《海外旅行に日本の電気製品を持って行く時に注意すること》というサイトがあり、かなり詳しく注意点が書いてあるので、これをお読みになるのをお薦めです。今や、なんでも便利になっていながら、まだ世界共通でない不便なことがあるのです。

犬と猫

   犬も猫も家で飼うのは気が進みませんが、姿を見るのは大好きです。家の近所を散歩してると、よく犬の散歩に出合います。最近、すれ違う飼い主に連れられた子犬は数十歩行き過ぎた後、私が振り返ると、その子犬も必ず振り返り私と眼が合います。また、少し歩いてから振り返ると、子犬も私を見ています。

   何だか、その子犬に親近感を覚え、どこに住んでいるのか解らない子犬とすっかり顔見知りです。目鼻立ちが私の好みで、あんな知的な子犬なら飼っても悪くないなぁと思いつつ信念を曲げるわけにはいきません。ところで、ネットに「犬と猫の性格。その違いってどんなもの?」というタイトルの記事を見つけ読んでみました。

   そこには、まず犬について《犬は人間のことを「犬ではない何か」と思っていると考えられ、とくに飼い主のことはリーダーとして認識しています。群れで暮らしてきた犬にとって主従関係は大切なので、リーダーである飼い主を信頼し、命令や指示にも従います》とあります。つまり、犬は飼い主に対し絶対服従なのです。

   一方、猫については《猫は人間の言うことなどどこ吹く風といった態度で、マイペースに過ごします。猫の場合はもともと群れを作らず、単独で暮らしてきた動物なので、人間を自分より上の存在だと認識することはありません》とあります。近所の黒い野良猫とは、結構、前からの顔見知りなのにすれ違っても素っ気ない態度で、私に親しい感情などひとかけらもありません。第一、食べ物を一度も与えていないし悪い感情持ってて当然です。

幸運だったW杯の新ルール

   W杯の一次リーグで、もし勝ち点が同じになった場合、どんなルールもなっているかご存知でしょうか。まず、得失点差を比較してそれが多い方が上の順位、それが同じだった場合は3試合の総得点の比較、しかし、それも同じの時は、直接対決に勝ってる方が上、それが引分けだとFIFA立会の上の抽選でした。

   ところが、今回から抽選の前にどちらが貰ったイエロー・カードが少ないかの比較をすることになりました(フェアプレイポイント)。昨晩行われた日本対ポーランドの試合は、勝てば勿論、引き分けでも決勝トーナメント出場出来るはずでした。しかし、日本は負けてしまい、セネガルと勝ち点4で並んでしまったのです。

   日本対ポーランド戦と同時に行われていたコロンビアとセネガル戦は終盤近くにコロンビアは1点取って、そのまま勝ち、H組1位通過が確定。そして、2位通過を決めるために、日本とセネガルとの前述の比較を行った結果、日本はセネガルよりイエローカードが2枚少なかったので2位が決定しました。

   日本対ポーランド戦が残り約15分になり、このまま1-0で負けても、2位通過の可能性が出てきたのです。日本は同点に追いつこうと攻めを続けると、逆にポーランドに追加点を取られ、得失点の差でセネガルを下回ることになるのです。そこで、日本は攻めないでひたすらボール回し。世界には「W杯を汚した」と言ってる人がいるようですが、反則ではあるまいし、そんなことは気にしないで、7月3日午前3時(日本時間)のベルギー戦を楽しみにしようではありませんか。では、「W杯トーナメント表」です。

画家で詩人の竹久夢二

   明治生まれの画家、竹久夢二の絵を眼に入れた方はいっぱいおられるでしょう。ちょっとその絵をご覧になって下さい。何しろ、独特のタッチの絵をお好きな方は沢山いて、私もその一人で、昔、雑司ヶ谷に住んでいた頃、雑司ヶ谷霊園にあるお墓によく足を運んだことを懐かしく思い出します。

   ところで、竹久夢二は画家として有名ですが、詩人でもあって、「かへらぬひと」というタイトルの詩があります。《花をたづねてゆきしまま かへらぬひとのこひしさに 岡にのぼりて名なをよべど 幾山河(いくやまかわ)は白雲の かなしや山彦(こだま)かへりきぬ》。この抒情は絵とまったく同じです。

   また、竹久夢二には「宵待草」という有名な詩があり、多忠亮(おおのただすけ)がこれにメロディを付けてよく歌われる歌曲です。《待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな》、詩といい、メロディといい、実に素晴らしいロマンチシズムで、私も大好きです。

   実はこの詩には原詩があり、あまり聞いたことがないかも知れませんので紹介します。《やる瀬ない釣り鐘草の夕の歌が あれあれ風に吹かれて来る待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草の心もとなき想ふまいとは思へども 我としもなきため涙 今宵は月も出ぬさうな》。こんな美しい詩が忘れられていて残念です。

撮影OKが広がる美術館

   従来、日本の美術館でカメラを使うことはどこでも禁止されています。その理由はストロボ光が絵の画質を劣化させることと、シャッター音が出るからです。ところが、6月27日付朝日新聞朝刊に《美術館「撮影OK」広がる》という見出しの記事がありました。つまり、スマホの普及で写真をSNSで発信する人が増えたからです。

   美術館にとっては宣伝効果や訪日外国人に来て貰う期待もあり、とてもいい傾向です。東京の六本木にある国立新美術館では5月末まで開催されていた「至上の印象派展 ビューレル・コレクション」展では、展示室はカメラ機能をオンにしたスマホを手に持つ人で大いに賑わっていたと記事にあります。

   何しろ、縦約2メートル、横約4メートルのクロード・モネの油彩画「睡蓮の池、緑の反映」の撮影を許可したためです。しかし、撮影の条件として劣化防止のためにフラッシュでの撮影は禁止。そして、写真を営利目的での利用は勿論厳禁、また、シャッター音を不快に思う鑑賞者に配慮して撮影場所を限定しました。

   ともかく、同様の動きは広がっていて、町田市立国際版画美術館も6月17日まで開催していた「浮世絵モダーン」でも一部の作品の撮影を許可していました。というのも、ヨーロッパの美術館では写真撮影OKが一般的で、例えば「ルーブル美術館」も撮影OK、「モナリザ」を写真に撮っている人が沢山いるそうです。

日本は勝点3が勝点1で残念

   日本のW杯の第2戦セネガル戦が始まる前、あるテレビ局が現地の記者団への質問「日本はセネガルに勝つ可能性はあるのでしょうか?」に対する大半の答えは「正直言ってちょっと難しそうですね」。ところが終わってみれば2-2のドロー。どうやら日本は大方の人の予想を覆したようで、いかにいい試合をしたかです。

   これによって、日本の第3戦ポルトガルとの戦いは勝つか引き分ければ、セネガル対コロンビアの結果に関係なく、日本は決勝トーナメント出場が決定しますす。もし、日本が負けた場合は、セネガル対コロンビア戦の結果次第で、決勝トーナメントに出場出来るか出来ないか解りません。

   ところで、今晩の「日刊ゲンダイ」の釜本邦茂氏の「ズバッと言わせてもらう!」によると、《前半の日本選手には及第点を与えていいだろう.GK川島のミスによる失点もあったが、選手全員がアグレッシブに戦っていた、前半、日本が同点に追いついた途端、セネガルは選手同士の距離感がおかしくなった。

   そして、攻守のコンビネーションが取れなくなった。後半になってもセネガルの足並みの悪さは解消せず、日本は優勢に試合を進めた、しかし、この有利な時間帯にゴールを奪えなかったのが、勝ち点3を得られなかった原因です》。後半16分と19分の釜本さんの指摘を私も録画をよく観て納得しました。ではこの試合の海外の評価ですが文章が実に愉快です(動画は不可)。

ゴッホが黄色を多用した理由

   ゴッホの作品に「アルルの寝室」という有名な絵があります。この絵はオルセー美術館に所蔵されているほかに二点、計三点存在し、構図は三点共ほぼ同じなのに、それぞれ微妙に色彩が異なっています。ゴッホ自身の説明によると、描いた時の精神状態が反映されているのだそうです。

   いずれの作品も黄色が重要なアクセントとなっていて、ゴッホと言えば「ひまわり」のように黄色を多用する作品を数多く残してきた画家として知られています。親友のゴーギャンもゴッホの黄色を「黄色の中の黄色」と絶賛していて、後生、彼の作品が人気が出た
一因になっています。

   ゴッホの黄色に対する異常な執着は、浮世絵の影響を受けているなどと言われていて、近年、ゴッホは何と視覚の病を患っていたのではないかという説が浮上しているそうです。美術評論家の西岡文彦氏のある本によると、ゴッホはキサントプシア(黄視症)ではないかと言っているようです。

   これは視界が黄色に見える色覚異常で、その原因は過度の飲酒、とくにゴッホはニガヨモギから作られた強いリキュールのアプサンを常飲していて、後に販売禁止になるほどの習慣性と毒性を持ち、これが「黄視症」になった可能性があると西岡氏は書いてます。つまり、ゴッホの黄色多用はアルコールが原因のようです。

「じゃんけん」の勝利の法則

   ネットで「日本じゃんけん協会」の存在を知り、その協会が「じゃんけんの勝利の法則10箇条」を公開しているのを見つけました。じゃんけんに勝つ法則などあるはずないと思ってた私は、びっくり仰天。ともかく、私は全部読んでみましたので、何か役に立つかも知れませんので、お読みになってみるといいでしょう。

   ところで、もう一つ、「日本じゃんけん協会」とは別に「じゃんけんで7割から8割勝てる裏ワザがあります~その秘儀を初公開」という記事を発見しました。これも、一応、すべて読んでみましたが、この方のテクニックの方が、何だか、理論的に優れているようで、一度、試してみる価値があるかも知れません。

   この方は自分の記事の中に《やはり勝率が少し高いのです。一発目の勝率が5~6割あります。普通なら33.3%なのですから、かなり高いです。ひょっとして天性の才能なのかと期待してみたこともありますが、「じゃんけんの才能」が存在しているとも思えません》と謙遜しています。

   「日本じゃんけん協会」もこの方も特許は取ってないようなので、自由に使っても大丈そうです。第一、この方は、じゃんけんの勝率を上げる「秘儀」をぜひ試してみてください。と記事の中に書いています。それにしても、じゃんけんの勝率を上げるために色々と考えて発表しているのは驚きです。

西村京太郎と山村美砂

   かなり古い文藝春秋社発刊の有名人の対談集「ビッグトーク」の中に二人の推理作家、西村京太郎氏と山村美砂の対談がありました。何しろ、二人共結婚していながら、二人の関係は特別で、山村美砂が書いていた小説が未完で他界したのを、西村京太郎がその後を執筆し、完成させています。

   また、まだ山村美砂が存命中、二人は京都清水寺近くの古い旅館を買い取り、二人とも家庭を持っていながら一緒に住み、西村家と山村家の間は廊下でつなげ、西村京太郎が山村家に入りたい時はキーが必要なのに、山村美砂が西村家に入りたい時には、まったく自由だったのも多くの人がご存知の有名な話です。

   ところで、この対談は、まだ京都で同じ屋根の下で暮らしていなかった時代の話で、一体、二人は何を話すのか興味があり、この対談をよく読みました。まだ、山村美砂がマンションで暮らしている時、出かけて家に帰ると空巣がいたようで、その賊が山村さんの頭から顔の部分を殴り、山村さんは意識を失い救急車。

   二人の推理作家は、もしこの事件を小説に書くとしたら、どういう設定にするかに夢中で、私としてはそう身を乗り出すような内容ではありませんでした。この対談の最後は西村《とにかく助かってよかった》山村《ああ、いったい誰がやったんでしょ、これを読んだ犯人、知らせて下さい》とありました。

演奏者が語る演奏会の裏話

   東京芸大卒で、N響の第一バイオリン奏者を32年間も務めたバイオリニスト鶴我祐子さんが書いた「バイオリニストは目が赤い」(新潮社)、滅法面白いです。ことに演奏会の裏話を書いた「演奏会はスリリング」という一文など、何度繰り返し読んだか解りません。何しろ、話が面白い上に文章が素晴らしいのです。

   リヒャルト・シュトラウスの作品、「マクベス」序曲は演奏がかなり難しいのだそうです。これはもう鶴我さんの原文をそのまま書きます。《演奏会本番、曲は始まった。しかし、船はまもなく座礁した。「初めからやり直しかな」と思う間も与えず、暗譜で振っていたザヴァリッシュは目の前のスコアをイッパツでめくった。

   そして、静かな声で「E」(スコアにある練習用のアルファベット)と言ったのだ。一秒後、音楽は再開し、無事に最後までいった。お客様は気づいただろうか?曲の途中で、指揮者が「いい」と言うことになっているんだと思ったかな》。ともかく、演奏の途中で大問題が発生したのです。鶴我さんはこう続けます。

   《私はもう、事故が起こったことよりも、ザヴァリッシュの「眠れるボス」ぶりを見られて興奮していた。あの一瞬に、彼のしてきた膨大な量の勉強と経験を、垣間見ることができた、まるで、雲のあいだから全容を現したエベレストのようだった》。鶴我さんの筆の冴えと大指揮者ザヴァリッシュの咄嗟の危機管理に私も興奮です。

W杯の初戦に勝った日本

   今日は何がなんでもサッカーW杯ロシア大会の日本の初戦、コロンビアとの試合のことを書かないわけにはいきません。何しろ、日本のFIFAランク61位に対しコロンビアは16位の相手です。ランクの差で考えれば、当然、コロンビアが勝ってもおかしくないのに、その強敵を破ったのです。

   何しろ、試合が始まって3分。ゴール前のごちゃごちゃから、香川はゴールを狙いすましてシュート、コロンビアの6番は得点を防ぐためには手を使うしかなかったのです。普通、ハンドの反則は意識しないで手や腕に当たることがほとんどなのに、6番はしっかりボールを見てました。つまり主審の目の前での確信的反則です。

   主審はポケットから即座にレッド・カードを取り出して退場の宣告。コロンビアは一人少なくなった上に日本にPKを与え、香川は落ち着いてゴールを決めて先取点を取りました。まだ選手全体が緊張がほぐれていないところでの先取点は、どれほど士気をを高めたかその効果は計り知れません。

   そして、同点で迎えた後半28分、コーナー・キックのチャンスを得て、香川に替わって入った本田の蹴ったボールは大迫の頭をめがけて飛んでいき、ものの見事に勝利の決勝点を生みました。ともかく、初戦で勝点3は誠に大きく、次のセネガル戦がとても楽しみになりました。ではこの試合の関連動画(約59分)です。

前代未聞「PK戦のやり直し」

   サッカーW杯ロシア大会が開幕し、今夜、そのコロンビアとの第一戦が行われようとしてるのに、ネットで《サッカー、異例のPK戦やり直し決定 審判がルール誤る》という見出しの記事を発見しました。この記事は「週刊文春」6月21日号の「NEWSのターゲット」にもまったく同じ記事があります。

   その「週刊文春」の記事によると、6月6日に行われたこの試合は、1-1で決着がつかずにPK戦になり、アマチュア一部リーグの「奈良クラブ」はPK戦の末にJ1の「名古屋グランパス」に勝利しました。ところが、この番狂わせは、5日後の11日に、日本サッカー協会はPK戦をやり直すという前代未聞の発表をしたのです。

   その理由は、PK戦の時に「奈良クラブ」の4番目のキッカーがフェイントをしたので、主審はキックのやり直しを命じましたが、キックは成功しました。ところが、競技規則に従うと、フェイントは「不正」として失敗にしなければならず、その時点で「奈良クラブ」の敗北が決まっていたのです。

   つまり、主審の判断ミスによって、勝ったはずの「名古屋グランパス」は負けてしまったのです。結局、日本サッカー協会は会議を開き,「PK戦のやり直し」ということで、両チームは納得してるようですが、7月に行われるとかのPK戦。国際サッカー評議会の判断のようですが、何か後味が悪いです。

楽しい「ネット・サーフィン」

   「ネット・サーフィン」とは、インターネットが盛んになった1990年頃からの言葉で、海の上のサーフィンは駄目ですが、これは得意です。説明するまでも無く、パソコンの前に坐り、検索エンジンを立ち上げて、まるでサーフィンをするように次から次にwebサイトを観ることで、結構、楽しいです。略して「ネサフ」。

   ともかく、ブログを始めてから、「ネット・サーフィン」をよく行っています。頭に浮かんだ言葉をキーにして検索すると、思いがけ無いサイトが出てきて、それをテーマにブログにアップしたくなることがあります。例えば、つい最近、「ネット・サーフィン」をしていたら出てきたのが「世界三大古戦場」というサイトです。

  そこで、ブログのテーマに取り上げてアップしたのが「世界の名だたる三大合戦」というタイトルの記事。つまり、「ネット・サーフィン」の産物と言っていいでしょう。そうしたら、今度は関ヶ原の合戦で天下を取った徳川家康が江戸を世界一流の都市にしたことが頭に浮かび上がったのです。

   それで、今度は「徳川四代 大江戸を建てる!」という本が脳裏に出てきて、家康が水の確保に苦労していた記事をベースにした「飲料水で苦労した徳川家康」というタイトルの記事をアップすることになり、「ネット・サーフィン」のお陰で二本の記事を続けて書くことが出来ました。ネットって本当にいいです。

右利きと左利き

   ネットで《なぜ一定確率で存在する左利きに関する驚くべき10の知識と研究》というサイトを発見しました。中々面白いので読む価値があります。世界的に見て人間は右利きが圧倒的に多く、左利きは約10%なのだそうです。しかし、私は基本的に右利きなのに、どういうわけか、ハサミだけは苦労しないと右では切れません。

   また、私が勤務していた会社の社員に右でも左でも普通にOKの人がいて、右手に持った箸と左手に持った箸を同時に使い、巧みに食事しているところなど実に芸術的で感嘆の声を発したくなりました。そして、左手で電卓を扱いながら右手で字を書いてる光景など、誰か呼んできて見せたいと思ったことがあります。

   それにしても、販売されている道具類はほとんど右利き用に作られているので、不自由を感じて、右利きになるように矯正してる人もいるようです。ところで、動物は右利きと左利きが50%だそうですが、どうして、人間は約10%の確率で左利きがいる理由はまだはっきり解明されてないようです。

   ただ、ある本によると、人間は大事な心臓を守るには右利きでなければならないので適応でそうなったという説。つまり、人間は戦う時、左手に盾を持って左胸の心臓を守りながら、右手に武器を持って戦うので、右利きでないと大変だからです。でも一塁が少し近い野球は絶対に左利きが有利なのは言うまでもありません。

W杯ロシア大会の仕組と予定

   いよいよサッカーW杯が開幕しました。気になるのはテレビ放送のスケジュールで、ネットでグループ別の全64試合の放送予定表を見つけましたのでチェックしてみて下さい。放送時間が日本時間で表示してあるので、深夜などに放送がある時は、録画のシステムを活用し、昼間、ご覧になることをお勧めです。

   それでは、まず全体のシステムを改めて確認しておくのがいいでしょう。予選で出場の権利を得たのは32カ国。それが、AからHまでの8つのグループに分かれています。つまり、1グループは4カ国、従って、トーナメント戦に出るためには、3試合を戦って、勝ち点が上位2位にならならなければなりません。

   つまり、8グループの2チーム16カ国がトーナメント戦を戦って優勝を争うのです。さて、日本にスポットを当てましょう。日本はHグループで、その4カ国はコロンビア、ポーランド、セネガル、日本。従って、日本は6月19日にコロンビア、6月24日にセネガル、6月28にポーランドと戦います。

   この激戦を制して、何とか1位になったら7月3日にG組2位、2位の場合は7月2日にG組1位と戦い、それに勝てば準々決勝が7月6日と7日、準決勝が7月10日と11日、3位決定戦が7月14日、そして、決勝戦が7月15日。たとえ確率は低くても、可能性はあるので予定表を見ながら大いに応援しましょう。

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